「――あいた」
視界から光が消えるのと同時に、浮遊感から開放されて意識も取り戻した私は、元いた公園に似つかわしくない朽ちた石畳に落っこちた。
「いたたた……」
私は石畳に打ちつけた部分をさすりながら、顔を上げて右へ左へと首を巡らせた。
「どこ、ここ……」
ひゅっと息を呑み込めば、元いた町よりも清涼な空気が、肺を満たしてくれた。旅行気分で来ていれば、きっと清々しい気持ちになれるだろう美味しい空気だ。
しかし実際は、それとは裏腹に、私の心中には何か淀んだ薄ら寒いものが這い上がってきていた。
空を見上げれば太陽は中天に昇り、今が昼頃であろうことを示している。……さっきまで、西に沈む太陽を見ていたというのに。知らない間にかなりの時間気を失っていたのか、それとも――。一瞬で、信じられないほどの長距離を移動してしまったか。恐ろしくて、腕時計を見ることも出来なかった。
――……ォオォ……ォン
獣の唸り声のような残響が、空気を震わせる。発信源と思われた背後を振り向けば、そこにあったのは、得体の知れない遺跡と、“門”だった。正直、自分が何故
「……」
しばし、思考が停止する。
ここはどこか。何故ここにいるのか。これからどうすればいいのか。そもそもここは安全なのか。
様々な事柄が頭をめぐり、私は固まった無表情でそこに立ち尽くしていた。
<……おい>
「……え?」
と、どこからか声が聞こえてきた。右を、左を振り返る。しかし誰もいない。
「あれ、何かデジャヴ」
ついさっきまでも、似たようなことがあった気がする。ついでに、聞こえてきた声も聞いたことがあるような声だ。地を這うようなだみ声、頭の中に響くように、聞こえる声。
あの公園に聞いたのと同じものだった。
〈おい!〉
「はぁい!」
思わず、背筋を伸ばして返事をする。
そう、さっきと明らかに違う点が、これだ。この声、さっきは勝手にしゃべくっているだけだったのに、今は明らかに私に話しかけてきている。発信源が不明なために止められず、耳を塞いでも意味がなく、背筋のあたりがムズムズ来てなんとなくくすぐったい。
〈お前、とりあえずその辺に隠れろ〉
「何で?」
反射的に聞き返す。現状も掴めないというのに、元凶らしき声に導かれるというのも納得がいかない。
〈天使だ〉
「は?」
〈だから。天使が近づいてきてるってんだよじれってぇ! さっさと隠れねぇと、消されかねねぇぞお前!〉
「わ、訳が分からないよ」
訳が分からないけれど、兎に角消されるのは御免だ。
謎の声に遅れながらも、何かが近づいてきていることに私も気がついた。それも何故か敵意がびんびんの誰かさんだ。私が一体何をしたというのか……。
兎にも角にも、私は遺跡の周囲にある森の中に気配を絶ち身を潜めることにした。
(お祖父ちゃんや母さんに“護身術”習っといてよかった……)
息を潜め、気配を絶つ。特に名前はないが、子供の頃はこれで隠れんぼ無双をしていた。ちなみに、習ったというか正確には二人に強制的に叩きこまれた技術の一つである。
私は適当な木の枝を掴み、樹上に腰を落ち着けることにした。と、また頭の中に柄の悪いだみ声が響く。
〈ちっ、仕方ねぇ。悪魔の気配は俺が何とかしといてやる。全くよぉ、俺を取り込むぐらいなら、これぐらい出来るようになっとけ〉
(えぇ、なにそれ理不尽。ていうか悪魔って何よ取り込むって何よ。訳分かんない)
大いに混乱する頭を押さえながらも、音は出さない。私は息を整え、周囲の気配に意識を集中した。
やがて、バサバサという音が上空から聞こえてきた。翼の音のはずだが、鳥じゃない。見上げてみれば、木々の切れ間から音の主のシルエットが見えた。翼の部分を除けば、とりあえず人の形をしている。そして、他に何の力も借りず、単騎で飛んでいる以上、あの翼はハリボテでも飾りでなく機能的な実物であるのだろう。
(天使!)
〈おう、下の方も来やがったぜ。見つからねぇように気をつけろよぉ?〉
(へ)
天使?らしき人影に感動と困惑をしていると、謎の声がまたも話しかけてくる。とりあえず声にしたがって下を見てみると。
「――コォォォォォ」
(うわぁお)
なんか、すごいのがいた。吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。
獣道なのか長らく使われていないからなのか、草にいくらか侵食されている木々の生えていない開けた道らしきところを、でっかい鎧が静々と歩いていた。
(何あれ何あれー!)
それは一言で言えば、ずんぐりむっくり。その鎧は図体がでかく背も高いのだが、その中で腕部を占める割合が異常に大きいせいでどうしても下半身、脚部がしょぼく見えてしまう。
首元には、裏地の赤い外套が巻きつけてあり、それが鎧が歩くに合わせてゆらゆらと揺れていた。
見た目は相当の質量であるはずなのに、足音はほとんどせず、気配もあまり感じないせいでギリギリまで気が付かなかった。そんなものが森の中をするすると歩いている。夜に遭遇していたら、悲鳴が漏れていたかもしれない。
(まるで、幽霊だなぁ……)
鎧の関節の接合部からはなぜか燐光が漏れており、それが私のほとんど根拠の無い心中の呟きに信憑性を持たせていた。さらに、呼吸孔なのか視界を確保するためなのか、兜には十文字の穴があり、その穴の向こうにも影による闇ではなく淡い緑の光が灯っているのが分かった。
(……)
見つかったら、どうなるだろう?
敵意を発しているのは、どうやら上空にいる天使の方だ。憤怒か憎悪かは知れないが、これだけ離れていても何となく分かる。
鎧の方は静かなものだ。強い感情は感じず、幽鬼のようでありながら清涼な気配を纏っている。
是非を判断するには情報が少なすぎる。何せ、自分自身の現状も掴めていない状態なのだ。彼らの存在に、推測すら立てることも出来ない。
見た目はあれだけ違うのに、どうやらこの二人はお仲間さんであるらしい。そのまま私が息を潜めて観察していると、二人は遺跡の前で合流していた。さっき私が門と形容した、看板の真ん中穴が開いたような建築物の前だ。穴の左右にはそれぞれ四色の宝石のようなものがあるのが見え、太陽の光に反射してきらめいている。
二人がいる場所と私の座っている木ではかなり距離があるため、何かを話しているらしい二人の会話は聞こえなかった。
二人はしばらく何事か話しているようだったが、やがて何かを探すように軽く周囲を探索した後に、来た時よりも少し急ぎ足に立ち去っていった。
「……何なんだろ、アレ」
二人がいなくなって、たっぷり五分ほど待った後、私は木から飛び降りて息を吐いた。
〈見ての通り、天使と、その召喚主だろうが〉
「…………うーん。とりあえず、私と貴方は、話し合わなきゃいけないと思うんだー」
空気を読んでか、それまで話しかけてこなかった“声”が再び私に話しかけてきた。しかし、相変わらず何を言っているのかが分からない。私はひとまず、情報交換することを提案してみた。
〈話し合うぅ? 俺と。お前が。何を話し合うってんだよ?〉
「何って。色々でしょ。貴方が一体何なのかとか。ここが一体どこなのかとか。そうだよ、さっきまで確かに私は公園……」
〈何か、だとぉ? お前、俺を知らねえのかよ〉
「知るわけないでしょうが、何言ってんの。びっくりだよ」
〈あぁ? はっ、まぁいい。俺は、“餓竜”だ。覚えとけよぉ?〉
「はいはい」
どこか誇らしげにそう言う“声”――ガリューとやらに、私は生返事を返す。私が一番聞きたかったことは名前ではなく、ガリューが何者であるかなのだが、どうやら伝わらなかったらしい。とは言え会話をする上で呼び名という記号は必要だ。無駄にはならないだろう。
「で、ガリューさんとやら」
〈馬鹿にしてんのかてめぇ。“さん”なんぞつけんじゃねぇよ、バカみてぇだろ。ふん。で? 何だ、コウエン〉
「や、それ、名前じゃないから。さっき言ったのはコウエンじゃなくて、『公園』だから」
〈あぁん?〉
「私は、奈々。
言った後で、偽名でも使ったほうが良かったかと一瞬考える。しかし、一度言ってしまった以上思い直したところでもう遅い。
〈ナナだ? 何カマトトぶってんだお前〉
「え、何。喧嘩売ってる? 買うよ? 買っちゃうよ?」
〈あぁ~、めんどくせぇ! 分かった、“ナナ”、これでいいんだろうが?〉
「うん。よろしくガリュー」
〈ちっ。俺の呼び方にも、物申したいところなんだけどよぉ〉
ぶつくさ何やら文句をこぼすガリューを無視して、私は言葉を続けることにした。
「でさ。ここがどこなのか、知らない? 私、確かにさっきまで違う場所にいたと思うんだけど」
〈知らねぇよ。俺も喚ばれた側だしな。ま、リィンバウムだってことはどうやら確からしいが〉
「……リィンバウム?」
はて……。そんな国、あっただろうか……?
〈おかしいんだよなぁ。途中までは確かに普通の召喚儀式のはずだったんだが……召喚主がいない上に、誓約も働いてねぇときてる。どうなってんだか〉
「ねえ。召喚術だとか誓約だとかってのが、分からないんだけど」
〈……はぁ? 本気で言ってんのか、お前〉
見下すように、というよりどこか呆れたように苛立つように、低い声でガリューが言う。
「本気も本気。私は現状をガリュー以上に把握してないよ、というより全く分かってないよ。私はさっきまで、確かに地球の日本にいたはずなんだけど」
〈……? お前、さっきっから一体何を言って……。…………あぁ? ――ああ、あぁ、あぁ、なるほどなぁ。そうか、そういう事だったか。クハハハッ、面白いじゃねぇか〉
怪訝そうな声を出した後、ガリューは何かに気がついたのか、楽しそうに笑い出した。どすの利いた声のせいで、正直悪人の笑いにしか聞こえない。
「え、何、どしたの?」
〈いいや、何。お前はそう、何も分かっていないんだなぁ。それが俺にもようやく分かったのさ。俺を半分に引き裂いた上に内に取り込んじまったぐらいだから、誤解してたぜ?〉
「……私は分からないよ。説明してよ」
〈お前よぉ、“名も無き世界”から来たんだろ? ハハッ、こんなこともあんだなぁ〉
「……」
相も変わらぬ意味の分からない単語を並べるガリューに閉口する。いや、それ以上に私は、ガリューの言った“名も無き世界”という言葉に嫌な予感を募らせていた。
〈いいぜぇ? 何も分からねぇってんなら、俺が説明してやるぜ。いいか? まず、ここはお前の元いた世界じゃあない。異世界・リィンバウムだ〉
「異世界、リィンバウム……」
懸念は当たる。というか、天使や鎧を見た時から、朧気ながら予感していたことだ。
どうやら今いるここは、私のいた日本とは地続きではない、どころか世界すら違ったらしい。
〈良質のマナに恵まれた、魂の楽園……俺達悪魔にとっちゃ、垂涎の獲物ってことだ。ま、他の連中より喚ばれる頻度の高い俺としちゃ、それほど魅力を感じてるわけじゃねぇんだがな〉
「悪魔……」
〈んー? そうか、お前には分からねぇか。そうさ、俺は悪魔だ。それも、そこらの木端悪魔とは比べ物にならねぇほど高位の大悪魔だぜ? そんな俺をお前は取り込んでんだ、誇れよ〉
「……そんなこと言われても」
いきなり、自分は悪魔です、貴方に取り憑いています。なんて言われても正直ピンと来ない。
けれど、私はガリューの存在に対してそれほど嫌悪や恐怖は感じなかった。むしろ、今は唯一の味方のようにも感じている。先刻、敵意に満ち満ちた天使を見たからだろうか。
「けど、どうしてそんなことに」
〈……俺も全ては分からねぇが……そうだな、とりあえず分かるところだけは教えてやるよ〉
悪魔で、口調も乱暴なくせに、妙に親切なのだ。しかし、今はそれが助かる。
〈まず、お前がなぜここにいるかだが、召喚術によるものだろうな。それも、正規のものではなく召喚事故によるものだ〉
「召喚術って?」
〈簡単に言えば、離れた場所にいるモノを喚び寄せる技術だ。それが、世界を隔てていようと関係なく、な。本来は喚び寄せる対象を特定して行うもんなんだが、たまーに失敗してお前みたいな関係のないイレギュラーが喚び出される。それが召喚事故だ〉
「私がここにいるのは、誰かが意図したものじゃないってこと?」
〈そうだな〉
「私はてっきり、ガリューが原因なのかと思ってたんだけど」
〈はっ! 冗談だろ? 俺も被害者だぜ? 阿呆くせえ〉
私の疑念に鼻で笑うガリューには、何となく嘘がないような気がした。そして、ガリューはなおも話を続ける。
〈俺がお前の中にいるのは、まぁ……事故のせい、なんだろうなぁ? 俺の半分が無理やり引きちぎられて、不安定な状態に便乗するように、界を渡るお前の中に押し込められたんだけどよ。かくいう俺も、この一連のことはお前がやったもんじゃないかと思ってたんだぜ?〉
「まさか」
〈だろうな。アハハハッ〉
ガリューは愉快そうに笑うが、私はあまり楽しくない。訳の分からない世界に放り出されて、一体これからどうすればいいというのか。
途方に暮れていた私は、なおも続くガリューの言葉はほとんど聞いていなかった。
〈しかし、暴走したエネルギーはどこに行った? 魔王召喚の儀式が失敗して魔力が暴走した上に、俺が無理やり引き裂かれた時の余波もないってのは妙だな。四方数キロ吹き飛ばしても足りないぐらいだってのに……。いや待て。あの門……。そうか、本来喚ばれた座標から事故で空間が歪んで、余剰エネルギーで吹っ飛ばされて、たまたま開きっぱなしだったあの門に繋がったか。全く……不幸中の幸いだったな〉
「え、何?」
〈いーや。危なく、世界の狭間にはまって永劫に出て来られなくなるところだった、てだけの話だ〉
「なにそれこわい!」
どことも知れぬ真っ暗な場所で、餓死するまで何も出来ずに漂う自分を思い浮かべて、身を震わせる。何がどうなったかは知らないし、十分悪い状況ではあるのだが、とりあえず最悪の状況は免れているらしい。
しかしそれはそれとして、事故だとしても、召喚術を使って私達をこちらに連れてきた者については腹立たしい。事故のせいか近くには見当たらないが、責任を取ってもらわないと納得がいかない。具体的には、一発殴らせてもらった後帰してもらう。それでようやくチャラだ。
「ガリューは怒んないの?」
〈あぁん?〉
「無理やり喚び出された上、故意ではないとはいえ、半身?をちぎられたんだよね。激怒ものじゃあ……」
〈そりゃそうだがな。ニンゲン共のやることに一々目くじら立ててられねぇよ。胸糞悪い連中を一掃したところで、奴ら百年もすれば忘れるからな。都合のいい頭っつーかおめでたい生態してやがる。まともに取り合うだけ無駄の極みだぜ。とは言え、俺達悪魔はそんなニンゲンの負の感情を食い物にしてるわけだがな。一体何百年、何千年見てきたか覚えてねぇが、呆れるほどに飽きねぇのさ、連中は〉
「……私も食い物にする気?」
〈は? どうやってだよ。そもそもお前は、俺を取り込んでんだぜ? 状況次第だが、今の俺じゃ、身体の取り合いですらお前には勝てねぇよ〉
そんな気もないがな、と私を安心させるようにかガリューは締めくくる。
争いになれば私に軍配が上がるとガリューは言うが、しかし私はどうやってガリューに干渉すればいいのかが分からない。その辺りを、ガリューは分かっているのだろうか。
〈で? お前、これからどうすんだ?〉
「どうするって……どうしよう……」
本音を言えば、帰りたい。母さんは、今でも私の帰りを待っているはずだ。私が小さい頃にお祖父ちゃんが死んで、それ以来母一人子一人でやって来た。親類縁者もいない中、私もいなくなってしまえば、心配するだけでは済まないかもしれない。
しかし、帰り方が分からない。この件においては私も、そしてガリューですら被害者なのだ。事故ではあれど、私達を喚んだ召喚術を使った者がいれば、問い詰めることが出来たというのに。
そう思い悩む私に、ガリューはいとも簡単にこう言った。
〈なんだ。帰りたくねぇのか?〉
「帰れるの!?」
思わず、ばっと顔を上げて叫ぶ。
〈今は無理だがな〉
「えぇ……?」
再び肩を落とした私に、ガリューは言葉を続けた。
〈焦るなよ。召喚術の話については、まだ触りだけだったよな〉
「うん」
そういえば、まだ何かを喚び寄せる技術だとしか話を聞いていない。“喚ぶ”技術なのだから、もちろん“還す”ことも出来るだろうと勝手に思っていたが、実際はそう簡単な話でもないのだろう。
〈俺達召喚獣……あぁ、これは召喚術で喚ばれたものに対する、ニンゲン共の呼称だ。不本意だが、使わせてもらうぞ。……召喚獣ってのは基本的に、喚んだ召喚師の命に従って仕事をこなし、それが終われば召喚師によって元いた世界に還される。一般的な召喚契約の流れだ〉
「ふんふん?」
〈しかし、お前は事故で喚び出された。まともな召喚契約によるものじゃあない。その上、あの門のせいだろうが、誓約がかかっていないところを見ると、どうやら俺達には召喚主がいない。つまり、元の世界に送還する召喚師がいないってこった〉
「……え。それって、この場にいない、って意味じゃなくて……?」
〈あぁ。このリィンバウムのどこを探しても、そんな奴は存在すらしてねぇな。当然だ。元からいねぇんだから〉
「だめじゃん。だめじゃん!!」
〈落ち着けよ。まだ話の途中だろうが。いいか、これは不幸中の幸いと言ってもいいが、さっき言ったように俺達には誓約がかかってねぇんだよ〉
「誓約って何!」
〈だから落ち着けって。誓約ってのは、召喚師と召喚獣の間で交わされる約定だ。と言えば聞こえはいいがな、実際は召喚師が召喚獣を縛り付ける、鎖、呪いさ。一方的に、強制的に繋ぎ止められるもんだから、胸糞悪い話だぜ〉
「うわぁ……」
日常を過ごしていたら、突然別の世界に誘拐され、その上強制的に奴隷にされる。ガリューはそう言っているのだ。召喚術……身の毛もよだつ恐ろしい魔法である。そんな狂った技術が一般的に存在しているとは、どうやら、予想以上にとんでもない世界に来てしまったらしい。
〈で、この誓約がないってことはだ。召喚師の庇護……束縛を受けないってことだ。つまり、俺達はいくらでも自由に動くことが出来る〉
「それが?」
〈クククク。俺はな、縛りがないのなら自力で世界を渡ることが出来るだけの力はある。……仮に縛りがあっても、場合によっては引き千切ってやるがな〉
「それって! それって、帰れるってことだよね……?」
〈おう〉
「やふー! じゃ、帰ろう! 今すぐ帰ろう! 即刻帰ろう!」
〈繰り返させんなよ……今は無理だっつってんだろうが。あのな、界を渡るだけの力を発揮できんのは、俺が完全な状態だったら、だ。半分に裂かれ、お前に取り込まれている状態じゃ、精々門を開くので限界だぜ。渡航するだけの力は残らん〉
「……つまり、どこかにあるガリューの半身を取り戻し、ついでに私の中から開放しろと?」
〈そんなところだ。半身のある場所は分からねぇし、お前自身の問題もあるから、やることは山積みだがなぁ〉
「……すぅー。……はぁー」
たっぷり息を吸い込み、深々とため息をつく。絶望的ではないが、気の遠くなる話だ。というかそもそも、手がかりもないのに、見つかるのだろうか。
〈心配すんなよ。俺の半身だぜ? どれだけ離れてようが、リィンバウムに顕現すれば確実に分かる。それに俺の意志がこっちにあるってことは、残った半分はただの力の塊だ。制御する意志がねぇんだ、派手に暴れるぜぇ? ククククッ〉
「うわぁ……。こっちの人間や召喚師とやらがどうなろうが知ったことじゃないけど、いたずらに被害が大きくなっても面白く無いね」
〈そうかぁ? 俺達の食い物に過ぎない愚劣低能のニンゲンどもが、勘違いして調子に乗って自滅すんだ。愉快極まりねぇじゃねぇか、爆笑モンだぜ。ハーハッハハハハッ!〉
「性格悪いね、ガリュー」
〈悪魔だからな!〉
頭の中でゲラゲラと笑う
とは言え、私自身別に博愛主義でも何でもないし、召喚師には痛い目を見て欲しいと思う。ただ、関係のない人間に飛び火することは些か気分が悪いのだ。
しかし、今の私には他の人間に注意を振りまけるほどの余裕はない。例えどこかで誰かが死のうが、私にとっての最優先はガリューの半身を取り戻し、その力で元の世界に帰還することなのだ。
「ねぇガリュー。さしあたって、私は何をするべきかな?」
〈何を、か? そうだな。とりあえず、力をつけろ。それが今すぐに出来る事で、かつやらなければならないことだ〉
「力をつける?」
何だろう。筋トレでもすればいいのだろうか。実のところ、鍛錬はしっかりしていたので、体力や体術には結構自信がある。
しかし、ガリューは私の考えを読み取ったかのように言った。
〈おそらく、お前が今考えていることと俺が言いたいことは少し別だな。いいか、元の世界に、お前の場合は“名も無き世界”だが、帰るためには、魔力の扱いにかなり長けてなければならない。特に、“名も無き世界”への道は常に不安定で、気を緩めれば狭間で立ち往生して、永遠に彷徨うことになりかねねぇ〉
「うわぁ……」
〈魔力の扱いと、自身の魔力そのものを鍛えることが、お前の課題というわけだ〉
「な、なるほど。あんまり分かんない」
〈分かれ。それにそれだけじゃねぇぞ。俺の半身、力の塊を、一時的とはお前の中に吸収することになる。今のままならお前、魂ごとお前の存在そのものが消えかねんぞ。そうなりたくなかったらよ、魂もついでに鍛えとけ〉
「更に分からなくなった!」
〈理解しろ。……後は、そうだな。戦闘経験を積んでおけよ。場合によっては、暴走する俺の半身を適度に痛めつけることになるかも知れんからな。半分だけでも力の塊だ、そう簡単には行かねぇだろうが……それでも、お前の中にある力を引き出しそれを十全に扱えるようになれば、そう難しくはねぇだろうよ〉
「あ、分かりやすくなった……」
確かに私自身護身術で自分の身を守れないことはないが、実戦経験は無いに等しい。仮に、突然殺し合いに放り込まれたとして、一体どれほど動けるものか。
それに、天使や幽霊鎧がいるような世界だ、通常手段で戦えるとは到底思えない。できるだけ早い内に少しでも、私の中にいるというガリューの力を借りられるようにならなければならないだろう。
〈お前、ツイてるぜ。この辺りは豊富にマナがある上に、四界のマナが点在してやがる。四界のマナが、混ざり合うような中心点も、近場にあるらしいしな〉
「マナ……それが、どうかしたの?」
〈丁度いい訓練場への門を開けるかも知れん。おい、移動するぞ〉
「え、あ、うん」
ガリューと話している間ずっと背を預けていた樹の幹から体を離し、私はガリューの導くままに歩を進めることにした。