「ハルコタンにまだ向かわない?」
「うん」
マイルームに続く廊下を歩きながら。
リィンの疑問に、シズクは頷く。
「少なくとも、『リン』さんが帰ってくるまではね」
「どうして?」
「言語の翻訳が終わってないから、今行っても現地の人から何も聞けないし」
「え、じゃあ先行した『リン』さんは……」
「うば、多分すぐ戻ってくるんじゃない? まあ実際に現地の人と会話したデータがあればすぐ翻訳は終わるだろうしそれまでのんびりと出撃準備をしていようよ」
何気なく普通に話しながら――シズクはリィンの動向をちらちらと窺う。
さっき、ハグを露骨に拒まれたことがまだ気になるのだ。
しばらく会ってない内に、他に好きな人ができたとか――いやいやいや。
(もしかしてシャオや『リン』さんたちの前だったから、照れてたとか?)
それだ。
そうに、違いない。
ならば今この場。
マイルームへ続く廊下を歩いている――無人の廊下を歩いている今なら、堂々とハグできるのではないか。
……いや、マイルームに付いてからすればいい問題なのだが、今のシズクは一ヶ月もの間マトモにリィンとイチャつけなかったリィン欠乏状態。
一刻も早く、イチャイチャしたかった。
だからさりげなく――手を繋ごうと、シズクはリィンに向けて手を伸ばす。
「っ……」
「ひ、久々だから武器の手入れもしなくちゃだしね」
話しながら、ぎゅっとリィンの手を握った。
指と指を絡めた、恋人繋ぎ。
振り払われないかちょっと心配だったけど、リィンは少し身体を震わせた後手を握り返してきた。
繋いだ手から彼女の体温が伝わってくる。
それだけのことが、何故だか嬉しい。
「…………」
「…………」
「……シズク、髪伸びたわね」
「うば? あ、うん」
地毛である黒と、染めていた赤のツートーンカラーとなったセミロングの髪に触れながら、シズクは頷く。
散髪に行く時間も無かった、というのもあるが……。
「ちょっと伸ばしてみようかな、って」
「ふぅん……いいんじゃないかしら。可愛いと思うわよ」
「うばば……」
照れる。
ちなみに、リィンの髪型はサイドテールだ。
一ヶ月前は自分で結う時はポニーテールで、シズクに結ってもらうときはサイドテールだったのだがどうやら一人でサイドテールが結えるようになったらしい。
(……あ、いやもしかしてルインに結ってもらったのかな……?)
「着いたわね」
話している内に、シズクのマイルームに到着した。
扉を開け、中に入る。
流石に家へ帰れていなかったわけではないので(帰れない日もあったが)、そこまで散らかっても居ない。
一旦リィンと繋いでいた手を離し、シズクはアイテムを補充するべくアイテム倉庫端末へと向かった。
「モノメイトとー、ディメイトとー」
「……そういえばシズク、メイさんとアヤさんは見つかった?」
「うばー、それが全然見つかんないんだよね……」
仕事が忙しくて、片手間でしか探していないという理由もあるけれど。
あまりにも見つからなくて、流石に少し心配だ。
ハルコタンの調査が終わったら一旦本格的に探索に乗り出してみようか。
「よーし、準備完了! というわけでリィン!」
「……ん?」
「『リン』さんが帰ってくるまで……イチャイチャしよう!」
言いながら、ベッドに腰掛けていたリィンに向かってダイブする。
割と不意打ちの行動だったが、そこは流石リィンというべきか、
驚異的な反射神経でシズクの飛び込みを回避するように、横へスライドした。
当然、空中へと身を投げ出したシズクの身体を支えるものはおらず、ベッドへとシズクの身体が埋まりこむ。
「どうして避けるの!」
「い、いや、その……」
「うっばー!」
半ばやけくそ気味に、シズクは再びリィンへ飛びかかった。
今度はベッドの内側から外側へ向けてのダイブである。
リィンが避けたら、シズクは顔面から床に滑り込むことになるだろう。
それを慮ってか、リィンは今度こそシズクをその豊満な胸で受け止めた。
「し、シズク……」
「……さっき、ショップエリアでもハグしようとしたのに拒んだでしょ。なんかあたしに後ろめたいことでもあるの?」
もうシズクは全知を用いた『察する力』は存在しない。
でも、だからこそシズクは前よりも他人の感情の機微に敏感になった。
「リィン、すっごく動揺してるね。心臓がドキドキ鳴ってるよ」
「…………」
「何があったの? この一ヶ月で」
顔を至近距離まで近づけて、シズクは問う。
リィンは頬を赤くしながらシズクから目を逸らし――少しして、覚悟を決めたように彼女と向き合った。
「何も無かったのよ」
「…………?」
「何も無かったから、今こんななってるのよ」
言いながら、リィンはシズクの頬に手を添える。
そしてそのまま、目を閉じてゆっくりと顔を近づけ――。
「うば!? ちょ、ちょっと待った!」
「……何よ」
「何がどうしてそうなるの!? 説明をプリーズ!」
「説明って……シズクの望み通り、イチャイチャしようとしているだけじゃない」
アナタの方から誘ったんだからね、とシズクが逃げられないように、ベッドへと彼女を押し倒してからリィンは言う。
両手を掴み、ベッドへと押し付けて。
シズクの両足をこじ開けるように、膝を彼女の太ももの間にねじ込んだ。
「久々に直接会うけど、仕事中だから我慢してたのに……」
上気した頬で、熱い吐息を吐きながらリィンはシズクの耳元へ顔を埋める。
そう。
一ヶ月も会えなくて、色々と溜まってるのはリィンも同じ。
『イチャイチャ』したかったのは、当然リィンも同じなのだ。
唯一食い違っていたものは、『イチャイチャ』の内容だろう。
十四歳であるシズクが想定していた『恋人同士のふれあい』と、
十六歳(もうすぐ十七歳)であるリィンが想定していた『恋人同士のふれあい』が同じものである筈が無い。
歳相応に、リィンと抱き合ったりちゅーしたりとかそんなレベルでしか『イチャイチャ』の内容を考えていなかった――これにはリィンが性的なことに関して情弱だった時期を知っているからという理由もあるが――シズクにとって。
いきなり押し倒されて、滅茶苦茶淫靡な雰囲気になっているこの状況は想定外の事態だった――!
「まっ、待った! まだ初キスだってまだなのにこんなの……!」
「初キスは三回目のデートに、でしょう? シズクがそう言うから我慢してたのに……」
「あたしが悪かったので勘弁してくださ……うばぁああああああ!?」
服の隙間からリィンの手が入ってきて(何処に入ってきたのかは黙秘)、シズクは思わず色気の無い悲鳴を挙げる。
うばうば言ってるってことはまだ余裕があるってことね、とリィンは冷静に分析しながら、ペロリと一つ舌なめずりをして。
リィンの手が、シズクの肌を這うべく動き出す――。
*****
「――っと、そこでボクは言ってやったのさ! 『この作品は全年齢向けだからエッチなシーンは無いよ残念だったな!』ってね!」
「それ大丈夫だったの? 相手の人怒らなかった?」
「大丈夫大丈夫、返り討ちにしたから!」
「怒られたのね。……っとと、着いたわよ」
リィンが舌なめずりをした瞬間。
部屋の外からそんな会話が聞こえてきたと思ったら、扉をノックする音が響いた。
イズミとハルの声である。
なんてベタなタイミング――しかし助かった、とシズクは悔しそうに眉間に皺を寄せているリィンの手をそっと除けて、ベッドから這いずり出た。
「……ご、ごめんねリィン。で、でもまだこういうのは早いと思うの……」
「……いや」
小声の謝罪に、リィンはふるふると首を横に振って答える。
「私も焦りすぎた――ごめんなさい」
そんな謝罪を背に受けながら、シズクはちょっと乱れた服を整えてから扉を開けた。
「い、いらっしゃい……イズミ、ハル」
「おっすお疲れ様っす」
「お久しぶりですね」
チームメンバーがこうして揃うのも、久しぶりだ。
お忘れの方がいるかもしれないので一応説明すると、イズミとハルはシズクたちが設立したチームの後輩。
【ARK×Drops】という、小規模チームに奇特にも入団希望してきた新米アークスである。
まあ新米だったのは入団した当初だけで、彼女らは順調に成長していき今やクォーツ・ドラゴンも倒せるようになったらしいが。
ともすれば少年にも見えるボーイッシュな金髪少女がハル。
知的な眼鏡と白い肌に角が特徴なデューマンがイズミ。
最初は何かと喧嘩を繰り返していた二人だが、今はあの頃と若干関係性が変わったのか早々喧嘩をすることも無くなった……いやすることにはするのだが、頻度は減った。
「うばば、急にどうしたの? 何か用?」
「ええっとですね、実はお二人にお願いがあってですね……」
「お願い?」
「はい、お二人はこれからハルコタン……とかいう新惑星の調査に行くんですよね?」
おや、何故知っているのかな?
という疑問の答えは単純だった。
さっきショップエリアでシャオや『リン』と話し合っていた時、偶然傍を通りかかって偶然聞こえてしまったのだという。
まあ秘密の話というわけではないから問題ないが、やはりあの場所で秘匿性のある話はできないな……。
「うん、そうだよ。それがどうかした?」
肯定して、頷く。
すると突然、二人は頭を下げて、声を揃えて口を開いた。
「「お願いします! 私(ボク)も連れて行ってください!」」
「…………へ?」
想定外のその言葉に、シズクは首を傾げながらそんな間の抜けた言葉を吐くのだった。
それなりに行動を共にしているのに意地でも『私たち』『ボクたち』とは言わないイズミとハルの謎の関係性。