AKABAKO   作:万年レート1000

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第2採掘基地、墜つ。


アークスの敗北

 正直なところ、六芒均衡を甘く見ていた。

 

 五人全員揃って、ようやく本気モードのダークファルス【百合(リリィ)】と互角に戦えて、『世果』かクラリスクレイスの全力攻撃辺りで木っ端微塵に消滅させることが唯一の勝利方法だと、シズクは考えていたのだが……。

 

 そのどちらも使わずに、六芒均衡は【百合】を木っ端微塵に消滅させてみせた。

 

 【百合】が怒りで我を忘れていたとはいえ、結果的に無傷で。

 

(でも……)

(あそこまでやっても、回復するなんて……)

 

 一体全体、何をすれば彼女は倒せるのか、分からなくなった。

 

 不死身と言っても、限界はある筈。

 無敵と言っても、限度はある筈。

 

 しかしそれすらも、希望的観測に過ぎなくて――。

 

「し、シズク……」

 

 シズクの頭上から、つまりは未だにシズクに抱きつかれたままのヒキトゥーテが、冷や汗をかきながらシズクに話しかけてきた。

 

「な、何……?」

「いや……こんな絶望的な状況でこんなこと言うのもなんだけど、いつまでくっついているつもりだ?」

「うば」

 

 そういえばそうだった。

 【百合】を怒らせるという目的を達成した以上、もう抱きついている必要は無い。

 

 いや、でもこうしている姿を【百合】に見せ付けることで怒りを継続させられているかもしれないし……。

 

「……ん?」

 

 ふと、気付く。

 ヒキトゥーテの視線が、【百合】や六芒均衡でもシズクの方でもなく、ある一点に注がれていることに。

 

 一体何が……と視線をそちらに向けた瞬間、シズクはそっとヒキトゥーテから離れた。

 

 視線の先。

 そこには、気絶から醒めていたリィンが居た。

 

 リィンが、ハイライトの消えた瞳を大きく見開いて、シズクたちを見ていた。

 

「…………」

「…………」

 

 どうやらリィンは気絶から醒めたものの、体は動かないようだ。

 今すぐにでもトリメイトを持ってリィンの元へ駆け寄り、弁明をしながら彼女の回復に努めるべきなのだろうが……。

 

 最悪なことに、リィンが居る位置は今シズクとヒキトゥーテが居る位置と比べて圧倒的に【百合】が居るクレーターから近い。

 つまりリィンに近づくということは【百合】に近づくということで、【百合】から狙われている現状を考えると、とてもじゃないがリィンの元へ向かうことは不可能だ。

 

 ……いや、落ち着け。

 とりあえず良からぬ誤解が生まれないように通話で今の抱擁は作戦上必要だったことで、決して他意はなかったことを――。

 

「■゛■゛■■■■――!」

 

 またも言葉にならない咆哮をあげ、【百合】はクレーターから飛び出した。

 

 もう一度シズクたちの方へ突貫してくるかと思いきや、そのまま六芒均衡たち目掛けて剣を掃射し、追撃。

 どうやら六芒均衡の五人を先に片付ける方向へとシフトしたようだ。

 

 賢明な判断だろう。

 いくら【百合】が強力なダークファルスでも、六芒に邪魔されてはシズクたちを倒すことは叶わない。

 

 レギアスの剣を。

 マリアの槍を。

 カスラの風を。

 クラリスクレイスの炎を。

 ヒューイの拳を。

 

 【百合】は数多の剣で捌きながら、六芒均衡へ攻勢を仕掛ける。

 

 六芒均衡たちは、一転して防戦一方だ。

 【百合】がvs六芒均衡に本腰を入れ始めたから、ではなく、不死の相手に積極的な攻撃をする意味が無いから、である。

 

「……こ、このままじゃ、いくら六芒均衡だからってジリ貧なんじゃないか? も、もう撤退した方が……」

「うばー……まああたしが指揮執ってる立場なら撤退を進言してるけど……そうしないってことは……」

 

 もしかしてアレ(・・)をやる気? っと。

 

 シズクは心配そうに眉を顰めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……『封印』するしか、ないでしょうね」

 

 戦闘の最中、カスラはぽつりと呟いた。

 

 封印。

 それはかつて初代クラリスクレイスが【巨躯(エルダー)】相手に使った、最終手段。

 

 創世器の力を扱える者が、その身を犠牲にして(・・・・・・・・・)ダークファルスを封印するという奥の手である。

 

「……だろうな」

 

 呟きに同意するように、レギアスは頷いた。

 

 【百合】が何処まで(・・・・)不死なのか分からない以上、封印が最善手であることは誰の目にも明らかだ。

 

 ならば問題は、『誰が』封印するかだろう。

 

「『花蝶』」

 

 【百合】が、そう技名を呟いた瞬間。

 蝶を模した形の剣が、無数に舞い散った。

 

 剣は、蝶のように不規則な動きをしながら、六芒均衡たちに襲い掛かる……!

 

「フォイエ!」

「ギ・ザン」

 

 炎と風が、蝶を撃ち落していく。

 一般のアークスには脅威である【百合】の剣操作能力も、六芒均衡相手には早々有効打にはなり得ない。

 

「く、この……鬱陶しい!」

 

 ……それでも、全く効果が無いわけではない。

 

 特にまだ戦闘経験自体は未熟なクラリスクレイスは、一人苦戦しているようだった。

 ダメージも、僅かながら受けている。

 

「クラリスクレイス! 辛いようなら下がってても構わんぞう!?」

「な、何おう!? このくらい全然平気だもんねー!」

「ならばよし!」

 

 ヒューイの激励を受けて、クラリスクレイスは瞳に力を取り戻す。

 飛来してきた蝶剣の群れを炎で焼き払って、杖先を【百合】に向けた。

 

 その時だった。

 

 

 

「――何遊んでるのかしら、【百合】」

 

 上空から、女の声。

 

 反射的にクラリスクレイスは杖を上空に向け、他の面々も釣られるように上を見上げた。

 

「あ」

 

 【百合】もまた空を見上げ――そして目を見開く。

 

 鮮やかな金色の髪、妖艶な雰囲気を醸し出す黒色の衣装。

 

 最愛の相手、ダークファルス【若人(アプレンティス)】がそこに居た――!

 

「あ、アプちゃん……」

「気になって様子を身に来てみれば……アンタの仕事は塔を壊すことで、アークスと遊ぶことじゃあないのよ?」

「う、うばー……ごめんよアプちゃん、つい……」

 

「…………」

 

 ダークファルスが、二人揃った。

 

 それがどういう(・・・・)ことなのか。

 

 今この時、正しく理解している人物はこの場に一人。

 

 全知たるシズク――ではない。

 六芒均衡の頭脳係であるカスラ――でもない。

 

(あ――)

(やばい、終わった)

 

 勝ち目が無くなった、と。

 

 崩れた塔の瓦礫に埋もれている、リィン・アークライトはそう静かに悟った。

 

 もう、封印することだって叶わない。

 【百合】と【若人】が揃ってしまったということは、そういうことだと。

 

「……まあいいわ、帰るわよ、【百合】」

「うば? あれ、もう?」

「ええ、もうこの採掘基地場の塔は九割方破壊し終えたわ」

「な!?」

 

 驚きの声をあげたのは、カスラだ。

 

 勿論声に出さないだけで、六芒均衡も、シズクたちも皆驚いている。

 

 塔が九割破壊されたということは、つまりこの採掘基地場の機能停止を意味する。

 【若人】の本体は複数の採掘基地場で重ねて封印しているため、それで【若人】復活とは相成らないが――それでも間違いなく、今回の採掘基地防衛戦は、

 

 アークスの敗北と言って差し支えないだろう。

 

「一旦退いて、別の採掘基地を襲う準備をするわよ」

「あいあいさー!」

「逃がさん!」

 

 クラリスクレイスが、【若人】に向けたロッドに集めていたフォトンを火炎に変えていく。

 

「フォイエぇ!」

 

 極太の火炎が、【若人】目掛けて放たれる。

 

 それは駄目だ。

 それは、悪手だった。

 

 【百合】の目の前で、【若人】に攻撃を加えることは――男女のイチャイチャを彼女に見せ付けることよりもやってはいけないことだ――!

 

「『花弁の盾』」

 

 【若人】への火炎は、盾形に変形した茜色の剣に阻まれ霧散した。

 

 あっさりと自分の火炎が防がれ驚くクラリスクレイスを、【百合】はギロリ、と睨みつける。

 

「アプちゃんの……玉の肌に……」

 

 一瞬で。

 クラリスクレイスの目の前に、【百合】が居た。

 

 静かに茜色の剣を振りかぶり、その首を刎ねんと横一閃にその腕を振るう――!

 

「火傷のひとつでも付いたらどう責任取るつもりだぁああああああああ――!」

「クラリスクレイスぅううううううう!」

 

 剣閃を遮るように、ヒューイが叫びながら二人の間に割り込んだ。

 

 燃え盛る炎のような拳と茜色の剣がぶつかり合う。

 そして数瞬後、ヒューイとクラリスクレイスがまとめてぶっ飛ばされた(・・・・・・・)

 

「ぬぅ……?!」

「うわぁ!?」

 

 数km先の岩盤へ、二人は激突したようだ。

 流石にこれだけで死亡とはならないだろうが、復帰まで多少の時間は必要だろう。

 

「……!? さっきまでと全然動きが違う……!?」

 

 カスラが驚愕しながらも、タリスを投げる。

 ひとまずサ・ザンで足止めをしようとフォトンをチャージ。

 

「邪魔」

 

 ――チャージを始めた瞬間、投げたタリスが【百合】によって握り潰された。

 

 そんなことできるのか、と驚愕する間も無く茜色の剣がカスラの眼前に迫る――。

 

「っ――!?」

 

 射出された剣を、間一髪で避ける。

 明らかに向上している、【百合】の動き。

 

 その理由を理解しているのは、今はこの場にただ一人。

 

 リィンだけ。

 

(やっぱり……【百合】は私に似ている)

(誰かが、守るべき誰かが後ろに居ることで強くなれるタイプ――!)

 

 そう。

 【百合】はリィンやメイ・コートと同じ。

 

 守るべき大事なヒトが後ろに居ることによって、初めて本気を出せるのだ。

 

 世にも珍しき、愛で戦うダークファルス。

 それがダークファルス【百合】という女である。

 

「ごふっ……」

 

 カスラの腹に、茜色の剣が突き立てられた。

 

 顔面目掛けた攻撃を目晦ましに、もう一本剣を射出していたようである。

 

 がくり、とカスラが膝をつく。

 法撃職故に耐久が低めなので、腹を貫かればそれだけで致命傷になってしまうのだ。

 

「貴様っ!」

「だぁああああ!」

 

 レギアスとマリアの、連携攻撃。

 カスラを攻撃した【百合】の後隙を狙った、背後からの攻撃である。

 

 剣と槍の同時攻撃に、堪らず【百合】の上半身が吹き飛んだ。

 

 そして即回復。

 攻撃後の後隙を穿つように、【百合】の攻撃がレギアスとマリアを襲う――!

 

「くっ!」

「このっ、ふざけんなぁ!」

 

 【百合】の振るった剣を、二人は間一髪武器で受け止める。

 

 が、愛の力で強化されている【百合】の攻撃を完全に止めるには至らず、さっきのヒューイとクラリスクレイスみたく膂力で遥か彼方まで吹き飛ばされた。

 

「ろ……」

「六芒均衡が、全滅……」

 

 いや、正確には戦闘不能にすらなっていないだろうが。

 

 それでもこれ以上続けても六芒均衡側に勝ち目は無いだろうし、撤退を邪魔できなかった時点で六芒均衡の敗北と言っても差し支えないだろう。

 

「……相変わらず馬鹿げた力ね」

「えへへー」

「まあいいわ、さっさと帰って次の襲撃の準備するわよ」

「あ、待って待って、まだ殺さないといけないやつが居てさ」

 

 そして。

 

 そう言って。

 

 ダークファルス【百合】はくるりとヒキトゥーテの方に向き直った。

 

「ふぅん? 早くしなさいよ、あまり待たせないで」

「うっばばーい」

 

 ちょっとコンビニに寄って行くよ、みたいな気軽さで、【百合】は剣をヒキトゥーテに向けて構え直す。

 

「今度はもう、さっさと殺してさっさと済ますよ」

「っ……!」

「…………」

 

 絶体絶命の、大ピンチ。

 

 六芒均衡がこのザマで、残存戦力は皆無。

 加えて逃亡を封じるために怒らせてしまっているため見逃してくれる可能性も無い。

 

 生き残りの可能性が、あるとしたら――そう。

 

 偶然通りかかった、対【百合】最後の希望である『リン』さんが何とかしてくれるとかそんな感じ……。

 

 

 

 

 

 

 

「ラ・フォイエ」

 

 爆炎が、【百合】を突如包み込んだ。

 

 クラリスクレイスの炎――ではない。

 そして勿論、ヒキトゥーテのものでもない。

 

 六芒均衡たるクラリスクレイスと、同等かそれ以上のラ・フォイエ。

 

 そんなものを撃てるアークスは、おそらくこの世にたった一人のみ。

 

「――待たせたわね」

 

 漆黒のツインテールに、赤い瞳。

 黒いコートとサイコウォンドの淡い光がよく映える。

 

 キリン・アークダーティ。

 通称『リン』が、杖を構えて立っていた。

 

「……アンタは」

「り、『リン』さん! どうして此処に……」

 

 勿論。

 ご都合主義の如く偶然通りかかった――わけではない。

 

 先ほど【若人】が言ったとおり、この採掘基地場は九割が破損し、ダーカーの巣窟と成り果ててしまった。

 

 アークスは敗北したのだ。

 そうして、クエストは終了したことにより『リン』はフリーとなった。

 

 それならば彼女がとる行動は一つである。

 

 すなわち、まだ戦い続けている場所への援軍。

 そしてずばりそれは此処。

 

 ダークファルス【百合】との戦い。

 

「私が来たからには、もう好き勝手させないぞ、ダークファルス」

「残念だったわね、もう好き勝手し終えた後よ……それに」

 

 その程度の実力で【百合】を倒せると思うの? っと。

 

 【若人】は余裕たっぷりの微笑みのまま、ちらりと【百合】の方へ視線を移した。

 

 そこにはラ・フォイエで受けた傷なんて既に全治したダークファルス【百合】の姿が――無い。

 

 いや、【百合】が居なくなったわけではない。

 【百合】は居る。爆炎を受けた位置から寸分違わずそこに居る。

 

 ただし、傷が治っては居なかった――!

 

「……は?」

 

 【百合】は、動かない。

 倒れ伏したまま、電池の切れた玩具のように動かない。

 

「り、【百合】? 何をしているのよ、起きなさい」

「…………う、ばぁ……」

 

 【若人】が声をかけると、僅かに反応を返した。

 

 力を振り絞り、立ち上がろうとする。

 心なしか傷も癒えてきたようだけど、遅い。

 

 回復速度が目に見えて遅くなっている。

 

「ちょっと……!? どうしたっていうのよ【百合】!」

「イル・フォイエ!」

 

 次は【若人】の番だ、と『リン』はテクニックのチャージを終えた。

 

 半径一メートルほどの、巨大隕石が降り注ぐ。

 突然の事態に動揺してしまった【若人】には回避が不可能であることは、誰の目にも明らかだった。

 

 本体が無くて絶賛弱体化中の【若人】に直撃すれば、ただでは済まない威力の炎テクニック。

 

 それを知ってか知らずか――いや、知ってても知らなくても彼女には関係ないのだろう。

 

 【百合】が【若人】の手を引き、地面に押し倒して自身は覆いかぶさるようにして彼女の盾になった――!

 

「!」

 

 先ほどのチャージが不十分だったクラリスクレイスのイル・フォイエとは比べ物にならないほどの爆熱と粉塵が舞いあがる。

 

 クレーターは、確実に出来ただろう。

 あまりに躊躇い無く【若人】を庇う【百合】の姿に驚嘆を隠せなかった『リン』は、数秒間を開けた後、ハッと気付いたかのようにクレーターへと駆け寄ってサイコウォンドをクレーターの底に向けた。

 

 フォトンを軽く操って、風を巻き起こす。

 粉塵を風で飛ばして、クレーターの底を注視したが――そこには誰も居なかった。

 

 周囲に、ダークファルスの反応も無い。

 

 『リン』が呆けていた数秒で逃げたのだろう。

 

「…………逃がしたか」

 

 そっと、『リン』は構えていた杖を背に戻す。

 【百合】の愛に怯んで、逃がしてしまったことを悔いながら。

 

 …………。

 ……………………。

 

 何はともあれ。

 こうして、採掘基地防衛戦・侵入は終了を迎えた。

 

 失ったものは数多だったが。

 致命的な損害は出なくて。

 

 得たものは数少なかったが。

 貴重な情報は手に入った。

 

 これを勝利と呼ぶか敗北と呼ぶかは人それぞれだろうが、兎も角。

 

「うっばー……」

 

 今回ばかりは死んだと思ったー、っと。

 

 シズクは安心するように、その場にへたり込んだのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「……今なら簡単にアンタを殺せそうね」

 

 採掘基地場跡地にある、とあるオアシスの近く。

 

 ダークファルス【若人】は、黒こげになった【百合】をお姫様抱っこしながらそう呟いた。

 

 【百合】の容態は、最悪だ。

 辛うじて息はしているようだが、最早虫の息。

 

 不死身の筈なのに、今にも死んでしまいそうだ。

 ……【黒百合】モードも、解けてしまっている。

 

「……ふん、あのツインテールのアークスの力か……? ダーカー因子が弱まっている……?」

 

 そっと寝かせるように、【若人】は自身の腕の中で息絶え絶えにしている白いダークファルスを地面に降ろした。

 

 そして、膝枕をするように自身も傍へ座り込む。

 別にしたくてしているわけではない。枕に丁度いい物体が近くに無かったからだ、とかなんとか誰かにというわけでもなく言い訳しながら。

 

「アンタはまだ利用価値があるんだから、こんなところで見殺しにしはしないわよ」

 

 あくまで、まだ利用価値があるからだ。

 決して情に流されたとかそういうのではない。

 

 そう自分に言い聞かし、【若人】は【百合】の僅かに開いた口の中に自分の指を突っ込んだ。

 

 暖かくて、ぬるっとしている。

 気持ち悪い感触の筈なのに、何故か気持ち悪いとは思わなかった。

 

「アタシの力を少しだけ分けてあげるわ。間違っても全部食い尽くすんじゃないわよ」

 

 ……言うまでも、無いことだが。

 

 それは非常に危険な行為である。

 ダークファルスが、ダークファルスに喰われた場合不死性とかそんなものは関係なくなる。

 

 ダーカー因子を相手に全て取り込まれてしまえば、それは死と同義だ。

 

 ならばこそ、これは有り得ない行動である。

 余程相手を信頼していない限り、『少しだけ食わせてあげる』なんてことはできない。

 

 つまりどういうことかというと。

 アプちゃんがついにデレた。

 

「…………」

「何にやけてんのよ」

 

 意識はあるのか、【若人】の指を咥えながら【百合】はゆっくりと口を動かす。

 

 たどたどしくも、小さいながらも、はっきりとした声で。

 

「……まぅすとぅーまうすがいいなー」

「…………」

 

 【若人】は無言で指を彼女の口から外して、そのまま手の形をチョップにして【百合】の額を軽く叩いた。

 

 性急だったか、と後悔した様子を見せる【百合】にため息を吐いてから、

 

 【若人】は「今回だけよ」と小さく呟いた。

 

「? いまなん――――」

 

 結局のところ。

 

 弱体化中の【若人】が少し力を分け与えたところで【百合】の容態は完全回復とはいかなかった。

 

 だがしかし、急場は脱したと言ってもいいだろう。

 回復までまだそれなりに時間を要するとはいえ、ダークファルス【百合】の脅威は――まだ、終わってはいない。




アプちゃんデレすぎやないかと思わなくも無いけどエピソード2ももう終盤だしこんなもんでしょう。
着実にダークファルスルートを歩んでいるユクリータですがどうなることやら……。

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