AKABAKO   作:万年レート1000

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短め


消えない闇

「うばー……」

 

 キャンプシップに横たわって、シズクは脱力するように息を吐いた。

 

 あの後、メルフォンシーナに通信機器を借りて迎えを貰うことに成功したのだ。

 そして今、キャンプシップ備え付けの通信機器でアヤと連絡を取り、チームメイトの無事を確認した。

 

 シズクが気を抜いて、ずるずると壁をずり落ちるように座りこんだのは、仕方が無いだろう。

 

 圧倒的安堵。

 あの状況からの、全員無事という奇跡。

 

 最大まで張りつめていた緊張感が、解けていく。

 眠気すら感じるほどに、精神が弛緩していく。

 

 だから、仕方が無いだろう。

 シズクが『それ』を見逃したのは、仕方が無いことだったのだろう。

 

 尤も、見逃して正解だったのかもしれない。

 今のシズクにはどうしようもないことだし、見てしまったら、凡百なアークスと違いシズクには『それ』が何か理解できてしまうから。

 

 遥か遠くにあって、シズクの乗っているキャンプシップからは豆粒ほどのサイズにしか見えない惑星ナベリウス。

 

 それと同じサイズ(・・・・・)の、黒い塊がナベリウスから飛び立っていった。

 

 ダーカーのような、黒と赤を基調としたイカのようなナニカ。

 一目見れば、この距離でもシズクはそいつが何なのか理解できただろう。

 

 ただやはり――見なくて正解だったとは思う。

 ただ悪戯に、恐怖を煽られるだけだ。

 

 『そいつ』は、ダーカーにして、ダーカーに非ず。

 

 破壊と闘争の象徴。

 万象を破壊する力を持つ、強き者との闘争のみを望む『深淵に至りし巨なる躯』。

 

 『ダークファルス【巨躯(エルダー)】』。

 

 惑星サイズの闘争狂いが、アークスシップを襲撃するまで――残り数時間。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 リィンのマイルーム。

 初期状態からソファが増えたくらいのシンプルな部屋で、部屋主であるリィンは悩んでいた。

 

 悩んでいた、というか、苦悶していた。

 

 原因は当然というか、シズクについて。

 彼女に抱く感情が恋なのかどうなのか、往生際悪くも考えているのだ。

 

 もう殆ど、答えは出ているというのに。

 

「マスター、ワタクシそろそろ晩御飯の支度をしたいのですが……」

「恋……? いやいやだって……テミスでの緊急クエストの時は何とも……でも、うーん……」

「マスターいい加減……」

 

 と、その時だった。

 

 リィンの通信機が、無機質な電子音を鳴らした。

 端末を操作し、発信者の名前を見るとそこにはでかでかと低所恐怖症先輩と映し出されていた。

 

「もしもし、メイさん?」

『もしもしー、リィン? 調子はどう?』

 

 通話を繋ぎ、耳に手を当てるとメイの声が聞こえてきた。

 そういえば調子が悪いと言って離脱したっけかと思いだす。

 

「大丈夫です、横になってたら大分良くなりました」

『それはよかった。心配してたんだぜ、ウチも、アーヤも』

「はい……すいません」

『それで本題なんだけど、良い知らせと良いのか悪いのかウチらには判断できない微妙な感じが癖になる知らせとあるけど、どっちから聞きたい?』

「…………んん?」

 

 そこは良い知らせと悪い知らせと言うのが普通ではないのか? と思いながら、リィンはとりあえず良い知らせからと頼んだ。

 

『あいよ、シズクから無事だという連絡が来たぞ。今キャンプシップで帰還中だってさ』

「ホントですか!?」

 

 がばり、とリィンは横たわった姿勢から起き上がった。

 それによって拘束の解かれたルインがキッチンへ逃げていったが、リィンは気付いてすらいない。

 

『なんとかチームメンバー全員、危機を乗り越えたことになるな、よかったよかった』

「はい……本当に、よかった」

 

 ふはーっと安心するように息を吐いて再びベッドへと倒れこむ。

 信じてはいたが、やはり心配なものは心配だったのだ。

 

『それで、もうひとつの知らせの方なんだけど』

「あ、はい、何でしょう」

『アンタのお姉さんがもう一度会って話したいってさ』

 

 瞬間、リィンの顔から笑みが消えた。

 

『ウチは、話すべきだと思う』

「…………」

『本当に何で避けられてるのか分からないらしいし、必要なら頭だって下げるって言ってるんだ』

「…………」

『それに、家族が仲悪いっていうのは……個人的に嫌だ。誤解かもしれないんだから、とりあえず一回思いの丈をぶつけるべきだと思う』

「…………」

『……リィン?』

「そっか……」

 

 ようやく、リィンは口を開いた。

 その声色は、酷く冷たい。

 

 数秒前の、喜びの声が嘘のように。

 

「分からないんだ、ふぅん」

 

『リィン?』

「いいですよ」

 

 むくり、とリィンはベッドから起き上がった。

 

「話しましょう、ハッキリさせないと、アイツはしつこいでしょうから」

『そっかそっか、よかった、じゃあ場所はメールで送るわ』

「はい……あ、でも会うのはシズクが帰ってきてからでお願いします」

『……精神安定剤として?』

「それも、ありますが……」

 

 何より、シズクには知っておいて欲しかった。

 自分の過去を、知って欲しかった。

 

 それが恋愛感情から来る衝動なのかは分からないけど。

 

『じゃあ、後で』

 

 プツン、と通信が切れる。

 

 目を閉じて、開けて、閉じて、深く呼吸をする。

 

 大丈夫。

 シズクが隣に居てくれれば、耐えられる。

 

 そう自分に言い聞かせてから、リィンは部屋を出た。

 

 歩きながら、整理する。

 思い出を心の引き出しから探る作業は必要ない。

 

 だって、忘れたことなど無いのだ。

 忘れていないことを、どうやって思い出すというのだ。

 

 だから整理するだけだ。

 思い出にすら出来ない、トラウマを。

 

 はじめから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、過去回。
復活したは良いものの碌に描写されずに倒される未来しか見えないエルダーさんの明日はどっちだ。
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