翌日。
メディカルセンターの待合室。
リィンは、ジッとサポートパートナー用のメンテルームの入り口を見つめていた。
口角は、ほのかに上がっている。
ついに、ついにこの日が来たのだ。
ルインの秘密が明らかになるときが。
ルインの過去が明らかになるときが。
(思えば……長かった)
初めて会った日は――アークスに就任したその日だったか。
マイルームに行ったら、何故か既にリィンの部屋に住んでいて、我が物顔で居座ってたことを思い出す。
思えばあの時、最初から疑うべきだったのだろう。
「マイルームにはサポートパートナーが元々付いてる部屋と、そうでない部屋があるんですよ」というルインの言葉を、何の疑いも無く受け入れたあの日の自分は、うかつだったとしかいいようがない。
あれから誤魔化されて、なあなあにされて、うやむやにされて、先延ばしにされて――ようやくここまで来た。
例えルインが何であろうと、アークスの科学力の前では丸裸同然。
しんえんなるやみだか何だかはまだ全然これっぽちも知らないが、まあそれはそれ。
そもそもその言葉だってルインが誤魔化すために適当言った可能性が高いのだ。
(もう少し、かな……?)
ルインがメディカルセンターの技師に連れて行かれて、約十五分。
どれくらいかかるかは聞いていなかったが、まだかかりそうかな……っと。
思った瞬間、メンテルームの自動扉が音を立てて開いた。
「…………」
「リィンさーん、ルインさんの定期メンテナンスが完了しましたよー」
ルインと、技師さんだ。
ルインの表情はいつにもまして無表情で、感情が読めない。
正体がばれてしまって絶望しているのだろうか、とリィンはいやらしく微笑んだ。
……が。
「お待たせしました。何処も異常が無かったので、軽く汚れを落として間接部の油だけ新しくしておきました」
「そうですか、何処も異常が…………え?」
リィンは、耳を疑った。
今、この技師は何と言った?
「え? 本当ですか? 異常なし?」
「はい。まだ新しい型のサポートパートナーということを差し引いても、大事にされてることが伝わってくるくらい健康的でしたよ?」
「…………」
ちらり、とルインを見る。
ルインは無機質な表情で虚空を眺めていたが、やがてリィンの視線に気が付いてこちらを見る。
にこり、と今まで見たこともないような笑顔を、ルインは浮かべた。
「どうしましたマスター? 異常が無かったのなら帰還しましょう」
「…………」
『マスター』の発音が、機嫌が良い時のそれだ。
普段ならもっとドブネズミとでも言いたげな声色なのに。
(……嘲笑われてる……)
(定期メンテ如きでワタクシの正体が分かるわけないでしょう? とか思われてる……!)
ぎりぃ、と奥歯をかみ締める。
本当になんなんだこいつ。
マジでなんなのだこいつ。
だけど、一番不思議なのは。
これだけ怪しいのに、この子を壊そうとか捨てようとかいう気持ちは全然浮かんでこないことだ。
シズク風に言うのなら――直感とでも言うべきか。
ルインは悪いやつじゃない、とリィンは理屈じゃなく何処かで感じていた。
「――――カモフラージュモード、オフ」
「……? ルイン今何か言った?」
「今日の夕飯は何が良いですか? っと言いました。耳に蛆虫でも詰まってますか? ……ああいえ、そういえば
「…………」
「訂正します。
……よし、いつもの調子だな、とリィンは少し嬉しそうにため息を吐いた。
ルインがサポパっぽいことしている方が気持ち悪いや。
「何でもいいわよ。貴方の料理なら」
「何でもが一番困るっていつも言ってるでしょうに……」
「じゃあ、肉」
「…………はぁ。了解しました、
言って、ルインはリィンのマイルームとは反対方向へと歩いていった。
多分食材を買いに行くのだろう。
何処へ行くのか一言くらい欲しいものだが、店名とか言われても何も分からないので別にいいや、と。
「……結局、何も分からず仕舞いか……」
そして、リィンも歩き出す。
午後からはシズクの実家へ行くのだ。
マイルームに戻って、準備をしなくては。
「…………これも、着なくちゃね」
アイテムパックに入っている、衝動買いしたコスチュームを見て、
リィンは陰鬱そうに呟くのであった。
*****
シズクは、ファザコンである。
性愛としての対象ではないものの、その好き度は現在進行形で恋愛対象のリィンと同等かそれ以上だ。
だがしかし、それも当然と言えるかも知れない。
何故なら『彼』は、捨て子である自分を拾い、愛を持って育ててくれた恩人なのだ。
彼が居なかったらシズクは今まで生きちゃ居ないし、
彼で無ければ今の自分は無いだろうと断言できる存在。
父親。
義理のそれであろうと――義理だからこそ、実の娘のように育ててくれた彼をシズクは心の底から尊敬している。
レアドロコレクターになったのも、父親の影響だ。
優しい気持ちを持てるようになったのも、父親のおかげだ。
髪の毛を赤く染めているのも、父親と色を揃えたかったという娘心だ。
そんな、大好きな存在と、リィンというこれまた大好きな存在を今日会わせる事になる。
というわけで、シズクのテンションは朝から最高潮だった。
「うっばー! うっばばー!」
奇声を発しながら、マイルームの廊下を歩いていく。
すれ違う人に奇異の目で見られようと、今のシズクには関係なかった。
スキップだってしてしまいそうだ。
思わず好きな歌を口ずさんでしまうほどだ。
「とう、ちゃく!」
数分して、自分のマイルームから然程遠くない位置にあるリィンのマイルーム前に到着した。
早速呼び鈴を鳴らし、返事を待たずに入室。
メイ譲りの謎ポーズを決めながら、リビングへと入ったシズクが見たものは――。
「ちょ、シズク待っ……!」
「…………」
海色を基調とした生地に、フリルやリボンといった可愛らしい要素をふんだんに詰め込み。
それでいてクールさや大人っぽさを感じさせる、気品に満ちた意匠。
――『グラファイトローズ海』という、メイド服とゴスロリを合わせたような可愛らしい衣装に身を包むリィンの姿があった。
「ち、違うの……これくらいなら、その露出少ないし大丈夫かな、とか思っただけで、べ、別にシズクがこういうの好きかなとか考えてないっていうか……」
「…………」
「……シズク?」
シズクは、瞬き一つしていなかった。
部屋へ踏み出した一歩目の態勢のまま、硬直。
ていうか息すらしていなかった。
「シズク? シズクー!?」
シズク。
享年約14歳。
死因:テンションテクノブレイク及び萌え死。
シズクの冒険は、ここで終わってしまった……。
AKABAKO・完。
今までご愛読ありがとうございました。
*****
「死んだかと思った」
「大げさすぎるわよ。マイルームでムーンアトマイザー使っちゃったじゃない……」
というのはまあ当然嘘ということで、場所は移りキャンプシップ内。
クエストに行くわけではなく、市街地の居住区へ行くための移動手段である。
テレパイプには移動距離と場所の制限があるので、遠出する時はキャンプシップに乗るものなのだ。
「いやね、普段お洒落に無頓着なのに可愛い子が、お洒落するとここまで破壊力があるものなのかと……!
……あ、ちょっと待ってリィン、あんまり近くで視界に入らないで、また死ぬ」
「……いつまでもそんな調子だと困るから着替えようか?」
「それは駄目! 絶対駄目!」
慣れるまでもうちょい待って! っとシズクはそっぽ向きながら叫んだ。
ここまで気に入られると、嬉しい反面なんだか複雑だ。
もっと前からお洒落とか気にしとくべきだったのかもしれない。
(……いやまあ、昔はそんな余裕なかったけどさ……)
「じゃあ猫耳着けちゃおうかなー」
「リィンはあたしを殺したいの!? 着けてくださいお願いします!」
「死にたいの?」
まあ勿論猫耳を付けるというのは冗談である。
これからシズクの親御さんに挨拶するというのに、それはふざけすぎというものだろう。
「ふぅーはぁー……うばー、そろそろ慣れてきた……」
「それはよかったわ」
「うばー……ん?」
突然、シズクの端末がメールの着信を告げる音を鳴らした。
【アナザースリー】の、マコトからだ。
「うば、写真付き……おお」
「どしたの? 誰から?」
「マコトから。見てみてこれ」
「?」
シズクが端末の画面をリィンの方に向けて、メールの内容を見せた。
画面には、SGNMデパートの映画館を背景に【アナザースリー】の三人とマトイが四人で楽しそうにしている画像が映っている。
「ええっと……『昨日のお詫びにマトイさんを連れ出して映画館なう! シズクとリィンも来ない?』……か」
「うばば……後でフィリアさんに怒られないといいけど……」
是非とも行きたいところだが、これからシズクの実家に向かうところなのだ。
「残念だけど不参加ね……」
「うばー、そうだねぇ……」
残念そうにしながら、メールを返す。
また今度、機会があったらご一緒させてもらおう。
「そういえばさ、あのマトイって子はいつ知り合ったの? 同期……ではないわよね?」
「うば? ああ、マトイとはちょっと前に偶然出会ってね……」
記憶を辿るように、シズクは口元に指を当てて天井を見上げた。
確か、ゲートエリアでこけた所を助けてもらったんだったっけ……。
「転んだところを助けてもらってね、そこから色々あって仲良くなったの。時々お話してるよ」
「ふーん……シズクはほんとコミュ力高いわよね」
「うばー、そんなことないよー」
絶対そんなことあるよなぁ、とリィンは自分とシズクの圧倒的コミュ力の差を憂い、ため息を吐いた。
リィンなら、そんな些細なきっかけから友達を作るなんて、不可能だろう。
(……あれ? でも……)
(私がシズクと出会ったきっかけも、些細なことだったような……)
だとしたら。
あの日偶然自分を助けてくれた存在がシズクじゃなかったら。
今も自分は一人だったのだろうか、なんて。
思ったところで、キャンプシップは動きを止めた。
「着いた?」
「うば、着いたみたいね」
無事シズクの父親が住む市街地に、到着したようだ。
キャンプシップを降りて、ゲートを潜り市街地に降り立つ。
「わっ、緊急クエスト以外で市街地に来たの久しぶりかも」
「あたしは商店街に用があるときたまに来るかなぁ」
「商店街? 何で?」
「食材が安いの」
成る程、料理が出来る者と出来ない者の差か。
と、そんな風に雑談しながら歩くこと、十数分。
二人は、飾り気も個性も無い、一般的な一軒屋の前に立っていた。
「ここが……」
リィンが、その家を見上げながら呟く。
此処こそが、シズクという『人間』の原点。
シズクが、十数年の月日を生きた場所。
そして――――。
「おや、いらっしゃい」
チャイムを鳴らして、数秒後に扉は開かれた。
中から出てきたのは、ぼさぼさの赤い髪と、無精髭と、
誰よりも優しげな瞳を持った、中年男性。
シズクの――父親。
「そしておかえり、シズク。話は聞いてるよ、まあまずは中へ入りなさい」
シズクの父親、登場。
うばうば言い出すのは次回からです。