「卵一パック、醤油一本、おいしい水一本、キャベツ一玉に小麦粉一袋。何作るつもりなのかなぁ」
ガサガサとスーパーの袋の中身を確認しながら、私は家への帰路についていた。朝方、母さんに学校が終わったら買ってくるように頼まれたのだ。こんなお遣いを頼まれたのは正直初めてだったけれど、帰宅部の私にはお安い御用だった。
頼まれた品は、どれも安売り商品。ラインナップは些かカオスで、今晩のメニューを推測するにお好み焼きだとか粉物かと考える程度。また夕食献立とは特に関係なくて、とりあえず安くて要るものをと、適当に頼まれたような気もする。何せ、別々のスーパーを二軒ハシゴすることになった。安売りで浮いた料金分と労力が釣り合っていないように感じるのは、気のせいだろうか。
しかし、ウチは母が一人父なしの母子家庭、母にも私の知らない苦労があるのだろうと思うだけ。
ふと西の空を見れば、空は太陽に染められ朱色を帯び始めていた。いつもは家事を手伝うために早めに家に帰っていたので、こんな風景を見るのは久しぶりだった。興の乗った私は、更に景色がよく見られる、高台の公園へ行こうと足を向けた。
公園への階段があるのは丁度私の帰り道、それも足を向けた要因の一つ。あくまでついで程度のつもりで、私は高所恐怖症の者なら足が竦んでしまいそうな階段を一歩一歩登っていった。
「あれ?」
夕日に染まり始めた公園には、先客がいた。私と同じ高校の制服を着た学生が、二人。時間も時間だけに他には誰もいない。男一人、女一人という組み合わせだが、彼氏彼女だとかの甘い雰囲気は別にない。
「あれれ」
よくよく見てみれば、どこかで見たような二人だった。少し記憶を探り、直にポンと手を打つ。
「あぁ。そういえばクラスメイトだった。えぇと。新堂くんと、樋口さんだっけ」
クラスメイトというだけで、特別言葉をかわした記憶はない。二人とも人気のある学生なので、私が一方的に知っているだけだ。
前向きで面倒見が良く、後輩受けのいいバスケットボール部部長の新堂勇人くんに、お人好しで誰に対しても優しく、密かに男子の人気者な図書委員の樋口綾さん。性格も顔立ちもいいとクラスでも評判の二人だ。
しかし、そんな二人がこんな夕暮れの静かな公園で、一体何をしているというのか。興味を覚えた私は、隠れるような場所もないのでとりあえず声をかけて接触してみようと、二人の方に近づいた。
と、その時。二人のそばに青い光が浮かびあがるのを、私の目はハッキリと捉えてしまった。
(……?)
それは、夕暮れ時の景色には似合わぬ色だった。私は妙な感覚を覚えながら、今度は二人にではなく光の方に近づく思いで足を動かした。
<――――あ゛ぁ゛?>
「へ?」
突然、どこからか、くぐもったような音響で、聞いたこともないだみ声が耳だか頭の中に響いてきた。私は、思わず足を止める。そして辺りを見回した。しかし、夕暮れの公園にはクラスメイトの二人の他には誰もおらず、声の主は見つからない。
<またかよめんどくせぇ……どこの召喚師だ、クソが>
きょときょとと周囲を見渡す私をよそに、ガラの悪い声はなおも続く。無軌道な憎悪混じりの悪態に、意図せず背筋が震える。それが、恐怖によるものなのかどうかは私には分からなかった。
(……ショウカンシ?)
同時に、聞いたこともない単語に首を傾げる。
<誓約や制限がなけりゃ、喚び出したやつを八つ裂きにしてやるってのに>
物騒な文言を聞きながら、私はこの声が聞こえているのは自分だけなのか確かめるため、視界から外していたクラスメイト二人の様子をうかがうことにした。
「な、何だ、この声!?」
「わ、分かりません……」
どうやら、二人にもこの声は聞こえているらしい。二人とも耳を押さえ、私のように辺りを見回している。と、新堂くんと私の目があった。すると、新堂くんは目を見開き私にこんなことを言ったのだった。
「こ、この声は君が?」
「ええ? そんな馬鹿な」
どう間違ったらこのどす声が私の声に聞こえるというのか、失礼にも程がある。
「違います。この声、頭の中に直接響いているみたいです。それに、男の人の声のような……」
「え? そ、そうかな」
比較的冷静に語る樋口さんに、新堂くんは少し顔をしかめて首を傾げている。まぁ、“頭の中に響く声”とか、私もファンタジー、架空の世界のお話中のことでしか知らない。新堂くんが疑問に思うのも無理はなかった。
<仕方ねぇ……ちゃっちゃとヤッて、さっさと帰るかぁ>
と、私が新堂くんと樋口さんを見ているうちにもぐちゃぐちゃと何か独り言を発していた声に、諦観が混ざる。
そして……。
<――あぁ? 何だこrぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあいぃぃぃぃいぃでえええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえっっっっっ!?!?!?!?!?>
「うわっ」
これまで地を這うような調子だった声が唐突に変調する。鼓膜には何も響いてこないというのに、何かの咆哮が私の音感覚に襲いかかった。私はビクリと震え、思わず手に持っていた通学カバンとビニール袋を地面に落としてしまった。
頭の中で響き渡る絶叫と、何かがぶちぶちと千切れる異音と、クラスメイトの驚く声と、眼前で迸る光の奔流の中で、私の意識はだんだんと遠くなっていった。最後に感じていたのは、足元の地面が失くなる感覚と、それに付随するようにどこかを落ちていくような感覚だった。
へたくそですけどできるだけ頑張ってみます