それで百合関連の話しかこいつしないから記憶喪失に見えないのですよ。
採掘基地防衛戦・襲来。
採掘基地――という名のダークファルスを封印する施設であるそこを、【
具体的に言うと、ダーカー因子排出装置である青、緑、紫の三色セットの塔。
そう、三色全てなのである。
つまり一本でも残っていればクエストは成功になる温いクエスト――――なんてことがあるわけがない。
相手はダークファルス【若人】なのだ。
いかに弱体化していようと、そのダーカー指揮能力は健在。
『圧倒的物量』という暴力は、遥か古代から現在に至るまで変わることのない脅威である。
加えて。
【若人】の戦力として、『あいつ』が出撃しているのだ。
ダークファルス【
あのクレイジーサイコレズを止められるかどうか。
戦局はそこにかかっていると言っても、過言ではない――。
*****
「マスター……」
弓が、引き絞られる。
五本の矢を同時に番え、遠方のダーカーに向かって放った。
「シュート!」
空を切り、五本の矢は対象に収束するような軌道で飛ぶ。
矢は見事にブリアーダのコアを貫き、奴がダガンエッグを生み出すことを阻止することに成功した。
「イヴ! 前に出すぎだ! 紫の塔にゴルドラーダが集まってきてるぞ!」
「っ……! 大丈夫! 射程内!」
仲間の忠告に従い紫の塔を見ると、確かにゴルドラーダが塔の前に集まっていた。
ゴルドラーダ。
この採掘基地防衛戦のために【若人】が新たにデザインした新ダーカー。
固く、速く、力強い。
それだけなら、問題なかったのだが、奴らには一つ最大の特徴がある。
自爆するのだ。
戦況が不味いと判断した瞬間、奴らは塔目掛けて突貫し、大爆発を起こす。
大量のゴルドラーダが一斉に塔を爆破すれば、それだけで塔の耐久値は削りきられてしまうほどの威力なのだ。
そのためにデザインされたのだから当然だが、塔に近づけてはいけないダーカーNo.1である。
「厄介なダーカー作っちゃってもー……!」
文句を垂れながら、イヴは腰にぶら下げていた矢筒――ではなく、『セラータクレイン』と呼ばれるタリスの羽を一つ取った。
イヴの持つ『スサノヒキ』と呼ばれる和風の弓は、メインクラスがフォースである彼女にも使える特殊な弓。
それを、ちょっと変わった使い方をしている彼女は一部のアークスからこう呼ばれている。
【アイスコフィン】所属、『
ちなみに本人は恥ずかしいから呼ぶなと言ってるぞ!
「ラ・……! バータ!」
タリスの羽根を弓で放つ。
通常の数倍の速度で飛ばされた羽根は、ゴルドラーダの群れの中心でピタリと止まり――。
砂漠ですら凍える風を、広範囲に撒き散らした。
「ぎ……ぎぎ……」
「……ぐぎ……!」
ゴルドラーダの身体が、凍っていく。
耐性があるのか完全には凍らせきれていないが、それでも自由は奪えたようでゴルドラーダは塔そっちのけでまずは身体についた氷を砕くように身体を動かし始めた。
勿論、その隙を逃すような素人アークスはここには居ない。
「ギルティブレイク!」
「エンドアトラクトォ!」
【銀楼の翼】二人の攻撃が炸裂し、ゴルドラーダたちは消滅した。
最後っ屁のような爆発を残していったが、塔には届かない。
イヴが凍らせ、足を止めたおかげだろう。
「ありがとう、『氷結天使』!」
「流石だな『氷結天使』!」
「やめんかぶっ殺すぞ男子ぃ!」
顔を真っ赤にしながら怒りの形相で叫ぶと、イヴを『氷結天使』と呼んだ【銀楼の翼】二人は彼女から逃げるように緑拠点へ走っていった。
まだ緑には数体ダーカーが残っているので、それの援護に行ったのだろう。
彼らは遊撃役なので、その判断は間違っていないのだが……。
「くっそあいつら……ぜってー終わったら氷漬けに……ん?」
ふと気づくと、またも新たなダーカーの群れが出現していた。
ゴルドラーダが、十数体。
地ならしと共に、青い塔に駆けて行く。
たった一人しか防衛に就いていない、青へ。
ライトフロウ・アークライトが、守る塔へ。
「――カンランキキョウ」
一閃。
塔の前に立っている彼女の隣をゴルドラーダたちが通り抜けようとした瞬間、その身体は三分割された。
何をされたのかすら理解できないまま、
ゴルドラーダの集団は霧となって消えていく。
「うっわ流石……」
たった一発のフォトンアーツで十数体のゴルドラーダを撫で斬りしたライトフロウに若干引きつつ、イヴは駆け出す。
緑の塔の前に、大型虫系ダーカーであるダーク・ラグネが出現したのだ。
全く、休む暇も無いとぼやきながら弓に矢を番える。
既に五回目になるダーカーの
流石にそろそろ終わりだと願いたいが、と。
ラグネのコアに向けて照準を向けていたイヴの目に、とんでもないものが映った。
「……は?」
『き、緊急連絡! 緊急連絡です!』
オペレーターの声が、通信機に響く。
イヴの視界の先――そこには、一人の少女が居た。
剣のようなもので構成された、飛行機らしき乗りものに乗ってこちらに飛来してくる、少女が。
『巨大なダーカー反応が、高速で接近中! な、なにこの反応の大きさ……!? ダークファルスの二倍……いや、三倍!? これって、もしかして……!』
「うばー!」
ちゅどん、と。
剣に乗った少女は、まるでクォーツ・ドラゴンの突進のように地上へ落下した。
否――地上へ、というより、ダーク・ラグネの上に落下した。
「う、うばー! やっちまったー! 着地失敗! ごめんねラグネちゃん……この仇は必ずあたしが討つから!」
その衝撃で、ダーク・ラグネは爆裂四散。
跡形も無く消え去った。
「あ……あれは……」
「……いやだねぇ、まさかこんな時にお目にかかるとは……」
たったの一撃で、大型ダーカーを潰した彼女を、アークスたちは知っている。
資料で見ただけだが、見間違えようも無い。
白い髪、白いドレス――赤い、瞳。
無限の剣を操る、『白い』ダークファルス。
『ダークファルス……! ダークファルス【百合】です! 皆さん、気をつけてくださーい!』
「さて、と」
一気に緊張が走るアークスたちの心情など知ったことかと【百合】は、のんびりと周囲を見渡す。
そして、三本残っている塔を見るなり、にっこりと笑った。
「やぁっと三本とも残ってるとこに来れたわ」
さぁてアークスさんたち、あたしとアプちゃんの愛のために死んでね? っと。
【百合】はとても可愛い笑顔で言い放ち、駆け出した。
*****
二十分程前――採掘基地周辺・上空。
採掘基地全体が見渡せる少し離れたその場所に、ダークファルスが二人。
言わずもがな、【若人】と【百合】だ。
【双子】を例外とすれば、ペアで行動するダークファルスなどこの二人以外有り得ない。
「戦局は、いい感じね」
「奇襲だからねー、最初は圧倒するくらいじゃないと意味無いよ」
既に戦火が上がっている基地を見ながら、【若人】は嬉しそうに微笑む。
それに対して、【百合】は意外と冷静な反応を見せた。
……この子が自分より冷静だと何か腹立つわ、と理不尽な考えを言葉にしないように飲み込んで、【若人】は言葉を返す。
「……まあ、でもその通りね。ゴルドラーダは自信作だけど、攻略法さえ分かってしまえばそう対処が難しい子でもないもの」
「うば、そうだねー……実際もう倒し方のコツを掴んでるやつらも何人かいるねぇ」
「なら、そろそろアンタも出して欲しいんだけど?」
【若人】の言葉に、【百合】は首を傾げた。
出す? 何を? と思考を巡らすが、答えは出ない。
「? 何を出せばいいの? おっぱい?」
「違う。眷属よ眷属。ダーカーを使役する能力はダークファルスの基本能力でしょうが」
「あー……」
捲りかけていた服から、手を離す。
何故かちょっと残念そうにしながら、【百合】はいつもの剣を手元に出現させた。
「多分だけどね、"これ"があたしの眷属」
「……は?」
「剣型ダーカー、って言うのかな。『好きなだけ生み出せて』、『自由に操れて』、『ダーカーコアがある』から多分これがあたしの眷属」
言いながら、【百合】は剣をさらに二本生み出して、ひゅんひゅんと周囲を旋回させ始める。
茜色の剣の中心には、確かに赤いコア――ダーカーコアが鈍く輝いていた。
「ふぅん……自立行動はできなさそうだけど、確かに有り得そうな話ね」
「ああ、そういえばだぶ……だふ……ええっと、だぶる? と戦った時に思い出したんだけど、こんなことも出来るんだよ」
もう【
興味の無い存在にはとことん興味を持たない女である。
それは兎も角。
【百合】は宙に浮く剣に手をかざした。
ばちり、と。
ダーカー因子と同じ色の電流が、一瞬だけ刀身を伝う。
「"
瞬間。
「アプちゃんがゴルドラーダを作った時みたく、こうやって――」
変異させて、変化させて、変形させる。
そうやって、新しい剣の形を造りだす。
まるで、新しい種類のダーカーを生み出すように。
「好きなように、形を変えられるようになったよ」
剣は、刀身が縮み柄を伸ばし、まるで槍のような形に変異していた。
「…………」
その、【百合】の新たな能力を見て【若人】は絶句した。
この女、さらに強くなっている。
というよりも、
元の力を取り戻したとして、コイツに太刀打ちすることができるのだろうかという考えが【若人】の頭を過ぎる。
「まーでも剣の形が一番使いやすいからね、あんまし使わないかも」
「……ふ、ふぅん……まあ、どうでもいいわ」
それよりも、と【若人】は話題を切り替える。
実のところ【百合】は何が出来て何が出来ないのかをはっきりさせる必要はあると思ったが、今は戦闘中。
「【百合】、アンタもそろそろ
「アプちゃんと楽しくお喋りすること以上に大事なことがあるだろうか、いや無い」
「あたしの役に立ってくれるんじゃないの?」
「アプちゃん、あたしは確かにアプちゃんの役に立ちたい。でもそれだけじゃ駄目だと思うの」
珍しく。
というか始めてみるかもしれない、【百合】の真剣な瞳。
でもどうせ禄でもないこと言うんだろうなと【若人】は目を細めた。
「一方的に貢ぐのは、愛とは言わない。相互に尽くしてこその結婚なんだよ」
「いつの間にあたしたちは結婚したのかしら……」
「え? 会ったその日からだけど……?」
ダークファルスに似つかわしくない純粋な瞳で首を傾げる【百合】に恐怖しか湧き上がってこない。
この子の脳内はどうなってるのだろうか。
お花畑でも咲いているのだろうか。それもやばい薬になる系のやつ。
「……で? つまり手伝う代わりに何かしろっていうの?」
「うば。その通りその通り。何して貰おうかなぁ……ええっと」
びしっと、指を三本立てて【百合】は【若人】に腕を突き出す。
「三本。塔を三本壊したらほっぺにチュー」
「…………」
「十本壊したらハグ、十五本で添い寝、そして三十本で大人の階段をゴーアップ!」
「…………」
絶句。
さっき以上の、絶句。
なんというか、言葉が見つからないというのはこういうことを言うのだろうか。
「と、いうご褒美をアプちゃん主体でお願いします! あたしネコなんで! じゃーいってきまーす!」
「あ、ちょっ……!」
「"変形"!」
【若人】の制止は残念ながら間に合わず。
【百合】は剣を飛行機のように変形させて飛んでいってしまった。
あっという間に豆粒のような小ささになった【百合】の後姿をしばらく見つめた後、ため息を吐き呟く。
「……ホント、扱い辛いのやら扱いやすいのやら……」
「……どうやら苦労しているようだね」
直後、背後からねっとりとした絡みつくような男の声がした。
【若人】は、知っている。
このねっとりとした声の主を。
振り返る。
そこには、見るからに胡散臭い男が立っていた。
銀色のレコーダーショートと呼ばれる髪型に、黒いラインが中央に入った白いスーツのような服。
目元のタトゥーと、余裕たっぷりのいやらしい笑みが特徴的な男だ。
「君みたいなウジ虫が、随分と早く力の封印場所に辿りついたからどういうことかと思ったが……成る程、彼女が手を貸していたのか」
「あら、負け犬じゃない……何か用?」
負け犬、と【若人】に呼ばれたこの男の名は『ルーサー』。
アークスの研究機関――
そんな男が、何故【若人】の前に姿を現したかというと、理由は単純明快。
彼は、ダークファルスなのだ。
シズクがかつて予想した『上層部に潜り込んでいるダークファルス』とは彼のことである。
「別に君に用は無いよ。噂の白いダークファルスを一目見ようと遠くから観察してただけで、君に話しかけたのもただの気まぐれさ」
「あらそう。……でも悪いことは言わないから今すぐ巣に帰った方がいいわよ」
「……? 言われなくとも、彼女が戻ってくるまで待つ気なんてさらさら無いよ。どうもあれは僕の望んだものでは無さそうだ――」
「ああいや、そうじゃないわ」
【若人】は、首を振ってルーサーの言葉を否定した。
その目には、なにやら同情というか諦めというかそういった感情が込められている。
「
「……っ!?」
【若人】のセリフが終わる前に、ルーサーは自身の周囲にバリアを展開した。
遥か遠くに、こちらへ向かってくる高速の物体が見える。
白い髪をはためかせて、どす黒いオーラを放ちながら、
剣の飛行機に乗った【百合】が、殺意を全開に鬼の形相で高速接近してきている!
「アプちゃんに近づく男っぽいダーカー因子を感じてみればぁ! やっぱり来てたかこのクソノンケ野郎がぁああああああああああああ!」
「演算完了……くっ……!」
「くらえ必殺! 『百合系作品のノンケ向け二次創作に出てくる作者の自己投影オリキャラ男主人公絶対殺害剣』!」
バリアでは受けきれないと判断したのか、ルーサーは跳んだ。
跳んだところで、【百合】の剣は自由自在な軌道を描く。
回避など不可能だ、けれど――。
距離は稼げた。
「…………ちっ」
果たして【百合】の長すぎる技名の技は、空を切った。
技と言ってもぶっちゃけただの体当たりだったのだが、それでも必中・必殺の攻撃なのだが……。
「空間転移か……これだからノンケはチキンだわ」
「【百合】……」
「あ! アプちゃん大丈夫だった!? 何もされてない!?」
剣を乗り捨てして、本気の心配顔で【若人】に詰め寄る【百合】。
鬱陶しいことこの上ないわ、と心の中で毒づきつつも、仕方なく頷く。
「ええ、何もされてないわ。心配してくれてありがとう」
「そっか……」
【若人】の言葉に、【百合】は安堵したようにため息を吐いて、
にへら、と。
可愛らしい笑顔を浮かべて言い放つ。
「よかった……」
「……っ」
その瞬間、【若人】の心臓がとくんと一つ跳ねた。
「……な、あ……!」
「じゃ、あたし今度こそ行くね!」
ほんの一瞬、心臓が鼓動を強くなった。
ただそれだけ。
それだけ、なんだけど。
(屈辱……的だわ)
(あろうことか、今あたしは……この頭のトチ狂ったこの子を……可愛いと……!?)
「何かあったらすぐ呼んでねー! ソッコーで戻ってくるからー!」
そう言い残して、【百合】は再び採掘基地へと飛び立っていった。
その後ろ姿を見つめながら、ふとさっき言ってた『ご褒美』の件を思い出す。
塔三本でほっぺにチュー。
十本でハグ。十五本で添い寝。三十本で大人の階段をゴーアップ。
それを、されるのではなくしなくてはいけない。
「………………」
この日のために生成した兵力全てを【百合】に集中させて倒そうという案が頭を一瞬よぎったが、不可能だと思い直す。
最低限元の力を取り戻さない限り、彼女に勝つことはできないだろう。
仕方が無い。
本当に仕方が無いが、嫌で嫌でしょうがないのだけれど……。
「…………ま、まあ、添い寝までならよしとしましょう……」
二十五本くらいあの子が塔壊したら撤退しよう、と心に決めて。
【若人】は、ほんの少しだけ。
本当にちょびっとだけ、満更でもないような表情を見せた後、大きなため息を吐くのであった。
一歩前進。