AKABAKO   作:万年レート1000

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リィンvs父親

「…………」

 

 アークスとして家を出る前に使っていた自室は、思いの外綺麗で出て行く前の姿かたちを殆どそのまま保っていた。

 

 勉強机、ベッド、照明、箪笥やクローゼット。

 ぬいぐるみの一つも無いシンプルな部屋だ。独身の中年男でもここまでシンプルな内装にはしないであろうという簡潔っぷりである。

 

 てっきり物置か何かにされているんじゃないかという気持ちはあったのだが、事の外綺麗なままで――出て行った時のままでびっくりした。

 

 そこで思い出したが、あのコミュニケーション能力に著しい問題があるお母さんは家事が大好きで堪らないという人間だったのだ。

 掃除家事洗濯料理。

 そういったものを全部自分ひとりでやりたいがために使用人を雇っていないという話を小さい頃姉に聞いた覚えがある。

 

 ……だけどリィンにはその性質が受け継がれていなかった辺り、多分家事に関しては父親譲りだということなのだろう。

 

 家事とかしなさそうだし、あの男。

 

「……暇ね」

 

 何かをする気にもなれず(というかこのシンプルすぎる部屋で一人何をすればいいというのか)、ベッドで寝転がり天井を見上げていたリィンだったが、やがて限界を迎えたのかそう呟いた。

 

 ご飯の時間まで……あと一時間ほどか。

 トレーニングルームにでも行って汗を流そうか。

 

 一瞬母親の料理を手伝うという女の子らしい考えが浮かんだものの、却下。

 

 まだ料理の苦手は克服していないし、あの母親とキッチンという一つの空間で二人きりになった場合何を話せばいいのか分からないしお母さんだって同じことを思うだろう。

 

(シズクだったら、あんなお母さん相手でも和気藹々と話したりできるのかな?)

(あの子も結構、家事好きだし……)

 

 そんなことを考えながら、部屋を出てトレーニングルームへと向かう。

 

 アークライト家のシンプルだが広い家には、いくつものトレーニング用施設があるのだ。

 その中の一つ、他に貸し出しを行ったりしていない家族専用のルームに入っていく。

 

 アークスが暴れても平気なほどの広さを持つこれまたより一層シンプルな白い部屋だ。

 

 市街地は平常時フォトンの扱いが制限されているのだが、ルーム内なら例外的にフォトンが扱えるし擬似エネミーだって出し放題だから実践的な練習だってできる最高級のトレーニングルーム……らしい。

 

 らしいというのは、家にあるトレーニングルームでは全部この機能は付いてるし、他のこういう施設は利用したことが無かったので最高級であるということを知らなかったからだ。

 

 尤も、アークスのVRシステムの値段には一歩劣るらしいが。

 

「一時間だし……軽く汗を流す程度に……」

「リィン」

 

 声をかけられて、振り返る。

 そこには青髪青髭の巨漢、ヨークヤード・アークライト。

 

 つまりはリィンのお父さんが武器を持ち、戦闘服に着替えて立っていた。

 

「お、お父さん……」

「奇遇だな、食前に軽く運動しようと……」

「そ、そうですか。じゃあ私はこれで……」

「待て」

 

 別のトレーニングルームに行こうと踵を返した瞬間、肩を掴まれ止められた。

 

「丁度良い、久しぶりに一緒に鍛錬をしようじゃないか」

「………………はい」

「……ふっ」

 

 嫌々ながらも頷いたリィンを見て、お父さんは薄く笑った。

 

 笑ったように見えたというべきか。

 後姿だったから良く分からなかったが……いやでも確かに、笑ったような……。

 

 お父さんって、笑うのか。

 リィンが知らなかっただけかもしれないけど。

 

「……何?」

「いや何……昔の母さんを思い出してな」

「お母さんを……?」

「……っと、子供に話すことじゃないな」

 

 言って、ヨークヤードは手に持った訓練用のパルチザンを構えた。

 

 パルチザン。

 マリアさんと同じ武器の使い手か。

 

(……さて)

 

 予想外で予定外に加えてあまり気が乗らないが、始まってしまったものはしょうがない。

 

 鍛錬とはいえ、気は抜けない。

 今はもう引退し、一線を退いたとはいえお父さんは元一流アークス。

 

 本気でやらなければいけないだろう。

 でも……。

 

(久しぶりに、一人か……)

(……後ろにシズクがいないと調子出ないなぁ……)

 

 守るべきヒトが傍に居て、初めて本気が出せるタイプ。

 言うまでも無く、リィンは典型的なそれなのだ。

 

「さて、行くぞ……」

「っ……」

 

 瞬き一つ。

 ごく自然な動作で行われた瞬きという行為を終えた瞬間、ヨークヤードはリィンの眼前まで迫っていた。

 

 速い――とかではない。

 これは見たことがある。

 

 『縮地』とかいう、『体術』の一つだ。

 

 一瞬で相手との距離を詰めたかのように見せかける技。

 

 これをリィンは、まだ取得できていない。

 

「ふっ――!」

 

 流れるような動作で放たれた一閃を、リィンは容易くガードする。

 

 ジャストガードは得意技だ。

 反射神経だけなら誰にも負けない自信がある。

 

「ほう」

 

 この距離のまま、怒涛のように放たれる連撃。

 

 大剣(ソード)という小回りの効かない武器を相手取るということをよく分かっている動きだ。

 

 接近し、小技で攻める。

 超至近距離及び隙の少ない攻撃というものに乏しいリィンは、防戦一方を強いられた。

 

 手合わせだというのに、ガチじゃないか。

 

 そんなことを思いながら、リィンは父の連撃を軽く捌ききる。

 マリアという至上のパルチザン使いとも手合わせしたことのあるリィンにとって、この程度の攻撃は屁でもないのだ。

 

「守りは、大したものだな。相変わらず反射神経だけは一人前だ」

「……相変わらず?」

 

 そんな言葉を使えるほどに、私を見てきたわけじゃあるまいし。

 

 おかしなことを言う男だ。

 リィンは一歩後ろに下がり、直後に足を前へと踏み出した。

 

「スタンコンサイド!」

 

 剣の腹を使った殴打。

 だがそれはパルチザンで受け止められ、返す刃で槍による喉を狙った突きが放たれる。

 

「反撃に移るタイミングが悪い」

「くっ……!」

 

 どうせ攻撃は下手ですよ! っとリィンは今度は改めて父との距離を取った。

 

「セイクリッドスキュア」

「!」

 

 上空に投擲されたパルチザンが、フォトンの弾丸を放つPA。

 数少ない、近接武器の遠距離攻撃だ、距離を取ることを分かっていたかのようなタイミングで放たれた槍の光弾に、リィンはそれでも反応して剣を縦振りすることで叩き落した。

 

「相手の呼吸を読め、一瞬先の未来を見るんだ」

「それは……相方の仕事なものでして……!」

 

 一瞬先どころではない未来が実際に見えている相方を持つ身としては、耳が痛い言葉だ。

 

 確かに最近は、そういうのを全部シズクに任せていたから反射神経でその辺を補っていた気がする。

 

「相方?」

 

 ぴたりと、ヨークヤードは動きを止めた。

 その隙に構えを直して息を整えつつ、リィンは頷く。

 

「はい、最高の相方が私にも出来ました」

「……………………それは、男か?」

「? いえ、女の子ですが……」

「そうか……」

 

 父は何処か安堵したような表情を一瞬見せた後、再びキリッと目つきを鋭くした。

 

 そんな父を何処か怪訝そうな顔で見ながら、リィンもまた意識を戦闘へと戻す。

 

「相方を作るのは、結構なことだ。……だが、その相方はお前の力量に付いてこれているのか?」

「……?」

「その相方が、足手纏いになっていないかと訊いているのだ」

「っ……!」

 

 剣戟を交わしながら、父と子は言葉を紡ぐ。

 足を止めての斬り合いから一転して、広いトレーニングルームを縦横無尽に駆け回りながらの戦闘をしながら、である。

 

「友情と馴れ合いを履き違えていないか? 友情は互いに高めあうことが出来るが、馴れ合いはマイナスしか生まな――」

「あの子を馬鹿に、しないで!」

 

 リィンの大振りを、ヨークヤードは軽く屈んでかわして腹部へ向けて突きを放った。

 それをリィンは左手で掴み止め、反撃の蹴りを放つ。

 

 しかしそれは体を捻ることでかわされた。

 引退したくせにやたら俊敏な親父である。

 

「私たちを繋いでいるものは、友情とか馴れ合いとか、そんなものじゃあないわ!」

「ほう? ならばお前とその相方をやらを繋いでいるものは何だというのだ」

「愛よ!」

 

 言い切った。

 全力全開で言い切った。

 

 シズクがこの場に居たら――いや居なくても言えないような恥ずかしい台詞だが、戦闘の昂ぶりと親の言葉に対する反骨心からか口が滑ってしまったとも言えるだろう。

 

「え?」

 

 父親は、固まった。

 

 当然だろう。

 娘が突然同性愛者宣言をしたのだから。

 

 そして当然ながら、戦闘の最中に固まってしまった父はものの見事にリィンの右ストレートを顔面に受けたのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 今更過ぎて最早言うまでもないことかもしれないが、同性愛について。

 

 かつてメイ・コートとアヤ・サイジョウの関係についてシズクやリィンが特筆して女同士ということにツッコミを入れなかったことから分かる通り、若い世代にとってはそこまで変ったことではない。

 

 マイノリティではあるけれど、フォトンにより科学が進みまくっているオラクルでは同性で子供を作ることも可能になっている今、そこまで変な目で見られるようなことではないのである。

 

 それでもやはり、子供が作れるようになる以前の世代。

 若くない世代には、まだまだ簡単に受け入れられるような性質ではないことは確かだろう。

 

「そ、そうか……ふむ、最近はそういうのも有りなのか……うむ」

 

 カチャカチャと母の手によって皿が食卓に並べられていく中、父は若干頬を赤くしながら呟いた。

 

 念のため注釈すると、赤くなっている頬はリィンに殴られて腫れているからではない。

 そんなものは既に回復テクニックで治している。

 

「……少し意外でした」

 

 皿を並べるのを手伝いながら、リィンは言う。

 

「表情変わるんですねお父さん」

「…………」

「ぷっ……」

 

 リィンの言葉に、母が顔を押さえて噴き出した。

 

 …………。

 母の笑顔を、初めて見たかもしれない。

 

 いや流石にそれは言いすぎだったかもしれないが、

 いつもうじうじしている印象しか無かったから。

 

「表情が、変わりにくいのは……お前も一緒だろう、リィン」

「……そうですかね?」

 

 別に変わらないわけではないが、リィンもまた感情表現は薄い方だった。

 

 遺伝か。 

 こうして見ると結構親子で似ているところがあるようだ。

 

「さて……」

 

 食卓に皿が並び終わると同時に、ヨークヤードは口を開いた。

 ようやく本題かと身構えたリィンだったが、彼の口から出た言葉はまださっきの続き。

 

「それでその、シズクちゃんとやらはどういう子なんだ?」

「それは……」

 

 全知で未来予知とか出来ちゃう可愛い女の子です。

 

 とは流石に言えない。

 そもそも信じてくれるかどうかが分からない。

 

「……そんなことどうでもいいでしょう。それより私を呼び出した理由(わけ)というか――本題がある筈でしょう」

「? 別にそんなものはない。強いて言うならさっきも言った通り子供の顔をたまには見たくなっただけだ」

「…………ふぅん?」

 

 リィンは目を細めて母親の作ってくれた食事に手をつけた。

 

 不味い。

 美味しくない。

 

 そう感じてしまうのは、きっとルインやシズクの料理が美味しいせいで舌が肥えてしまい、相対的に不味くなってしまっているだけではないのだろう。

 

「よくもまあ、そんなことが言えますね」

「?」

「今まで育児放棄していたくせに、今更父親面?」

「…………」

 

 食事を進める、父の手が止まった。

 

 母は、手で顔を抑えている。

 悲しんでいるとか、驚いているとかじゃなくて、なんというか、そう。

 

 笑いを堪えているというか。

 

「そうだな――その辺りの話を、しなければいけないか」

「…………?」

「お前を今日呼び出した理由は本当に顔が見たかっただけだが……呼び出せた(・・・・・)ことには理由がある」

 

 呼び出せた?

 その言葉に違和感を覚えつつ、リィンは父の言葉に耳を傾け、そして。

 

 驚愕の事実に、目を見開いた。

 

「俺は、お前の姉――ライトフロウ・アークライトから許可された(・・・・・)から、父親面出来るのさ」

 

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