エタらないように頑張ります。
いい加減どうにかしなきゃ。
と、シズクは脳内で呟いた。
何のことかというと――ずばりリィンが近くにいるだけで心臓が高鳴っちゃうアレである。
恋心。
心地よいくせに、厄介という未だかつて無い感覚に、いい加減ケリを付けようというのだ。
……とは言っても告白をするわけではない。そんな度胸は無い。
先輩たちは言っていた、『慣れ』だと。
慣れてしまえばどうということはなくなると、言っていた。
つまり――手と手が触れ合うとか、ふと目が合うとか、そういうちょっとしたこととは次元が違う過激なことを一回してしまえばいいのだ。
大は小を兼ねる――はちょっと違うが、兎も角。
前述の行動を『こんなの大したことじゃない』と一蹴できるような過激な体験をすればいい。
それはそれで度胸が居るが……何、恋に目覚める前は何度かしていたことだ。
リィンのマイルーム。
その扉を開け、中に彼女が居ることを確認してから意を決して叫ぶ――!
「リィン! おっぱい揉ませて!」
「ん? いいわよ」
よし、噛まずに言えた。
そう安堵しつつ、シズクは演算してきた会話のパターンを頭の中で検算しながら、歩みを進める。
流石に突然おっぱいを揉ませてと頼まれても、断られるだろう。……少なくとも、理由は訊かれるだろう。
そんなことは折込済みだ。
リィンがどんな返しをしてこようと、冷静に対処できるだけの準備はしてきている。
さあ、全知たる所以と言うものを見せてやろう。
友達のおっぱいを揉みたいという願望を持っている女の子は是非ともあたしの話術を参考にしてほし――ん?
あれ? っと。
シズクは首をかしげた。
「……ごめんリィン、今なんて言った?」
「『いいわよ』って言ったわ」
「もっと自分を大切にしようよ!?」
考えてきた会話パターン、全滅である。
やはりリィンの思考は、読み辛い。理由は不明だがとことんシズクの演算を外してくる。
「あのねぇ! そんな簡単におっぱい揉ませちゃ駄目なんだよ!? 性知識に疎い子だとは思ってたけどここまでとは思っていなかったわ!」
「いやそっちから揉ませてって言ってきたじゃん……ていうか性知識に疎いっていつの話よ……今は大分マシになったとは思うんだけど」
「いーやいーやこんなんじゃまだまだ初心っ子の称号を外すことは出来ません! いい? おっぱいっていうのは誰にでも触らせていいものじゃなくて――」
「シズクにしか触らせないわよ?」
何言ってんだコイツ、みたいな表情でリィンは言い放った。
シズクにしか、触らせない。
シズクじゃないと、嫌だと。
「う、ば……」
「当たり前じゃない。シズクだから即答でOKなだけで、他の誰かだったら絶対断ってるわよ」
かぁっとシズクの顔が赤くなる。
妙な勘違いをしてしまったこともそうだが……シズクだからOKという、そんな、なんというか。
自分のことを『特別』だと言ってくれることが、嬉しくて嬉しくて。
(胸がドキドキしすぎて痛い……)
(嘘でしょ……? 人間って、こんなのに『慣れる』ことができるの……?)
「で、結局揉むの? 揉まないの?」
「え、えっと、あの、本当にいいの?」
「そんな何度も確認しなくてもいいわよ……だってほら」
リィンは、微笑む。
微笑みながら、両手を広げてシズクを受け入れるような体勢を作った。
「シズクにだって、甘えたくなるときくらいあるでしょう? まだ子供なんだしさ」
そう言い放つ彼女から滲み出ていたもの。
それは紛れも無く、母性だった。
慈愛と献身の象徴。
母性。
忘れられがちだが――シズクとリィンは三年ほど歳が離れている。
それは大人になれば誤差だが、十代である二人にとってはそれなりに大きな差だ。
少なくとも、リィンの方が先に『大人』になるくらいには。
嗚呼、と思う。
リィンは本当に、変わった。
いや、成長したというべきなのだろう。
シズクにこんな母性は出せない。
今まで感じなかった歳の差という事実を、感じてしまうくらい。
リィンは大人の階段を、昇り始めている。
(でも)
でも、違う。
あたしがリィンに求めているのは、母性じゃない。
「……なんというか、さ」
「……?」
シズクはリィンの招きをスルーして、ため息を吐きながらソファに頭から突っ伏した。
「リィンって何処と無く先輩に似てきたよね」
「……そう?」
「そうだよ。何かアヤ先輩八割、メイ先輩二割って感じー……」
子は親に似るという。
親と禄にコミュニケーションを取ってこなかったうえに、色々な意味で純真無垢だったため影響を受けてしまったのだろう。
実際、リィンの性格は出会った頃と比べてかなり変わってきている。
もしかしたらその辺が影響してリィンのことは察しづらくなっているのだろうか、なんて。
関係ないか。
「子は親に似る、ねぇ……確かにシズクとシズクのお父さんってそっくりよね」
「うばば……よく言われるけどあれは単に真似すべき人間のサンプルとしてお父さんが一番近かったってだけで……」
「良く分からないけど……」
リィンはそっとシズクの頭を撫でながら、言う。
「子供って普通そういうもんなんじゃないの?」
「…………」
「一番近いヒトを、参考にして生きるでしょ、普通」
…………よく考えてみると、そりゃそうだ。
近しいヒトに似る。
それは極々当たり前のことだった。
そんなことに今更気付いた羞恥心から、頬を真っ赤に染めながら照れ隠しするようにリィンの手を頭から払いのけて、言う。
「…………じゃあリィンはあのお姉さんを参考にしてたの?」
「この話はお終い! はい! お終い!」
いや、してたけど。
それはあの姉の本性を知らなかったからだ。
本性さえなければ、本当の本当に良い姉だったのに。
「うばー……じゃあさ、リィンのお父さんお母さんはどんなヒトなの? 今まで聞いた話から推測するとライトフロウさんにリィンの育児を任せっきりにして放置してる酷い親にしか聞こえないんだけど」
「んー……いやまあ、多分その通りではあるんだけど……」
L字型ソファの、シズクが寝そべってない方に座りながら、リィンは自身の記憶を探るように額に指を当てた。
「ああでも、あんまりよく憶えてないんだけどさ、一回だけ稽古をつけてもらったことがあるような……」
「ふぅん……強さが第一な家系なのに、一回だけなの?」
「うん。私基本的にお姉ちゃんに稽古してもらってたし……あれ? 何でお父さんに稽古してもらったんだっけ……? シズク知ってる?」
「知ってるわけないでしょ?」
「……あれ? シズク全知とか言ってなかった?」
「あー……」
言ってた。
全知。
全てを知る。
「確かにその通りなんだけど……そうだね、丁度いいしあたしの能力について改めて説明するわ」
むくりと起き上がって、ソファに座りなおす。
本性をばらした。
気持ちの整理は着いた。
話の流れが向いてきた。
そろそろ、説明するべきだろう。
「あたしの能力は、大まかに分けて二つ」
「二つ……?」
「うん、それは――」
『事象の観測』と、『未来演算』。
――シズクの能力は、集約するとこの二つのために存在すると言っても過言ではない。
*****
『アークス各員へ緊急連絡。惑星リリーパの採掘基地周辺に、多数のダーカーが集結しつつあります。防衛戦に備えて――』
採掘基地防衛戦の予告アナウンスが、流れている。
ダークファルス【
いくら休暇中とはいえ、流石に参加せねばなるまい。
緊急クエストは基本自由参加と言っても、内容によっては半ば強制というか、失敗すればアークスの存亡の危機になるやつもあり、今回の採掘基地防衛戦はまさにそれなのだ。
だけれど。
緊急クエスト開始まであと数分だというのに、シズクとリィンはまだ変わらずリィンのマイルームに居た。
「…………と、まあ以上で説明は終わりだよ。何か質問ある?」
「……んー、そうねぇ……」
リィンは、目を瞑る。
今されたシズクの能力の説明を反芻して、語るべき言葉を探し出す。
シズクの能力は。
彼女にとってかなりデリケートな部分だ。
ある程度吹っ切れたとはいえ、下手なことは言えない。
現状はあくまでもリィンに依存することでシズクはここまで自身の能力に向き合えているのだ。
リィンがそこまで詳細に察せられているかはさておき――流石にある程度現状は把握しているだろう。
まあでも、どのみち浮かんだ言葉は一つだった。
「質問は無いけど、一つ言わせてもらってもいいかしら?」
「うば? うん」
「思ってた二千倍くらいチートだったわ」
呆れたように言うリィンに、シズクは「だよね」と苦笑した。
そうして二人は流石に会話を打ち切り、戦闘準備を開始する。
『採掘基地防衛戦・侵入』開幕まで――あと十分。
短め!
というわけで次回採掘基地防衛戦侵入です。
チート能力解放状態のシズク&リィンvsダークファルス【百合】の初戦、お楽しみに。