「そういえばリィンの両親ってどういうヒトなの?」
それがいつの日のことだったかすっかり忘れてしまったが、シズクにそう訊かれたことがある。
リィンの両親が、どういうヒトなのか。
答えはたった一言だ。
「よく分からない」
リィンの教育は、基本的に姉であるライトフロウ・アークライトに一任されていた。
それが悪いことだと言うつもりはない。
天才児だった姉はリィンが生まれた時には父親より強かったらしいし、(変態性に目を瞑れば)あらゆる方向で有能かつしっかり者だった彼女は下手すれば親が教育していた場合よりもリィンのことを強く育て上げることができていたと言えるだろう。
でもそのせいで、親子間の交流が薄まっていたのも事実だ。
そんな関係に、両親は何も言ってこなかった。
その癖に『たまには実家に顔出せ』なんて言ってくるのは勝手なんじゃないかと思いつつ。
リィンは目の前にある実家を陰鬱そうに見上げていた。
「…………」
白く、四角く、高い。
機能性だけをとことん追及したかのようなシンプルなデザインの一軒家。
我が家には遊び心というものが欠如しすぎではないかと思ったけど、よく考えたらリィンのマイルームだってかなりシンプルで必要なものしか置いてないので多分その辺は遺伝なのだろう。
こんな家だからこそ、リィンは我が家がかなりのお金持ちだということを知らなかったわけだ。
「はぁ……」
十分くらいはそうして陰鬱そうに家を見上げていたリィンは、ようやく観念したのか一歩を踏み出した。
タッチパネルに指を当て、指紋認証。
ロックが一段階解除されたことを確認した後、網膜認証と声帯認証を経て扉を開ける。
「…………ただいま」
自分の家に帰るのに、インターフォンは必要あるまい。
小さくただいまと呟いて、決して華美とはいえない清潔感に溢れた玄関を歩く。
アークスになる前に住んでいた頃と何一つ変らない、飾りっ気無くて面白みもない家だ。
装飾品らしき装飾品は、『強さこそ全て』と書かれた紙が額縁に飾られているくらいか。
使用人もおらず、飾りっ気も無い。
これで家が金持ちだとか気付く方が無理だろう。
「あ……」
「ん」
廊下の角を折れ曲がったところで、一人の女性が姿を現した。
青紫色のセミロングと、赤縁フレームの眼鏡が特徴的な垂れ目の女性である。
エプロン姿と手に持った空の鍋から推測するに、料理の準備でもしているのだろう。
相変わらず、二児の母とは思えない程若々しいヒトだなぁ、とリィンは何処か他人事のような感覚で自身の母親にぺこりと軽く頭を下げた。
「ただいま戻りました、お母さん」
「お、おかえ、り……り、リィン……」
そして相変わらずコミュニケーション能力に著しい障害があるヒトだ。
こちらと目を合わせようともせず、もごもごと小声で話すその姿は娘として少し恥ずかしい。
そう。
目の前の女性――『パプリカ・アークライト』はリィンの母親なのである。
「ぉ、お父さんなら……その……書斎でま、待っていると思うから……」
「分かりました」
もう一度ぺこりと頭を下げて、リィンは視線を母から切って廊下を再び歩き出す。
しかし本当、娘相手にあのうじうじした感じは親としてどうかと思う。
あの性格のせいで母親のことだってリィンは『よく分からない』と評価を下すことになるのだ。
コミュニケーション能力に難がある人間は面倒くさいなぁ、とリィンはブーメラン発言をしながら二階にある父の書斎へと向かう。
「……失礼します」
扉をノックして、スライド式の半自動扉を開ける。
中に居たのは、機能性の高さを極限まで追求した結果高級品になってしまった、とでも表現すべきな形をした机を前に腰掛けた、一人の男性。
リィンやライトフロウと同じ色の青い髪と、青い髭。
鷹のように鋭い目つきと筋骨隆々な身体、そして何より2m近い高身長が特徴的な美丈夫。
『ヨークヤード・アークライト』。
それがリィンの父親の名である。
「ただいま戻りました……お父さん」
「リィンか……」
父親は、見ていたウィンドウから視線を上げてその鋭い目をリィンに向ける。
「噂は、聞いているぞ。頑張っているみたいじゃないか」
「…………」
「このままスーパーハードを任されるような一流アークスを目指すといい……姉のようにな」
「……それを」
姉のようにな、と言われた瞬間、露骨にリィンの眉間に皺が寄った。
そういえば、この親は。
あの姉の本性というものを知っているのだろうか。
「それを言うために、呼び寄せたのですか?」
「……? 何が言いたいのかは分からんが――親が一人暮らしをしている子にたまには会いたいと思うことがそんなに不思議なことか?」
「…………」
何を企んでやがる。
雑誌に載ったりだとか、戦技大会で二位になったとか、ダークファルスを一時的に押し留めたからとか。
そういう分かりやすい結果を出したから、今更父親面しようとでもいうのか。
「まあいい――パプリカが張り切って晩御飯を用意している……積もる話はその時にしようじゃないか」
「………………はい」
積もる話なんて、私には無いのだけれど。
(早く……)
(シズクの元へ帰りたい)
父の書斎を出て、ため息を一つ。
そうしてから、かつて使っていた実家の自室へと、足を運ぶのであった。
*****
「今日の任務を再確認するわ、よく聞いて」
惑星ナベリウス・凍土エリア。
その雪と氷に覆われた極寒のフィールドで、一人の凛とした女性を中心に四人のアークスたちが集まっていた。
凛とした女性は――ライトフロウ・アークライト。
リィンの姉であり、六芒均衡や『リン』という例外の化け物たちを除けば最強と称される(本人的には不名誉)アークスである。
そして彼女の周りにいるアークスたちは、チーム【大日霊貴】。
ライトフロウ・アークライトをリーダーとする、アークス内でも随一のチームである。
「クライアントオーダーは、『救難信号捜査』。昨日から凍土に行ったきり帰ってこない一般人」
「んん? それっておかしくないですか? 一般人が戦闘エリアへ行けるわけないじゃないっすか」
「……密航らしいわよ。アークスに金払って、連れてってもらったんですって。本場の雪で雪だるまを作ってみたかったとかなんとか」
「何それ違反な上にどちゃくそくだらない理由じゃん。そんなやつ助ける必要あるんすか?」
「あるわよ。今回のクライアントオーダーの発注主……つまりはアークスに『ただいなこうけん』をしているような感じがするとあるお偉いさんの息子だからね」
茶色の長い髪が特徴的なニューマン女性が注釈するようにそう説明すると、
ギザギザの歯が特徴的な少女は頭の後ろに両手を当てながら「なんだよそれやる気でねーなー」と悪態を吐いた。
「アーチェ、仕事なんだから文句を言わずにやりなさい」
「むー……」
「はは、まあアーチェの気持ちも分かるけどね」
アーチェと呼ばれたギザっ歯少女をフォローするように、金髪碧眼の少年がぽんと彼女の頭を撫でた。
端麗な容姿を持つ彼は物語に出てくる王子様のような雰囲気を持っていて、こんな美少年に頭を撫でられれば大抵の女子はコロっと行ってしまいそうだったがアーチェは大して動揺するような素振りは見せず、その手を振り払う。
「やめろよ兄ちゃん。兄妹だからって気安く乙女の髪を触んな!」
「おっと、ごめんごめん。……うりうり」
「やーめーろーよー!」
「相変わらず仲の良い兄妹ね……オペレーター、救難信号はどう?」
イチャつく兄妹を温かい目で見ながら、ライトフロウは虚空へとそう話しかけた。
勿論本当に虚空へ話しかけているわけではなく、通信機の向こう側に居る【大日霊貴】専属のオペレーターに話しかけているのだ。
『はい、救難信号はまだ途絶えていません。救助対象はまだ生きているようです』
「了解。じゃあルートの指示、及びサポートをお願いね」
『かしこまりました』
よし、と一息吐く。
正直気が進まない任務であることはライトフロウだって同じことだ。
それでも『アークライト』として、【大日霊貴】として、こういう依頼を断れない立場にいる。
『強さ』を売り物にしてスポンサーを得ることで躍進したアークライト家の悲しき宿命というやつだろう。
『お偉いさん』の我侭な依頼ですら、文句一つ言わずにこなさなければいけないのだ。
(まあ――別に慣れたけれど)
ギザっ歯少女と金髪王子の兄妹がイチャイチャしているのを羨ましそうに眺めながら、ライトフロウは「行くわよ」と号令をかけた。
こんな仕事さっさと終わらせて、終わらせて――終わらせても次の仕事があるだけか。
「……リィンに、会いたいなぁ」
誰にも聞こえないようにそう呟いて。
ライトフロウ・アークライトは、チームメンバーを引き連れ凍土を歩みだしたのだった。
見直し中に『アークス』が『ハンター』になってる箇所見つけて笑ってしまった。