AKABAKO   作:万年レート1000

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嫌い合う形

 イズミはハルのことが嫌いであり、

 ハルはイズミのことが嫌いである。

 

 それは出会った時からずっと変わらない。

 

 同じチームに入ってからも、いつも一緒に行動するようになっても、

 

 ずっとずっと、嫌い合っている。

 

「ちょっと、何でいつもいつも私の部屋に入り浸ってるのよ」

「ぐえ」

 

 イズミは眉間に皺を寄せながら、ベッドに座り、床に寝転んで本を読んでいるハルを踏みつけた。

 流石に力はそれほど込めていなかったが、小柄なハルは小さく呻き声をあげる。

 

「踏まないでもいいじゃん」

「うっさいわね、背骨折られなかっただけ感謝しなさい」

「おー怖っ」

 

 言いながら、ぐりぐりとハルの腰辺りを踏みつけるイズミ。

 

 マッサージみたいで若干気持ちいい。

 そんなことを思いながらも口には出さず、ハルは雑誌に眼を滑らせる。

 

 記事には各ダークファルスの特徴や姿、名前と簡単な能力説明が載っている。

 

 【巨躯(エルダー)】、惑星ナベリウスを半分凍土化させる程の氷を操る能力。

 【敗者(ルーサー)】、時間の加速、減速、停止を操る能力。

 【双子(ダブル)】、あらゆる物質を捕食し、捕食したものを複製する能力。

 【若人(アプレンティス)】、知性体を魅了し、意のままに操る能力。

 【仮面(ペルソナ)】、詳細不明、何故か眷属を持たない。

 

 それと、【百合(リリィ)】、茜色の剣を無数に出現させ、形を好きに変形させ操る能力。

 

 こういったダークファルスの情報は、一般アークスにも当然共有されている。

 

 だからまあ、ハルも既にダークファルスの情報は知っているわけだが……。

 

「…………」

 

 苦々しい表情で、【百合】の写真を見つめる。

 

 この白いダークファルスに、手も足も出なかった。

 それも、ただの偽者に。本物の数百分の一しかないであろう偽者に、だ。

 

「わざわざ人の部屋でそんな重々しい表情しないでくれる?」

「だってさー、悔しいじゃんかー」

「悔しいのは分かるわよ、でも、私達まだまだこれからだって先輩たちも言ってくれたじゃない」

「分かってるけどさぁ……ぁん」

 

 雑誌を放り投げて、ぐでーっと虎皮の敷物のように手足を広げてくつろぎだしたハル。

 

 他人の部屋でくつろぎすぎだ、と抗議の意味を込めてイズミは足置きにしていたハルの腰を、少しだけ強く踏みつけた。

 

「喘がないで」

「急に強く踏まないで」

 

 ちょっと頬を赤く……することもなく、今度はハルのお尻を足置きにして、端末を弄ってアイテムパックを整理し始める。

 

「お腹空いた……」

 

 ぽつりと呟いて、ハルは起き上がり、四つん這いの状態で台所へと向かった。

 

 遠慮無く冷蔵庫を空け、物色を始める。

 

「相変わらず中身の少ない冷蔵庫だこと」

「勝手に冷蔵庫空けんな」

「あっ、チョコレートあるじゃん、食べていい?」

「駄目って言っても食うでしょうがあなたは」

 

 

 言いながら、もう既にハルはチョコレートの包装を破いていた。

 

 チョコを一粒口に放り込み、光悦の表情を浮かべる。

 しかし何かに気が付いたのか、「ん?」と首を傾げた。

 

「……あれ? 待てよ、イズミって確か甘いものが苦手だった筈」

「ぎくっ」

「なのに何で冷蔵庫にチョコレートが……ま、まさか……」

 

 目を見開き、イズミを見つめるハル。

 そんなハルの視線に耐えきれなくなったように、イズミはさっと彼女から目を逸らした。

 

 

「まさか――

 ボクが冷蔵庫を勝手に漁ることを見越したスケープゴートだな!? てことは冷蔵庫の奥に秘蔵のブツが隠されてるってことか!」

「ちぃ! 変なところで勘のいいやつ……!」

 

 即座にベッドの上から飛び出し、ハルを止めようとするが時既に遅し。

 

「見つけた! お高いステーキ肉! 200gが二枚! 400g!」

「待ちなさい! 見つけたからって分けてやる義理は無いわよ!」

 

 ハルを羽交い絞めにして、手にしたステーキ肉を取り戻そうとするイズミ。

 

 しかしハルはイズミの拘束をするりとかわし、隣の部屋に向かう扉を開けた。

 

「おーい、『オウタム』くん。こいつミディアムで焼いちゃってー」

「いいですよ」

 

 扉の先には、待機中のイズミのサポートパートナー、オウタムが居た。

 

 気だるそうな三白眼と、片目が隠れた濃茶色のショートヘアが特徴的な、執事服を着た男性ニューマン型サポートパートナーだ。

 

「私のサポパに勝手に命令すな! ていうかオウタムも了承すな!」

「いやだってマスター、そのお肉、『どうせハルは落ち込んでるだろうし、肉でも食べれば元気出るでしょ』とか言ってわざわ「余計なこと言うなキック!」おっと」

 

 口封じのために放たれたイズミのとび蹴りを、間一髪で避けるオウタム。

 

 サポパはきちんと育て上げればクエストにも連れて行ける優秀な兵士となる。

 予測できていた主からのとび蹴りくらいなら、避けられても不思議ではない。

 

「えぇー? 何? 何何? イズミってばボクのこと大好きかよ。いやー、心配かけちゃってごめんね? お肉はありがたく頂くよ!」

「きもいうざい嫌い帰れ臭い」

「ただただ悪口を羅列するな! ていうか臭くないよ! 臭くないからね!?」

 

 はあ、っと大きくため息を吐いて、

 イズミは「仕方無い」と呟いた。

 

「よく考えたら一人で食べきれる量じゃないし、仕方ないから分けてあげるわ」

「…………イズミ」

 

 ハルは、己の相棒が吐いたツンデレみたいな台詞に、

 目尻に涙を少しだけ浮かべながら、答えた。

 

「ボク、臭くないよね?」

「気にしすぎでしょ! 結構いい匂いするから安心して!」

 

 言いながら、ハルからステーキ肉を奪って、台所に向かう。

 

 ハルは全く料理出来ないが、イズミはそこそこ出来る方だ。

 「やれやれ」とでも言いたげな表情を浮かべながらオウタムもイズミを手伝うべく、台所に入った。

 

「ハルはテーブル拭いといて」

「あいあーい☆」

 

 いい匂いがすると言われて安心したのか、お肉が食べられると分かってテンション上がったのか、

 ハルは珍しく素直にイズミの言葉に従ってテーブルを綺麗にし始めた。

 

「ったく、私が奢ってあげるんだから、ちゃんと残さず食べるのよ?」

「とーぜんとーぜん。そのくらいのサイズならよゆーでぺろりよ」

「言ったわね?」

 

 にっこりと、イズミは笑った。

 

 それはまるで、言質は取ったと言わんばかりの、笑み。

 

「じゃあ付け合せの人参も(・・・・・・・・)残さず食べなさいよ(・・・・・・・・・)?」

「なっ!?」

 

 戦慄するハル。

 人参は――というか野菜全般は、ハルの苦手な食べ物である。

 

「かぼちゃにオニオンにブロッコリー……全部食べてもらうわよ?」

「い、イズミ……! 貴様……! ま、まさか最初からこれが狙いで……!?」

「さてどうかしら。

 一つ確かなことは、貴方の乱れた食生活なんて私にとってはどうでもいいことだということよ」

「つまり?

「ただの嫌がらせ」

 さあ、残さず食べると宣言したからには残さず食べて貰うわよ?」

「くそがあああああ!」

 

 ハルの慟哭がマイルームに響き渡り、

 イズミが愉しげにニヤニヤ笑って、野菜を切り始める。

 

 そんな二人を見て、オウタムはやれやれと肩を竦めた。

 

 これが、現状(いま)のイズミとハルの関係。

 

 互いに嫌い合っているのに、一緒に居る。

 互いに嫌い合っているからこそ、一緒に居られる。

 

 二人の間に遠慮は無く、

 二人の間に嫌われたくないなんて気持ちは微塵もない。

 

 嫌い合っていることを知っているからこその、気楽な関係。

 

 実に奇妙で奇天烈で珍妙な形だが、これも一つのーー。

 

「これも一つの、百合の形ね……素晴らしい、素晴らしいわ」

 

 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 マイルームに拍手が鳴り響く。

 

 当然、イズミでも、ハルでも、オウタムでもない第三者のスタンディングオベーション。

 

 それは。

 あってはならない光景だった。

 

 だってここは、マイルーム。

 アークスシップの内部なのだ。

 

 なのに、なんで、警報が鳴っていない。

 

 ダーカーなら、ダークファルスなら、

 アークスはその侵入を感知できる筈なのだ。

 

「良いものを見せて貰ったお礼と言っては何だけど……」

 

 白い髪に、白いドレスのような服装。

 血のように妖しく光る、赤い瞳。

 

 見間違える筈もなく――ダークファルス【百合】が部屋の角に立っていた。

 

「貴方たちに、力を授けてあげましょう」

 

 イズミの通信端末が、鳴った。

 リィンからの着信だ。

 

 だが、当然、今の二人がそんなことに気づく余裕があるわけなく――。

 




やっとイズミとハルの掘り下げができた。
こいつらのキャラクター性よくわからなすぎて何度無かったことにしようとしたか……。
AKABAKOの更新が遅くなる一端を担ってた説あるくらい書き辛い。

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