あったら生暖かい目で見守ってくださると助かります。
「塔六本でほっぺにチュー。二十本でハグ。三十本で添い寝。六十本で大人の階段をゴーアップ。……うっばっばー、前より条件は二倍になっているけれど……」
にんまりと、物凄く良機嫌に【
眼下に残る塔たちを眺めながら、「ひーふーみー」と今日これまでに壊してきた塔の数を数えていき……そして。
「現在五十五本。……つまり、今この場に残っている五本全部割れば初夜! アプちゃんと初夜! うっばー! テンション上がってキター!」
「っ! リリィ!?」
と、テンションが最高潮に達して空中で踊り狂う【百合】に向けて叫ぶ声が一つ。
リィンだ。
彼女にしては大きな声を出して、眼前のダークファルスに向けて話しかける。
「そこで何をして……!? いや、あなたまさか……!」
「うば? やーやーリィンじゃーん! どう? その後友達とは仲直りできた?」
「うば!? ちょっとリィン! ダークファルスと交流があったの!?」
【百合】の発言を受けて、シズクは驚いたように叫んだ。
当たり前だろう。ダークファルスはアークスにとって不倶戴天の敵。
馴れ合うことは、許されない。
「や、あの、交流っていうかなんていうか……」
「……?」
「お悩み相談したっていうか……」
「何やってんの!?」
あまりに想定外すぎる回答に、シズクの、というかその場に居たアークス全員の思考が凍りついた。
ダークファルスにお悩み相談とか。
前代未聞すぎる。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
「もしかしてそこの『うばうば』言ってる小さい子が『シズクちゃん』? ふーん、あんまりあたしの好みじゃないけど可愛い子じゃない。ところでその口癖はあたしのパクリ? もしかしてファンなのかな?」
皆が口を開いて唖然としている最中、【百合】がシズクに目を見てそんなことを言い出した。
当然だが、違う。
シズクはこの言葉に若干不機嫌な顔をして、ダークファルスを睨みつける。
「……違う。口癖が同じだなんて珍しいこともあるんだね、ダークファルス」
「うっばー、ただの偶然かぁ。まあ珍しいっちゃ珍しいけど無くは無い、か……うん」
【百合】の赤い瞳と、シズクの海色の瞳が交差する。
【百合】の表情に浮かんでいるのは、好奇。
そしてシズクの表情に浮かんでいるのは、困惑だった。
さもありなん。
さっきからシズクは『全知』にアクセスして目の前のダークファルスについて情報を集めようとしているのだが……何ともまあ、情報の集まりが悪い。
リィン並みに、【百合】の考えも過去も読めない。
「――――キシャァアアアアアアアア!」
「――っ!」
突如、耳をつんざく咆哮が響き渡った。
いつの間にか、ダーク・ビブラスと呼ばれる虫型の中でも大型に分類されるダーカーが出現していたのだ。
しまった、とアークスたちは即座に戦闘態勢を取る。
【百合】に気を取られて、出現を予兆できなかったのだ。
……だが、
「邪魔」
一瞬。
まばたきをした瞬間に、ダーク・ビブラスは巨大な剣を突き立てられ地に伏していた。
黒い装甲を真正面からぶち抜かれ、地面に縫い付けられているその姿は哀れという他無く……。
「ここの塔は全部あたしの手柄にするから、ダーカー共は手ぇ出さなくていいよ」
「…………ビブラスを一撃かぁ」
絶望的だなぁ、とシズクが呟く。
今の一瞬で、力の差を思い知らされた。
いや、話には聞いていたわけだけど、話に聞くのと目の前で圧倒的な力を見せられるのとでは訳が違う。
実際、今この場にいるアークスたちの戦意は今ので喪失したと言ってもいい。
シズクとリィンを、除いては。
「さて、と。じゃあアプちゃんとの忘れられない夜を頂くために……」
ちゃっちゃと片付けようか、と。
【百合】は空が茜色に染まったのかと勘違いしてしまいそうなほど隙間無く、空に剣を展開させた。
一本一本のサイズは、ダーク・ビブラスを倒した時ほど大きくは無いが、それでもこれだけの量の剣が降り注げば簡易的な壁と、そこまで頑丈ではない塔など一瞬で全て壊しつくされてしまうだろう。
『総員……! 聞こえますか!? すいませんっ! 連絡が遅れました! 急いでその場を退避してください!』
オペレーターの声が、耳元に響く。
しかし、その警告はあまりにも遅い。
『ダークファルス【百合】の反応が近くに……ってもう来てるぅうううううう!?』
「シズク……!」
オペレータの声なんてもう届かない、大量の剣に切っ先を向けられたことで阿鼻叫喚に陥ったアークスたちの中で、リィンの叫びが響く。
「シズク、何処!」
「むらさきっ!」
言いながら、シズクは紫の塔目掛けて走っていた。
その後を追うように、リィンも紫目掛けて走り出す。
「えーっと技名、なんだっけな……そうだそうだ、『百花繚乱』」
そして、そんな気の抜けた呟きと共に。
百どころか万にも届くであろう剣の雨は降り注いだ。
*****
シズクは『全知』である。
だがしかし、この世全ての知識を持っているわけではない。
……何を言っているのかと思うかもしれないが、考えてみて欲しい。
異世界や平行世界も含めれば――いや、含めなくても無限といえるほど広い広い世界という箱庭。
その宇宙創世から続く、世界の歴史。そこに付随してくる圧倒的な量の『知識』。
そんな全知を、シズクの脳みそに保持しておくことは物理的に不可能なのだ。
どれだけ優れた知能を持っていようと、脳みその大きさという容量の限界はある。
では何故シズクが『全知』と呼ばれるのかというと、答えは一つ。
彼女が、『アカシックレコード』にアクセスできるからだ。
『アカシックレコード』。
それはこの世界の何処かに存在する、宇宙の全てを記録している記憶装置。
シズクはそこにアクセスできる権限を、生まれつき持っているのだ。
つまり正確には『全てを知っている』のではなく、『全てを知ることができる』。
それこそがシズクの『全知』の本質である。
シズクはこんな凄まじい力を――正直あんまり使っていない。
無意識に使ってしまうことはあっても、意識的に使用へと踏み切ることは早々無い。
そもそもアークスとしての日常を送る上で、こんな大層な力を振るう機会なんてほぼ無いのだ。
だがそれでも、シズクがこの力に頼ったことが四回ほどある。
一回目は、母親探し。
幼い頃、自身の中にあった全知の力に気付いたと同時にアカシックレコード内をくまなく探し求めた。
結局、そこに母親へと繋がる情報は皆無だったわけだが。
『全知』とは言っても、全てを知ることができるわけではない。
じゃあ全知じゃないじゃんといわれたら返答に困るが、少なくともアカシックレコード以上に知識を持っている存在は無いのだから仕方ない。
二回目は、意外と最近でハドレッドのとき。
ハドレッドの事情やマザーシップへのアクセス方法を知るために使用したのである。
三回目は、戦技大会の後。
ファルス・ヒューナルに襲撃されている先輩たちの居場所を探し出すのに使用した。
そして四回目。
アブダクションの、その後。
『全知』へと、シズクは潜っていった。
何のために?
決まっている。
強くなるために。
強くなる方法を、探すために。
「………………マジで?」
立ち上る粉塵の中。
ダークファルス【百合】は、目の前に広がる光景に驚きを隠せない様子で呟いた。
自らが生み出した万にも届く剣。
それを、壁と塔。そして当然ながら男性アークス目掛けて掃射した。
だから、女性アークスが生きていても驚かない。
流石にノーダメージでは済まないだろうが、基本的に女性を殺すことはしないのが【百合】というダークファルスである。
つまり、シズクとリィンが剣の掃射から生き残ったことについては驚かない。
でも、
紫以外の塔や壁は、全て木っ端微塵ともいえるレベルで破損している。
だというのに、『壊れかけ』。壊れて、いない。
「たった二人であたしの攻撃から塔を守ったっていうの……? やるじゃん! リィン! シズクちゃん!」
自身の攻撃が防がれたというのに、楽しげな笑顔を浮かべる【百合】。
彼女の表情が余裕そうであるのは当然だろう。
今の攻撃は彼女にとって大技でも必殺技でもない、ただの通常攻撃だ。
殆どのアークスはその通常攻撃で倒れていくのに、リィンとシズクは倒れなかった。
だからアークスのわりに凄いねー、と上から目線で笑うことができるのだ。
『ピ……ピ……』
「……ん?」
と、そんな風に余裕をかましていた【百合】の耳に、ふと小さな機械音が入ってきた。
同時に、気付く。
空に伸びる、半透明な光の柱が照準のように【百合】の頭上へと狙いを定めている。
(これは、知っている)
(サテライトなんとか、っていうアークスの技だ)
見れば、紫の塔の前に居るシズクがアサルトライフルを【百合】に向けていた。
(成る程、あの光線ならあたしにも通用するだろう)
通用するだけで、すぐに回復してしまうのだが。
まあでも、痛いものは痛い。
痛いのは嫌だ。幸いあの技に関してはもう見たことがある。
対処は簡単だ。
サテライトなんとかの発射には三秒ほどのチャージが必要。
つまり、今の内に防御すればいい。
頭上から光が降り注ぐと分かっているなら、頭上を剣でガードすればいい。単純な話だ。
チャージが終わるまで後二秒ほどか。
そう当たりをつけて、【百合】は余裕綽々に手を空へ振り上げた。
「余裕で間に合うし、ちょっとディテールに凝った盾に……」
その瞬間。
「ば――っ!?」
極太の光線が、降り注ぐ。
莫大な熱量を持った光線は【百合】の身体を焼き尽くしながら、地に落とす。
「………………っっっ!」
全身を襲う熱と、地に叩きつけられる感触を味わいながら、【百合】は考える。
まさか。
まさかとは思うが――シズクはずっと、
サテライトカノンを、チャージしていたというのか……!?
『た……たった一人で守ったっていうの……? あの、剣の雨から……塔と、そしてパートナーを……?』
「シズク」
オペレーターの呟きを耳に受けながら、リィンはモノメイトを一つ口に咥えて背後にいるシズクに語りかける。
「うばー?」
「リリィに……ダークファルス【百合】に勝てると思う?」
「無理。勝てるわけ無いじゃん常識的に考えて」
そうだろうね、とリィンは頷く。
でも……。
「でも、負けないことはできるかなって」
「うん」
駆け出す。
地面に何本も突き刺さっている剣を踏み台に跳躍し、リィンは【百合】目掛けてソードを振り上げた。
「リィン……!」
「――――ぁあああああああ!」
既に傷が完治している【百合】は飛びかかってくるリィンを見るなり、笑った。
大変嬉しそうに、笑顔を見せる。
そしてその笑顔のまま、両手に茜色の剣を作り出してリィンの剣撃を受け止めた!
「やるじゃん! 正直最初あったときはそんな強そうには見えなかったんだけど、あたしの目が節穴だったね!」
「…………いいや、節穴じゃないわよ。前会った時は私一人だったもの」
「……?」
「私は、シズクと一緒ならどれだけでも強くなれる……!」
その瞬間、【百合】の額に銃弾が一発飛来した。
シズクの攻撃だ。
勿論、これしきで死ぬ……というかダメージを受けるような【百合】ではないが……。
その攻撃を受けて、【百合】はさらに笑みを深くした。
滅茶苦茶嬉しそうだ。……いや、嬉しそうというかなんというかこれは、
萌えて、いる?
「うっばー! 何それ何それ何それ! 二人は一つみたいな!? 一心同体!? 連携特化!? うばばばばばば! 何と言うか、本当、そう……」
「…………」
「良いぞもっとやれ!」
ここにキマシタワーを建てよう!
等と言ってサムズアップをした【百合】の台詞は殆ど意味が分からないものだったが……。
兎も角。
リィンは【百合】の赤色の瞳を――その、
「行くわよリリィ。……いや、ダークファルス【百合】、戦いましょう」
「行くよリィン! シズクちゃん! 貴方たちの
続くシズクの能力お披露目回。
そしてアプちゃん貞操の危機。