東方畢竟訖 〜in Other Worlds. 作:LOORUME
巨大な黒い雲が、迫り来る。
雲はやがて一本に収束し、龍の姿を象る。月を背にして。
立ち並ぶ家、地面、脚が振動し、少し眩暈を起こした。空気の振動で全身の皮膚がぴりぴり痛い。
たった一度、咆哮えただけなのに、私の帽子はどこかに吹き飛び、目も開けられないほどの風を起こった。髪はもうぐちゃぐちゃだ。
「………」
「………」
私達は全員、呆気に取られていた。口をぽかんと開き、黙ってその龍を睨みつけていた。
時が止まったかと思うくらいの数秒、間を置いて、その龍が攻撃を開始した。
足元が爆ぜる。咄嗟にローリングをして、敵の弾から逃れる。
「何が……目的なんだ…」
僅かに神奈子の呟きが聞こえる。
その通りだ、と私は思った。
相手の狙いがわからない。幻想郷を統べる事か?
「慧音、とりあえず逃げよう。このままじゃジリ貧だ!」
ジリ貧? 私は豊かだぞ。何処とは言わないが。
……ごほん。
「でも、里の人達が……!」
さすがに里の人達も気が付いたのか、家々の中が慌ただしい。喧騒の声が聞こえる。
「私達が囮になればいいのさ。ほら、神奈子も!」
「わかったよ」
二人が私をすり抜けて、走ってゆく。さっきまでは遠くで様子を見ていた妹紅。彼女はどうするのだろうか。
「妹紅、お前も一緒に────!?」
一緒に来い、と言おうとした。
地面に倒れ伏す妹紅の姿が。見やれば、右脚と腹部に裂傷を負っていた。これでは走ることも、まともに歩くことさえ不可能だ。
「……はは、すまん。慧音、先に行ってくれ」
「妹紅、でもその傷は」
「大丈夫。むしろ日常茶飯事よ、こんな傷」
特に気にする風でもなく、さらっと言ってのけた。確かにそうなのだろう。蓬萊人にとっては生死は無いのと同様で、負った傷もしばらく放っておけば治るのだ。
「でも……」
「いいから、行きなよ。後で合流しよう」
彼女のいう通りにすれば、確かに、今できる私達にとって最善の行動になるだろう。
「でも───」
でも、心の何処か一部があらがっていう事を聞かない。でも、でも、といって叫んで止まないのだ。
今も、龍の猛攻は続く。今は諏訪子たちに意識を向けているが、いつこちらに矢先が向くかわからない。
早く、決めないと。
だったら、私にとって最善の行動を。
「───でも、私がそれを許してくれないんだよ!」
(幻想郷・YY月19日 00:00。異変発生から四日目に突入。
幻想郷、鏡源郷の住人全員の弱体化が解除された瞬間)
私は走り出した。漲る力、いや取り戻した力に身を任せて。行く先は勿論、妹紅の倒れている場所。
今までで一番不恰好な走りだけど、一番格好良いと思う。…こういうのは自分で言うものじゃないか。
バタバタと足音を立てて彼女に近付き、お姫様だっこをして、即々諏訪子達を追いかける。
「お、おい馬鹿。速度が遅くなったら、逃げきれないじゃないか!」
いつもとは逆の叱咤を受け流しながら、今度は反論をする。
「こういうのはノリが一番なの。それに、逃げきるなんて一言も言ってないぞ?」
「うん?」
「むしろ逆だ。引きつけるんだよ。なに、力が戻った私達なら楽勝だろう?妹紅」
抱えられながら私を見上げ、一瞬考えるような素振りを見せるが、次の言葉に迷いは感じられなかった。
「……ああ、そうだな。絶対に勝つ!」
「その言や良し。さ、妹紅、飛ぶぞ」
「おう!」
月が綺麗な夜だった。
○ ○ ○
鏡源郷・XX月20日 19:45。
「私達は、外からやって来たのよ。この船に乗って、ね。それは大体察しがついてるでしょう?」
紫様は黙って頷いた。表情は険しい。
「で、なんでこんな異変を企てたか、なんだけれど……」
ミギワちゃんは一口、紅茶を啜った。
「りゅ…辛っ!? なにこれ辛い!」
紅茶が激辛だったらしい。横ではのれんちゃんが大爆笑している。そうか、なるほど。
紅茶を淹れたのはミギワちゃんだ。間違いない。よって自分で唐辛子や山葵を仕込んでおいたということは有り得ない。
もっとも、彼女にそういう趣味がなければ、だが。ただ今までの言動からして、むしろ
となると、残る可能性はひとつ。ミギワちゃんがのれんちゃんの分の紅茶にだけ辛い物を投入し、のれんちゃんは逆にそれを見破ってすり替えた、ということだ。
阿呆かこいつら。
無意識のうちに使っていたが、物凄く下らない事で結論を出したな、この能力。
「……ッチ。覚えてなさいよ、のれん」
「ははん、どうだろうね」
椅子で音を立てながら立ち上がり、頭のうしろで手を組んでどこかへ行ってしまった。
残されたミギワちゃんは何とか平静を保ちながら、改めてこちらに向き直った。
一度咳払いをして、話の続き。
「こほん。この計画を企てたのは、龍の奴に誘われたからなのよ」
「龍?」
紫様がわたしも気になった点について指摘した。
「龍については後で話すわ。で、そいつに言われたのよ。幻想郷、鏡源郷の征服が、きっと上手くいくって」
以前の自分を振り返り、移ろう目で呟く。
なるほど、彼女らの狙いは征服だったのか。意外とシンプルである。
「……でもね、こんなの毛頭も成功するはずないのよ」
そこについて紫様は、大きく頷いている。自分らの郷を汚すことは絶対にできないと言いたいのだろう。
「それにしても、予想外だったわよ。こんなに強い人間がいる…なんてね」
「あ、ありがとうございます」
「敬語……慣れないけど、まあいいわ」
今更そこに突っ込むか。
「ああ、さっき龍、龍って呼んでたけど、そいつの名前は、“ティラ・カンカル”。彼女はもっと下等な妖怪だって謙遜してるけど、あいつはすごいよ。八雲でも敵わないかもしれないわよ?」
「へえ、そうなのね」
あ、紫様が好戦的な表情に。強い相手を見つけた戦闘狂というよりは、煽られて普通に怒ってるっぽい。
「そう腹を立てないでよ」
「……ん、あれ? それじゃあ、そのティラさんは何処に居るんですか?」
ティラさんって言うとティラノサウルスっぽく…ないか。むしろティラミス。
疑問をぶつけると、ミギワちゃんは待ってましたと言わんばかりに高らかに声を上げる。
「そう、そこなのよ。確実に八雲より強いティラは、なぜ地底湖に居なかったのか」
煽るなあ。
でもまあ、出された問題には答えようとうんうん唸っていると、紫様がぽそりと呟いた。
「………本命?」
「そーう!大当たり!」
わたしには何のことだか、さっぱりだ。
「私たちが
それは、少し思ってた。
ヒートアップするミギワちゃんの喋りに怖気付いて、紅茶を口に含む。
「弱体化した住人達は本来、恰好の獲物のはず。ココで油を売っていた理由は、そう───」
む、ちょっと苦いかも。砂糖入れよう。……うん、こっちのが美味しい。
…あ、鏡映さんも要ります? どうぞどうぞ。
「わたしの能力が効かない輩を誘き出すため」
突然、紫様がガタリと椅子を引きずって立ち上がった。
え、なになに。どうかしたの。わたしも立ち上がった方がいいの?
「あなたは……まさか…」
「そうよ、囮よ。今頃ティラは、幻想郷で暴れまわってるだろうさ」
紫様が、驚きと怒りと悔しさを混ぜた、複雑な表情でミギワちゃんを睨みつけた。
てっきり、如何なる時でもポーカーフェイスを突き通すものだと思っていたが、結構顔に出るものである。
もしくは今回、それだけ度を超えて驚くべき事態なのかも。
すると突然、紫様が中くらいのスキマを開き、そこに手を突っ込んだ。
何をするのかと思えば、ミギワちゃんの頭の後方に現れたスキマの出口。なるほど。
勢いよく飛び出た腕は頭を鷲掴みにし、問答無用でテーブルに叩きつけた。
「これじゃ罪は償われない。今は時間がないから見逃すけど、次は無いと思いなさい」
そう吐き捨てて、紫様は大きなスキマを開いた。今度は大人一人の身長くらいは余裕で入るくらいだ。
「デカ、そしてヤマたん、手伝って頂戴。最後の一仕事よ」
鏡源郷・XX月20日 20:00 → …YY月20日 00:00