AKABAKO   作:万年レート1000

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やりたいことを詰め込んだら長くなりました。多分今までで最長なんじゃないかな……。


アブダクション編⑤:海色の光

「そういえばアヤ先輩、何でヒューナルとメイ先輩が戦っているとき、いつまでも逃げなかったんですか?」

 

 それは、【コートハイム】が解散した数日後だった。

 

 諸事情でアヤと二人食事を取っていたシズクは、何となく雑談のつもりでそんな話題をあげたのだ。

 

 別に逃げなかったことを責めているつもりはないし、また、アヤも特別な反応を返さず手元のカフェオレを一口啜ってから、普通の声色で応えた。

 

「メーコが諦めるからよ」

「諦める?」

「生きることを、ね。あの時メーコがヒューナルに必死で抗っていた理由は、『私を逃がすため』、よ」

「…………うば?」

 

 理解できない、とばかりにシズクは首を傾げる。

 

 その反応を見て、アヤはマーガリンを手に取りトーストにそれを塗りながら、補足するように言葉を選びだす。

 

「えーっと……だからね、あの子はわりと自分より私を……家族を優先してしまう節があってね」

「うばー……」

「何となく分かるでしょう? そういう子なのよ。……だから、あの時私がもしもメーコの言うとおり逃げることに成功してしまっていたら……」

「……『まあ自分の命くらいいっか』って、諦めちゃうんですか?」

 

 シズクの言葉に、アヤは「まあね」と苦笑しながら言った。

 

 正直笑い事じゃないとは思ったのだが、シズクはあえてそこは指摘せずに、「うばー」と唸る。

 

「ただまあ、別に命が要らないわけじゃないから戦いは続けるだろうけど……それでも私が残るケースより圧倒的に早く殺されてたでしょうね。モチベーションが段違いだもの」

「そうなってたらあたしたちの救援も間に合ってなくて、両腕じゃ済まなかったでしょうね……そう考えると……いや、うーん……」

「納得できない?」

 

 シズクは、躊躇いがちに頷いた。

 

 思えばこの時、『人間のフリ』としては頷くべきではなかったのかもしれないが……アヤはそんなこと気にせずに、微笑みながら言う。

 

「ま、納得はできなくても憶えておくといいわ。世の中にはいるのよ、なんというか……守るべきものが居て、初めて本気を出せる人間ってやつが」

「…………」

「憶えておけば、きっと役に立つわ……だって」

 

 そこで、アヤはカフェオレを軽く啜って一息吐いて。

 

 海色の瞳の――その奥を。

 見つめながら、言う。

 

「リィンもきっと、そういう子だから」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「『アイアンウィル』……!」

 

 リィンは、倒れなかった。

 

 致死量の血を撒き散らし。

 身体に大きな切り傷を作りながらも、足を踏みとどまった。

 

 『アイアンウィル』。

 致死量のダメージを受けたとき、ギリギリで生命を保つハンターのスキルである――!

 

「しぶとい……!」

 

 クローンリィンが、とどめを刺すべく剣を振りかぶる。

 

 その一瞬を突いて、リィンは手を伸ばす。

 

 シズクの傍らに落ちていた、ブラオレットへ手を。

 

「あ、あ、あぁああああああああああ!」

 

 ブラオレットを手に取り、即座に剣モードへ切り替えた。

 

 薄緑色の刃が発光し、剣閃を描く。

 

 そして、剣を振りかぶるクローンリィンの、喉元へと刃が届きかけたところで、

 

 クローンシズクの弾丸が、ギリギリの体力しか残っていないリィンの頭部を襲った。

 

 だが――。

 

「『ネバーギブアップ』」

 

 そんなの関係ないとばかりに、リィンは突貫する。

 

 『ネバーギブアップ』。

 アイアンウィル発動後数秒、フォトンによる護りで発動者を守るハンタースキルだ。

 

 『相手は武器を持っていない丸腰だ』。

 そういう油断が、クローンリィンの敗因だった。

 

 大きく振りかぶった剣は、容易にかわすことが可能で。

 

 リィンの振るったガンスラッシュの一撃は、クローンの首をついには貫いた。

 

「かっ――」

「……私はきっと、シズクに会わなかったらアナタみたいになっていたのでしょうね」

 

 だとしたら、私は本当にシズクと会えてよかった。

 

 そう言って、リィンは突き刺した銃剣を捻るようにしてクローンの首を断ち切った。

 

 アイアンウィルは、発動しない。

 そもそもクローンはアークスのスキルを使えない、劣化品なのだ。

 

 完全なコピーは、まだ作れない。

 

「……次!」

 

 前衛は倒した。

 ならば次は、後衛であるクローンシズクの番だ。

 

 もう壁は無い。

 前衛が居ないシズクの脆さは、よく分かっている。

 

 これで終わりだ、とリィンが足を踏み出した瞬間だった。

 

「っ?」

 

 がくん、と誰かに腕を引かれて転びかける。

 

 まさかシズクが? と一瞬思ったが、違った。

 

 首から上が無くなったクローンリィンが、消滅間際にも関わらずリィンの腕をがっちりと掴んでいたのだ。

 

 まるで、シズクの元へは行かせないと、言っているかのように。

 

「…………ごめんね」

 

 小さく呟いて、リィンはその手を掴み返し、引っ張った。

 

 まだ意識があるようで、少し抵抗されたがこの程度リィンにとっては些細な障害にすらならない。

 ブラオレットを手から離し、掴みかかってきた手の指を瞬時に全て関節とは逆方向に折り曲げる。

 

 そうして彼女の手を振り払い、むしろ武器として活用するかのごとく思いっきりクローンシズクの元へぶん投げた!

 

 謝っておきながら、容赦はしない女である。

 

「っ――!」

 

 クローンシズクは、飛んで来るクローンリィンを避けることなく――むしろ優しく受け止めるように――彼女の身体をその身で受けた。

 

 リィンとシズクの体格差は、大人と子供ほどもある。

 クローンとて同じことで、クローンシズクにリィンを受け止められるような力は無い。

 

 自身の身体にのしかかる壊れたクローンリィンから這いずるように出て、立ち上がる頃にはもう。

 

 拳を構えたリィンが、目の前に居た。

 

「……リィン・アークライト」

 

 リィンの放った拳が、クローンシズクの胸を突き破る。

 

 防御力の低さも再現されているのだろう。

 リィンの格闘技術の高さも一つの要因だろうが、それでも素手でワンパンはシズクの脆さあってのことだ。

 

 だが、胸に大穴を空けられたにも関わらず、やはり痛覚が無いかのように呻き声一つ上げずに彼女は呟く。

 

 リィンには聞こえて、シズクには聞こえない。

 

 そんな声量で、呟いた。

 

「アナタも大概ね……敵といえど、相方と同じ姿をした存在を躊躇い無く刺せるなんて」

「当たり前じゃない。だってアナタはシズクじゃないし……」

 

 突き刺した拳を引き抜くと、ごぽり(・・・)と赤黒い何かがクローンシズクの胸から零れ落ちた。

 

 それは、間違ってもヒトに流れる血ではなく。

 

 もっと別の、禍々しい『何か』だ。

 

「私はね、シズクの笑ってる顔が好きなの」

「…………ああ」

「仏頂面は、その顔に似合わないわ」

 

 そうして、クローンシズクは倒れた。

 

 クローン体である以上、また現れるかもしれないが……それでもとりあえずのところ、撃退成功だ。

 

「さて……」

 

 回復テクニック(レスタ)を自分にかけながら、リィンは振り返って歩き出す。

 

 シズクの元へ、目を見開いてこちらを見つめてくるシズクの元へ、歩いていく。

 

「終わったわよ、シズク」

 

 口元の血を拭いながら、言う。

 傷はレスタで塞いだからこれ以上流血しないのだけれど、それでもやっぱりアイアンウィルが発動するほどのダメージは、結構辛い。

 

 足元はフラフラで、全身は血塗れで、フォトンだって乱れている。

 

 それでも、リィンはシズクの前へと辿りついた。

 

 未だに座り込んだままのシズクへと、立つことを促すように手を伸ばす。

 

「リィン……」

 

 シズクは、その手を少し見つめた後、俯いた。

 

 ジッと何かを考え込むように、目を閉じる。

 

「……シズク?」

「………………リィン、私ね……」

 

 そしてやがて、覚悟を決めたようにシズクは口を開く。

 

 潤んだ瞳で、真っ直ぐにリィンを見ながら、語りだした。

 

「ヒトじゃ……ないの……」

「…………」

 

 それはさっき聞いた。

 

 聞いた……が、本人の口から改めて言われると、なんだか変な感じだ。

 

「……どうして、そう思うのよ。私から見たら全然普通にシズクはヒトに見えるけど?」

「……生まれた時からずっと。比喩でなく生まれた時から……あたしは――あたしの中の『何か』は、たった一つのことだけを考えてた。たった一つのことだけを願っていたの」

 

 そしてそれは、今も。

 ずっとずっとずっと、その言葉は、根幹は、シズクの胸を締め付けている。

 

「『ヒトになりたい(・・・・・・・)』」

 

 それが、根幹。

 その七文字が、シズクの全て。

 

 ヒトになりたい。

 

 なりたい(・・・・)、ということは――。

 

「あたしは、あたしが『何』なのか分からない。けど、『ヒトではないこと』だけは分かっていたの……それだけは、生まれた時から知っていた」

「…………」

「……だからこの十三年間、ずっとヒトになるための努力をしてきたの」

 

 震える声で、シズクは語る。

 

 自分がヒトではないことを認めるという行為は、シズクにとって相当な負荷がかかるようだ。

 

 胸が締め付けられる。

 喉はカラカラに渇いてるし、眉は八の字に歪んでいる。

 

 それでも、シズクは語るのだ。

 きっと、今話さないと一生リィンに伝えることのできない、真実を。

 

「まずは一番身近にいた、お父さんの真似をした」

「…………」

「うばーっていう口癖に、レアドロの蒐集以外にも、お父さんには色々な感情や心に関することを学ばせてもらった」

 

 でも。

 感情や心なんてものは、ヒトなら誰でも学ぶまでも無く持っていて、知るまでも無く理解していることだった。

 

「どれだけ感情を学んでも、どれだけ心を知っても、『ヒトになりたい』と叫ぶあたしの中の『何か』は居なくならなかった。ヒトの真似を自然に出来るようになっても、無意識に笑うことができるようになっても、悲しい出来事が起こった時に泣くことだって出来るようになっても。どれだけヒトに近づいてもあたしはヒトになれなかった」

「…………」

「そうして、一向にヒトになれないあたしは、一つの疑問を抱いたの。ヒトになれない、ヒトですらないあたしは一体『何』なのかって」

 

 それが確か、五歳くらいの頃だったか。

 

 ヒトになることを諦めないまま、ヒトの形をしているのにヒトになりたい自分はなんなのかを探す日々が始まったのだ。

 

 けど、そこからが地獄の始まりだった。

 いつまで経っても、どんな手段を尽くしても自分が何なのかが判明しなかったのである。

 

 ヒューマンとも違う。

 ニューマンでもない。

 キャストでは勿論ないし、デューマンはもしかしてと思ったが違った。

 

 原生種。

 龍族。

 機甲種。

 

 現存する全ての種族を調べてみても自分と同種の存在はいなかった。

 

 そして。

 マザーシップの、その中枢。

 

 生まれた時からアクセスできる、その『全知(アカシックレコード)』とすら呼べるほどの知識の蔵を探索し始めた。

 

 何故こんなところ(・・・・・・)にアクセスできるのかすら分からないから積極的に使うのを躊躇っていた最終兵器だったが、形振り構っていられなくなったのだ。

 

「マザーシップの中枢に、あかしっくれこーど? ふぅん、何か凄いインターネットみたいな感じ?」

「…………」

 

 相変わらず認識が雑なリィンであった。

 そしてその雑なまま納得してしまうリィンであった。

 

 リィンは本当、こういうところがあるのだ。

 不思議を不思議なまま受け入れてしまう、雑さが(大らかさではない)。

 

「……でも、『アカシックレコード』にすらあたしのことは載っていなかったの」

 

 それこそ料理のレシピから、宇宙創世その瞬間の記録までありとあらゆる知識が詰まっていた知識の蔵にすら、シズクの情報は載っていなかった。

 

 何一つ、である。

 それはまるで、「お前はこの世界には居るはずの無い存在だ」と言われているようで――。

 

「それっきり、あたしは能力を使うことをやめた」

 

 縛りを自分に課すことで、ヒトに近づくことにした。

 

 抑えていても漏れ出てしまう能力は仕方が無いにしても、『アカシックレコード』にアクセスするとかの普通の人間にはできない芸当を控えるようにしたのだ。

 

 何をしても、ヒトには至れずに。

 

 でも自分の中から聞こえる『ヒトになりたい』という根幹からは目を逸らして、耳を塞いで。

 

 ヒトのフリをして、生きてきた。

 無意識に『アカシックレコード』へアクセスして、他者の隠していることを見抜いてしまう能力を、察しが良くて勘が鋭いだけだと誤魔化して生きてきた。

 

 能力の制約として、自分に関することが分からないんじゃなくて、『アカシックレコード』に載っていない自己という存在は『検索』できないから分からないだけで。

 能力の制約として、ヒトの複雑な感情が分からないんじゃなくて、そもそもヒトじゃないから複雑な感情というものがイマイチ分からない。

 

 察しの良さに個人差があるのは――『アカシックレコード』に載っている情報量が多いヒトと少ないヒトが居るだけだ。

 

 ……ああいや、リィンだけちょっと事情が違うが、まあそれは今関係ないので置いておこう。

 

「つまるところ……クローンのあたしが言ってたことは、全部本当だよ。あたしはヒトのフリした、ヒトデナシ」

「…………」

「ヒトになりたくても、なれないんだよ……どうやってもあたしはヒトデナシで、何をやっても『ヒトになりたい』っていう叫びはあたしの中から消えなくて……極め付けにはさっきのクローン」

 

 さっきのクローンには、アークスの要素が欠片も無かった。

 ダーカー因子のみで、シズクを半分再現していた。

 

 それはつまり、シズクのクローンを造るにはアークスの要素は邪魔でしかなく、アークスよりもダーカーの方がシズクに近いということなのだろう。

 

 『一時期ね、【深遠なる闇】があたしのお母さんじゃないかって考えてた時期があってね』。

 いつだったかリィンに言ったその言葉は、決して冗談なんかじゃない。冗談であって欲しかった言葉だ。

 

「ねえリィン、あたしは……あたしは――生まれてきて、よかったのかな? 生まれていいモノだったのかな?」

「…………」

 

 リィンは、そっと、目を閉じた。

 

 シズクの慟哭を、シズクの涙を、受け止めて。

 

 思う。

 

 

 

 

(すっごいどうでもいい……)

 

 シズクが化け物だろうがヒトデナシだろうが、関係ない。

 シズクがシズクであれば別にそれでいい、というのがリィンの答えだ。

 

 それ以外ないし、それ以外有り得ない。

 

 アカシックレコード? っていうのも凄いとは思うけど凄すぎてイマイチ凄さが伝わってこないので、実感が沸かないし。

 悩みのスケールが別次元すぎて同情すら出来ないというのが本音だ。

 

 ヒトに、ヒトデナシの苦悩をぶつけられても理解なんて出来るわけがないということだろうか。

 

(まあでも……)

 

 一つだけ。

 

 一つだけ、リィンがシズクに共感できる部分がある。

 

 それはきっと、シズクは気付いていないことだ。

 ヒトになりたくて、ヒトと仲良くしようとしたシズクはリィンと違って沢山のヒトに囲まれていたから、気付きにくかったのだろう。

 

 シズクは、一人ぼっちなのだ。

 かつてのリィンと同じように、一人ぼっち。

 

 世界に同種が(・・・・・・)居ないという孤独(・・・・・・・・)

 

 同類でも、同族でもない、同種。

 同じ種族の生命体が、この世に存在しない孤独なんて味わっているのはきっと世界でシズクだけだろう。

 

 でも、リィンは知っている。

 

 ヒトになりたい願いが叶わない悔しさなんて知らないし、

 自分が何者か分からない絶望感なんてもっと分からない。

 

 けど、一人ぼっちの寂しさは、リィンも知っている。

 

(シズクはきっと……)

("寂しかった"、のね)

 

 寂しかったから、仲間が欲しくて『ヒトになりたい』と思った。

 寂しかったから、自分と同種であろう『母親』を探し始めた。

 

 そういえばシズクは案外、寂しがり屋だと称したのは、シズクの父親だったか。

 

 全く持って、その通りだ。

 

 シズクの根幹は、『ヒトになりたい』なんかじゃない。

 

 『寂しい』。

 たった、それだけだったのだ。

 

(私がシズクに惹かれたのは――お互いに一人ぼっち同士だったからなのかな)

 

 

 

 ――なんて、リィンの思考は無論今この瞬間、すなわちダーカーの巣窟で行われたものではない(・・)

 

 今日この後無事帰れた場合に、ベッドの中で今日という日を思い返しながら冷静な頭で思考した結果である。

 

 ていうかリィンは、今現在思考らしき思考なんてしておらず。

 たった一つの感情が、リィンの頭全てを埋めていた。

 

 たった一つ。

 

「シズク」

「?」

 

 ドスの利いた声で、シズクの名前を呼ぶ。

 

 そうして、リィンは差し出していた手の形を変える。

 

 中指を曲げて親指で押さえ、その他の指はピンと伸ばす。

 ようするにデコピンの形だ。

 

 それをシズクの額に当てて、思いっきり力を込めて。

 

 案の定というかなんというか、デコピンを放った。

 

「あぎゃん!?」

 

 骨が折れたんじゃないかと錯覚するくらいえげつない音と共に、シズクは悲鳴をあげて仰向けに倒れた。

 

「シズク、今の私の『感情』、分かる?」

「うぅ……わっ!?」

 

 そして、リィンはシズクを押し倒すように彼女の上に覆いかぶさった。

 

 顔と顔を、キスする一歩手前まで近づける。

 海色の瞳の、そのまた奥を見通すように、リィンは瞳を覗きこむ。

 

「ねえ、分かる?」

「か、感情……? え、ええっと……」

 

 シズクは戸惑いながらも、ちょっと考えて、答えを出す。

 

「お、『怒ってる』……?」

「正解よ、じゃあ何でかは分かる?」

「…………こんな大事なことを、ずっと黙ってたから?」

「不正解」

 

 びし、っと再びデコピンがシズクの額を襲った。

 

 さっきほどじゃないが、痛い。

 

「不正解するごとにデコピンね」

「え、ええー!? ええっと、ええっと……」

 

 突然の罰ゲーム宣言に驚きつつ、シズクは考える。

 

 リィンが怒っている理由。

 皆目検討が、つかないわけではない。

 

「…………感情も心も無いことを黙っていたから?」

「あるでしょ、どう見ても」

 

 またもやデコピンが炸裂した。

 

 涙目で痛がる姿は、感情が無い化け物のものにはとてもじゃないが見えない。

 

 ヒトデナシ、ではあるのかもしれないけど。

 感情の無い化け物というのは、シズクの被害妄想の可能性が高かった。

 

「うぐぅ……」

 

 悶絶しながら、考える。

 正直痛みで思考どころじゃないのだけれど、それでも頑張って考える。

 

「……――生まれてきて、よかったかな? とか言ったから?」

「……分かるじゃない、感情」

 

 そう言って、リィンは立ち上がった。

 

 その後シズクに向けて、立ち上がるよう手を差し伸べる。

 

「生まれてきて、よかったに決まってるじゃない」

「リィン……」

「良い? シズク。自分の存在を否定するっていうのはね、アナタのことが好きなヒトを否定するようなものなのよ」

 

 漫画の受け売りではあるが。

 リィンは堂々と若干臭い台詞を口にする。

 

「私は勿論、メイさんだってアヤさんだって。イズミもハルも、『リン』さんやクーナちゃんや研修時代の仲間たちも、皆、シズクのことが好きなんだから。アナタが自分を否定したら、私たち馬鹿みたいじゃない」

「そ、それは……」

「だから、そういう台詞は私たちを否定してからにしなさい。ほら、言ってみなさいよ。『リィンには関係ないのに偉そうなこと言うな』とか、『皆なんて知らない、あたしはヒトになりたかっただけで仲良くする相手は誰でもよかった』とか」

 

 言ってみなさい、と。

 リィンは手を差し伸べたまま、責めるように言う。

 

「『リィンなんて大嫌い』って、言ってみなさいよ」

「う……そんなことぉ……」

「言えないなら、私の手を取りなさい。取って、立ち上がって」

 

 シズクは、果たして――手を取った。

 

 ちょっと躊躇った後、しっかりと手を取り、立ち上がる。

 

「…………うばー」

「やっと、いつもの調子に戻った?」

「や、まだちょっと無理してる」

「まあ、空元気でも歩けるなら問題ないわよ。さ、さっさとこんなところ脱出して帰らないとシズクの誕生日に間に合わ……」

 

 落ちている自分のソードを拾いに行きながら、リィンは端末を開いた。

 

 瞬間、固まる。

 残存アイテムの確認のためだったが、その際にふと現在時刻が目に止まったのだ。

 

 時計の表記は、0時12分。

 つまるところ、もう既にシズクの誕生日になっていたのであった。

 

「わ、わぁー!? もうシズクの誕生日になってるー!?」

「うば!? び、びっくりしたー……」

「うっわもー……日付変わった瞬間にお祝いしようと思ってたのにー……」

 

 シズクの誕生日を日付が変わった瞬間に祝えなかったことが余程ショックだったのか、リィンは項垂れて地面に手を付いた。

 

 しかしそこは流石の雑さと言うべきか、「まあいいか」と呟いて立ち上がる。

 

 ショックはショックなのだけれど、それはそれ。

 日付が過ぎているなら、祝わなくちゃ。

 

「シズク、誕生日おめでとう」

「え、あ、うん。ありがとう……」

「こんなところで祝うことになっちゃって悪いわねぇ、帰ったら、もう一回ちゃんと祝うから」

 

 申し訳無さそうに言うリィンに、シズクは困り顔で手を振った。

 

 別にそんなこと、今する話じゃないだろう。

 誕生日、とはいっても所詮は生まれた日ってだけだし、プレゼントを貰ったり祝ってもらうのは嬉しいが、現状を省みる限り今は後回しにすべき事柄だ。

 

 と、いうことをリィンに伝えると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

「これ言うの二度目な気がするけど、仕方ないからもう一回言ってやるわ」

「……?」

「誕生日ってのはね、そのヒトが生まれてきてくれたことを祝う日よ」

 

 無論、漫画の受け売りである。

 リィンのこういう知識の大半は漫画から来ているのだ。

 

「だ、だからそういうの大袈裟じゃない?」

「だからね、シズク」

 

 ソードを拾い上げ、背に仕舞いながら。

 リィンは振り向いて、微笑んだ。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

「――――ぁ」

 

 その一言に、シズクは――。

 

 シズクの目尻から、ほろりと一粒、涙が零れた。

 

 今日はどうにも涙腺が弱いようだ、なんて。

 冗談めかした言葉を口に出そうとして、失敗した。

 

 何も、言えない。

 言葉が喉を、通らない。

 

「……シズク?」

「…………り、ぃん」

 

 胸が熱い。

 何かが、体の奥から込み上げて来る。

 

 あたしは、生まれてきてもよかったのだろうか。

 

 ずっと、心のどこかで思っていたことの、答えが。

 

 今、出た気がした。

 

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 『ありがとう』。

 その一言で……。

 

 たった一言で、救われた。

 

 救われてしまった。

 

「……リィンは、その」

「?」

「あたしが『何』だったとしても、例えばダークファルスだったとしても、一緒に居てくれる?」

「うん」

「……返事が軽いっ!」

 

 それだけ、当たり前のことだということなのだろう。

 リィンにとって、シズクを守ることは。

 

「ああもう、リィンには敵わないなぁ……」

「うん……うん? そりゃ私とシズクでタイマンなら私の勝ちだろうけど……」

「そうじゃなくて……いや、うん、まあいいや」

 

 うばー、っと。

 気の抜けるようないつもの口癖を吐いて、笑う。

 

 ああ、なんだかもう、本当に。

 

 嬉しいなぁ。

 

「ねえリィン。あたし今、生まれて初めて『別に化け物でもいいや』とか思ってる」

 

 リィンのためなら。

 リィンと一緒に生きていけるなら。

 

 『生きていく理由』が、シズクにも出来たのだ。

 

「リィンが一緒に居てくれるなら、ヒトデナシでもいい」

「……じゃあ、今を生き抜くために出口を探さなきゃね。早くしないと折角用意した誕生日プレゼントの準備が無駄になっちゃうわ」

「いや」

 

 シズクは首を横に振った。

 別にそんなもの探さなくていい、と笑顔で。

 

「もう、いい。能力を使わない理由が、無くなったから」

「……ん?」

「ねえリィン、気付いてる? このダーカーの巣窟は、元アークスシップだって」

「え、そうなの!?」

 

 上を見て、と促すシズクの言葉に従って空を見上げると、そこには何処か見覚えのある摩天楼が逆さになって空に浮かんでいた。

 

 その摩天楼は、アークスシップの市街地だ。

 廃墟となってはいるが、ダーカー因子によって歪んでいるが、確かに。

 

「うっわ、全然気付かなかったわ……で、それがどうかしたの?」

「うっばっば、アークスシップなら、あたしの能力適用内なのよ」

 

 シズクの体が、海色の光に包まれ始めた。

 瞳の海色も、いつもより強く光り輝く。

 

 そしてその光に包まれたまま、シズクはそっと地面に手を着いた。

 

 

「――――接続(コネクト)

 

 

 海色の光が、黒い地面に広がっていく。

 

 闇を、包み込んでいく。

 

「セキュリティ、突破。管理者、改竄。妨害、無視」

 

 時間にして、数秒。

 あっという間にシズクの海色の光はダーカーの巣窟を包み込んでいき……そして。

 

 シズクとリィンのアブダクション騒動は、終わりを迎えた。

 

 

「――管制(・・)掌握(・・)

 

 

 




そういえばフォトナーという種族は現在ルーサーただ一人ですね。いやそれがどうしたといわれると何でもないんですけど。

というわけでアブダクション編は終わりです。
次アブダクション編のエピローグやって、その次からEP2の最終章の始まりです。
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