具体的にはep1のデパート編くらい好き勝手やります。
「うば?」
休日、昼下がりの午後。
シズクの体調を考えて、とリィンが気を利かせて二日ほど休みと宣言したので、暇を持て余すようにショップエリアを歩いていたシズクの目に、とある人物が目に止まった。
三つ編みした黒髪と赤青のオッドアイ、控えめな角と胸、そして眼鏡が特徴的な委員長的見た目のデューマン。
イズミである。
珍しくハルとは一緒ではなく、一人でベンチに座り端末を触って何かをしているようだった。
まあ、別に用は無いけれど。
一人でいることが気になったし、気付いたのに声をかけなかったら感じ悪いかな、とシズクはイズミに近づき声をかけた。
「や、イズミ」
「……? あ、シズクさん」
ほぼ同い年なのに敬語を使われることにまだ若干の違和感を憶えながら、シズクは「隣いい?」と彼女が座るベンチを指差した。
「どうぞ。……何か用ですか?」
「いや、一人で何やってるのかなって」
「別にいつもハルと一緒ってわけじゃないですよ」
別にハルと一緒じゃないの? って訊いたわけじゃないんだけどナー。
等とは言わない。無粋というやつだろう。
「シズクさんこそ、リィンさんと一緒じゃないんですか?」
「全く同じ台詞を返してやろう」
別にいつもリィンと一緒ってわけじゃない。
ていうか今の心情的にずっと一緒にいたら心臓が鳴り過ぎて死んでしまうかもしれないし。
「と、いうかイズミはさ、よくハルちゃんと喧嘩してるけど一緒にいることは苦じゃないのね」
「苦に決まってるじゃないですか。あんな頭の螺子抜けているやつと一緒なんて……」
「…………」
苦なのか……。
ならますます分からない。どうしてこの子たちごく当たり前のように共に行動してるのだろう……。
もう、訊いてみた方が早いか。
「じゃあ何でハルちゃんといつも一緒なの?」
「………………シズクさんには関係ないですよ」
はぐらかされた。
『全知』で調べてもいいが……それもまた無粋というやつなのだろう。
世の中には知らないほうが良いことも沢山ある。
そんなこと――世界で一番シズクが知っている。
「ま、いいや。それで何してたの?」
「戦闘ログを見直してただけですよ。自分の動きを見直して、無駄なことをしてないかとかを確認してたんです」
「ふぅん……熱心だねぇ」
「当然です。私が目指しているのは最強ですから」
「…………」
多分嘘だろう。
シズクはあっさりと、何てことの無いようにそう思った。
最強を目指しているなんて、嘘。
これは『能力』を使ったわけではなく、ただの勘だったけれど。
実のところ、シズクは単純に勘も鋭いのだ。
「……あっ」
「? どうしたの?」
「一部データが破損してました……丁度ボス戦のところで……」
「あらま」
それはなんというか、珍しい。
けれど、有り得ないことではない。アークスが携帯している端末で記録している以上、激しい運動で物理的に破損したりダーカー因子やフォトンの影響で記録が途切れることはあるといえばある。
「ちょっと貸してみ」
「? はぁ……」
シズクは、そう言ってイズミから端末を受け取った。
破損した原因にもよるが、修繕する方法はある。
具体的には物理的な破損でなければ……――
――シズクにのみ、修繕が可能だ。
「えーっと……『
一瞬、海色の光がイズミの端末を包み込んだ。
何が起きたのか分からず目をパチクリとさせるイズミを横目に、シズクは破損していた部分のログを何度か再生し、ふっと微笑む。
「うば、……よしよし、治ってる治ってる」
「わ、本当だ……今何をしたんですか?」
「うばばー、秘密ー。イズミには関係ないじゃーん」
さっきの意趣返しとばかりにそう言って、シズクは両手の人差し指をクロスさせてバツを作った。
「むむむ……」
「ん?」
と、その時。
シズクとイズミの端末が鳴動し、メールの着信を告げた。
発信者はハル。
そして内容はたった一行だった。
『ホラー映画借りたから皆で一緒に見ようぜ!』。
*****
ホラー映画。
説明するまでもなく、怖い映像や音楽で視聴者を恐怖の渦に叩き込む映画のことである。
ただしそれはアークスを除いた一般人向けであることが多い。
何故かと言うまでもなく、オバケやらゾンビやらよりよっぽどか怖いダーカーという化け物たちと日夜戦っているアークスにとってそれらは恐怖の対象ではなく討伐対象だからだ。
オバケは殴れない? フォトンなら何とかなるだろ。
というのがアークスたちの共通認識であり、むしろそれ以前に科学が発展に発展を重ねた現在オバケなんて信じるやつはいないどころか存在すら知らないものも多い程である。
フォトナー時代の遺産、といえばいいだろうか。
人々が自身の知りえないことに対してどうにかこうにか理屈を付けようとして生まれた、妄想。
オバケは『見間違い』で、ゾンビは『ウィルス? 治療薬作っといたよ』という反応しか返ってこない。
『だけどまあそれはそれでこういう存在がもしあったら面白いよね』、というヒトが一定数いるがために、一般人を中心にカルトな人気を誇る映画の分類。
それがホラー映画である。
つまりシズクらアークスにとってそれは興味の対象外であり、恐怖の対象外。
「まあそれはそれとして暇だしみんなで映画鑑賞ってのもオツじゃない?」
場所は、【ARK×Drops】のチームルーム。
ミーティングにも使えるようにと巨大スクリーンが完備されたそこで、リィンはポップコーンとジュース片手にそう言った。
この十六歳、ノリノリである。
ポップコーンはおそらくルイン辺りが作ったのだろう。
「うばば……まあ丁度一回チームで話しておきたいことがあったし別にいいけどさぁ」
「? 話しておきたいことって何?」
「や、映画の後でいいよ」
「お! シズクさんにイズミ! 来たか!」
スクリーンの裏から、ひょっこりとハルが顔を出した。
金髪の少年っぽい容姿の少女。
楽しげにはしゃいでいるその姿は、パッと見では男の子にしか見えないだろう。
「いやー、これ今すっごく流行ってるやつでさぁ。ようやく借りれたから皆で楽しもうと思って」
「ったく、あんたと違って私は暇じゃないのよ。ホラー映画なんかで一々呼び出さないでくれる?」
「え? 何? イズミ怖いの?」
「こ、怖くなんて無いわよ!」
「えー? 本当にー?」
「あ、当たり前でしょ! ホラー映画なんて子供向けなもの……怖いわけないじゃない!」
によによと笑いながら、イズミを煽るハル。
単純すぎて幼稚にも思える煽りなのだが、イズミはあっさりとその煽りに乗ってイズミはリィンの右隣へ座った。
前からちょこちょこ思っていたのだけれど、煽り耐性なさすぎじゃないだろうか、イズミ。
「で、何ていう映画なの? それ」
「ふっふっふ、凄いよこの映画は。なんせ説明文に『あのゲッテムハルトすら怖くて泣いた!』って書いてあるし!」
「…………」
それ、本人が存命だったら製作者殺されても文句言えないんじゃないのだろうか。
絶対嘘だし。
「ま、早速視ていきましょうよ」
「うばー、そうだね。事前情報を入れすぎるのは興ざめしちゃうかもだし……」
と、シズクはリィンの左隣に座ろうとして――躊躇った。
ほんの少し、躊躇った。
だって、隣同士で映画を視るなんて、そんな……そんな――。
(ジュースとかを飲もうとして伸ばした手が触れ合ったり)
(怖くて思わず相手に抱きついちゃったりとかそういうイベントが起きちゃったり……キャーッ!)
「どうしたんです? 座らないんですか?」
等と。
シズクが妄想しているうちに、リィンの左隣にハルが座っていた。
しかもポップコーンをリィンから所謂「あーん」をしてもらっていた。
「…………」
「……?」
「…………」
無言で、シズクはハルの隣に腰掛けた。
大丈夫、大丈夫大丈夫。あれはリィンにとってはペットに餌を与えているようなもので変な意味は無いし大丈夫大丈夫、等と心中で呟きながら。
「じゃ、再生っと」
そんなシズクの心境など知る由もなく、ハルは端末から映画を再生した。
瞬間。
『グギュァアアアアアアアア!』
頭の上部が抉り取れた人間のようなグロテスクかつホラーなモンスターが、画面を飛び出してくるような勢いで衝撃的な音楽と共に現れた。
ちょっと極端だが、よくある最初からびっくりさせて物語に引き込ませる手法だろう。
そのモンスターが出てきたのは一瞬だけで、画面が暗転した後オープニング映像が軽快な音楽と共に流れ出した。
ほほう、オープニング映像は中々凝ってて悪くない。
「あ、そういえば……」
と、そこでリィンは思い出す。
ホラー映画を視るのであれば、部屋の明かりを消すべきではないのではと。
これくらいなら余裕そうだし、それくらいしたほうが臨場感が出るだろうという配慮だったが……。
両サイドから感じる、柔らかな重みにリィンは口を閉じた。
「…………」
「…………」
右から、イズミが。
左から、ハルが。
それぞれ青い顔して、リィンに抱きついていた。
そして何故かシズクが怖い顔してハルを睨んでいた。
「…………え?」
もしかして、今のが怖かったの?
というリィンの疑問は尤もだが、イズミとハルは十三歳。
まだまだ全然子供の、女の子なのだ。
ホラー映画はまだ、始まったばかりである。
リィン「怖いならやめとく?」
イズミ「こ、怖くねーし!」
ハル「こ、こんなの全然平気ですしっ!?」
シズク(不貞寝しよ……)
つづく。