結局のところ、それしかないのだろう。
待ち合わせ場所に指定したシズクの部屋に向かいながら、リィンは考える。
素直に、正直に、真っ直ぐ。
自分の気持ちを伝える。
(私にそれが、できるのかな)
素直に自分の気持ちを前に出すなんて、恥ずかしい。
照れくさいし、何より不安だ。
シズクに自分の本心を否定でもされれば、立ち直れない。
(ちょっと前までは……)
(そう、【コートハイム】の頃は、もうちょっと素直に話せたような気もするんだけどなぁ)
メイとアヤ。
あの二人の、母性というか父性というか……兎も角そういった性質が理由の一つだろう。
今よりリィンが無知だったというのもあるが、それよりも彼女たちの存在が大きかった。
「二人っきりのチームになった途端にこれだものねぇ……」
シズクもリィンも、まだまだ子供なのだろう。
十三歳と十六歳なのだから、当然といえば当然なのだが。
「…………入るわよ、シズク」
気が付けば、もうシズクの部屋の前にたどり着いていた。
一言だけ言って、扉を開ける。
さっきから、心臓が煩くて仕方ない。
声だって震えてる。
こんな緊張してるの、生まれて初めてだ。
「……いらっしゃい」
椅子に腰掛けて、雑誌を読んでいたシズクが顔を上げて振り返る。
声の調子も、表情も、いつもと違う。
怒ってるのかな、と。
リィンは少し身体を強張らせた。
「座って」
「……う、うん」
黄緑色の机を挟んで、向かい合う。
腰掛けた椅子が、妙に冷たく感じた。
「……それで、話って何?」
「ええっと……」
メールでは、『直接会って話したい』としか言っていない。
多分これは、直接言わなくちゃいけないことだからだ。
対人経験の浅いリィンにも、それだけはなんとなく分かっていた。
(覚悟を決めなくちゃ……私!)
この時、リィンは気付いていない。
自分の心を律するのに夢中だったから仕方が無いのだが……。
シズクの手が、小刻みに震えていて。
目尻には薄く涙が浮かんでいることを、リィンは気付かない。
シズクだって不安なのだ。
直接会って話したいことが、チームの解散とか、友達やめるとか、そういうのだったらどうしよう、と。
「……まずは、その、ごめんなさい」
椅子に座ったまま、頭を下げる。
可能な限り、誠意を伝えるように。
「私が、その、素直になれないだけなのに……馬鹿、とか言っちゃって、ごめん」
「…………」
「シズクがよければだけど……これからも一緒に――シズク?」
下げていた頭を上げて、シズクの表情を伺った瞬間、リィンは言葉失った。
ぽろり、と。
シズクの瞳から、涙が一滴零れたのだ。
「えっ」
突然の事態に、リィンは思わず目を見開いた。
涙は止まらず、シズクの頬を次から次へと流れ落ちていく。
「…………よかった」
「え? え? ど、どうしたのよシズク」
「うばぁー……よかったよぉー……」
くしゃくしゃに表情を崩して、シズクは項垂れた。
心底安心したように息を吐きながら、しきりに「よかった」と繰り返す。
「……何で、シズクが泣くのよ」
「だって、だってリィンに嫌われたかと……別れ話を切り出されたら、どうしようって思ってて……」
「は、はあ? それは私の台詞よ! 私だって……シズクに嫌われたらどうしようって……」
「リィン……」
顔を、見合わせる。
お互いに、嫌われるかもしれないなんて思ってたことに気付いた二人は、
どちらともなく、可笑しそうに微笑んだ。
「……じゃあ、仲直りってことでいいのかしら」
「うば。……いいんじゃない?」
「…………ぷっ」
「…………にひ」
部屋に、二人の笑い声が響いた。
あんなに悩んだのに。
あんなに辛かったのに。
一言謝っただけで、今までのことが嘘のように心が軽くなった。
「あー……、私仲直りって初めてしたわ」
「お姉さんとは仲直りできてないもんねぇ」
「あれは仲違いっていうか……まあ、そうね」
形はどうあれ、仲違いには違いないか。
あんまし思い出したくない顔を思い出してしまい、リィンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そんなリィンの表情の変化に笑いながらも、シズクは一息吐き、改めて口を開いた。
「……でさ、リィン。話を蒸し返すようで悪いんだけど……」
「ん?」
「リィンがあんなに不機嫌だった理由ってなんなの?」
「うぐっ」
やっぱ気になりますよね、とリィンは口を噤んだ。
苦笑いを浮かべながら、頬を染める。
嫉妬してましたなんて、やっぱり言うのは照れくさい。
けど、素直に気持ちを伝えると決めたから……。
「あー……うん、その……」
「また同じ理由で喧嘩をしたくないしさ、出来るなら言って欲しい」
「…………」
「大丈夫だよ、どんな理由だったとしてもあたしは笑わないし、馬鹿にしないし、嫌いになんてならない」
……シズクの言葉が最後の一押しとなったのか、リィンは立ち上がった。
立ち上がって――歩き出す。
机を横切って、シズクが座る椅子の背後まで。
「……リィン?」
「シズク、こっち向いちゃ駄目よ」
そう言って、リィンはシズクの顔を両手で押さえて正面を向かせた。
そしてそのまま――しゃがんで、シズクの背中に顔を埋める。
「ちょっ!?」
「……顔を合わせたままだと、恥ずかしすぎるから……」
だからこのままで。
話を聞いてほしい。
その言葉に、シズクは頬を染めながらも静かに頷いた。
「あのね、私ね……し、嫉妬、してたんだと思う」
「し、しっと……?」
「……うん」
シズクの顔を押さえていた、リィンの手が。
右手の薬指が、シズクの唇にそっと触れた。
「シズクが他のヒトが持っていないような、特別な能力を持っていることはもう知ってる」
「…………」
「その能力を、忌避してるのだって、何となく分かる。でもね――」
リィンの左手人差し指が、シズクの目元をなぞった。
海色の瞳は、先ほどまでリィンが座っていた椅子を映している。
「何で、私には教えてくれなかったの」
「…………」
「何で、私には相談してくれなかったの。何で、私には隠してたの」
他の人には――サラさんたちには、話してたのに。
疑問符は付かない。
何故ならばこれは、疑問を投げているのではなく、訴えかけているのだから。
問うというより責めているのだ。
「事あるごとに目を瞑ってだとか耳を塞いでとか言っちゃってさ。あれって『聞いたらマズイこと』じゃなくて『聞いて欲しくないこと』なんでしょ」
「…………」
一度素直になってしまえば、後は止められなかった。
言いたい言葉が、すらすらと口から流れるように出てくる。
怒っているのではない。
疑問を投げかけているのではない。
ただ、訴えかける。
「シズクにとって、私はそんなに頼りにならないのかなぁって、そう思ったら」
「……怒りが湧いてきた?」
「……うん」
それは、悪いことをしたなぁ、とシズクは呟いた。
頼りにならない? そんなことは決してない。
逆に、頼りにしすぎているくらいだ。
どんなときだって、リィンさえ隣にいれば何とかなるとさえ思っている。
(だからこそ、あたしはリィンに頼ってばかりなのは何とかしなくちゃいけないし)
(何よりリィンの前では普通の女の子で居たかっただけだったんだけど……)
そのことが、リィンを思い悩ませる原因になってしまったのか。
……ままならないなぁ。
(あたしがリィンに守られてばかりだから、かな……)
(守ってくれてるヒトの変化にも、気付かなかったなんて……)
「ねえ、リィ――」
「シズク」
シズクが口を開いた瞬間、リィンがそれに被せるようにシズクの名を呼んだ。
機先を制されてしまった。
「私は、シズクに守られてばかりな頼りないやつかもしれないけど……」
「…………」
「強くなるから。絶対、シズクを守れるくらい強くなるから――だから、私にも…………シズク?」
シズクは、笑っていた。
堪えきれないとばかりに頬を真っ赤に染めながら、口元を大きく歪めて。
「シズク……私は真剣なんだけど」
「ご、ごめん……でも、うん、リィンもあたしの思いを聞いたら笑っちゃうと思う」
「……?」
シズクは、顔を上げた。
身体を反って、背後にいるリィンと目を合わせるように。
「あたしはね、ずっとこう考えてたの。『あたしはリィンに守られてばかりで、頼りにし過ぎているから、せめて自分の能力や正体くらいはリィンに頼らないようにしなきゃ』って」
「………………はぁ? 何よそれ」
「一体どこですれ違っちゃったのかね、あたしたち」
どんなに察しが良くても。
どんなに仲が良くても。
結局のところ、気持ちというやつは言葉にしなければ伝わらないのだろう。
ハドレッドとクーナがそうだったように。
きちんと目を見て、きちんと話さないと、伝わるものも伝わらない。
「話すよ」
「……?」
「あたしの正体のことも、能力のことも、いつか絶対話す。リィンには、必ず報告する」
シズクは立ち上がって、リィンの目を見ながら言葉を紡ぐ。
リィンの両手を手で取って、小指と小指を絡ませた。
ぎゅっとシズクが指に力を込めると、二人の頬が、微かに赤く染まる。
「だから、今はまだちょっとだけ待ってて。サラさんが、きっとその内教えてくれるからさ」
「…………サラさん頼り?」
「しゃーないじゃん、あのヒト答え知ってるんだからさ……」
ジト目になったリィンを諌めるように、シズクは苦笑いを浮かべた。
「十三年間ずっと考えてた答えを、知ってるっていうんだ……もう今更あたしが考えるより、教えてもらった方が早いよ」
「…………まあ、私が考えても無駄なんだろうけどさぁ」
繋いだ小指を解いて、また繋ぐ。
今度は、リィンがぎゅっと強く指に力を入れて。
「じゃあ、私は強くなる。もっと、誰からもシズクを守れるくらい……シズクが例え『何』だったとしても、シズクと一緒にいられるくらい」
「……嬉しいけど、あたしも同じ考えだよ。あたしだってリィンを守りたい」
「悪いけど、これは譲れないわ。私がシズクを守る、シズクが私より強くなったとしても、私はそれを越えてもっと強くなる」
「うばー……それならあたしもリィンがあたしより強くなるたびにそれより強くなってやるし」
「むぅー……平行線のようね……」
ぷぅーっとリィンは頬を膨らませた。
戦闘において、シズクを守るのは自分の役目だ。
それは例え、シズクにだって譲れない。
「うっばっば、でもこれあれだね、あたしたちは一緒にいれば無限に強くなれるような感じになってくるね」
「そうねー……私が強くなればシズクが、シズクが強くなれば私が――……」
と、そこで。
リィンは何かに気づいたように、目を見開いた。
「……これ、か?」
「……? リィン?」
「これなのかな、答えって……うん、間違いない、間違いない筈!」
絡めた小指を解いて、リィンはシズクの肩を掴む。
嬉しそうに目を輝かせ、キスしかけるほど顔を寄せながら、叫ぶ。
「これだよシズク! これなんだ!」
「な、何が……?」
「問題の答え! マリアさんが出した、問題の答えだよ!」
自分より才能があって、自分より努力をしていて、自分より経験があるヒトに、勝つ方法。
その解釈は、実のところサラの間違いだ。
『リィン・アークライトが、ライトフロウ・アークライトに勝つ唯一の方法』。
それは、一人で強すぎる者たち――すなわち一騎当千の力を持っている存在では、
逆に辿りつけない一つの境地。
『二人で強くなる』。
『二人で一緒に、戦う』。
シズクという、ベストパートナーと"出会えた"ことによって開かれた、新たなる道である。
リィンの答えが合っているのかどうかは次話で。