「っ――!」
見間違えようが無かった。
若い頃の自分にそっくりだけど、何処かぼーっとしているようにも凛々しくにも見える鉄仮面の美人顔も。
ツインテールでは無くなってしまったけど、それはそれで似合っているサイドポニーの青髪も。
可愛すぎて似合いすぎて失神するかと思った可愛いコスチュームの下に隠された引き締まったアスリートのような体も。
全部が全部、妹だ。
リィン・アークライトだ。
ただ一つ、本物と違う点を挙げれば、そう。
身体中から濃いダーカー因子を滲ませているということだろう。
「リィンの……クローン……」
思わず、一歩後ずさる。
クローンとは戦ったことがある。
ダーカーがアークスを模倣し作り上げた兵士を、一刀の下に切り捨てたことはある。
普通に戦えば勝てる相手だ。
むしろ楽勝に当たる部類だろう。
でも、リィンの姿を模している。
人生を全て捧げてしまう程に愛している妹の姿をしている物体を、私は斬れるのかという不安が過ぎる。
「…………いや」
頭を振って、思考を捨てる。
斬れるに決まっているだろう。所詮偽者だ。
「アサギリ――レンダン!」
瞬時に間合いを詰め、連撃を
しかしその連撃は、全て止められた。
C・リィンの持っていたソードによって、一つ残らずジャストガードされた。
クローンといえど、偽者といえど、その防御能力は健在である。
「グレン……テッセン!」
しかし初撃が防がれたことに驚く様子もなく――むしろこれくらいして当然だと言わんばかりにライトフロウは次なるPAを繰り出した。
牽制の一撃と共に敵の傍を通り抜けて、背後から本命の強大な一撃を放つPA。
そしてこれもまた、牽制も本命もC・リィンは防いでみせた。
「グレン――」
瞬間、もう一度牽制の一撃がC・リィンのソードを斬り弾いた。
わざと剣を攻撃することによって、二撃目の本命火力へのガードを遅らせる作戦だ。
そしてその作戦通り、武器を攻撃された反動で反応が一瞬遅れたC・リィンの身体を確実に一閃できるタイミングでライトフロウは武器を抜いた――!
「っ……テッセン!」
一瞬。
ほんの一瞬、ライトフロウの腕が止まったことに気付けた人間は少ないだろう。
それによってC・リィンの防御は間に合った。
重たい一撃を受け止めて、その反動で雪を滑るように距離を取る。
「躊躇うな」
ライトフロウは、呟く。
自分に向けて命令するように。
「躊躇うな躊躇うな躊躇うな躊躇うな……あれは偽者だ、クローンだ、ダーカーだ」
「ラ・フォイエ」
姉の葛藤など知ったこっちゃないとばかりに(当然だが)C・リィンは左手から炎のテクニックをノンチャージでライトフロウの顔面へと放った。
「っ、テクニック……!?」
威力自体は、カスみたいなものだ。
だが大した熱量じゃないとはいえ爆炎を顔面に食らって怯まない人間は居ないだろう。
怯まなかったとしても、目晦ましにはなる。
C・リィンはその隙を逃さず一気に距離を詰めて大剣を姉の脳天目掛けて振るった――!
「……ツキミサザンカ」
大剣が、宙を舞う。
ライトフロウのカタナによる切り上げPA、それによってあっさりとリィンの武器であり盾は弾き飛ばされた。
「相変わらず……攻撃は下手なのね、リィン」
リィンに弱点があるとすれば、それは攻撃するときだろう。
攻撃自体が弱点なのではなく『攻撃するとき』こそが隙。
普段はその隙をシズクの射撃で埋めているのだが……一人ならばこんなものだろう。
「さようなら」
カタナが、振るわれる。
横一閃に、C・リィンの首を刎ねるべく、無慈悲に。
血飛沫が飛んだ。
*****
「……………………………………」
部屋の電気も点けず、リィンはベッドの上でぼーっと天井を見つめていた。
実家に残っている、リィンの自室。
もうここを出てから結構経つのに未だに『自室』という感覚が薄れないのは何故なのかとか、そんなことは考えずに、
リィンが考えていることは、唯一つ。
シズク――ではなく。
珍しく姉のことだ。
「アークライトとしての、責務……」
ぽつりと呟く。
どうやら姉はそういうものから私を守るために頑張っていたらしい。
正直なところ、責務と言われてもよく分からない。
教えられていないのだから当然といえば当然なのだが。
そういえば。
姉であるライトフロウ・アークライトを過去には尊敬していたリィンだが、その実あの姉が何をしているのかは殆ど知らないことに気がついた。
「……あれ?」
いや、勿論アークスであることは知っている。
とんでもなく強いアークスだということも、知っている。
でも逆に言えば、それしか知らない。
というか知ろうともしなかった。
それは――何でなんだ。
理由が分からない。あれほど尊敬していた姉のことを、これだけしか知らないなんて一体全体どういうことだ。
「……ああ、そうか」
少し考えて、考えて、思い当たる。
リィンは、『そういう』風に教育されてきたのだ。
誰に? と問われれば姉に、だ。
純朴であることを強要され、教養されてきた。
アークスになる前は……正確に言うならばシズクに会うまで。
リィンの世界には姉と強くなりたいという二つの要素しか無かったのだ。
それを、リィンは今日この日までずっと姉の醜悪な独占欲だと思っていたのだが――というか多分それも理由の相当量を占めているのだろうが――それ以上に。
妹には自由に生きて欲しいという、姉の気遣いがあったのだろう。
何者にも染まれるように。
何物にも染まれるように。
「私は今――何色なんだろう」
赤色か。
それとも、海色か。
橙色というのも、悪くない。
「…………」
目を閉じて、開いて、閉じる。
知らないなら、知ろう。
そう思い立って、リィンは端末を作動させウィンドウを開いた。
インターネットでライトフロウ・アークライトで検索。
予測検索候補に『ライトフロウ・アークライト シスコン』と出てこなかったことに少しだけ安堵しつつ、名前の後ろに「戦闘記録」と付け足して再検索。
すると、検索結果に『ライトフロウ・アークライトvsダークファルス【
「…………うわぁ」
画面に映るのは、たった一人で【百合】と剣戟を交わす姉の姿。
シズクとリィン。
連携特化の二人がかりで、シズクのチート能力をこれでもかと使うことでようやく渡り合うことができたあの化け物と、正面から斬りあう姿はさすがと言うか少し誇らしくもあった。
……誇らしい?
驚いた。
自分の中にまだ姉に対してそんなことを思う心が残っていたなんて。
「……いや」
残ってて当たり前なのか。
そう呟いて、リィンは次の動画を探し始めた。
容姿が優れていて、強くて、知名度が高くさらに六芒均衡ほど遠くの存在ではないということでまとめサイトの記事数や、動画、画像の数は相当数に渡る。
インタビュー動画、テレビ番組、ラジオ、モデル、戦闘指南動画。
等々多種多様な動画が目に付く中、リィンはとりあえず上のほうからとインタビュー動画を再生し始める。
『――はい、ということで本日はライトフロウ・アークライトさんに来ていただきました!』
動画が始まる。
これを録ったのは一年ほど前のようで、姉の髪型は少し今と違っていた。
やたらテンションの高い司会から降り注ぐ様々な質問に淀みなく答え、さらには軽快なジョークも交え場を盛り上げていく。
「…………」
同じことが、自分にも出来るだろうか。
――無理だ。即答で無理だと断言できる。
幼い頃から他人と話すのが苦手で、それをそのままにしておいた自分には到底無理な芸当だ。
でもそういえば親の話からすると、姉も幼い頃はそんなに喋るのが得意な方だったわけではなかったらしい。
沢山練習して、数多の場数を踏んで、今の完璧超人があるのだろう。
じゃあ沢山練習して、数多の場数を踏んで、リィンがこうなれるのかと問われるとそれは無理な気がする。
(お母さんのことを笑えない)
(私だって、立派なコミュ障じゃないか)
『ところで、ライトフロウさんには歳の離れた妹がいるらしいですが……?』
『はい、いますよ』
「……!」
インタビュアーが、妹について話題を振った。
咄嗟に動画の再生を一時停止。
何でか分かんないけど、その先を聞くのが何となく怖くて……。
「っ……」
それでも怖いもの見たさ故か、リィンは躊躇しながら再生ボタンを押した。
『その妹さんもお姉さんと同じく天才だったりするんですか?』
『はは、そもそも私は天才ではないですよ。……でも、そうですね、将来が楽しみな妹ではあります』
それはどういう意味での楽しみなんだろう、などと邪推してしまうリィンであった。
致し方なし。
『妹は私が直々に鍛えているんですが……そうですね、もう既にアークス学校を卒業しても問題ないくらいの実力はあるでしょう』
『へえ! それは確かに将来有望ですね!』
『ええ本当に。将来――
――私を倒せるくらい強いアークスに育ってくれることが、私の夢です』
「――っ!」
とても。
とても良い笑顔で、ライトフロウ・アークライトは言い放った。
即座に動画を止めて、ウィンドウを閉じる。
そして四肢を投げ出すようにリィンはベッドに身体を委ねて呟く。
「……何よ」
「何よ何よ何よ何よ何よ――私を倒せるくらい強いアークスに育ってくれることが夢?」
感情のぶつけ先として、手元にあったクッションをぼすんぼすんとベッドに叩きつける。
「お姉ちゃんって私のこと好きすぎるでしょう……」
今更のことのように、呟いて自嘲気味に笑う。
愛が重すぎる。
こんなの、私には応えられない。
成る程。
確かに見直した。
姉への評価が少し上昇したことは認めよう。
でもだからって、自分に働いた変態行為を許すつもりはないし嫌悪感が晴れることはない。
罪は罪。
あのことに関しては一生涯許すつもりなんて無い。
「…………」
許すつもりなんて、無い。
無いけれど――それでも、一つだけ。
一言だけ、姉に言いたいことが出来た。
言ってやらなければ気がすまないことがあった。
「今度……会いに行ってみようかしら」
忙しいヒトだろうけど、会えるだろうか。
そんなことを思いながら、リィンは眠りにつくのであった。
*****
「――わけが、無いじゃない」
血飛沫が、雪原に沁みて赤く染める。
「斬れるわけが、無いじゃない――!」
ライトフロウ・アークライトの放った剣は、止まっていた。
ダークファルスすら両断する彼女の一撃は、C・リィンの首を薄皮一枚切り裂いたところで静止していて――そしてそれはC・リィンが受け止めたというわけではなく。
過保護すぎる姉は、ライトフロウ・アークライトは。
妹のクローン体を斬ることが出来なかった。
「ずっと! ずっとずっとずっと妹のために生きてきた! 妹だけを愛して生きてきた!」
ボロボロと、涙が零れる。
だがしかし、それを拭うことすらせずに彼女は叫ぶ。
「そんな私が――私がアナタを! アナタの姿をしたものを! 斬れるわけないじゃない!」
「……?」
クローンが、理解できないとばかりに首を傾げる。
その姿すら、今のライトフロウには愛おしくて――。
「お姉ちゃん」
「っ!」
棒読みで、クローンはそう呟く。
その瞬間ライトフロウの手からポロリとカタナが零れ落ち、雪原に突き刺さった。
「――リィンっ!」
クローンに向かって、涙ながら、両手を大きく広げてその身体を抱擁せんと無防備に駆け寄る。
そんな姉の身体を、大剣は貫いた。
「――――えっ」
「…………」
いつの間にか手元に戻していたのか、もう一本同じ武器を持っていたのかは知らないが、いつの間にか大剣を再び持っていたC・リィンの突きが、ライトフロウに直撃したのだ。
心臓は肋骨ごと真っ二つ。
身体の中心を、巨大な剣が背中まで貫通している。
例えライトフロウ・アークライトが無類の強さを誇るアークスだろうと。
即死である。
「り、ぃ……」
大剣が引き抜かれ、大量の血液が雪原を赤く染める。
それを継起にライトフロウの身体は壊れた人形のように全身の力が抜けて、膝から地面に崩れ落ちた。
ライトフロウ・アークライト。
享年29歳。
愛する妹に倒されることを夢としていた姉は。
愛する妹を模した偽者に殺された。
ほんっとうにこの姉妹はもう……。