書いてたら筆が乗ってしまっただけなので私は悪くない。
SGNMデパートの医務室は、別名休憩室と呼ばれるほど快適な場所だ。
まず、個室。
空調完備、ベッドは清潔ふかふか。
医療に関してはメディカルセンターに数歩遅れを取るが――そもそもここはデパートである。
歩き疲れた人、貧血の人、などなどの軽い体調不良者が利用者の大半なのだ。
「んん……?」
とまあ、そんな清潔なシーツの感触と、少しのシンナーの香りを感じつつ、メイはゆっくりと瞼を開いていく。
「あら、起きたのね」
すぐ傍から、アヤの声がした。
ここは何処で、どういう状況なのだろうとぼやけた視界がクリアになっていくのを感じながら考える。
ボーリングをやってて……罰ゲームで……リィンが追いかけてきて……っと、段階を置いて思考を纏めていく。
しかし考えが纏まる前に、アヤの持つ『それ』が目に入った。
油性マジック。
しかも蓋は取れていて、如何にも今しがたまで落書きしてましたと言わんばかりにペン先がこちらに向けられている。
「……あの、アーヤ、つかぬことをお聞きしますが……」
「うん? ああ、ここはデパートの医務室よ」
「いや、そうじゃなくて、まあその情報も欲しかったけどそうじゃなくて」
「安心して」
ぱちん、とマジックの蓋を締めながら、アヤは微笑む。
「額に肉って書いただけだから」
「一つも安心できる要素がない!」
手鏡を取り出し、自身のデコを確認する。
そこには確かに間違えようもなくハッキリと『肉』と刻まれていた。
「ま、マジで書いてやがるー!」
「ふっふっふ、一回やってみたかったのよね」
ペンを指先で回しながら、満足げにアヤは頷いた。
額に肉、という定番ネタができて嬉しいのだろう。
「畜生ウチも誰かにやりたい……じゃなくて、なんてことしてくれたのよ!」
「ごめんね、頬に正の字じゃなかっただけ有難く思って?」
「ワーアリガタイナー」
棒読みで返事を返しながら、どうにか落ちないものかと手で擦ってみるメイ。
だが、当然油性ペンはそれだけでは消えてはくれない。
「駄目だー、油性ってどうやって落とすの?」
「ちゃんと調べておいたわよ、サラダ油、ハンドクリーム、日焼け止め、口紅とかが良いみたい」
「持ってる?」
「持ってない」
にこり、と良い笑顔でアヤは言った。
どうやら『肉』と書いてから消す方法を検索したらしい。
アヤが思いつきで行動するとは珍しい、テンションあがっているのだろうか。
「丁度デパートだし売ってるでしょ、買ってきて」
メイは言いながら布団に潜った。
解けた髪が長すぎてはみ出ているが、全身はすっぽりと布団に包まれた状態だ。
「えー、皆に見せましょうよ」
「嫌だよ――っと、そうだそうだ、これ言っとかなきゃ」
「?」
「リィンは悪くないからね」
布団から顔を出さないまま、メイは言う。
念を押すように。
「悪いのは全部ウチだから、リィンをあんまり叱らないであげてね」
「……まあ、どうせアンタが変なことさせたんだろうけどさ」
流石幼馴染、よく分かってらっしゃる。
「それでも、仲間に暴力はいけないでしょう。既に少し叱っちゃったわよ」
「ウチらは仲間じゃなくて、家族だよ」
「…………」
「父親が、思春期の娘をからかいすぎて怒られるような――そんな話だよ、これは」
布団に潜っているので、メイの表情は見えない。
でもおそらく、微笑んでいるのだろう。
「……まったくもー、アナタはホント優しいっていうか甘いっていうかマゾっていうか……」
「惚れてもいいのよ?」
「もうとっくに惚れてるわ」
ぼすん、と布団に潜っているメイに覆いかぶさるように、アヤは布団に乗った。
そのまま彼女の背中辺りに顔を埋め、布団の上から抱きしめる。
おかしな話だ。
布団一枚隔てているのに。
もっと過激なことだってしたことあるのに。
こうしているだけで、とても落ち着く。
「あ、アーヤ?」
「ま、分かったわ。リィンは悪くない、悪いのはメーコ」
「う、うん。分かってくれてよかった」
「じゃあ」
悪い子には、おしおきしないとね?
と、とても悪い笑顔でアヤは言い放った。
「えっ」
「てことで布団から出て額の肉を皆に見せに行こっか」
身体を起きあげて、布団の端をアヤは掴んだ。
そのまま力任せに、ぐっと布団を引っ張る。
「え、ちょ、ヤダー!」
叫びながら、メイも布団を掴んで対抗する。
単純な力ならば、ファイターであるメイの方が上だ。
しばらく攻防は続いたが、結局布団ははぎ取れなかった。
溜め息を吐きつつ、アヤは諦めたように手を離す。
「はぁ……出てこないなら首輪とリードでも付けて引っ張ってやろうかしら」
「やめて」
「そんな真剣な声で……まあ、仕方ないわね……」
残念そうに呟いて、アヤはベッドから降りた。
そのまま医務室の扉に手を掛ける。
「油性ペン落とすやつも買ってくるわね」
「(ん?)おー」
ようやく諦めてくれたか、と安堵のため息を吐く。
自動ドアが開いて閉じる音を確認してから、「ぷはぁっ」と頭まで被っていた布団から頭を出した。
「やれやれもー、さっさと後輩ズに合流したいのに何故こんなことに……」
額を擦りながら、愚痴を吐く。
あの幼馴染は見た目と中身のギャップが酷くて困る。
(昔はあんなんじゃなかったのになぁ……)
(誰の影響であんなことに……ああ、ウチか)
因果応報、という言葉が頭をよぎった。
これ以上ないくらい今の状況を表すのにぴったりな言葉だろう。
(…………)
(お布団気持ちいい)
現実から逃げるように、メイは枕に顔を埋めた。
洗剤の柔らかな香りが、眠りへとメイのことを誘う。
アヤが帰ってくるまで少し眠ってようか、なんていう考えが頭をよぎり、そして。
『油性ペン落とすやつも買ってくるわね』
ふと、アヤがさっき放った言葉が反芻された。
「…………あっ」
違和感は、感じていた。
その言葉に、違和感だけは感じていた。
最初は、妙に素直だな、と。
ただ、それだけなら別にアーヤにだってそういう気分のときだってあるだろうと納得できた。
でも、言葉を反芻してみたら、違和感の正体が分かってしまった。
「油性ペン落とすやつ、『も』?」
『も』って何だよ。
他に何を買ってくるつもりだよ。
そんなの、さっきの話の流れからして間違いなく――。
「首輪と、リード……」
やばい。
寝ている場合じゃない。
即刻ここから逃亡せねば。
布団から起き上がり、手鏡片手に前髪を降ろす。
幸い『肉』の字はわりと簡単に隠れた。
長すぎる髪に感謝だ。
「荷物は全部アイテムパックの中だし……よし、逃げっ……!」
「ただいまー、うん?」
遅かった。
自動ドアのセンサーに後一歩で届くといったところで、扉は開かれた。
アヤが、買い物袋片手に入ってきたのだ。
タイムオーバー、アンドゲームオーバー。
「どうしたの? そんな慌てて……」
「え、いや、あの」
「あ、前髪降ろしたんだ、隠すのはいいけどこれから消すんだから意味無いのに」
「あ、あはは」
落ち着け、まだワンチャンある。
『も』、と言ったのはアヤの言い間違えの可能性もあるし、ジュースとかを買ってきてくれただけかもしれないし。
なんて。
メイの淡い希望は。
「ほら、買ってきたわよ。首輪とリード」
あっさりと打ち破られるのであった。
「オーソドックスに赤色のにしてみたけど、どうかな?」
買い物袋から赤色の首輪(犬用)を取り出しながら、アヤは歩を進める。
どうかなと訊かれても、困る。
首輪なんてそもそも着けたくない。
(そうだ……!)
と、そこでメイは頭上に豆電球マークを浮かべた。
何かを思いついたようだ。
「う、ウチは赤色はちょっとなー、好みじゃないっていうか、ほら、ウチの髪って橙だから色が被ってあんまり似合わないんじゃないかな」
ファッション性の問題を打ち立てて、回避。
悪い案ではないだろう。が、相手が悪い。
相手は誰よりも、ともすれば本人よりもメイを理解している幼馴染である。
アヤは、買い物袋から黒色と、青色と、黄色の首輪を取り出した。
否、それだけではない、良く見れば買い物袋は不自然なほど膨れている。
「そう言うと思って、十六色ほど買ってきたわ」
「ぜ、全力すぎる……!」
何故そんなところでベストを尽くしてしまうのか。
間違いなくメイの影響である。
恋人の色に染まる女子など、珍しくもなんともない。
「じゃあ、着けましょうか」
「や、待って、やだ」
じりじりと、首輪を手にアヤはメイに近づいていく。
思わず後ずさる。
しかし医務室の個室は狭く、逃げ道はすぐに無くなった。
「逃げちゃ駄目」
「……!」
アヤの横から走って抜けれないか? と画策し始めたメイの思考を読んだかのように、アヤは言葉で釘を刺す。
そして壁まで追い詰められたメイを、拘束するようにアヤはメイの身体に自分の身体を押しつけた。
「ちょ、まっ」
「抵抗しちゃ駄目」
腕で押しのけようとしたメイの手を軽く払いながら、アヤは言葉を放つ。
軽く、それこそほんの少し力を込めただけで抵抗できるような力なのに、メイの腕は簡単に払われ所在なさげに宙に浮いた。
(そん、な……)
(強く命令口調で言われるとぉ……!)
「ホントメーコって筋金入りのマゾよね」
「……っ」
妖艶な笑みを浮かべながら、アヤは愉しそうに言う。
メイの頬は、照れと、怒りと、焦りと、悦びで最早真っ赤だ。
「はっ……ぁあ……!」
「ほら、じっとしてて」
首輪が、メイの首に触れた。
恥ずかしくて、こそばゆくて、変な声が漏れる。
「っ~~!」
ゆっくりと、焦らすような手つきで首輪が巻かれていく。
まるで、自分がこれからアヤのペットになるようで……。
(背筋が、凄いぞくぞくする……から……)
(巻くなら、ひと思いに、巻いて欲しい)
ただ首輪を巻かれているだけなのに。
息は乱れて、頬は紅潮して、お腹の奥が熱くなって。
だけど嫌じゃ無くて。
嫌じゃないのが悔しくて。
「はい、巻けた」
「っ……あっ、んん」
パッ、と首輪を巻き終えた瞬間、アヤは一歩引いた。
解放した、というか、全体を見たかっただけなのだが。
「…………くびわ、ほんとに付けちゃったんだ」
微妙に呂律の回っていない言葉を喋りながら、着けられた首輪を確かめるように撫でる。
「じゃあ次は、リードね」
「え、あ。駄目! それは何と言うか洒落にならないっていうか……」
「んー? 犬用の首輪着けてるのにヒトの言葉を喋ってる子がいるわねぇ」
「えっ」
再び、壁に押し付けられたメイの身体。
首輪と首の隙間を指でなぞられ、思わず「あっ」と艶っぽい声がメイの口から漏れた。
「ほら、犬はなんて鳴くんだったかしら?」
「え、えっと……」
「お仕置き」
「ひゃっ……!?」
首輪との隙間を縫うように、アヤの舌がメイの首を這った。
くすぐったいだけの筈なのに、甘い痺れがメイの背筋を襲う。
「次は噛むからね」
「…………っ」
「ちゃんと出来たら、リード着けてあげるから」
完全に、アヤのペースに持ってかれている。
そう分かっているのに、抗う術は無くて。
「わ……」
「わ?」
「……わ、ん」
言った瞬間、ぞくぞくぞくとメイの身体に電流が走ったような感覚が襲いかかった。
頭が痺れて、立っていられないくらい、がくがくと足が震える。
「あの……」
その瞬間、突如第三者の声が部屋に響いた。
声の主は、このデパートの従業員のお姉さんだ。
個室の前で、顔を真っ赤にしながらも頑張って二人に告げる。
「デパート内で、その、如何わしい行為は遠慮して頂けると、その、助かります……」
「…………」
「…………」
「あの、それでは失礼しますね。次は、その、注意で済まないですから気を付けてください」
言うだけ言って、従業員のお姉さんは去っていった。
その、が多い人だったなぁ、とアヤはどうでもいいことを思いながら、扉方面に向いていた顔をメイに向き直す。
メイは両手で顔を覆い隠して、その場に座り込んでいた。
「…………メーコ」
「…………」
「…………」
「……あのね」
「うん」
「流石に恥ずかしい」
そりゃそうだ。
メイの顔は、頬どころか耳まで真っ赤になっていた。
「続きは今夜マイルームでしましょうか」
「しないわ! もう、早いところ額の肉落としてシズクたちと合流しますわよ!」
何故かお嬢様言葉になりながら、メイはアヤの買ってきた首輪たちをかきわけ油性ペン落とすやつを手に取った。
「そうね、二人きりだと私が何しでかすか分からないもの」
「ほんとにねっ!」
全く持ってその通りである。
この幼馴染は皆の前では大人しい癖に、二人きりになると急に過激だ。
まあ尤も、メイはメイで二人きりだと大人しい癖に皆の前だと何をしでかすか分からないのだが……。
「ん?」
メイが額の肉を消しているのを眺めていると、アヤの端末が電子音を鳴らした。
メールだ。
送信者は、シズク。
「シズクからメール来たわ」
「へえ、なんて?」
「まだ文面見てないわよ……ええっと」
メールを開いて、モニターに表示させる。
画面に移ったメールの文面は、顔文字絵文字多用の非常に女の子らしい文章であったが、正直読みにくいので要訳すると……。
『メイ先輩は目覚めましたか? ファッションゾーンに行くことになったので連絡しておきます。リィンに色々な服を着せて遊……ファッションセンスの競い合いをしようと思うので早く来てください』
とのことだった。
「…………」
「…………」
メイとアヤは無言で見つめ合い、頷いて、
足早に医務室を出ていくのであった。
次回、ファッションショー。
なのだが、小説だとどうしても見た目系の可愛さは伝えづらいのでカットもしくはダイジェストの可能性大。
良い表現方法が浮かんだら頑張ります。