「ふーん。コレがそうなんだ?」
「そ。ここのからあげ丼が旨いんだ」
食堂の前で自転車を止めた僕は、乗せていた里香を降ろしながらそう言った。
本日土曜日。我ら伊勢市民の心の家たるまんぷく食堂に僕達の姿はあった。僕や山西から話を聞いた里香が、前々から来たいと言っていたのだ。
「そんなに美味しいの?」
「ああ、絶品だぞ」
自分が作る訳でもないのに偉そうに胸を張る僕を見て、里香が胡散臭そうに笑う。
「心配だなー。裕一、結構味音痴だし」
「な、何だと!? ソレは俺のみならず、伊勢市民12万1917人全てを侮辱する言葉だぞ!?」
「だって裕一、あたしが作ったご飯だって『美味しい美味しい』って食べるもの」
「んん!?」
思わぬ言葉に二の句が詰まった僕を見て、里香はまたコロコロ笑う。
「変なの。あたしの料理なんて、世古口君のみたいに美味しくないのに」
「いや、だってソレは……」
実際に美味いのだから仕方ない。
そもそも、比較対象が間違っている。実際の現場ですら通用し始めてるプロの卵と、一般の女の子を比べてどうしようと言うのか。
と言うか、例えそうであったとしても……。
「しょうがないだろ……」
「ん?」
「お前の……里香が俺の為に作ってくれたってだけで……その……」
恥ずかしい。
いや、恥ずかしいぞ。
使い古されたテンプレだから、もっとサラッと言えると思ったのに。
いざ本人を前にして言おうと思ったら、とんでもないくらい照れ臭い。
て言うか、寒いぞ!
キモいぞ!!
頭悪そうだぞ!!!
色んな思いが交通渋滞を起こして、結局黙り込んでしまう。
そんな僕を、里香はじっと見て。
「ふーん……。そうなの?」
と、呟く。
「そ、そうだよ」
答えると。
「そっか」
そう言って、花が綻ぶ様に破顔する。
「そっかそっか。裕一は、あたしが作ったモノが美味しいんだ」
「そうだって!!」
「あはは、そっかー」
酷く嬉しそうな里香と、顔を真っ赤にする僕。
そんな二人のガキのじゃれ合いを、道行く人達がバカでも見る様な顔で眺めて行った。
「……うわ」
里香が出て来たからあげ丼を見て、目を白黒させた。持って来たおばちゃんに『大丈夫かい?』とか心配されて、『大丈夫です』なんて強がりを言っている。
無理も無い。まんぷく食堂は基本的にボリュームが良いのが売り。ソレは件のからあげ丼も例外では無く、普通盛りでも一般基準の大盛りくらいの量がある。
里香は食が太くない。口もちっちゃければ、身体だって小柄。元気になったとは言え、そもそもの許了量に限界があるのだ。
ここのからあげ丼は、間違いなく持て余す。
しかし、僕がソレを承知で敢えて里香に前情報を与えなかったのは理由がある。
「裕一……それ、食べられるの?」
「あったりまえだろ? 俺は男だからな。このくらい、余裕だね」
「本当かな……?」
目を丸くしている里香に向かって、得意げに胸を張る。
そう、僕の前に運ばれて来たからあげ丼の量は里香のソレの倍はある。
特盛だ。
これが、僕の作戦。
からあげ丼の暴威を思い知った里香の前で、その特盛を悠々と平らげる。そして、僕の男としての強さ・逞しさを存分に見せつけるのだ。
そもそも思っていたのだが、僕は里香に対して余りにも卑屈なのだ。ほぼ……と言うか、完全に尻に敷かれていると言って間違いない。
このままではいけないと思ったのだ。
正味、このままでは漢の沽券に関わる。
誰だ今そんなモンあったのかと真顔で言ったヤツ。あったんだよ。男の子なんだから。
いやまあ、実際には里香の上に立とうとか企んでる訳じゃない。怖いし。無理だし。
ただ最近、あまりと言えばあまりにも扱いが何と言うか。せめて、少しは僕の事漢として見てくれないだろうかとか思った訳で。
まあ、要するに。良い格好をしてみたくなったのだ。悪いか? 何? もっとマシな手は無かったのかって? うるさい。
とにかく、この日の為に昨夜からご飯は抜いて来ている。絶対に、里香にアピールするのだ。
鼻息も荒く箸を割ると、僕は里香を促した。
「さ、早く食べようぜ。冷めちゃうぞ?」
「う、うん」
頷いて、里香も箸を割る。
「「いただきます」」
声を合わせてそう言うと、僕達は同時に箸を付けた。
「あ、ホントだ。美味しい」
唐揚げを一口齧った里香が、小さな口をモグモグさせながら言った。
「そうだろそうだろ」
自分の事の様に嬉しくて、僕はうははと笑う。
「でも、胡椒が効いてる。ちょっと辛いかも」
そう。まんぷく食堂のからあげ丼の特徴は胡椒。ソレも、分量が適当なのでたまにえらく辛かったりする。
「そうか? じゃあおばちゃん、今日は調子が良かったのかもしれないな」
などと軽口を叩きながら、僕も上機嫌で丼を頬張った。
……これがいけなかった。
やたらノリノリだったのと、昨夜からの空腹。これらの相乗効果で、いつもよりも大量のからあげとご飯を詰め込んでしまった。そして、あろう事か僕の丼の時もまた、おばちゃんは絶好調だったのだ。
「げほっ!? ゴホッゴフっ!! ぐぇほっ!!」
咽せた。
そりゃもう、盛大に咽せた。
口の中のモノを吹き出す醜態だけは晒すまいと、無理矢理口を閉じたせいで尚更咽せ込みは悪化した。
「大丈夫? 裕一」
七転八倒する僕を見て、里香が声をかける。何か、笑いを堪えてるのが露骨に伝わって来たけど。
「だ……だいじょう、ぶ……」
何とか立ち直ったものの、もはや計画は台無しだ。こっからどうやって漢らしさなんぞ披露すれば良いのか。全ての努力は、ほんの一瞬の油断で水泡に帰してしまったのだ。
「俺ってヤツは……」
己のあまりの馬鹿さ加減に、僕は八つ当たりの様に残りの丼をかき込んだ。
途端。
「グフォっ! ぐふぇっ!! ふひゃうふへっ!!」
さっきの何倍もの刺激が襲って来て、僕は再び咽せ込んだ。
何だコレ!? 流石にこんな大量の胡椒なんて……!!
涙目で前を見ると、ニヤニヤしてる里香と。そのまえに置かれた胡椒ビンthe中身半分。
答えは、あまりにも明白だった。
「り……里香……お前……」
息も絶え絶えの僕を睥睨し、小悪魔の如き笑みを浮かべる里香。
「どうしたの? 裕一。カッコイイ所、見せてくれるんでしょ?」
鳥肌が立った。看破されていたのだ。恐らくは、この店における自分へのリスクを伝えないと言う、僕らしからぬミスを知った時に。
だから、僕が想定外の災難に見舞われた時。その隙を逃す事無く、制裁を下したのだ。
「ほらほら、早く食べないと。冷めちゃうよ?」
再び咽せ込む僕に、いけしゃあしゃあとそんな事を言ってくる里香。
そうだ。ここで完食すら頓挫してしまっては、道化にすらなれやしない。惨めな敗北者だ。せめても、完食だけは成し遂げねば。
死相を浮かべながらも立ち上がり、三度丼に向かい。固まった。
量が増えてる。あからさまに。正確には、並盛りの丁度半分くらいが。
「…………」
前を見ると、いつの間にか半分になった自分の分を美味しそうに食べる里香。
「……里香……?」
「ホント、美味しいね。からあげ丼」
呆然とする僕に向かって、そんな事を言う。
その目が、暗に言っていた。
『食べれないのw?』と。
「ち……ちくしょう……バカにしやがって……」
ボロボロの身体を気力で奮い立たせ、僕は洗面器の様な丼を抱え上げる。
「やってやらぁああ!!!」
最期の力で残りの唐揚げとご飯を流し込んだ時、僕の目に里香の前の胡椒ビンが映った。
空っぽだった。
断末魔と共にのたうち回る少年と、ソレをオカズに優雅に食事を進める少女。
そんな二人をほのぼのと見つめながら、まんぷく食堂のおばちゃんは次の注文へと手を付けるのだった。