「あっち〜。あっちぃぞぉ〜」
「暑い暑い言うなよ。ますます暑くなるだろ……」
溶けかけのゾンビみたいにぐだる山西に、僕はヤケクソ気味にかけてたブラシを振り上げた。
ブラシの先に残っていた藻混じりの水が飛んで、山西の顔に緑色の水玉を描く。
「うわ、くっさ!! 何すんだ!?」
慌ててシャツの裾で顔を拭く山西。そんな事じゃこびり付いた藻の臭いは取れやしないぞ。ザマーミロ。
「うるさいってんだよ! さっきからブツブツ言うだけで手が止まってんじゃねえか!? そんな事してたらいつまで経っても終わんねぇだろ!?」
「だって暑いんだよ! 残ってる水は青臭ぇし!! 寧ろ良くやってられんな!? バイト代だって出ねーんだぞ!」
「罰でプール掃除やらされてんのに、んなモン出る訳ねーだろ!!」
そう。僕と山西はとある『悪事』をよりにもよって鬼大仏に見付けられてしまい、罰として明後日のプール開きの為の掃除を言いつけられてしまったのだ。
節は七月半ば。時間は放課後。もうすっかり夏のソレにクラスチェンジした太陽が、勢いを増した西日で容赦なくジリジリと炙ってくれる。
いくら水仕事とは言え、別に泳げる訳でもなし。足元を濡らす程度の藻水じゃこの酷暑に抗う術もありゃしない。
「いいから早くやれって! 大体お前があんな動画見つけるからいけないんだぞ!?」
「はあぁ!? 何言ってんだお前だってノリノリで食いついてきたじゃねーか!!」
「当たり前だ! 俺は健康な男だぞ!? 本能が抗える訳ないだろ!? 全ての責任はあんなモン見せて来たお前にあるんだよ!!」
「戎崎テメェ……この期に及んでそんな裏切りを……。見損なったぞ!?」
「はん! お前に見損なわれようが絶交されようが、痛くも痒くもねーわ!」
「許さねぇ……。せめてもの慈悲だ! 俺の手でこの臭ぇ水の底に沈めてやる!」
「上等だ! 返り討ちにしてブラシ代わりに使ってやる!!」
大概に脳みそが茹で上がった僕達は、互いに必殺の意志を持ってデッキブラシを振り上げた。
途端。
猛烈な勢いで飛んで来た放水に、二人揃って薙ぎ倒された。
「うぶぇえ!?」
「何だ何だ!?」
「何やってんの? 馬鹿みたい」
青臭い水をしこたま含んで身悶える僕達に、まんま馬鹿にした声が投げ掛けられる。
見れば、プールサイドにチョコンとしゃがみ込んだ里香が手にしたホースをフリフリ。ジト目でこっちを眺めていた。
「り、里香……」
「裕一、いつまで経っても来ないんだもん。訊いたら、お仕置きされてるって言うし。何したの?」
「あ、いや……ソレは、その……」
言える訳ないし。
口籠る僕の様子に大体察したらしい里香が、ホイホイの中のゴキブリでも見る様な視線を向ける。
「……エッチ」
「……すまねぇ……て、何やってんだ!?」
僕の謝罪を聞き流した里香が、徐ろにセーラーを脱ぎ始めた。
僕、大いに焦る。
「このまんまじゃ、いつまでも終わんないよ? 手伝ってあげる」
「いや、だからってお前、何も脱がなくたって……」
「脱がないと、制服濡れちゃうよ?」
「で、でも……」
慌てる僕に構わず、里香はドンドン脱いでいく。もう、後ろでガン見している山西を気絶させた方がが良いんじゃないかとか思い始めた所で。
「コレで、良いでしょ?」
パサリと軽い音と共にセーラーが落ちる。
スクール水着に真っ白いシャツ一枚の姿になった里香が、得意そうに胸を張った。
「うわ……エッr」
不届きな事をほざこうとした山西をデッキブラシの一撃で沈めて、僕は生唾を飲んで見入る。
途端、ものすごい勢いで飛んで来た水流をまともに食らって僕は再びひっくり返る。
「な、何すんだよ!?」
「目がやらしい!」
「だ、だってお前! そんなカッコ……」
「うるさい! エッチ!」
容赦なく飛んでくる水流に溺れながら、僕はなおその光景を目に焼き付ける。
夏の西日と水飛沫の中で笑う彼女は、とても。
とても、綺麗だった。