どうしてこうなったのか。
アークスシップ・ショップエリア。
その一角にあるカフェで、シズクは静かにそっと呟いた。
目の前には、よっぽど良いことが無いと頼もうとは思えないほど豪華絢爛な昼食。
向かいの席には、これ以上無いくらい上機嫌な相方が笑顔でシズクを眺めながらパスタをくるくるとフォークに絡めていた。
シズクの頭頂部には、黒いウサ耳ヘアバンド。
いつだったかリィンが買ってきたあれだ。
「昼食は奢ってあげるから、代わりにこれを付けてね」
リィンのその言葉に、シズクは逆らうことが出来なかった。
何故なら金が無かったから。
昼食にあてる筈だった修了試験の護衛任務の報酬が、小額だったわけではない。
ただ単に、うっかり得たメセタをクラフトに使ってしまったのだ。
もう完全に自分が悪いので、何も言い訳ができない……自己の中に浪費家な一面があったことには驚いた。
デイリークラフトだけちょこっとやろうかとクラフトビルダー前に立った結果がこれである。
まるで目に見えない何かがあたしにウサ耳を付けたがっているみたいだ、なんていうのはただの被害妄想に違いない。
「いやー、やっぱシズクは黒ウサ耳が似合うわねぇ……」
「うう……なんでウサ耳なんだよ世界観的にリリーパ耳とかラッピー耳にしとけよ……いやそれでも嫌だけどさぁ……」
軽い意趣返しとして滅茶苦茶高いランチメニューを頼んだというのに、まるで気にした素振りを見せないリィンの台詞を無視して若干メタメタしい言葉を放つ。
「あ、シズク。高価いやつ頼んだんだから、今日一日それ付けててね」
「うば!?」
何そのルール聞いてないんですが!?
と嘆くシズクを楽しそうに眺めるリィンの端末に、着信が二つ入った。
チーム関連の通知メールだ。
今いいところなのにと文句を言いながら、リィンは二つのメールを開いた。
「…………あー」
「うば? どしたのリィン」
小首を傾げるウサ耳シズク。可愛い。
お世話をきちんとするからマイルームでこの子飼えないかしらとか考えつつ、リィンはシズクに二通のメールを手渡した。
「……うばば、これはこれは」
「どうする?」
「とりあえず話してみようか。面接だね面接」
送られてきたメールの件名は、『チーム入団申請願』。
送り主は、お察しの通りイズミとハルだった。
*****
「あの子たちホントよく合格できたわよね……」
「実力はあるし、度胸もあるからねぇ……まあそんなに心配しなくても、あたしが見た感じじゃそんなに悪い子達じゃなさそうだったよ」
「シズクが言うならそうなんでしょうね……いやでもうーん……」
【ARK×Drops】・チームルーム。
普段滅多に使わないどころか、チームツリーを育てる目的以外で足を運ばない場所で、二人は面接の準備を進めていた。
椅子を運んだり、机を動かしたり、お茶の準備をしたり。
そんなに大掛かりな準備をするわけではないので、それ自体はすぐに終わった。
あとはイズミとハルが来るのを待つだけである。
ちなみに流石にウサ耳は勘弁してもらった。
ただし後で写真を一枚撮られることを条件に。
本当、どうしてこうなった。
「何時に指定したっけ?」
「十三時。だからそろそろ来るわね」
言って、リィンはアイテムパックから眼鏡を取り出すとそれを掛けた。
青色の知的な眼鏡である。
……勿論、リィンは普段眼鏡など掛けていない。これは先ほどマイショップで取り急ぎ購入したものだ。
「…………リィン、何故眼鏡?」
「え? 面接官って眼鏡をかけてるものじゃないの?」
「…………」
まあ、似合ってるし可愛いからいいか。
どうせ漫画知識だろう。
こういう偏った知識を矯正するために、今度何か漫画以外のものを読ませないとなぁ、と。
シズクが何を読ませようかインターネットで検索しようとした直後だった。
「失礼します」
「失礼しまーす!」
イズミとハルの二人が、チームルームへと入室してきた。
イズミは礼儀正しく、ハルは元気一杯に。
相変わらず面白いくらい対照的な二人だったが、今の二人にはなんと共通点があった。
どちらも、顔を大きく腫らしていたのである。
青痣もところどころにできていて、折角の美少女が台無しになっていた。
「改めましてハルです! 今日はよろしくお願いします!」
「イズミです。よろしくお願いいたします」
あ、先輩にはちゃんと敬語使ってくれるのね。
とかそんな考えがシズクとリィンの頭を過ぎるが、今はそんなものどうでもいい。
「……ど、どうしたのその顔」
「あ、これですか? イズミが喧嘩売ってきたので仕方なく買ってあげただけです」
「あ゛? 先に手を出したのはそっちでしょうが」
「ぷぷぷのぷー、先手必勝っていう四字熟語も知らないの?」
「その『ぷぷぷのぷー』ってやつ可愛くてむかつくからやめなさいぶっ飛ばすわよ」
「ステイステイ」
二人に会話させると、長々と話し続けた末に喧嘩を始める未来しか見えなかったので、間に入って止めるシズクであった。
「何はともあれとりあえず……顔の腫れくらい治してね、はいこれモノメイト」
モノメイトを飲んどけば、これくらいの顔の傷くらいすぐに引くだろう。
しかしほんと、仲が良いのか悪いのか分かり辛い二人である。
シズクの察しの良さを持ってしても、イマイチ分からない。
お互いに相当複雑な感情を抱いているのだろう。
シズクは、複雑な感情を察するのは苦手なのだ。
「と、いうわけで。あたしが副リーダーのシズクで……」
「私がリーダーのリィン・アークライトよ。よろしく」
モノメイトを飲んで綺麗な顔に戻った二人を座らせて、シズクとリィンも向かい合うように彼女らの正面に座る。
お茶を全員分注いで、面接開始である。
とは言っても面接をする側のノウハウなんてものは持っていないので、まずは無難なところから。
「じゃあまずは自己PRをして貰おうかな、イズミちゃんからお願い」
「自己PR……自己PRって何を話せばいいんですか?」
「名前と、年齢と……あとは好きなものとか嫌いなものとか、趣味特技とか? 将来の夢とかも聞いておきたいね」
流石に就職活動中の大学生じゃないのだから、自己PRの練習はおろか面接というもの自体初めての体験なのだろう。
少し考えるように手を顎に当て、その後軽く眼鏡の位置を直してから語り始めた。
「名前はイズミ。年齢は13歳で、好きなものは特にありません。嫌いなものはコレ」
コレ、とイズミはハルを指差す。
ただ、この程度の悪口は今更なようで、ハルは軽くイズミを睨むだけで喧嘩には発展しなかった。
もしかしたら面接中ということで自重しているのかもしれないが。
「趣味は修行、特技は……勉強? ですかね」
「うっわつまんねー趣味特技」
「黙りなさい。将来の夢は……最強のアークスです」
以上。
と言って、イズミは自己PRを終えた。
将来の夢は、最強のアークス。
それと、趣味は修行というワードが琴線に触れたのか、リィンが「ほぉ」と声を漏らす。
「修行が趣味か、いいわね。今度一緒に滝行でもしましょう」
「……それ意味あるんですか?」
「精神力を鍛えるのはフォトンを扱う上で大事よ?」
同じようなことをサラに言われて、滝壺に叩き落されたことを思い出しながらリィンは言う。
マリアの弟子だけあって、サラの指導もかなりのスパルタだったのだ。
「では、まあ……機会があれば是非」
「……じゃあ次ボクの番ね!」
喰い気味に、ハルは手を大きく挙げた。
やっぱ元気な子だなぁ、と思いながら、シズクは苦笑いで「うば、どうぞ」とハルの自己PRを促す。
「ボクの名前はハル! 年齢は13歳! 好きなものは自分、嫌いなものはイズミです!」
「うばー、ある意味両想いだね……」
なんて嫌な両想いなのだろうか。
でも、お互い嫌いあってるはずなのに、一緒のチームに入りたがってることに関しては特に何も言わないんだよなぁ。
もうその辺の言い争いは終わっているのか。それとも……。
「趣味はゲーム、アニメ、漫画。特技は運動全般です! 将来の夢は……」
言って、ハルはちらりとリィンの顔を伺った。
その後怨めしそうにイズミを睨み、ため息を一つ。
「……?」
「将来の夢は、最強のアークスです!」
「ちょ、真似しないでよ」
「真似とかじゃないしー! アークスたるもの志は高く持っておくべしだしー!」
ぷくーっと頬を膨らませ、拗ねるように叫ぶハル。
なんというか、思考が読めない子だなぁと思いながら、リィンはちらりとシズクの様子を伺った。
すると、シズクは、
「……あーなるほどそういう感じねぇ……」
と、何かを察したように、小さく呟いていた。
いつものように能力で、何かに気づいたのだろう。
しかしてその表情は、何故か笑っていない。
真顔である。
(シズク……?)
「それじゃあ次は志望理由でも訊こうかな、じゃあまたイズミちゃんから」
パッと笑顔に切り替えて、シズクはイズミに向けて言った。
気のせいだったかな? とリィンが後輩二人の方に視線を戻すと……。
イズミはリィンを親の仇でも見るかのような鋭い目つきで睨んでいて、
ハルはリィンをキラキラとした羨望の眼差しで見つめていた。
「……!?」
「私の、志望理由はですね……さっきも言ったとおり私は最強のアークスになりたいんですよ」
もしかして、自分だけ状況に付いていけてない? と不安になるリィンを他所に、イズミは語り始める。
変わらず、リィンを睨んだまま。
「だけど、いきなり何のステップも踏まずに最強になれるなんて言うほど私は自惚れていません。目標は堅実に目の前のことから……だから修了試験でお二人を見て、思ったんです」
「…………」
「若くて、女性で、そこそこ強い。お二人は最初の目標として丁度よかったのですよ」
にやり、とイズミは笑う。
13歳の少女とは思えない、狡猾な笑みだ。
「『目標を達成した』、と……つまり、お二人から学ぶものが無くなったと感じたらすぐにチームから出て行くので悪しからず」
そう言って、イズミは優雅にお茶を啜った。
中々不遜なことを言う子だ。
まあだが、そういうのも若いうちは全然有りだ(歳はシズクと同い年だが)。
さて何と返してやろうか、とシズクが思考を始めた瞬間。
ハルが、「え?」と素っ頓狂な声をあげた。
「え? そうなの? ボクてっきり男性恐怖症かつコミュ症だから、人数少なめで女性しかいないチームの人と、修了試験でちょっとしたコネが出来たから此処に入ろうとしてると思ってたわ」
「ぷはっ!?」
シリアスさんが、一瞬で何処かに飛んでいった瞬間だった。
辛うじて吐き出さなかったが、お茶が気管に入ってしまったようでしばらく悶え苦しんだあと――イズミはハルを睨みつけ、叫ぶ。
「ななななな、な、何を言ってるのアナタは! 別に私確かに友達は少ないけど男性恐怖症でもコミュ症でもないわ! 変なこと言って私の株を下げようとしないでくれる!?」
「だってこの前研修所の後輩男子に道を訊ねられた時、ソッコーでボクの後ろに隠れてたじゃん」
「わー! わー! ち、違うわよ! あれはアナタの背中が隙だらけだったから抉りこむように背中からボディーブローをかましてやろうと思って……」
「かまさなかったじゃん」
「やめといてあげたのよ! 私の海のような慈悲深さに感謝しなさい!」
「…………」
勿論、最初に言った志望理由も嘘ではないのだろう。
でも多分それ以上に、後者のハルが言った理由が本音なんだろうなぁ、とシズクは思うのであった。
「じゃあ次はボクの志望理由ですね! えーっとですね、ボクはぁ」
「ちょっと待って! 今の理由で納得してもらったら私困るんですけど!?」
だがしかし。
ハルがそんなもの待つわけがなく、イズミの抗議を無視して彼女は語りだす。
あえて悪く言うと、自分語り大好き少女なのである。
「ボクはですねぇ、ぶっちゃけて言っちゃうと、その、リィンさんに惚れ……いや、憧れちゃいまして」
「……私に? ……言っておくけど、私からお姉ちゃんを紹介して貰おうとしても無駄よ? もう関係は断絶してるから」
「あ、そうなんですか? でもそんなこと考えてませんよー、ただ純粋に……ボクらを助けてくれたアナタの背中が、格好良かったなぁって」
そう思ったからです、と。
ハルは満面の笑みで答えた。
「ふぅん……まあ、悪い気はしないわね」
若干照れながら、リィンは言う。
なんというか、先輩ってこんな感じなのか。
思えば始めての後輩だ。
メイさんやアヤさんもこんな気分だったのだろうか。
「リィン、頬緩んでるよ」
「え、嘘」
「全くもう……」
なんてことを考えていたら、呆れた様子のシズクに怒られてしまった。
なんか、シズク、機嫌悪い?
いやでもすぐに笑顔に戻ったし……。
(……気のせい、かな?)
「うばば、ハルちゃん、リィンに憧れるのはいいけどあたしとも仲良くしようね。勿論、イズミちゃんも」
「とーぜんですよ先輩! ボクは何処かのコミュ症とは違いますから! 頑張ってチームを盛り上げましょう!」
「だからコミュ症じゃないっての! ……ん? 仲良くしようってことは……」
「うん、二人ともこれからよろしくね」
何はともあれ。
問題児ではあれど、悪い子たちでは無さそうだ。
合格である。
リィンとは相談してないが、元々こういう判断はシズクに一任されているのだ。
それに一応リィンの様子も伺ったが、特に問題無さそうだったし。
「よろしくお願いします!」
「まあ、よろしくです……」
こうして、チーム【ARK×Drops】に新しいメンバーが加入した。
イズミとハル。
才能ある若き問題児が、この先物語にどう影響を与えていくのか。
それはまだ、誰にも分からない未来の話。
(実は作者にも分からない)。
何でハルちゃんリィンに惚れてるんだろう……元気キャラはホント勝手に動くなぁ……。