AKABAKO   作:万年レート1000

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再誕の日⑫

 約十四年前――惑星シオンから一滴の雫が零れた。

 

 それが、始まり。

 シズク生誕という奇跡の始まり。

 

 惑星シオンは海だけで構成された惑星だ。

 人類はおろか、魚類すら生息していない『全知の海』。

 

 外的な要因が無ければ、そんなこと起こるわけもない。

 

 絶無にして皆無。

 そんな奇跡が起こったのは、一重にシオンの仕業だった。

 

 そう、惑星シオン自身が、雫を零したのだ。

 

 当時、『マトイ』というアークスを作り出し、ダーカー因子の全てを彼女に背負わせてから彼女を消滅させようという計画に邁進していたシオンは思った。

 

 思ってしまったのだ。

 『果たしてわたしは、自らが生み出したこの娘のような存在を殺せるのか』、と。

 

 観測者として、冷酷な決断ができるのか、と。

 フォトナーの時のように、観測者としての責務を忘れてしまうのではないか、と。

 

 不安だった。

 不安だからこそ、切り離した。

 

 過ちを繰り返さないために。

 

 その昔、決して叶わぬ夢と諦めて根底に沈めていた、『ヒトになりたい』だなんて幼稚な夢と一緒に、

 シオンは自分の中の『ヒトらしさ』を切り捨てた。

 

 そして切り捨てられたシオンの欠片は、雫となって宇宙へと破棄されて消える。

 

 ――消える筈、だった。

 そう、消えなくてはおかしい筈だったのだ。

 

 シオンにすら予測できなかった――否。

 予測していても、起こり得るわけがないとその可能性を否定していた出来事が、起きた。

 

 切り離されたシオンの欠片が。

 消えていくだけの雫が、『ヒトになろう』としたのだ。

 

 『ヒトになりたい』という、根底にあった願い。

 

 それを叶えようと、動き出した。

 自我を得たわけでもなく、ただただ機械的に、そういうプログラムのように。

 

 切り離されたとはいえ、その雫は全知存在であるシオンの一部。

 フォトンによってシオンとの『繋がり』を作った雫は、全知へとアクセスすることができた。

 

 ヒトになるために必要な要素を分析後、全知の海を変形させ、構築。

 

 自身の体積でも構築可能な、生後間もない赤子をランダムに選出し、その人間の細胞やら体組織をコピーして全く同じ人間に――なれなかった。

 

 当然だ。

 人体の六割を構成する水は全知の海で賄えても、その他の体組織はそうもいかない。

 

 そこに出来たのは、ただ赤子の形をした海の塊だった。

 中身こそ人間だが、この化け物を人間と呼ぶものはいないし、そもそもこのままでは数十分後には消滅している仮初の命。

 

 シズクの誕生が、奇跡に奇跡が重なった出来事だと称する理由は此処だ。

 

 本当の本当に、奇跡だったのだ。

 雫がランダムで選んだ生後間もない赤子――異世界に存在する地球と呼ばれる惑星で生まれた赤子は、

 

 フォトンを感じ、操る才能に飛びぬけていた。

 それこそ、フォトンを肉眼で視認できる程度には。

 

 『生きたい』。

 そして、『ヒトになりたい』という純粋すぎる願いと『感情』に――フォトンは応える。

 

 応えさせる。

 変質させる。

 

 周辺宙域のフォトンを根こそぎ使い、雫はヒトとなった。

 

 体内に全知の海を持つことによる副作用として、類稀な演算能力とシオンに『繋がる』ことで全知へのアクセスが可能なヒトが。

 

 生まれながらの全知が、誕生した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――まあ、より正確に言うならば君の願いを叶えるとき、フォトンは『エーテル』と呼ばれるフォトンが変質したエネルギーに変わっていたようだが……兎も角」

「…………」

「奇跡に奇跡を重ね、君は産まれた。

 

 シオンを模して作られたわけではなく、

 シオンのバックアップとして作られたわけでもなく、

 シオンによって作られたわけでもない」

 

 

 シオンの血と肉から産まれた(・・・・)子供。

 

 

「成る程、確かに君は――シオンの娘を名乗るに相応しい存在なんだろうね」

「…………」

 

 雫は、否。

 シズクは、何も言わない。

 

 ただただ目を見開いたまま、ルーサーをジッと見つめている。

 

 ルーサーの言葉を、黙って聞いている。

 

「僕がもしもっと早く君を見つけていれば……僕はすぐにでも全知へ至れたものを――いや、そうか、シオンが何かを必至に隠している感じがしていたが、君を隠していたのか」

「…………」

「ふふふ、滑稽じゃないか……『ヒトになりたい』という願いから産まれた存在な以上、『ヒトであること』が至上の存在理由になってしまう。

 なのに、生まれ持った全知の所為でどうしても観測者としての目線が入ってしまい、ヒトらしき感情が上手く理解できないだなんて……ふふふ、はははははは!」

 

 なんてお笑い種だ、とルーサーは嗤う。

 シズクは何も言い返せない。言い返さない。

 

 滑稽な人生だなんて、自分が一番思っていることだ。

 

「極めつけには、それだけ成りたがっている『ヒト』に、最初から成っていたというところが面白い! 自分が既にヒトであることにすら気が付かず、『ヒト』に成りたがるなんて愚かにも程がある!」

「……えっ」

 

 今、何て――。

 

「全知を生まれながらに持っていながらもこの体たらく……最早救いがたいな。

 やはり、全知を持つ者はこの宇宙に僕一人で充分だ」

 

 ルーサーの右手に、風が凝縮されていく。

 お喋りは終わりのようだ。あれを受けたら間違いなくシズクの身体は木っ端微塵になって消えるだろう。

 

 『リン』とマトイは、重力でまだ動けない。

 シズクも同じだ。尤も、シズクは動けたところでこの男には勝てないだろうが。

 

「此処で死ね、シオンの娘。同じ全知に至ったものとして、せめて苦しみ無く殺してやろう」

 

 『リン』が、何かを叫んでいる。

 マトイが、立ち上がろうと必至にあがいている。

 

 ルーサーが哄笑を浮かべながら、手を振り上げて。

 

 シズクは全てを諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

『――いいや、それだけは許さない』

 

 声がした。

 

 閉じた視界の向こう側で、聞いたこと無い筈なのに、懐かしい。

 

 そんな誰かの声が、シズクの耳へと確かに届いた。

 

『それだけは、させてたまるものか――』

「な……身体が……!」

 

 目を開ける。

 すると、どういうわけかルーサーの身体が振りかぶる体勢のまま止まっていた。

 

 まるで内側から、誰かに抵抗されているように。

 

 誰か?

 そんなもの、決まっている。

 

 シオンが、ルーサーの内側から彼の動きを阻害していた……!

 

「し、シオン……! 君か、君なのか……!」

 

 自身の内側に話しかけるルーサー。

 しかしシオンはそれに答えない。

 

 やがて。

 ゆっくりと、ルーサーが纏っていた海色の光が彼から離れて形を成していき……シオンになった。

 

 普段の研究員っぽい姿とは違う、囚われていた時の黒髪ストレートで裸同然の格好をしたシオンが、ルーサーとシズクを分断するような位置に現れたのだ。

 

「お、お母さん……」

 

 思わず、シズクが呼びかける。

 しかしシオンはシズクの方を一瞥すると、申し訳なさそうな――嬉しそうな――複雑そうな表情を見せると、すぐに視線を外して『リン』とマトイの方に向き直った。

 

「っ……!」

 

 シオンから、一瞬だけ光が放たれる。

 すると、『リン』とマトイを押し潰さんばかりに強くなっていた重力が一気に元に戻った。

 

 ああ、管制をルーサーの中に入ることで無理やり奪い返したのか、と。

 

 何が起こったのか理解できたのは、シズクだけ。

 ルーサーだって、もし冷静ならば理解できただろうが、今はそれどころではなさそうだった。

 

「流れ込んでくる……この、思考……! シオンの……もの!?

 シオン! 君は、君はまさか……!」

『『リン』。あの時言えなかった……あなたへの、最後の依頼だ』

「やめろ……シオン……! そんなことを考えるんじゃない!

 僕の知っている君は……僕があこがれた君は……そんなことは考えない!」

 

 『リン』に向けて、シオンは言う。

 ルーサーの静止など聞かずに、『リン』への依頼内容を。

 

『『リン』。わたしを、その手で……

 

 ……その手で、殺せ』

 

 誰もが、目を見開いた。

 驚きを、隠せなかった。

 

 この全知は、何を言っているのか分かっているのだろうか。

 

 娘の前で(・・・・)母親を殺せと(・・・・・・)

 

 そう言っているのと同義だというのに。

 

「駄目!」

 

 誰よりも早く、シズクが叫んだ。

 

「駄目だよ! お母さん! そんなの……そんなのやだ! 嫌だよ! ねえ、お母さん!」

『今この時しか無い。ルーサーがわたしと一つになろうとしているこの時しか、ないのだ』

 

 だが、シオンはシズクの叫びを無視して、話を進める。

 

『管制を司る彼が、演算を司るわたしと融合を果たしたこの時ならば……アークスとの繋がりを断ち切れる

 たとえルーサーの身体が残ろうとも内にいる私が消えれば彼の目的は全て潰える』

「お母さん! 聞いてる!? あたしの声届いてる!? 無視しないでよ! きっと何か他に方法が……」

『……『リン』。わたしの識る、最後のアークス』

 

 シズクの叫びを、シズクの願いを、

 シオンは悲痛な表情で受け止めて、それでも尚、『リン』に頼む。

 

 自分を殺せ、と。

 

『わたしの依頼を、果たしてくれ』

「バカな……! バカなことはよせ、シオン!」

 

 ルーサーが、必至にシオンの残滓を押さえ込もうともがきながら、叫ぶ。

 

「君が死ねば、すべてが終わる! オラクルとは、そういうものだ! 君ありきのものだ!」

『だが、このままでもアークスは死ぬだろう? そういう天秤の話ではないよ』

「くっ、くそっ! やめろシオン! そ、そうだ、最後くらい娘の頼みを聞いてあげたらどうだ!? 今まで一切、母親らしいことを君は出来ていなかったじゃないか!」

『ああそうだ、だからこそ――わたしは今更彼女の母親面をするつもりはない。本当は、会わずにこの展開に持って行きたかったのだが……上手くいかないな』

「ぐ……っ! 君を殺すなんて、そんなこと……そんなことをしたら、どうなるのか、わかってるのかぁッ!」

『それこそ今更だ、ルーサー』

 

 子供のように喚くルーサーを、言い包める母親のように。

 シオンは、微笑みながら言う。

 

『未来というものは、どうなるかわからないから……楽しいんじゃないか』

 

 それだけ言い残して、シオンは消えた。

 ルーサーの内に、戻ったのだろう。

 

 この場にいる誰もが、どうすればいいのか。

 何をすればいいのか悩む中、一人だけ。

 

 『リン』だけが、何かを決意したようにぎゅっと杖を握り締めた。




Q.シズクの出生についてよく分からなかったんだけどどういうこと?
A.シズクの肉体は体内の水分以外具現武装によく似た何か。水分は全知の海。
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