AKABAKO   作:万年レート1000

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たまにある難産回。


三年前・後編

 ああ、やってしまったと『リン』は反省しながらスプーンでカレーを掬う。

 

 あの二人は、別に悪気があってあんなことをしていたわけではないというのに。

 

 むしろ好意から来る行動……なのかは分からないが、少なくともダーカー襲来時に腕を掴んできたあの行動は、正しかった。

 

 間違えていたのは、私の方だ。

 骨折した左腕(・・・・・・)を見ながら、そう思う。

 

 アークスの医療科学によって骨はくっついており、一日二日安静にしていれば治るレベルの怪我なのだが……そういう問題ではない。

 

 逃げ遅れていた子……助けた子が、左腕を変な方向に曲がっていても尚ダーカーに立ち向かう自分の姿を、

 

 恐怖に塗れた顔で、見ていたことが忘れられない。

 

「……ん?」

 

 今、女の子の泣き声が聞こえた、と『リン』は顔を上げた。

 

 痛い目に会おうと全然変わらない自分に内心苦笑しながら、『リン』は泣き声のした方に向かう。

 

 食堂の窓から外に出て(一階である)、グラウンドの隅にある背の高い木の傍へ。

 

 赤毛の幼女と、その父親らしき男が困った顔でその木を見上げていた。

 

「どうかしましたか?」

「ん? ここの生徒さん? 別に大層なことじゃないですよ」

「ふーせんがぁ……」

 

 ああ、成る程、と幼女の様子から状況を察する。

 木を見てみると、青い風船が木に引っかかっていた。

 

 大方この幼女が、風船を離してしまい木に引っ掛けてしまったのだろう。

 

 なんでこんな子供が訓練校に? という疑問は浮かぶがそれはおそらく入学のため。

 

 次の入学時期はそろそろだから、その準備やら申請のために学校を訪れた。

 そんなところだろう、と分析している場合じゃない。

 

「よし、お姉ちゃんが取ってあげよう」

 

 言って、木に手をかける。

 左腕がまだ安静にしてなくちゃいけないレベルの怪我なのだが……まあ木登りくらい何とかなるだろう。

 

 そんな『リン』の行動を、止める人が、一人。

 

「待てって」

「む」

 

 いつの間にか、メイが背後に居た。

 呆れた表情で『リン』の肩を手で押さえている。

 

「ウチがやるから、下がってろ」

「えっ」

 

 言うや否や、メイは空中を駆けて(・・・・・・)あっという間に風船を手に取った。

 

 空中歩行。

 ツインダガーやツインマシンガンを扱う上では基本技だが、入学して三ヶ月程度のアークス見習いが使えるような技術じゃない。

 

 余程空中戦に特化したフォトン傾向をしているのだろう。

 

 メイはそのまま無事着地すると、風船を赤毛で、海色の瞳をした幼女に渡した。

 

「はい、どうぞ」

「うばーっ! ありがとうお姉ちゃん!」

「うばうば、これはどうもご親切に」

 

 お礼を言いながら去っていく親子に手を振って、二人の姿が見えなくなってから改めてメイは『リン』に向き直る。

 

「……ダメじゃん、左腕まだ全快じゃないんだろう? あんまり無理しないの」

「…………私は……」

「ああいや待って、その前に言っておかないと」

「……?」

 

 疑問符を浮かべる『リン』に、メイはぺこりと頭を下げた。

 

「ごめん。押し付けがましい真似をして」

「えっ」

「世話を焼くのが楽しくて……つい調子に乗っちゃった」

 

 『リン』アナタ、世話を焼かれる才能あるわよ、と笑うメイ。

 

 いや、そんな才能欲しくは無いのだが……。

 

「その……私こそ済まなかった、投げ飛ばしたりして……」

「あれは絶対に許さない」

「そうか……えっ」

 

 えっ、と『リン』が固まった。

 

 ここは互いに悪かったね、と仲直りするところじゃあないのか。

 

 あからさまにそういう雰囲気だったというのに。

 

「許して欲しければ、ウチの世話焼き願望を満たさせてくれ」

「…………いや、その、普通に嫌なんだが……」

「えー? じゃあウチの溢れんばかりの母性はどうすればいいの?」

「いつか子供が出来たときまでとっておけよ…………」

 

 なんて変わった奴なのだろうか、と『リン』は自分のことを棚上げしてそんなことを思う。

 

 変わり者具合では、どっこいどっこいだろうに。

 

「今みたいに、私がちょっと困ってるとき『やれやれ世話が焼けるぜ』、とか言いながら助けてくれるポジションで我慢してくれ」

「まさかのライバルポジション……よーしじゃあお前を倒すのはウチ――いや無理だよ普通に友達でお願いします」

 

 友達でお願いしますと、メイは右手を差し出した。

 

 仲直りと、友達になろうという意味の、握手。

 

「…………友達、か」

 

 差し出された手に、ふっと笑って。

 

 『リン』はその手を握った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

(さて、と。次の授業は視聴覚室で映像授業だから……)

 

 一方その頃。

 教室で一人、次の授業の準備を進めていたアヤは席を立った。

 

 突然教室を飛び出していったメイの分も準備して、教室を出る。

 

「あの」

「……ん?」

 

 その時。

 廊下を歩いていると、突然少女から声をかけられた。

 

 青い髪をした、同い年くらいの女の子。

 ……いや、同い年か?

 

 スタイル抜群で凛とした顔つきだから大人びて見えるけど、多分年下だ。

 

 女の子はアヤと目を合わせないまま、問いかけてきた。

 

「私のお姉ちゃん――私と同じ色の髪をした大人の女性を見かけませんでしたか?」

「見てないけど……」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 それだけ言って。

 青髪の女の子は、ぺこりと頭を下げて廊下を歩き出した。

 

 クールな子だ。

 最後まで目を合わせなかったことが、気になるけど。

 

「――ィン!」

 

 と、突然アヤの背後から女性の声が聞こえた。

 その言葉に青髪の少女は振り返り、そして。

 

 さっきまでの仏頂面が嘘のような笑顔を浮かべた。

 

「お姉ちゃん!」

「もう、急に居なくなるんだもの心配したわよ」

「ご、ごめんね。つい……」

 

 青髪少女のお姉さんらしき人がアヤの横を通り過ぎて、少女の手を取る。

 

 どうやら探し人は見つかったようだ。

 よかったよかったとアヤは頷いて、姉妹が向かった方とは反対方向へ歩みを進める。

 

 おそらくあの少女は、来期の入学生なのだろう。

 来期の入学申請は丁度今くらいに行っている筈だから。

 

 後輩、か。

 訓練校に居る間はそんなに交流も生まれないだろうけど、正式なアークスになった暁にはあんな可愛い後輩が欲しいものだ。

 

「ん、あれは……」

 

 と、廊下を折れ曲がったその時。

 

 メイと『リン』が、視界の先に見えた。

 仲良さそうに話しながら廊下を歩いている様子から見るに、仲直りには成功したようである。

 

「お、アーヤ」

 

 メイたちもアヤに気づいたようだ。

 小走りで寄って、合流する。

 

「仲直りできたのね、よかったわ」

「ああ。……アヤにも言っておくけど、ああいう世話焼きは勘弁してくれな」

「ふふ、どうしようかしら」

 

 意味深に、アヤは微笑んだ。

 

 Sっ気のある女である。

 『リン』は助けを求めるようにメイを見た。

 

 やれやれ早速出番か、とメイは一つ咳払い。

 

「アーヤ。あんまりウチの友達を困らせないでくれ」

「あらそうごめんなさい。ほんの冗談だったの……友達?」

「うん」

 

 普通に頷くメイ。

 それを見て、アヤは神妙な顔をして顎に指を当てた。

 

 もしかして何か不満があるのだろうか。

 そういえば二人は恋人らしいし、違う女と仲良くなることが嫌とか、などと。

 

 そんなことを考える『リン』の心配はよそに、アヤは呟く。

 

「……メーコの友達ってことは私の友達ってことでいいのかしら?」

「いいんじゃない?」

「どういう因果関係!?」

 

 何はともあれ。

 

 この日以降、『リン』と仲良くしているメイとアヤの姿が周囲の同期たちの意識を変えたのか、『リン』にはどんどん友達が出来ていった。

 

 元より人気はある人だったので当然だ。

 きっかけさえあればこうなるのは目に見えていた。

 

 それでも。

 

 『リン』は今でもあの日あの食堂で、世話好きな年上二人に話しかけたことを忘れていない。

 

 あの『きっかけ』が無くともおそらくは辿りついていた『現在』だとしても。

 二人が友達になってくれたことを――深く感謝している。

 

 

 

(まあそんなこと……)

(絶対に言わないけれど)

 

 そして現在。

 ルーサーを倒し、アークスが再誕した数日後。

 

「おい相棒! ぱ……下着が落ちてたぞ! 男が掃除に来るんだから最低限こういうのは仕舞っとけよ!」

「すまんアフィン。私はなんと言うかどうにもお前を異性として見ることができないんだ」

「オレもだけど! オレも相棒を女として見ろと言われたらかなり無理だけど! それでも最低限のマナーだろこれは!」

 

 『リン』は、マイルームを掃除してくれているアフィンを横目に見ながら溜まっていたメールに目を通していく。

 ここのところ忙しくてメールチェックも出来ていなかったのだ。

 

 ルーサーの案件が解決した今、ようやく腰を据えて溜まっていたあれこれを片付けることができる。

 

 まあ溜まっていた埃やゴミはアフィンに片付けてもらっているのだけど。

 

「む」

 

 その時、とある一通のメールが目に止まった。

 

 それは数日前に届いていた、『バウンサー』という、新クラスのテストプレイヤー募集のメール。

 

「バウンサー……デュアルブレード……ジェットブーツ……ふぅん?」

 

 ジェットブーツ。

 これならあいつも復帰できるんじゃないのかなぁ、と『リン』は呟くのであった。

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