「サクラエンド」
X字の剣閃が、キングイエーデの身体を四等分した。
白い体毛と赤い血飛沫が飛び散り、やがて自然に還るように中空へと溶けて消えていく。
「あ、レアドロじゃん」
そして残ったのは、赤い箱。
どうやらアーチェにだけレアが落ちたようである。
「なんだ……ラムダキャスティロン、外レアかよ……」
「悪くないカタナじゃない」
「ブレイバーをやるつもりは無いんですよねぇ……何だか近接武器って性に合わなくて」
惑星ナベリウス・凍土エリア。
ライトフロウ・アークライト率いる【大日霊貴】のメンバーは、順調に白銀の大地を進んでいた。
苦戦らしき苦戦も無く、ボス級のエネミーもまだ未出現。
「何か楽勝ですね」
「嵐の前の静けさじゃなければいいけど……」
「怖いこと言わないでよ」
雑談しつつ、雪原を行く。
【大日霊貴】は仲良しチームというわけではないにしろ、ライトフロウ・アークライトを中心にした一枚岩のチーム。
メンバー同士の結束ならば【コートハイム】の面々にだって勝るとも劣らないのだ。
楽しげな雰囲気で危険地帯を闊歩する姿は一見牧歌的であるものの、そこにあるのは何てことの無い、戦いに身を置いた戦士たちの日常風景である。
「そういえばリーダー」
「ん?」
「件の
「ああ、そうね、縁談はつつがなく進行してるわよ」
ただし。
日常とは、常に唐突な終わりを迎えるものでもある。
「親同士が決めたってやつでしょ? リーダーはそれで納得してるんすか?」
「まぁ、我が家はそういう家だから仕方ない……っ!」
『レーダーに反応! 大型エネミーが来ます!』
オペレーターがそう言うより一瞬早く、ライトフロウは腰にかけたカタナに手をかけた。
それはもう何らかの根拠に基づくものとかではなく、歴戦の勇士であるが故の勘とも言えるものであったが――兎も角。
「ガォオオオオオオオオオ――ッ!」
次の瞬間、凍土エリアの主とも言うべき猛獣、スノウバンサーが雪山から姿を現した。
青く立派なタテガミと、強靭な牙に爪、目に付いた外敵を全て排除せんという獰猛性が特徴的なボスエネミーだ。
しかし勿論、【大日霊貴】の精鋭メンバーにとってスノウバンサーなんて倒し慣れている存在である。
油断は禁物であるが、そこまで気張るほどの敵ではない。
ともすればアーチェ一人でだって倒せる相手だろう。
故にメンバーは各々思考と体を戦闘モードに移行させながらも、何処か緩い空気のまま武器を構え、そして。
「――オオオオォォォ……!」
「――?」
突然スノウバンサーが大跳躍で逃げ出したことに、首をかしげた。
振り返ることもなく、アークスを気に留めた気配すらなく、一目散に。
何かから逃げるように。
「……一体何?」
『皆さん、至急そこから避難してください』
オペレーターの抑揚が無い声が、全員の耳に伝う。
危機感に乏しい声色とは対照的に、その内容はアークスであろうと全力で退避するに足りる自然災害。
『雪崩が起きています。強制転移は間に合いませんので各自走ってください』
大きな雪崩が、山頂から全てを呑み込まんとこちらに向かって文字通り雪崩込んできた。
「ふぅ……」
数十分後。
雪崩が通り過ぎて静寂が――静寂だけが残った銀世界でライトフロウ・アークライトは雪から体を這いずりだした。
雪崩に巻き込まれたわけではなく、近場の洞窟に避難したら出口どころか洞窟ごと埋まってしまったので雪を穿って脱出したというわけである。
「……あの子たちは大分遠くまで流されてしまったようね。生きてはいるようだけど……」
マップを見ながら、呟く。
パーティ登録しているアークスはおおよその位置と生死がマップを見れば分かるのだ。
『どうしますか? 一度撤退してクエストを受け直しますか?』
「いや、走ればすぐ合流できる程度だし雪崩程度で撤退してたら沽券に関わるわ。オペレーター、貴方は合流地点に相応しい場所を検索してナビゲートをお願い」
『了解しました。……っと、リーダー、周辺にダーカー反応がございます。気をつけて』
気をつけて、と言われると同時に振り返る。
雪原ゆえに足音は無かったが、気配がしたからだ。
ダーカー特有の嫌な気配。
そしてオペレーターの言葉通り、感じた気配の通り、
アークスにとって不倶戴天以上に敵対すべきダーカーが、そこに居た。
「――――え?」
ライトフロウは、目を見開く。
自身と同じ、青い髪。
自身と似た、凛々しい顔つき。
自身と似た、アスリートのような無駄をそぎ落とした肉体。
自身とは異なり、赤い大剣を携えた少女兵。
リィン・アークライトのクローンが、そこに居た。
*****
十六年前。
リィン・アークライトが、妹が生まれる前のライトフロウ・アークライトは疲れていた。
天才と持て囃されて、ではない。
天才と褒められることは嬉しかったし、努力が実を結ぶことだって彼女は好きだった。
それでも、アークライトの長女としての責務は面倒くさいしつまらないと普段から愚痴っていたのだ。
アークライトというのは、初代アークライト――エルステス・アークライトが自身らアークスたちと違って苗字を持っていた一部の貴族フォトナーを羨ましがって自称したことから始まった『貴族ごっこ』。
『強さ』を売り物にして、スポンサーを募り彼らの
そんな彼に憧れて、同じように苗字を名乗り始めたアークスも結構居たらしいが――それは兎も角。
当然といえば当然なのだが、それ故にアークライト家には面倒くさい『しがらみ』というものが存在するのだ。
一番簡単な例で言えば、スポンサーの方々のクライアントオーダーは基本断れない、とか。
始まりは『貴族ごっこ』だったくせにやたらプライドの高い『苗字有り』の方々との会食、とか。
――生まれたときから婚約者が決まっている、とか。
いつかもっと強くなったとき、アークライトという家ごと『貴族ごっこ』をしているやつらを全員殺してやろうかと思春期の時には考えていた程、ライトフロウは彼らが嫌いだったし面倒くさかった。
しかしその考えは、リィンの誕生とともに塗りつぶされることになる。
妹。
妹妹妹妹妹。
可愛さという言葉を擬人化したような妹が生まれた。
それはライトフロウ・アークライトにとって人生で初めてかつ一番の衝撃だったのだ。
歳の離れた姉妹だったから、尚更だろう。
その日からライトフロウ・アークライトの『一番大事なもの』が妹に更新されたのは言うまでもないことだ。
だが。
同時に彼女は不安に駆られた。
この可愛くて愛らしくて愛おしい妹だってアークライトなのだ。
順当に成長してしまえば、『貴族ごっこ』をするあいつらに遣わされ、親が決めた婚約者と結婚する人生を送ることになってしまうだろう。
いや。次女であるということを考えれば、その傾向は長女である自分より強いかもしれない。
それは駄目だと思った。
それだけは阻止しなければいけないと決意した。
『自由』という、自分がその時何よりも欲しがっていたものを欲しがらないことと引き換えに、それを妹へあげることにしたのだ。
「お父さん、お母さん、話があります
「リィンは私に育てさせてください
「リィンに自由な人生を歩むという選択肢を与えてあげてください
「アークライトとして生きることがあの子の幸せならそれでもいいです
「でも
「責務は私が全部背負うから
「嫌がっていた婚約者との結婚も受け入れるから
「誰よりも強くなるから
「今より遥かにこの家を栄えさせてみせるから
「――あの子のことは、私に任させてください」
誰よりも大切で、何よりも愛しい妹のために。
姉は、全てを受け入れて自由を捨てた。
すやすやと眠るリィンの隣で勉学に励み、
行きたくないあいつら嫌いとごねるリィンを家に置いて『貴族ごっこ』の連中に笑顔を向け、
アークスになりたいと言ったリィンの稽古を付けながらその百倍以上過酷な訓練を血塗れになりながらこなした。
不幸なことにライトフロウ・アークライトはそんな無茶な生活をしても問題ないくらい才能に溢れていて、
もっと不幸なことに妹へ向けていた感情が愛と同時に性欲が芽生えていたことによって、
今に至る。
リィン・アークライトは、親は自分に無関心だと思い込み、姉は妹に欲情する変態として嫌ってしまった。
妹は家族から孤立してしまった。
何処でボタンを掛け間違えてしまったのだろう、とライトフロウは時折思案することがある。
何を間違えて、我が妹と決別してしまうことになってしまったのか。
もし、リィンがその言葉を、その思案を聞いたとしたらこう答えるだろう。
満を持して叫ぶだろう。血相を変えて、たった一言。
「妹に欲情したところに決まってるでしょう、この馬鹿姉ぇ!」
*****
「妹に欲情したところに決まってるでしょう、あの馬鹿姉ぇ!」
父親が、姉が隠していたアークライトに関する責務だとか婚約者だとか、姉がそれをリィンが背負わなくてもいいようにしていたという話をし終えて、
最後に「この前あいつが言ってたよ、何処でボタンを掛け間違えたのかなって」と言った瞬間、リィンは息を荒げて料理を数品ひっくり返しながら立ち上がった。
「はぁっ……はぁっ……!」
「リィン、お前の気持ちも分かるが落ち着け……」
「落ち着いていられないわよ! お父さんもお母さんもおかしいよ! あの姉の変態的嗜好を知ってたなら止めてよ! やめさせてよ! ていうかまだ十代だったお姉ちゃんに子育てを任せるとかクレイジーすぎるわよ!」
「……仕方ないだろう。十代の頃で既にあいつは我が家の中で最強だった」
強さこそが全てのアークライト家。
故にこそ父と母もそれ相応の戦闘能力を持っているが、それでも怪我や妊娠により引退して久しい二人が、天才たるライトフロウを止めることは出来なかった。
親からすら妹を独占したいという姉の欲求を止められるものは居なかったのだ。
「はぁ……はぁ……っ、ふぅ……。で、それを今更私に話したのは何故? 今更家族仲良く和気藹々と出来るとでも!?」
「さっきも言った通り、許可が出たからさ」
許可とは、姉からのだろう。
独占するのを、やめたということか。
決別してから結構時間が経ってけれど、ついに愛想を尽かしてシスコンをやめた……?
つまりそれは、リィンをアークライトの責務から庇うことをやめたということか?
「いや」
父は、首を横に振った。
「あいつはこう言ってたよ、『もうそろそろ結婚してしまう身だし、子供っぽい独占欲は捨てようと思う』、と」
「………………は?」
結婚? 今、結婚と言った?
いや、確かにさっきの父の話で婚約者がいると聞いていたけれど……。
「責務は相変わらず、あいつ一人が背負ったままだ」
「…………なん、で」
「そんなの決まっているさ、あの馬鹿姉は例え自分が嫌われていようともリィンが幸せならそれでいいんだよ」
「…………」
『例え自分が嫌われていようとも、リィンが幸せならそれでいい』。
馬鹿じゃないのかと、リィンは思わない。
だって例えばシズクに嫌われたとしても、それでシズクが幸せだったのならリィンはそれでよしとしてしまうだろう。
血は争えない。
尤もかつてのリィンだったら、姉の気持ちは理解不能だっただろう。
シズクという大切なヒトが出来た今だからこそ分かってしまう言葉。
今だからこそ分かってしまう、姉の愛にリィンは――。
「…………馬鹿じゃないの……」
そう、悪態を吐くことで精一杯だった。
いつかティアとリィンで馬鹿姉談義とかしてみて欲しいわということで、姉の過去話、的な。
次回、ライトフロウ・アークライトvsリィン・アークライト・クローンです。