「シズク。部屋の隅に行って、目を閉じて耳を塞いで――いや……」
「……? 『リン』さん……?」
「もう帰れ、シズク」
「…………『リン』さん、あなた、まさか……」
「ああ」
サイコウォンドを、ルーサーに突きつけながら、『リン』は言う。
「私はお前の母親を殺す。憎むなら憎め」
「……っ! 『リン』、さん……!」
「『リン』!」
「マトイも、嫌なら下がっていろ。私は一人でもやる」
マトイとシズクの視線を背に受けつつも、躊躇うことなく『リン』はルーサーへの歩みを進める。
覚悟は、もう決まっている。
だって、ここでシオンを殺さなければ――もっと大勢のヒトが死ぬのだ。
アークスが、終わってしまう。
それだけは絶対に防がないといけないこのなのだ。
「~~っ! ……わたしも戦う!」
「マトイ……無理しなくても」
「ひ、一人で背負おうとしないでっ!」
マトイの言葉に、『リン』は一瞬目を丸くした後……目を細めて、「そうか、ごめん」と謝った。
そして、構える。
二人でルーサーを前に、戦闘態勢を示した。
「…………」
シズクは、どうしたらいいのか分からないまま。
目を閉じることも、耳を塞ぐことも、逃げることも出来ず。
ただ呆然とその場に座り込んでいた。
*****
流石と言うべきなのか、ルーサーは強敵だった。
常時バリアを展開し、弱い攻撃は無効化してしまう。
しかし強い攻撃でそれを打ち破ろうとしたら――短距離テレポートで避けられる。
攻撃手段である風の弾丸は『リン』のフォイエを軽く掻き消すほど強力だし、頭上から降ってくるノンチャージのサテライトカノンのような攻撃は範囲が広くて避け辛いし一撃が重い。
フォトンアーツでも、テクニックでもない攻撃。
フォトナー唯一の生き残りは、伊達ではないということか。
「でもまだ……諦めない!」
ルーサーの攻撃をかわして即、極大の
しかし、その攻撃はテレポートによって避けられた。
メギドの誘導性はそこまで強くなく、全然別の場所に現れたルーサーを目指すことなく地面に当たって破裂。
「また避けられた……! ……でも、動きは鈍くなってる。もう少しで、きっと……!」
「ああ、シオンを押さえ込みながらの戦闘なんだ……何処かで息切れを……」
言いながら、『リン』が炎弾を放つ。
しかしそれはルーサーが放った風の弾によって掻き消された。
『リン』とマトイはフォースであり、ルーサーもまた近接戦闘ではなくどちらかというとテクニックに近い攻撃をするタイプ。
故に、戦いの様は主に弾幕の撃ちあいになっていた。
「ぐっ……!?」
「……!」
「『リン』! 今のうちに!」
ルーサーが風の弾丸を放とうと腕を振り上げたその瞬間。
やつの動きが止まった。
先ほどシズクに攻撃しようとしたときのように、腕を振り上げたまま。
バリアも解け、テレポートも封じられた今がチャンスだ……!
「ナ・フォイエ!」
「ギ・メギド!」
凝縮された炎の弾と、凝縮された闇の帯がルーサーへと降りかかる。
全く無防備の状態でそんな攻撃を受けるのは、たまったものじゃないだろう。
ルーサーは大きく吹き飛んだ。
地面に何度かバウンドした後、体勢を立て直し着地。
何らかの回復手段を用いているのだろう。
傷がじわじわと治っている……だが、
内部のシオンは、無事で済んでいないだろう。
「貴様らぁっ……!」
「まだまだぁっ!」
追撃をかけるように、炎と闇がルーサーを襲う。
しかしそれをルーサーはテレポートでかわし、再びバリアを貼った。
「くっ……また振り出し……」
「シオンが抵抗してくれるのを、期待するしかないか……!?」
「…………」
その時、ちらりとルーサーがシズクの方を見た。
へたり込んだまま動けない、シズクを。
ルーサーがにやりと笑い、その手をシズクへ向けた。
「っ!?」
「シズク!」
『リン』がシズクを庇うべく、駆け出す。
しかしそれこそがルーサーの狙いなのは、言うまでも無いだろう。
庇わせることで、攻撃を当てる。
ルーサーにとってシズクは今『価値なき人間』なのだから、『リン』が庇う必要なんて皆無なのに。
それでも『リン』は走るのだ。
「ぐっ……!?」
しかしその直後、ルーサーの動きがまたも止まった。
シオンが、抵抗しているのだ。
シズクを攻撃することに。
「……随分と、娘思いなんだな、シオン……!」
「「……今だ!」」
瞬間、ルーサーの身体に闇の魔方陣が浮かび上がり、足元に火の魔方陣が照準を定めた。
完成まで数秒を要するその最上級テクニックの詠唱を、唱える。
「イル・フォイエ!」
「ナ・メギド!」
火炎纏う隕石と、臨界点を越える程凝縮されたフォトンの爆発が、ルーサーを襲った。
今二人が出来る、最強の攻撃だ。
テオドールには捌かれてしまった攻撃だったが、シオンの力によって無防備なルーサーには甚大なダメージを与えたようだった。
「あ、あ、あああ、ああああああああああ!」
ルーサーの身体は、段々と修復されていく。
それでも、シオンは。
海色の光は、ルーサーから零れ落ち始めた。
「そんな……こぼれていく……手にしたはずの、知識が……!」
「…………」
「…………」
任務、完了。
シオンの最後の頼みは――果たされた。
ちらりとシズクの様子を窺う。
彼女は、俯いていた。
目を閉じるわけでも、耳を塞ぐわけでも、逃げるわけでもなく、
ただ地面を見つめていて、前髪で表情は窺えない。
「…………」
見ているだけでも、辛い。
押したら壊れてしまいそうなほど、精神的に参っているようだ。
『リン』は、無意識のうちにシズクから目を逸らした。
*****
母親が死んだ。
会ったばかりの、ようやく会えた肉親が。
唯一の肉親が、『リン』の手によって葬られた。
いや、分かっている。
悪いのはルーサーだ。
『リン』さんは――悪くない。
頭ではそんなこと分かっているし、理解している。
なのに。
何だろうこのドス黒い感情は。
どうしたらいいのか分からない。
何をしたらいいのか分からない。
何も分からない。
全知なんて、何の役にも立たない。
怒ればいいのか。
笑えばいいのか。
泣けばいいのか。
楽しめばいいのか。
嬉しがればいいのか。
悲しめばいいのか。
何もかもが、分からない。
何なんだ。
「わかっているのか貴様ら……自分たちが何をしたのか……わかっているのかァッ!」
ルーサー憤っている。
声を震わせ、眉間に皺を寄せ、らしくもない表情で叫んでいる。
『――に――』
「宇宙にとってかけがえのない唯一無二のシオンを、失う! この意味が! この意味がぁ!
貴様らが、貴様らが貴様らが貴様らが彼女を、手に、かけたから……!」
「黙れルーサー! 元はといえばお前がシオンを取り込もうとするか、ら……?」
今、何か、聞こえたような。
シズクは思わず顔を上げて、目を見開いた。
ルーサーから零れ落ちた、消えていく海色の光。
それが最後の力を振り絞って、一箇所に収束していっている。
『さい、ごに……』
「……お母さん?」
『ひとつ、だけ……――』
ゆらり、と海色の光はシズクの方へと動き出す。
やがてゆっくりとその光は、手を形作った。
シオンの手。
腕すらない、右手。
消えかけていくシオンの残滓が、最後の最後。
シズクの頭を撫でた。
「――あ」
髪を梳くように、愛しむように。
親が子を、慰めるように。
シオンの手は、ゆっくりとぎこちなく動いた。
シズクの目から、涙がボロボロと溢れ出す。
「あ、あ、あああ、あああああああああああああああ――お母さんっ!」
しかし、すぐに動かなくなった。
もう消滅は間近。本当の本当に、最後の気力を振り絞って、
シオンはシズクの頭を撫でたのだ。
「お母さん! お母さん! おかあさん……! おかあさん…………っ! う、あ、あぁああああ……!」
刻一刻と消滅が近づくシオンの手を握り、自身の頬に押し付けながら、シズクは泣いた。
子供のように、泣き喚く。
泣いて喚いて、消えないように抱きかかえる。
しかし。
その時は、訪れてしまった。
「あ――」
ついには結合を保てなくなったシオンが、消えた。
完全に、消滅した。
惑星シオンは、その命を終えたのだ。