「アークライトさんってさぁ、なんか暗いよね」
それは、研修時代の記憶。
リィン・アークライトが最も荒れていた時期。
無論、荒れていたといっても暴力的な意味では無く、精神的な意味だが。
「ちょっと実践形式の訓練で成績が良いからって調子乗ってない?」
「私、一昨日訓練一緒になったんだけどずっと仏頂面してて怖かったー」
「ウチが昨日組んだときなんて一人でどんどん進んじゃってさ、連携しようって言ったら何て言われたと思う?」
「何何?」
「『邪魔だから、後ろ下がってて』だってさー! 何様だよねー!」
「ちょっと声大きいよー聞こえちゃうじゃない」
勿論、リィンには全部聞こえている。
聞こえるように、言っているのだろう。
(邪魔だから、後ろ下がっててなんて言ったのは、本当に邪魔だったからだ)
(私がすぐ隣にいる状態でスライドシェーカーをぶっぱする奴と一緒に戦えるものか)
(仏頂面なのは、貴方達と違って本気で叶えたい夢があるからだ)
(遊び半分で――学生気分で研修している貴方達と私は違う)
そう言い聞かせていた。
自分は他人とは違うと言い聞かせていた。
――その言い訳こそが、何処までも子供じみた都合のいい幻想だと気付かずに。
否定され続けてきた彼女も、研修を終えアークスとなった。
そこでようやく気付くのだ。
孤独は人を弱くする、と。
*****
「うばー。レアが出ないよー。うぼぁー」
「ど、どんまい……」
アークスシップ、ショップエリア。
その一角にあるベンチに二人の少女が座っていた。
一人は青色のツインテールと釣り目が特徴的な少女『リィン・アークライト』。
ハンターの初期支給服であるネイバークォーツに身を包んだ美少女で、
先ほどダガンの群れに囲まれて絶体絶命だったが助けられた方のアークスだ。
もう一人は赤色のカジュアルレイヤーという髪型をした少女『シズク』。
レンジャーの初期支給服であるガードウイングに身を包んだ変わった雰囲気の子で、
あの後、二人が受けていたクエストが同じだったため、パーティを組んで残り少しのノルマを達成してアークスシップに戻ってきたのであった。
二人の手にはジュースの缶が一つずつ。
助けて貰ったお礼にとリィンが二人分買ったものである。
「そんなにレアが欲しいの?」
「当たり前だよ! ダガンからは『ブラオレット』! ザウーダンからは『フルシリンダー』! フォンガルフからは『アステラ』! アギニスからは『ローザクレイン』! ガロンゴからは『アレスヴィス』! まだ一個もドロップしてないんだよー! 二週間は森林に籠っているのに!」
「そんなに欲しいならマイショップで他のアークスから買ったら?」
マイショップというのは、アークス個人が持てる店のようなものである。
自分に不要なレア武器やレア防具、その他アイテム等を少しでもお金にしたいアークスが売り、必要としているものが出品されていれば買うというアークス同士の売買が出来るシステムだ。
「自分で掘ったレアにしか興味はない!」
「そ、そう。意識が高いのね」
「この世のレア武器を自己ドロップでコンプするのが夢だからね!」
シズクは眼を輝かせながら言った。
本気なのだろう。本気で、夢を語っている。
だからなのだろう。
だから、私はこの人といるのは少し心地よいのかな、なんてリィンは思った。
「あ、そういえばシズクはアークスになってどれくらい?」
「ん? 二週間だよ?」
「同期!?」
口をあんぐり開けて驚くリィン。
それはそうだ、慣れた手つきでダガン四匹を瞬殺するなど新米ではありえない。
最初敬語を使っていたのも先輩アークスだと思っていたからだ(その後敬語は要らないと言われたのでやめたが)、しかし同期となるとリィンの胸にふつふつと対抗心が沸いてくる。
生粋の負けず嫌いなのだ、リィンという女は。
「……ま、まあ私だってダガンの四匹や五匹くらい万全の状態なら倒せるし……」
「へ?」
「あ、えっと! 何でも無い!」
しまった。と内心舌打ちする。
リィンの対人コミュニケーション能力は高くない。
生来の負けず嫌いで見栄っ張り、加えて素直になれない恥ずかしがり屋。
ツンデレという表現は微妙にずれているが――間違ってはいないだろう。
そして世の中というのは創作と違い、そんな面倒くさい性格を許容できるようにはなっていない。
自然とリィンは同期内で孤独になっていったのだ。
正式にアークスになるまでは、一人でも平気だと強がってはいたものの、アークスの任務は危険が付き物である。
かといって今更同期連中と仲良くクエストに行ける気はしなかったし、先輩アークスとのコネも持っていなかったリィンは絶賛孤立中なのであった。
そんな中出会えた『偶然繋がった縁』を逃すわけにはいかない。
(負けず嫌いも強がりも捨てなくちゃ)
(アークスとして上に行くには、まず仲間を作ること)
だが何事にも例外というものはある。
この、赤色の髪したシズクと云う女は。
レアドロップ以外に興味が無いが故の、非常識さを持っているのだ。
「何言っているの? そんなこと分かっているよー」
「……へ?」
「あのソニックアロウを見て改めて思ったもん、リィンはやっぱ凄いなって」
「え、改めて? やっぱ?」
いきなり何を言い出すのだ、この子は。
改めて。やっぱ。なんて。
まるで、私のことを前から知っていたみたいな。
「あ、あの、私と貴方って初対面よね?」
「話したのは初めてかな? でもリィンは有名人だったから、たまに見てたよ」
だから知っていた。
と、笑顔でシズクは言う。
「は……はは……」
それはつまり、リィンの一番荒れていた頃の性格――つまりは研修時代の頃を知っているというわけで。
(お笑い草だ……結局、一人相撲だった)
何でそれを知っていながら私に近づいたのだろう。
もしかして後で仲間内で笑い物にするつもりなのだろうか。
そんなネガティブな考えが、リィンの頭でぐるぐる回る。
「ゆ、有名人って……悪い意味でよね? 知っているわよ」
「うん。高飛車で近寄りがたくていつも機嫌悪そうって」
「うぐっ」
研修時代、同期の連中に叩かれてきた陰口がフラッシュバックする。
――アークライトさんって近寄りにくいよね。
――あの子、何様のつもりかしら。
――全然表情変化しないし、何考えているのか分かんないのよね。
――なんだ、やっぱ噂通りのヒトなんだね――。
「でも全然そんなことなかったね。やっぱ噂は噂だった」
「べ、別に私の横に並べるようなヒトがいなかっただけよ! 低次元のやつらに話を合わせるのがかったるかっただ…………え?」
一瞬、耳を疑った。
今、この娘は、何て言った?
「高飛車で近寄りがたいっていうのは多分本当にリィンが次元の高いところに居たんだろうね、前組んだ同期の子と比べて全然動きが違ったもん。機嫌悪そうなのは釣り目だからそう見えるだけかな? 美人だから黙っていると怖いってのもあるかも」
「え? ええ、まあ……」
釣り目なのは、コンプレックスだ。
黙っていると怖く見られるから。
「さっきの『私でもダガンの四五匹くらい』云々っていうセリフから推測した感じだと負けず嫌いでもあるのかな? 同期には負けたくないんだよね? 分かる分かる、あたしもリィンの戦闘を今日見て勝手にライバル認定しちゃったもん」
「ちょちょちょ、待って待って」
「ん?」
全部、見抜かれている。
全部、見抜かれていた。
たった一回のクエスト――それも途中で合流したから時間にして数十分のパーティを組んだだけで。
クエスト終了後の十数分の会話だけで。
あるいは以前人から聞いただけの噂だけで。
「どうして――?」
「え? だってリィン凄く分かりやすくて可愛いんだもん」
「――――な」
リィンの顔が、真っ赤に染まった。
分かりやすい、なんて初めて言われた。
可愛い、なんて初めて言われた。
『自分』を、肯定されたのは初めてだった。
「分かりやすいわけ――無いじゃない」
「? どうしてそう思うの?」
「だって、誰も私を分かってくれなかった、誰も私を認めなかった、だから、私は……っ!」
そこで、言葉が詰まった。
言いたいことを、我慢したわけではない。
言いたいことが、見つからないわけでもない。
単に、嗚咽が漏れそうになったからである。
気を抜いたら、泣いてしまいそうだった。
自らの
全否定したうえで、
もう、訳が分からなかった。
「何なの……? 本当に何なの? アナタ……」
「うーん、初対面なうえに大してリィンのことを知らないあたしが言うのもなんだけども……」
リィンの言葉を遮って、シズクは口を開く。
紡がれた言葉は、リィンが今最も言われたくない言葉で――
「泣きたい時は」
――そして、ずっと誰かに言って欲しい言葉だった。
「泣いた方がいいよ」
「――――っ」
「ほら、胸を貸してあげよう。あんま大きくないけどそこは我慢してね」
シズクの両腕が広がって、リィンを包み込むように差し伸べられた。
天使の様な笑顔で、リィンを受け入れようとしている。
……しかし、
「いや、いい」
リィンは首を横に振ってそれを拒んだ。
当然、シズクは不満そうな声をあげる。
「えー……」
「だって、
周りを見渡す。
ショップエリアは、アークスが利用する商店施設が沢山あるエリアだ。
当然、その中心部となれば人口密度はそれなりに高い。
「……そっか、強いね、リィンは」
「二人きりだったら――いや、でも……」
「?」
「自分より背の低い人の胸で泣くのって態勢的にキツイかも」
にやり、とリィンは笑いながら言った。
リィンの身長162cm、シズクの身長151cm。
その差11cmである。
もしシズクの胸で泣こうと思ったら相応に屈まなければなるまい。
「なんだとぅー!」
「あはは」
「うばぁー!」
「何ソレ威嚇? っと、あ」
うばぁーっと威嚇(?)をした拍子に、ベンチの端に置いてあったジュースの缶がシズクの身体に当たった。
コン、と小さな音を立ててシズクのジュースはベンチから落下し、中身は床に吸われていった。
「あ、あぁー! あたしのジュースがー!」
「わ、ハンカチハンカチ」
急いで缶を拾い上げるも、時すでに遅し。
缶の中身は、数秒前の十分の一程に減っていた。
「うばー……」
「うわー結構減っちゃったね」
「…………ぐす」
「え」
シズクの眼に、涙が溜まっていく。
ぷるぷると震えだしたと思った瞬間、シズクはリィンの胸へ飛びこんでいた。
「うわ"ぁーん! あたしのジュースゥー!」
「え、ちょ!」
「うばぁー!」
「ど、どんまい……あ、ほら、私の残り飲みなよ」
「………………」
ほら、とリィンは無事な方の缶――自分の分のジュースを差し出す。
しかし、反応が無い。
「……シズク?」
「…………」
「……シズクー?」
「……ふむ」
ようやく反応があったと思ったら、
ぐにぐに、むにむに、とシズクは顔をリィンの胸に押し付け始めた。
そして、一言。
「これは中々……」
「せいっ」
「痛ー!」
容赦なき肘鉄がシズクの頭を襲う!
当然の報いだった。
「何してんのよー!」
「いいじゃん女の子同士なんだしー。あ、あたしの触る?」
「遠慮するわ、触っても楽しくなさそうだし」
「す、少しはあるし!」
言いながら、シズクは胸を寄せてあげようとした。
寄せる分が無かった。
「あ……あるし……!」
「涙拭きなよ……」
ハンカチを差し出そうとして、これさっきジュース拭いたやつと気付いて引っ込める。
代わりに服の袖でシズクの涙を拭う。
「……ありがとぉ」
「いいわよ別に、お礼も、兼ねてるし」
「ふふふ……あのさ、もしよかったら、なんだけど」
「ん?」
「リィンと喋ってると楽しいんだ、だからあたしと
スッとシズクの右手がリィンに向かって差し出された。
その手に持っているのは、パートナーカード。
アークス同士が、
アークスの間では、これは友達の証として扱われたりもする。
「……私からも、お願いがあるの」
「うん?」
「私も……、その、シズクと話してると楽しいから、だから――」
リィンも、パートナーカードを取り出した。
初めて扱う機能だから、取り出すのに苦労してしまった。
「シズク、私と
「――うん、ありがとう」
お互いに、差し出されたパートナーカードを受け取る。
シズクとリィン。
どちらも、心の底から嬉しそうな笑顔だった。
あ、マターボード使って宇宙救っているあいつは彼女らの一個先輩です。
シズクたちはイオと同期ってことになるのでそのうちイオも出したいです。