内容としてはお酒にまつわる祝い事のお話ですので時期的にもピッタリですね(白目
鎮守府に着任して約二年、とうとうこの季節がやって来た。先の第二次SN作戦、及びFS作戦は我が鎮守府始まって以来の熾烈を極めた死闘となった。所属する艦娘の粉骨砕身の尽力もあって作戦は大成功、再び南方海域の脅威を当面は退けることが出来た。艦娘の慰労として鎮守府は三日間は本活動を休止し、大規模作戦後の恒例となりつつある宴会が開かれることになる。
「またこの時が来てしまったか」
思わず提督は溜め息と共に漏らす。艦娘を慰労することに吝かではない、寧ろ今作戦は大本営の急な拡張作戦であったにも関わらず、全員が最善を尽くし勝利したと思っているので良く労いたい気持ちはある。提督は常に宴会用の費用をやりくりし、経理も担当する大淀と経費について宴会後に格闘するが、それも苦ではない。それでは何が苦なのかというと
(俺が信じられないくらいの下戸だってことなんだよな)
宴会の席では作戦に参加した艦娘と酒を酌み交わすことになっている。これは鎮守府始まって以来の伝統の様なもので、口下手で感情が表情に出ない鉄面皮な提督が出来る最大限の労いのつもりだった。最初の内は鎮守府も力不足で作戦を最後まで遂行することが出来ず、参加艦艇も少なく自分達の不甲斐なさに涙ごと酒を呑んだこともあった。それは兎も角、今となっては連合艦隊を編成して出撃する事が多くなり、参加艦艇が急増している。更に前衛支援艦隊と決戦支援艦隊も含めてしまうと鎮守府に所属する艦娘のほぼ半数近くにも登ることもざらだった。数杯で済んでいた盃も今では数十杯になってしまう。それでも今までやってこれたのは協力者が居てくれたからだった。
「提督、いつものように準備しておきますから、ご安心下さいね」
秘書艦の鳳翔が気遣う、艦娘の中で提督が下戸であることを知っているのは彼女だけだった。鎮守府で居酒屋をやっており、たまに提督がおつまみだけを食しているのを見て、一発で見抜いていた。それ以来、宴会があると提督の徳利だけ中身を酒ではなく水とすり替えている。宴会の準備も鳳翔はしているので、すり替えるだけなら容易に出来た。
「すまん」
「いいえ、ですが無理してお付き合い頂かなくても皆は提督が労ってくれていると、わかってくれてると思いますよ?」
「俺は知っての通り堅物だからな、これぐらい付き合ってやりたいんだ」
不器用な人と鳳翔は思った、艦娘のことをきちんと考えてくれているのは普段の艦隊の運用を見ていれば、誰でもわかることだった。どうしようもなく不器用な目の前の壮年の男性が鳳翔にはとても可愛く見えて、愛おしさすら感じられた。これは他の艦娘も同じだろうと思い、奥ゆかしい鳳翔は提督に思いを伝えたことはないが、他の誰も知らない提督の秘密を知り、それを一緒に守っている、この共犯関係を内心ではとても楽しんでいた。
「わかりました、それでは今夜も私にお任せ下さい」
「ああ、いつもの奴も頼むよ」
「はい、提督の大好きな牛蒡と大根と鶏肉の煮物ですね。了解です」
仕込みをする為に鳳翔は秘書艦仕事を切り上げて執務室を後にする。大規模作戦が終わり、艦隊運営も休業となった今では、正直秘書艦もそこまでやることが無かった。作戦報告書はほぼ作り終えて、大淀を介して大本営には報告済みだったので、今後の打ち合わせぐらいしかやることが無かったのだ。提督は宴会の段取りの確認や最小限の哨戒任務の報告書の取り纏めなどの細やかな仕事が残っていた。こうした仕事をこなしていると提督は感慨深い顔をする。
(たった一隻しか所属してなかったこの鎮守府も大きくなったな)
先ほどまでは作戦参加艦の多さに頭を悩ませていたが、今ではかなりの数の艦娘が所属し段ボールしか無かった執務室の外からは、絶えず誰かの声や自主訓練をしている音が聞こえる。今となっては初期を知る艦娘よりも賑やか鎮守府しか知らない艦娘の方が多くなっていた。そのことに寂寥を覚えない訳ではないが、それだけ多くの出会いがあったことを提督は噛み締めていた。
夕刻、艦隊運営も本格的に休業に入り、大会議室には全艦娘と提督が集っていた。まず場を盛り上げるのに長けた那珂と軽快なツッコミの龍驤の音頭から始まる。
「みんなー!大規模作戦お疲れ様ー!今日は提督主催の元で宴会がはっじまっるよぉー!
まずは前座で那珂ちゃんのミニライブから、いっきまーす!」
「いやいや、これキミだけが主役と違うし、さっさと乾杯の音頭を取ってからにしてや」
脱線しかけたが龍驤のおかげで軌道修正をし、乾杯の大合唱の後に宴会が始まる。仕事の終わった龍驤はやれやれという表情で空母組の席に戻り、那珂はそのまま壇上に残って川内と神通のサポートの元、いつも通りゲリラライブを行っていた。ライブを楽しむ艦娘が大多数だったが、そもそも大会議室はライブに耐えられる防音設備を持っていないので、後から上に怒られると大淀が提督の横で頭を抱えていた。
「気にするな、俺も一緒に怒られてやる」
「私は大本営直属で貴方の目付け役です、貴方だけ責を負っては私の立場がありません」
気遣うつもりが大淀に気遣われてしまい、提督は罰が悪そうに鳳翔が用意してくれた酒の肴の牛蒡と大根と鶏肉の煮物に箸を付ける。絶妙に味の染みた大根と柔らかくなった鶏肉、歯ごたえのある牛蒡が病みつきになる。那珂のミニライブが終わると、次は初期艦であった電が壇上に上がっていた。良く見ると小脇には何かの包みが掲げられている。
「あの、いつもお世話になっている司令官に昇進祝いを用意させて頂きました!」
今回の作戦を成功に導いたことで、漸く滞っていた提督の昇進が叶い現場では責任者として一番高い位の少将に昇級していた。その事を知った艦娘達が提督に内緒で贈り物を用意してくれたらしい。普段は引っ込み思案な電だったが、初期艦として一番長く提督と一緒に苦難を乗り越えた、いわば腐れ縁とも言える彼女が代表として選ばれたらしい。全艦娘の拍手の元、提督は壇上にそれを受け取りに行く。自然と鉄面皮な提督も目頭が熱くなっていた。
「ありがとう、大本営が用意してくれた勲章や階級よりも、とても嬉しい」
電が提督が受け取りやすいように頭上に包みを掲げ、それを受け取る。何やら中身は飲み物らしい。
「良かったのです、司令官はいつも宴会で作戦に参加した艦とお酒を呑んでいるので、ちょっと奮発してご用意させて頂きました」
その言葉を聞いた提督の表情が凍り付く、嫌な予感がする。
「電、ひょっとして中身は……」
「はい、日本酒なのです。電は良くわかりませんが那智さんや千歳さん達が選んでくれたとってもいいお酒なので、今日はこれを呑んで欲しいのです」
電の言葉に別の意味で提督は目頭が熱くなった。これには共犯者の鳳翔も思わず固まってしまう。
「あ、ありがとう……大切に呑ませて貰う」
さっきの発言の手前、後戻りは出来ない……提督の決意は固まった。
やがて、宴会も各々で呑み、食い、歌い、盛り上がりを見せた頃に作戦に参加した艦娘が恒例の杯を交わしに提督の席へとやって来る。
まずは空母組の面子からやって来た。
「提督、先の大規模作戦お疲れ様でした。心労の多かったことと存じますが作戦成功に終わったことにお祝い申し上げます」
鳳翔を除き空母の取り纏め役である赤城からだった、ここでいつもならば鳳翔が用意した徳利から注がれるのだが、今日は電から送られた祝いの品から直接注がれる。
提督が杯を掲げると、鳳翔はやや迷った後に一升瓶から杯に酒を注いだ。注がれた際にアルコール独特の臭気が漂う。それだけで提督は少々頭が痛くなった。
心の中で南無三と唱え、杯を
空母組の番が終わり、次には戦艦組の順番が回って来る。問題は此処からだった。
「提督よ、作戦完了偉いぞ!この武蔵も身を粉にして奮戦した甲斐があるというものだ」
戦艦組には鎮守府内でも一二を争う大酒豪、武蔵がいる。空母組には千歳や隼鷹もいたのだがあの二人は呑む時間が長いのであって、量にしてみればまだマシな方だった。
しかし今提督の目の前にいる武蔵は一筋縄ではいかない。呑む時間もさることながらどれだけ呑んでも変化がない、ザルどころかワクそのものだった。
以前、隼鷹、千歳、那智が代わる代わる武蔵を酔い潰そうと挑んだが返り討ちにあったとか、決着が付かなかったとか噂になっている。
(つまり誰も結末を知らない=当人でしか知り得ず、同席した者はついて行けなかったレベルで酒を呷っていたらしい)
既に空母組で提督の顔は真っ赤になり、目も焦点が合っていない状態で目の前に誰がいるのかもわかっていない状態になっていた。
それでも艦娘が違和感を覚えなかったのは、この状況になっても提督の表情は変わっていなかったのである。鉄面皮も此処まで来ると命取りになると鳳翔は気が気ではなかった。艦娘たちも今までの経験から提督はウワバミだと信じ切っており、提督の異変には気付いていなかったのも禍した。
武蔵との杯を交わすと提督は体が熱くなり、頭の中がまるで高速で回転しているような感覚に襲われまともに座っていられない状態になりつつあった。当然のように武蔵は二杯目を所望し、それに応えようとしたが提督の意識は暗闇に落ち、糸が切れた人形のように前に座った状態から前へ倒れた。流石に呑ませ過ぎたかと他の艦娘たちも心配そうに提督の方を見たが、鳳翔が武蔵と一緒に提督を宴会から連れ出し、その場は収まった。
「すまん、流石に呑ませ過ぎたか」
「いいえ、この際だから貴女には話しておきますけれども、提督はとっても下戸なんです」
「なん……だと?」
「今までは私がお水を入れた徳利で誤魔化していたんですけれども、今日は電ちゃんがお酒を贈ってくれたので、無理をして呑んでしまったみたいですね」
まんまと騙されていた、と怒るよりも武蔵は疑問が出て来た。
「どうして提督は下戸なのにそんなことまでしたんだ?」
「それは日々私達が命を賭して戦っていることへの、この人なりの労いだからですね」
「ふぅむ、それならば直接言葉にすれば良いのではないか?」
「不器用で照れ屋な人ですからね、難しいのでしょうね」
そう言う鳳翔の目は、決して戦場では見ることの出来ない、他の艦娘に向ける親の愛情のようなものとは違うものだった。武蔵には知らない感情だった。
「武蔵、貴女はもう少し戦うこと以外にも興味を持ってもいいと思いますよ」
「失敬な、これでも酒の味は覚えるなど戦うこと以外でも艦娘を謳歌しているぞ」
「まぁ、その辺は此処に来たばかりの頃よりも大分良くなりましたね。次は人の心にも興味を持って欲しいですね」
心、目に見えない不確かなもので、かつての自分達には存在しなかったもの。武蔵にはそれが時折、鬱陶しく思えていた。心から生ずる感情によって、自身の行動に影響が及ぶというのはこの1年で理解していた。それが有利に働くこともあれば、不利に働くことも少なくない。何の為に自分達は人間の姿になって再び出現したのか、武蔵は何度も迷った思考に囚われていた。その内に執務室に辿り着いたらしい、部屋に入って武蔵が壁にあるスイッチを押すと部屋の執務用の机が床に引っ込み、そこからきちんと敷かれた布団が現れる。二人は起こさないように提督を布団の上に横たえた。
「ありがとうございます。後は私が介抱しますので、武蔵は宴会に戻って皆さんに提督は大事ないと伝えてあげて下さい」
「ああ、提督をよろしく頼む」
武蔵は食い下がる様子もなく、執務室を後にした。部屋には提督の少し乱れた吐息だけが静かさに響いている。このまま寝かせては風邪を引いてしまうと思い、鳳翔は掛け布団をかけようとすると不意に提督は鳳翔に手を伸ばした。驚いた鳳翔は短い声を上げたが、提督の胸板に顔を埋める。今日は珍しくお酒の匂いが混じっているが、提督の匂いに包まれて鳳翔はこのまま眠りに入ってしまいたい誘惑にかられる。しかし目を見開いて強固な意思で自身の背中にまで回り込んでいた提督の腕を払いのけ、当初の予定通り掛け布団を掛けて布団から身を離す。
「駄目ですよ、そういうことは……ちゃ、ちゃんと手順を踏んでから、ですよ」
布団に入って心地よくなったのか、穏やかな寝息を立てる提督の額を撫でながら、悪戯っぽく微笑む。自分も大分場に酔わされたと少し冷静に戻った。布団の傍らに座布団を持って来て、鳳翔は暫く提督の寝顔を眺めていると自然と自分も寝入ってしまう。
次に鳳翔が目を覚ますと、布団には提督の姿はなく、代わりに自分の肩に掛け布団がかけらていることに気付いた。寝坊してしまったと思い、鳳翔はすぐにいつもの朝出撃する艦娘の為に朝食と昼食に持たせる弁当の仕込みをしに行かなければと思うも、よく考えれば艦隊運営は明日まで休業であることを思い出す。
「それでもこんな時間まで寝てしまうなんて……宴会の片付けは大丈夫だったのかしら」
執務室を後にして鳳翔は大会議室に入る。中ではいつも通り朝までドンチャン勢がまだ呑んでおり、他の艦娘は自室に戻ったか、酔いつぶれてその場でごろ寝をしている。いつも通りの光景に鳳翔は溜息を一つ吐き、ごろ寝をしている艦娘の介抱を始める。
「あれ?鳳翔さんだ~」
酔い潰れていた阿賀野が母親に甘えるように鳳翔に抱き着く。
「阿賀野さん、呑み過ぎですよ……能代さんや矢矧さんは」
阿賀野の傍らには能代と矢矧、更に酒匂までもが仲良くごろ寝をしていた。比較的真面目な二人も今回の作戦成功には少々浮かれていたらしい。
「もう提督さんとは良かったの?一晩中二人っきりだったんでしょ?」
阿賀野の寝ぼけながらの発言に鳳翔は凍り付く。
「だ、誰に聞いたんですか?」
「武蔵さんからだよ?提督さんと鳳翔さんが二人っきりで執務室に残ったから、皆てっきりそういうことだと……」
次の瞬間、提督が大会議室に飛び込んで来た。
「頼む、鳳翔!助けてくれ!!青葉の奴があることないこと書いた記事を鎮守府中に張り付けて回ってるんだ!!」
よくよく考えずとも、酔った男女が深夜密室で二人っきりでいる状況なのは誤解されても仕方がない。鳳翔は自身もまた正常な判断が出来ないぐらい『あの空間』に酔いしれてしまったことに今更ながらに気付いたが、それも後の祭りだった。
後日、提督は大宴会の騒音騒ぎと、艦娘に手を出した疑惑で大本営に厳しい尋問を受け減俸となったのはまた別のお話。
いかがだったでしょう?酔っぱらったのは提督だけじゃなくて美味しい(?)シチュエーションになった鳳翔さんも大概だったというお話です。
皆さんもお酒は適度に節度を持って呑みましょう。
ちなみに筆者もとんでもない下戸なので、お酒の描写についてはかなり拙いと反省しております。
誰かお酒の良さを教えてくれぇ