ーーー『第十三話 魔王からの依頼』ーーー
「ーーー行ったみたいね」
グレモリー先輩の言葉を皮切りに全員の体から力が抜けた。
張り詰めていた緊張状態からやっと解放されたのだ。無理もない。
一度嘆息したグレモリー先輩は俺を見据える。
「さて、望。貴方はグレイフィアとどんな関係なのかしら?」
「……………」
やはり、それを聞いてくるか。
イッセー先輩たちも同じことを思っているようで視線が俺に集中する。
どう説明しようか、と頭を悩ませていると後ろからフィア姉に抱き締められる。
みんなが驚くなか、小猫だけは目を鋭くさせ俺を睨んでいた。
俺、何かしたかな?
「望は私の弟ですよ」
「義理、って言葉がつきますけどね」
その事実にグレモリー先輩は驚きを禁じ得ない様子だ。
「どういう意味かしら?」
「俺は十年ぐらい前に冥界の森に住んでたんですけど、ある事情でサーゼクスさんに会う必要がありまして。そこで殺しあった仲です」
『なっ⁉︎』
今度は全員が驚きの声を上げる。
十年前とは言え、フィア姉はサーゼクスさんの『女王』だ。
たかだか六歳のガキが正面切って勝てるはずがないからな。
「……そういうことを言うなんて、望は後でお仕置きね」
「ごめんなさい。マジスンマセンした。だからお願いします。お仕置きだけは勘弁してください」
「ふふ、どうしようかしら?」
艶かしく笑うフィア姉。ここに入学する前に受けたお仕置きを思い浮かべてしまい、体が携帯のバイブのように震え出した。
「ど、どんだけそのお仕置きが怖いんだよ……」
「……イッセー先輩からおっぱいを取り上げる以上のショック」
「グハッ⁉︎ くっ、想像しただけで震えて来やがった」
腕を組んで想像したイッセー先輩は喀血し、四つん這いになった。それを心配したアーシア先輩が《聖母の微笑》で癒してあげていた。
「それで殺しあった仲がどうして姉弟になるのかしら?」
「まあ、いろいろありまして。サーゼクスさんのお誘いでここに来るまで住まわせてもらってたんですよね」
「何ですって⁉︎ 私貴方に一度も会ってないし聞いてないわよ!」
「いや、それは俺が合わないようにしてましたし、口止めしてましたから」
「……何でかしら?」
「知ったら絶対に俺を眷属にしようとしたでしょう? それにーーー」
俺は悪魔が嫌いですから、と出かけた言葉を呑み込む。
こんなことみんなに言えるはずないだろ。今は殺したいほど憎いんではいないけど。
「確かに知ったら眷属にしようとしてたわね……」
「そういうことです」
「貴方のことをもっと詳しく話してはくれないのかしら?」
「それは機会があったら、ということで」
「はぁ、分かったわ」
口の前で指を立て笑う俺を見て、グレモリー先輩は渋々と納得してくれた。
「それでフィア姉。何かあるからまだここにいるんでしょ? 早く話してくれ。あと、恥ずかしいから離れて」
「しょうがないわね。ーーー望。貴方に依頼があるわ」
「依頼?」
「ええ。サーゼクスからね」
「お兄様が?」
優しい雰囲気から打って変わり真剣な面持ちに変わるフィア姉。
サーゼクスさんからの依頼に首を傾げるグレモリー先輩。
「貴方にお嬢様たちをライザーさまに勝てるよう鍛えあげて欲しい、とのことよ」
「それは、魔王として? それとも一人の兄として?」
「ーーーどっちもよ」
サーゼクスさんらしいと言えばらしいかな。
俺はその依頼を了承し、頷いた。
☆☆☆☆☆
現在、俺たちは修行のために山を登っていた。
この山道を越えればグレモリー家が有する別荘が建てられている。
黒姉に十日ほど家を空けると言ったら泣きつかれたので遠くから見るだけという条件で同行を許可した。なのでましろを一人にするのは忍びないので連れてきている。
ましろは俺の肩に乗って、というかぶら下がっているというのが正しい。まあ、このポカポカ陽気に当てられたらだらけちゃうよね。
特に持ち物も必要ない俺は十日分の着替えを詰めたショルダーバック一つと身軽だ。
立ち止まり、後方を見ると普通のリュックの四倍の大きさを背負うイッセー先輩が息絶え絶えとしていた。
小猫は『戦車』という事も相まって楽々と歩を伸ばしていく。小猫に抜かれたイッセー先輩は負けじと速度を上げる。木場先輩なんて夕食に使えそうな山菜を集めながら登っているしな。残りの三名は何も持たずに先行しているけど。
アーシア先輩はまだ許そう。だが、グレモリー先輩と姫島先輩も体力向上のために荷物を持てば良いのに。
考え事をしているといつの間にか横まで来ていたイッセー先輩が口を開いた。
「おい、望、何でお前は何も持ってないんだよ……」
「今回の俺はイッセー先輩たちを鍛えあげるために態々こんな山奥まで来てるんですよ? それにこれはイッセー先輩たちの体力向上にも繋がるんですから我慢してください」
「それは、お前にも言えるんじゃないのか?」
「安心してください。今のイッセー先輩には絶対に負けないので」
お先に、と言い残すと俺は小走りで頂上へと向かった。
後ろでうがーーッ! と叫び声が聞こえたので苦笑いを浮かべながら。
一行は木造の別荘へと到着した。さっき馬鹿みたいにーーー実際バカだがーーーイッセー先輩はすでに力尽きた様子だ。
この別荘の周りには薄っすらと結界が張られている。
そうすることで普段は風景に隠れ、人前には現れない仕組みなので人が迷い込む心配はない。
「さて、それじゃあ全員が着替えたら玄関前に集合してくださいね」
「? 分かったわ。みんな行きましょう」
女性陣は別荘の二階で着替えるようだ。木場先輩もジャージを持って洗面所へと向かう。
イッセー先輩はもう一歩も動けそうにない。しょうがないので軽く治癒魔法をかけてやると、ゆっくりとだが木場先輩が入った洗面所とは別の場所に向かった。
全員がジャージに着替え、玄関前に集合したのを確認すると俺は周囲に強力な結界を張った。
「一体これから何をするの?」
「ああ。これからやるのは
「……ふざけているのなら今すぐにやめてちょうだい」
「ふざける? 一体何を言っているんですか?グレモリー先輩」
ライザーと同じ規模の殺意を振りまくと全員の動きがピタリと止まる。
「この程度の殺意で動けなくなるようじゃ全然ダメだ。ライザーに負けるのが目に見えてる」
「言わせておけばよく喋る口ね!」
「そう思うなら黙って俺に従ってください。貴方たちを鍛えあげるのが今回の依頼なんだ。ほら、早く全員でかかってきてください」
「私たち相手に一人で? 本気で言っているのかしら?」
「本気も本気、超本気。それともあれですか? たかだか人間一人相手に戦うことが怖いんですか?」
「ッ、やるわよみんな!」
『はい!』
軽く挑発するとすぐに引っかかってくれた。今後すぐ頭にくるのは『王』として改善が必要だな。
「それじゃあ、始めますよ」
木場先輩とイッセー先輩が各々の武器を呼び出そうと口を開くが次の瞬間には宙を舞っていた。
「なっ⁉︎」
「ダメじゃないですか。俺はちゃんと『始めますよ』って言ったじゃないですか」
二人は武器の展開が遅すぎる。だから、一瞬の隙を突かれ無力化される。
俺が目の前まで移動したことを遅れて認識した小猫が拳を振り抜く。その拳の威力を殺さぬように受け止め、いなしながら小猫を地面へと叩きつけた。
かはっ、と肺から空気が漏れ痛みに顔を歪める。
小猫は真っ直ぐ過ぎる。
だから簡単に対処される。何より『戦車』特有の力を振り回しているだけで何の工夫もない。振り回されている、そんな拳では軽すぎる。
小猫に当たらぬよう横向きに放たれた姫島先輩の雷が射抜かんと迫りくる。
俺は魔力で雷の道を造ってやると雷は俺に当たることなく横に逸れ、姫島先輩は驚きに目を見開いた。
傍目からは俺が手で払ったように見えたのだろう。
固まる姫島先輩の懐に潜り込み、拳を添える。そして、発勁を叩き込んだ。
叩き込まれた一撃は直接内臓へと伝わり、重い一撃となる。
身動きが取れなくなった姫島先輩がそれ以降攻撃してくることはなかった。
アーシア先輩はすでに俺の殺意に当てられてへたり込んでいる。
俺は周りに転がったイッセー先輩たちを軽く一瞥し、グレモリー先輩を見据えた。
この間一分と掛かってはいないだろう。
「くっ!」
グレモリー先輩が放ったのは紅い魔力弾。消滅の力を内包した魔力弾だ。
触れれば俺など塵一つ残らないだろう。
干将を投影し逆手に持ち替え、左手も添える。そして、俺自身も魔力弾へと突貫する。
グレモリー先輩も目に見えて驚いていた。
チリチリと肌を焦がすような魔力波が押し寄せ、危険だと警鐘が鳴りっぱなしだ。
けれど、この程度。滅びの魔力をただ放っただけの魔力弾などあの人の、サーゼクス・ルシファーの足元にも及ばない!
前傾の状態から掬い上げるように魔力弾を切りあげる。すると、魔力弾は紙のように綺麗に真っ二つになった。
まさか切られるとは思っていなかったグレモリー先輩は慌てて次弾を放とうとするがそんな隙を俺が与えてやるはずがない。
地面を蹴って距離を詰めた俺は首元に干将を突きつけ、
「チェックメイト」
ただ淡々と、そう言った。
その言葉が周りに響き渡り、全員の悔しがるような呻き声が聞こえた。
☆☆☆☆☆
全員を打ち負かした後、腰の抜けたアーシア先輩に何とか立ってもらい全員を回復させた。
そして、今苦虫を噛み潰した顔で俺の前に並んでいる。これから講評の時間だ。
「先ず最初に全員に言えることですけど、俺が『始めますよ』と言ってから身構えようとしてましたけどあんなんじゃダメダメです。話になりません。遅すぎて力の強い者なら瞬殺ものです」
「な、そこまで言わなくてもーーー」
「言うんだよ」
厳しい物言いにイッセー先輩が抗議するがそれを一睨みで黙らせる。
ビクリとイッセー先輩が震え、他の者たちも身構えていた。少々殺気が混じったせいだろう。
「あんたたちはゲームで負けて『瞬殺されてゲームにすらならなかったからこんなの無効だ』なんて言うんですか? ましてや今のは
『……………』
全員が押し黙る。
当然だ。俺が言っているのは正論なんだから。
「次にイッセー先輩と木場先輩ですけど、武器の展開が遅い。あんなに時間が掛かってるようじゃ武器を出す前に倒されますよ」
「……そうだね。具体的にどれくらいの速さが理想なんだい?」
「そうですね。じゃあ、取り敢えず俺の展開速度がお手本だと思ってくださいね。これから実践するので。木場先輩、剣出してください」
「どうするんだい?」
「この剣を弾いてから俺を斬るつもりで攻撃してください」
「分かったよ」
地面に刺してあった干将を手に取り、構える。
木場先輩は干将を斬り払い、そのまま胴体を薙ごうとするがすでに展開された莫耶に防がれる。展開速度はだいたい一秒以下かな。
「これはあくまでお手本です。これぐらいを意識してこれからの特訓に臨んでください」
「分かったよ」
「おう!」
「小猫は『戦車』の力をただ振るっているだけだし、攻撃が直線すぎて丸分かりだ。これはグレモリー先輩にも言えることですね」
「確かに、そうね」
「うん」
「姫島先輩は攻撃力は今のところ申し分はありません。でも、防御力に欠けますね。俺の攻撃が内臓を直接攻撃するものでしたけど、それでなくても防御が薄すぎて余計ダメージを食らってます」
「あらあら。やっぱりそこを改善しなくてはね」
どうやら防御力に欠けることは以前から思い当たっていたようだ。それなら少しヒントを与えれば良い結果になるだろう。
「グレモリー先輩は滅びの魔力を過信し過ぎです。今まではそれで何とかなってたんでしょうが今みたいに滅びの魔力が通用しない敵もいるんですから気をつけてください」
「うっ、そ、そうね。というかどうやって貴方は滅びの魔力を切り裂いたの? 幾ら何でも触れれば消し飛ぶ筈なのだけど」
「俺の場合は剣を高密度の魔力で包んでるんです。だから、滅びの魔力が高密度の魔力の壁を消し飛ばすよりも速く切ってるだけですよ。だから、俺の場合は完全に効かないってわけじゃないです」
「そうだったのね」
素直に感嘆の声を漏らすグレモリー先輩。
「最後にアーシア先輩。アーシア先輩はいきなり殺し合い、というか殺意に当てられるだけでも酷だったと思います」
「はい……。私、何もできませんでした」
「それでいいんですよ。今はね。シスターだったアーシア先輩がいきなり戦えるとは思ってませんからね」
「ううっ。神よ、弱い私をお許しください。ッあう⁉︎」
おいおい、あんたもう悪魔だろ。
一通り講評を言ったので今度はこの十日間の特訓内容の発表だ。
「木場先輩の特訓内容は剣の展開速度とその強度を上げること。剣の展開が速くても強度も伴っていなければすぐに折れますからね」
「分かったよ」
「小猫は気の扱い、と言いたいところだけどまだ怖いだろうから力の一点集中だ」
「一点集中?」
「そう。力を振り回すのは誰でもできる。一点集中は中々難しくてさ。でも、それが出来れば重い一撃が放てるようになる」
俺はみんなから少し離れると拳を引き絞り、地面を砕いた。
「これがただの力。そしてーーー」
力を一点に集中させた拳を振り抜くと地面は砕けることなく拳を放った一点のみを貫いた。
「これが一点集中だ。小猫にはこれを習得してもらうからそのつもりで」
「うん」
コクリと頷く小猫を確認し、姫島先輩を見る。
「姫島先輩の攻撃力は今のままでも十分通用するので今回の特訓では防御力を上げてもらいます。あとで参考程度に俺の防御法教えますからそれまで自分で模索してみてください」
「ふふふ。分かりましたわ」
「アーシア先輩は最低限自衛ができるレベルまでに鍛えあげます。厳しいと思いますけど頑張って付いて来てください」
「分かりました!」
先ほどの消沈が嘘のように満面の笑みを浮かべるアーシア先輩を見て、苦笑いする。
「イッセー先輩はとにかく基礎体力の向上。そしてブーステッド・ギアを次の段階に進めてもらいます」
「次の段階?」
「はい。本来ブーステッド・ギアは自身の力の倍加ですがその倍加した力を相手に譲渡することも出来るんです。あとはブーステッド・ギアの中にいるドラゴンとの対話を可能にしてもらいます」
「中にってこの中にいるのか?」
発動させたブーステッド・ギアの籠手を突っつきながら怪訝そうな表情をする。
その疑問に俺は頷いた。
「はい。ブーステッド・ギアには二天竜の片割れであるドライグが眠っています。ドライグを呼び起こせれば今までよりも倍加する力が上がるはずです」
「おお! よっし、絶対に呼び起こしてみせるぜ!」
「その意気でお願いします。グレモリー先輩はあとで言うのでここに残ってください。他のみなさんは本来予定していた特訓をしてください。主にイッセー先輩にアドバイスをしながら」
「分かったわ。それじゃあ、みんなライザーに勝つために特訓を始めるわよ!」
『はい!』
グレモリー先輩の音頭に力強く返事が響く。
各々の特訓に行ったことを確認し、俺はグレモリー先輩に向き直る。
「グレモリー先輩。貴女は滅びの力をただ放っているだけにすぎない。それは理解してますね?」
「ええ。悔しいけれどその通りだからね」
「サーゼクスさん、貴女のお兄さんは滅びの力を凝縮した高密度球体の中に相手を捉え逃げ出す間もなく塵へと変える反則技を持っています。貴女にお兄さんの真似をしろとは言いませんが何か滅びの力に形を持たせてみるのも一つの手だ」
「形を持たせる? 例えば、ただ放っていた魔力を槍の形にして放つとかそういうことかしら?」
「そうですね。あとは自身や障壁に纏わせて触れたそばから消し去るなんて防御としても使えます。こうやって発想を豊かにすれば滅びの力はその有り様を幾らでも変えます。貴女にはそれを目標にしてもらいます」
「分かったわ。それじゃあ早速ーーー」
「その前に一つ」
「何かしら?」
特訓に入ろうとしたグレモリー先輩を呼び止めると、バツが悪そうな表情を浮かべて振り返った。
「貴女には今の特訓に進んでもらう前にやってもらうことがあります」
「何をーーーッ‼︎」
グレモリー先輩が言い終える前に俺は地面に手をつけ発動させた結界の中に閉じ込める。
この術式は中の者に悪夢を見せる。それを克服できなければここから一生出ることはできないだろう。
グレモリー先輩にはメンタル面でも強くなってもらわなければならない。
ライザー打倒する上で眷属がいたぶられる光景に馴れろ、とは言わないが耐えてもらわなければならない。
そうじゃなければ、あともう少しで勝てるゲームをリザインするなんてことになりかねない。
「そこから出てこれたら殴るなり焼くなり好きにしていいんで、絶対に出てきてくださいよ。グレモリー先輩」
聞こえるはずがないのに俺は静かに呟いた。
☆☆☆☆☆
「ここ、は……。そうだわ。私は望の出した結界に閉じ込められてーーー」
周りは真っ暗闇で、何一つ見えない。
しかし、おかしなことに自分の着ている服の色や指先までハッキリと見える。
何かないのか、と歩いてみるが何も見つけることはできない。そしてまた一つおかしなことに気がついた。
結界の規模は精々五メートル。なのに五メートルを越えても壁に当たることがない。
むしろ本当に結界が張られているのかも怪しいところだ。
叫んでみると声が木霊した。ということは壁の終わりは存在している。
木霊は山谷などに反響して跳ね返ることにより起こる現象だ。
次に滅びの力を放つ。望に言われたことはまだ実践に移せそうにないのでただの魔力弾を放った。
しばらくしても滅びの力が壁に当たる音は聞こえてこなかった。
これでは今の私にはなす術がないではないか。そう、思った時だった。
黒一色だった世界が一瞬光に包まれ、目を開けると旧校舎の部室前に私は立っていた。
これから何かが起こるのか疑問が残るが導かれるように部室のドアを開いた。
そして、私は開けたことを後悔した。
開け放った瞬間に鼻を襲ったのは血と肉の腐敗した臭い。
何故部室で、と目線を右にある壁へと移す。
転瞬、吐気を感じ口元を押さえてその場に座り込んでしまう。
壁には自分の眷属たちが貼り付けられていた。
全員体の至る所に傷をつくり、血が止めなく流れたのだろうが時間が経っているらしく黒く変色しだしていた。
肘に杭を刺された状態で貼り付けられていてまるで見せしめのようだった。
私が勇気を振り絞り、近付いた時また世界が変わった。床が踏み抜け、そこを起点にガラガラと部室は崩れた。
落ちた先でとっさに受け身を取ったが衝撃はあまり緩和できずに背中に痛みが残る。落ちた先は廃工場だった。
ここは確かはぐれ悪魔バイザーを消し飛ばした時の場所だ。
「部長! どうしたんですか? 突然黙り込んで」
「え、あ、イッセー? ごめんなさい。ボォーっとしてたみたい」
「疲れてるんならはぐれ悪魔の討伐は俺たちに任せてくださいよ。微力ながら俺も頑張りますんで!」
「そう、ね……。みんな頑張ってちょうだい」
快く頷いた眷属たちを見て、安堵の息を吐く。
今までのことは全部夢だったのだ。ライザーとの婚約話によるストレスがあんな悪夢を見せたに違いない。
そう割り切らなければあの光景を思い出し、吐気がぶり返しそうだ。
一行は廃工場の入り口までやってくると中からズシン、ズシンとはぐれ悪魔バイザーが出てきた。
その容姿は最早人の原型など止めてはいなかった。
そう、以前も上半身が先に出てきてイッセーが叫んでいたわね。
そして、またおかしなことに気が付いてしまった。
何故私はバイザーの容姿を見て以前も、なんて考えたのだろうか?
あれは全て夢で、今日初めて会うバイザーの容姿など私は知らないはずだ。
否、その答えはすでに私は知っている。ーーーあれは夢ではないのだ、と。
けれど、認めたくはなかった。だが、それならば辻褄が合う。合ってしまうのだ。
「美味そうな臭いがするなぁ。甘いのかな? 苦いのかな?」
「はぐれ悪魔バイザー、貴方を消し飛ばしに来たわ」
「生意気な小娘如きがこの私を消し飛ばす。ハッ、笑わせる!」
大丈夫、バイザーは一度倒している。
何の心配もない。だから私はいつものように堂々としていればいい。
佑斗が『騎士』特有のスピードでバイザーの腕を斬り飛ばし、体勢を崩したところで小猫が突貫する。
バイザーは大きく発達した足で小猫を踏み潰そうとする。小猫は『戦車』の力で対抗するが次第に押し返され始めた。
拙い、拙い拙い!
警鐘が頭を痛いほど鳴っている。
魔力弾を放ち、小猫を助けようとするがそれよりも早くバイザーが小猫を踏み潰した。
バイザーが踏み潰された小猫を擦り潰すたびにゴリ、ゴリと骨が砕ける音が嫌に大きく聞こえた。
私は頭が真っ白になり、もう何も考えられなくなっていた。
朱乃と佑斗が激昂し、イッセーまでもがバイザーに突貫していった。
バイザーは自身の乳房揉みしだく。その胸には魔法陣が展開されていた。朱乃たちはそれに気付いていない。
私は小猫が殺されたショックに叫ぶのが遅れた。
胸から発射されたのは強力な酸。それは朱乃たちに容赦なく降りかかり、肉を溶かしていく。
鼻にくる肉の溶けた臭いに私は等々嘔吐してしまった。
胃の内容物を全て吐き出した後、私の目に映ったのは肉が溶け落ち醜い姿へと変わった朱乃たちだった。
「いやぁァアアアアアアアアア‼︎」
絶叫が世界に響き、世界に亀裂が走る。
徐々にその亀裂は広がっていき、砕け散った。
それから私は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も悪夢を見せられた。
もう、百を超えたあたりから数えるのはやめた。私の目から光はとうに消えている。
気がつけば私はまた最初の暗い闇に包まれた場所に立っていた。
もう心が磨り減り、どうにかしようという気さえしなかった。
「グレモリー先輩」
声が聞こえ、涙や鼻水で汚れた顔を上げると望がいた。
何故こんなことをするの、なんて言う気にもなれなかった。
「安心してください。グレモリー先輩がレーティングゲームに出れなくても俺が何とかしますんで。そのままここでゆっくりしていて良いですよ」
望の甘言が耳朶を叩く。
そうだ……。もう、この甘言に身を委ねよう。そうすれば、きっと楽になれるから……。
私は目を閉じて、意識を手放そうとしたーーー
「ーーー違う」
手放しかけた意識を掴み上げ、私は目を見開いた。
そして、目の前の望を睨んだ。
何が、俺が何とかしますだ。
これは私の事情だ。だから、私自身が解決しなければならないことだ。
それにそれでは『王』の意味がない。私は常に眷属たちを引き連れ、慕われる『王』でなければならない。
それを他人に任せるなんてこと、していいはずがない!
何が、楽になって良いですよだ。
みんなが苦しい思いをしながら頑張っているのに私だけが楽になる?
ふざけるのもいい加減にしなさい!
「私はこんな意味の分からないところから出て、みんなと強くならなければならない! 私だけがこんなところで道草を食っている場合じゃないのよ!」
渾身の魔力を込めた拳で目の前の望を思い切り殴り飛ばす。
そうすることが鍵だったようで暗い世界に白い亀裂が走り、結界が砕け散った。
☆☆☆☆☆
魔力を流し続け維持していた結界に亀裂が走り、砕けるのを確認しながら荒い息を吐き、拳を振り抜いた状態のグレモリー先輩を見る。その目は鋭く、『王』としての気迫がビリビリと伝わってきた。
「お疲れ様です、グレモリー先輩。急にこんなことしたことは謝ります。でも、貴女のメンタル面を鍛えるにはこの方法をしか俺は持ち合わせていなかった」
「何故、こんなことを?」
「貴女は優しすぎる。だから眷属がいたぶられているのを見ていられず、自分の人生を棒に振るような選択をすることは目に見えていたんです。だから、心の方も強くなってもらう必要があったんです」
「そう……。確かに貴方の言う通りね」
「もうそろそろ夕飯の時間ですから、もう休んでいいですよ」
「その前に一ついいかしら?」
「はい? 何ですーーーガッ⁉︎」
グレモリー先輩は魔力で強化された拳で俺の頬を打ち抜いた。
突然のことに踏ん張りきれなかった俺は吹っ飛び、近くの木にぶち当たった。
「ふぅ……。スッキリしたわ。貴方のことを思い切り殴りたかったのよね」
清々しい笑顔を浮かべるグレモリー先輩。
元々戻ってこれたら何されてもいいと思っていたので、ジンジンとする頬の痛みを俺は甘んじて受け入れた。
不思議と頬の疼痛に不快感はなく、逆に清々しいものだった。