AKABAKO   作:万年レート1000

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「全事象演算終了……解は出た」





再誕の日⑮

 十四年前。

 ルーサーが語った手順で、シズクは確かに生誕した。

 

 惑星シオンの娘として、この世に生まれ落ちた。

 

 そして死に掛けていた。

 ……当然だろう。何故ならば生まれた場所は宇宙空間。

 

 フォトンによる守りがあっても、人間の赤子が長時間居れる場所じゃあない。

 

「まさか……確率としてはあり得ることだとしても、本当に誕生するとはな」

 

 そんなシズクの前に、シオンは現れた。

 いつもの白衣に眼鏡の研究員スタイルで、宇宙空間の真っ只中に。

 

 シオンのこの身体は、人間の身体というわけではない。

 フォトンのちょっとした応用でフォトナーの姿を模して、他の生命体と交流するための仮初の身体だ。

 

 宇宙空間くらいなら、余裕で存在できる。

 

「これなら放っておいても、問題なかったか……あと数十分もせずに息絶えるだろう……」

 

 『ヒトらしさ』を切り離したシオンは、冷酷な視線で赤子を見ながら呟いた。

 

 何故ならば、この子の存在は危険すぎるからだ。

 生かしておく論理的な理由が無い。

 

 ルーサーに見つかったら彼のシオンへの理解が飛躍的に進んでしまうだろうし、生まれながらに全知を抱いた人間なんてどう育つのか想像もできない。

 

 そう。

 シオンは、子供を殺すつもりで此処に来たのだ。

 

「……いや、待て、おかしい」

 

 放っておいて帰ろうとしたシオンが、その動きを止めた。

 

 放っておけば死ぬことくらい、演算できていた筈なのだ。

 この未来は見えていた――のに、身体が自然とこの場に向かっていた。

 

「一体、どういう……」

 

 呟きながら、ほぼ無意識にシオンは赤子を抱き上げる。

 産まれたばかりの小さな命の暖かみが、シオンの腕に伝播していく……。

 

「…………っ」

 

 守らねば、と。

 シオンはほぼ無意識に考えた。

 

 それは『ヒトらしさ』如きを捨てたところで意味が無い。

 

 生物ならば誰もが抱く、原初の感情。

 

 

 『母性』。

 

 

「此処は……」

 

 気付けばシオンは、赤子を抱いてアークスシップ居住区へ降り立っていた。

 

 これで赤子はとりあえずの急場を凌いだことになるだろう。

 殺すつもりだったのに、生かしてしまった。

 

 まだ間に合う、と赤子の首に手をかけようとしたが、ダメだ。

 

 手が震えて、力が入らない。

 こんなにも弱弱しい命が、殺せない。

 

 どうする。

 あまり長くこうやって接していると、ルーサーが勘付くかもしれない。

 

 この子が生かすための条件は、ルーサーに見つからないこと。

 奴に隠して育てなければいけない――だが、奴に監視されている身であるシオンが育てるには無理がある。

 

「…………」

 

 ……あまりにも自然に、この子を生かそうとしていた自分に、何よりシオンは驚いた。

 いつの間にか思考がどうにかこの子が生き延びられる道を探す方向へとシフトしている。

 

 でも決して、この感覚は嫌いじゃなかった。

 むしろ、心地よい。

 

「感情とは――愛情とは、知るものでも、理解するものでもない。芽生えるものだと、知識として知ってはいたが――成る程、こういう、感覚なのか」

 

 だとしたら滑稽だ。

 ヒトらしさを切り捨てることでしか、この感覚を得られなかったというのだから。

 

「……検索、開始」

 

 探すしかない。

 里親を……お人よしで、真っ当な育児をしてくれそうで、アークスとあまり関係が無いヒトを。

 

 

 

「……いる、な」

 

 丁度よく、居た。

 最善に近い選択肢が、あった。

 

 

 

 

 ――かくしてシズクは、アカネという異世界から来た、アークスとは無関係でとびっきりのお人よしに預けられることになる。

 

 シオンの考えていた最善は、シズクを連れて異世界に帰還してくれることだったのだが――それは叶わず。

 

 しかしてここまでずっと、ルーサーの魔の手から逃れつつ、良い子に育ててくれたことから選択としては正解だったのだろう。

 

 それからシオンは、シズクが生き残る未来を演算し始めた。

 観測者は自己観測を苦手とする――ある意味自分自身でもあるシズクの未来を観測することは困難ではあったが、シオンはたどり着いたのだ。

 

 苦渋の果てに、たどり着いた。

 後はルーサーを倒すだけという、現状に。

 

 唯一つ。

 母親らしいことを一つも彼女にしてやれなかったことを、生涯悔やみながら。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ファルス・アンゲル。

 六枚の黒い翼と、金色の鎧のような外殻を持つ有翼型ダーカーたちの王。

 

 ダークファルス【敗者(ルーサー)】。

 

 相対するは――アークスでも屈指の四人。

 

 時間遡行の使い手にして間違いなく六芒均衡と同等以上の実力を誇るエース、『リン』。

 シオンの縁者にして桁違いのフォトン量と操作精度を誇る謎の少女、マトイ。

 新しく六芒均衡に就任した確かな実力者であり、創世器を操る先輩、ゼノ。

 六芒の零という特異な役職に付き、アイドル兼暗殺者であるクーナ。

 

 戦況は――圧倒的に、【敗者】が優勢に立っていた。

 

「ふはははははははっ! この程度か! この程度かアークス!」

 

 哄笑が響く。

 黒翼の王が、アークスたちを嘲笑う。

 

「くそっ!」

 

 ゼノが頬の切り傷を拭いながら、ガンスラッシュの引き金を引く。

 

 しかしアンゲルはその攻撃を読んでいたかのように空中を移動すると、風を纏ってゼノに体当たりをしかけた。

 

「調和破動子、消失自壊」

 

 ゼノに肉薄した瞬間、纏っていた風を凝縮し、前方へと炸裂。

 間一髪で避けたゼノだったが、もし当たっていれば彼とて無事では済まなかっただろう。

 

「サ・フォイエ!」

「収縮、擬似崩壊」

 

 『リン』の放った、前方を薙ぎ払うような炎。

 それに合わせてアンゲルもまた似たような軌道の炎を放ってきた。

 

 炎と炎がぶつかり合って――『リン』が押し負けた。

 

 流石にダークファルス。

 出力が、桁違いだ。

 

「くっそ……!」

 

 爆風にあおられ、大きく後退する『リン』。

 

 それと入れ替わるように、後ろからクーナがアンゲル向けて突貫した。

 

 無謀な特攻、というわけではない。

 クーナの後ろから追従するように、マトイのサ・メギドが三方向からアンゲルへ同時に襲い掛かる――!

 

「ふん」

 

 しかし、攻撃が当たる直前にアンゲルは消え去った。

 

 テレポート。

 ルーサーのときにも使っていた、短距離の瞬間移動で容易く二人の攻撃をかわしたのだ。

 

「試算完了、プレゼントだ」

 

 アンゲルの頭上から、何本もの氷の槍が降り注ぐ。

 

 一本一本が、四人の行動を先読みしたかの如し正確さで襲い掛かってきた。

 

 間違いない、とシズクは呟く。

 

 ファルス・アンゲルは、『演算』をしている。

 流石にシズクに匹敵する精度ではないが……未来を予測して動いているということが、同じような戦闘方法を取るシズクだからこそ理解できた。

 

「……そうか」

 

 それを見て、思い出す。

 まだ自分には、出来ることがあったことを――!

 

「…………『リン』さん」

「……っシズク?」

 

 ――演算、開始。

 シオン経由で全知にアクセスしていたシズクは、もう全知に繋ぐことはできないけど。

 

 体内の全知の海を使った演算能力は、まだ健在だ。

 

 全員と通信を繋げ、【敗者】に聞こえないように、呟く。

 

 ――演算、完了。

 

「六秒後、【敗者】はテレポートをするので真後ろにサ・フォイエをお願いします」

「え? え?」

「五、四、三、二――」

 

 戸惑う『リン』をとりあえず無視して、カウントダウンを進める。

 

 一、と言った瞬間、シズクの言う通りテレポートを使用したアンゲルに驚きながらも『リン』は即座に振り返ってテクニックを解き放ってくれた――!

 

「サ・フォイエ!」

「ぐっ……!?」

「うわ! マジで当たった!?」

 

 テレポートしたら突然炎をぶち込まれたことでアンゲルが一瞬怯んだ。

 

 本当に現れたことに驚きながらも、『リン』は追撃するべくフォトンのチャージを始める。

 フォイエを真っ直ぐ放とうと、杖先をファルス・アンゲルに向けた『リン』に、またもシズクの指示が飛ぶ。

 

「『リン』さん、上昇したアンゲルに避けられてしまうので射角を上に!」

「うぇっ!?」

 

 シズクの言葉通り、アンゲルは回避行動として上空に逃げた。

 慌てて杖を振りあげて、照準を合わせなおす。

 

「フォイエ!」

「なっ……!?」

 

 突然のことだったのでルーサーの羽根を一枚掠り焼くだけに終わったが、外れるよりはマシである。

 

「クーナちゃん、今正面から突っ込んだらマズイ、背後に回っておいて」

「次、アンゲルがマトイを狙ってくるからゼノさんはその後隙を狙って」

「マトイは今は兎に角回避に専念して、反撃すると高確率で攻撃を受けてしまうから」

 

 ガンガン指示を飛ばす。

 これだけは――これだけは、シオンにすら勝るシズクの特技。

 

 戦闘に関する演算だけは、誰にも負けることは無い。

 

 シズク以上に戦闘経験豊富な観測者など、居ないのだから。

 

「急に僕の動きが読まれるようになった……!? 一体何が……っ!」

 

 戦闘の最中。

 【敗者】が海色に光るシズクを視界に入れた。

 

 気付かれたか、とシズクは内心舌打ちする。

 

「シオンの娘……! そうか、貴様が演算を……! ……ふふ、ふはははははは!」

 

 嗤う【敗者】。

 てっきり、狙いをシズクに向けるかと思いきやアンゲルは相変わらずシズクを除いた四人に攻撃を絞っているようだ。

 

 何故なのかは分からない。

 まあ好都合か、とシズクは指示を飛ばす。

 

「ゼノさん、背後にテレポートした後炎で攻撃して来ます。回避、を……――」

「おう!」

「しまった! 待っ……!」

 

 叫ぶも間に合わず、正面からアンゲルは風を纏った体当たりをゼノにぶつけた。

 

 予測失敗……? いや、これは……。

 

「ふははははは! シオンの娘よ、演算勝負と行こうじゃあないか!」

「…………あたしの演算を、式に組み込んで再演算したのか……!」

 

 眉間に皺を寄せて、シズクは海色の光をより強く輝かせる。

 

 こうなると、厄介だ。

 シズクはアンゲルが導き出すであろう解を元に演算し、アンゲルはそのシズクが出した解を式に組み込み演算し、そうして導き出された解をシズクがさらに式に組み込み演算し、それをまたアンゲルが――みたいに。

 

 繰り返し繰り返し演算し続けて、先に演算ミスをした方が負ける。

 

 演算勝負。

 

 受けて立とうじゃないか……!

 

「「演算、開始……!」」

 




ゲームではフレーバーだけど。
ルーサーも何だかんだで演算を戦闘に組み込んでいるので、シズクのように相手の行動を予測して避けたり攻撃を置いておいたりできるはず。
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