半分の月がのぼる空・二次創作短編集   作:土斑猫

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―Your date of Birth―

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 それは、その日突然に起こった。

 正しく、青天の霹靂というのはこう言う事態を言うに違いない。

 あたしは目の前で起こっている事が理解出来ず、たっぷり二分五七秒、馬鹿みたいに立ち尽くした後、ドッキリの可能性に思い至り更に三分二五秒、周囲を見回してしまった。

 だって、仕方ないだろう。

 こんな事、有り得ない。有る筈がない。

 だって。

 だって。

 先輩が。

 そう。

 あの、秋庭里香が、あたしに、吉崎多香子に向かって、頭を下げていたのだから。

 いや、確かに土下座させた事はあったけど、あの時は事情があった。

 けど、今回は違う。

 昼休みにあたしの近くに来たと思ったら、急に「お願い」と頭を下げてきたのだ。

 先輩の本性を知っている人間だったら、まず10人に10人が自分の目を疑うだろう。あたしが混乱するのも、当たり前だ。

 訳が分からず呆然としていると、何やら視線を感じた。

 気付くと、クラスの皆が怪訝そうな顔であたし達を見ている。

 マ ズ イ。

 あたしは先輩の手を掴むと、そのままズルズルと教室の外に向かって引っ張っていった。

 先輩が「何?」と訊いて来たが、とりあえず無視する。

 本当なら全速力で離脱したかったのだが、先輩の身体の関係上そうもいかない。

 何とかクラスの連中の目の届かない場所まで来ると、そこであたしはやっと先輩の手を離した。

 先輩が「何もこんな所まで来なくても良かったのに。」等と言ったが、冗談じゃない。この(ひと)は先だってあたしに何をしたか、忘れたのだろうか。

 あんな所を見られていたら、またどんな誤解を受けるか分かったものじゃない。

 とりあえず来た場所が安全地帯である事を確認してから、あたしは改めて先輩に向き合った。

 「何なんですか?急に。」

 「あのね・・・」

 曰く、もうすぐ先輩の彼氏・・・戎崎裕一の誕生日らしい。それで、プレゼントを一緒に選んで欲しいとの事だった。

 何であたしが、と訊くと、

 「だって吉崎さん、流行とかに敏感でしょ?それなら最近の男の子が欲しがるものとかも詳しいかと思って。」

 だと。

 「先輩、上級生にも女の友達いるじゃないですか。水谷さんとか言う・・・。その人に頼んだらどうですか?」

 「みゆきちゃん?駄目。もうみんな、受験の準備で忙しい。」

 ああそうか。そう言えば上級生達にはそんなイベントがあるんだった。一年のあたしにはまだ先の話ではあるが。

 「それじゃ綾子に・・・」

 「頼んだんだけど、自分じゃあまり役に立たないから、吉崎さんに頼んだ方が良いって言われた。」

 ・・・だろうな。自分の事はよく知っているらしい。

 今日は他の子と先約があると言ったら、あたしの都合がいい日でいいと言われた。

 もう断る理由がない。

 あたしは渋々、次の日曜日にと約束をした。                  

 

  

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 土曜日の夜、秋庭里香は机に座って、明日の為の軍資金を確認していた。

 運用可能な資金は二千円と少し。前に、お宮で売り子のバイトをした時のバイト代を残しておいたものだ。果たしてこれで、彼の喜ぶ様なものは買えるのだろうか。

 いつもは身体の事を考え、早めに就寝する習慣のついている秋庭里香だったが、その晩に限ってはいつまでも考えていた。

 いつまでも、いつまでも、考えていた。

 

 

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 約束の場所に行くと先輩はもう来ていた。

 時間を見ると、約束の時間までまだ10分もある。

 いったい、いつから来ていたのだろう。

 あたしが訊くと、20分前にはもう来ていたらしい。聞けば、昨夜よく眠れず、今朝も早くに目が覚めてしまったとの事。

 どうやら、色々と思う所がある様だ。いつもはあたし達とは一線を画する場所にいる様に思える先輩だけど、こと恋愛関係に関しては歳相応な面もあるらしい。などと妙な所で感心してしまう。

 とりあえず、歩きながら何を買うか相談する事にする。

 資金が幾らあるのか訊くと、二千円とちょっとだと言う。どうやら、お宮でのバイト代を残しておいたらしい。ちょっと驚いた。あたしなど、コスメやら流行りのCDやらでとっくに使ってしまったというのに。

 とは言っても、所詮は高校生の小遣い程度。この金額では、思うようにモノは買えない。

 さて、どうするか。悩んでいても仕方ない。とにかく“らしいもの”がある店を片っ端から当ってみよう。

 あたし達は、商店街へと足を向けた。                     

 

 

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 二人で町を歩いていると、あちこちから視線を感じる。

 原因は分かっている。

 秋庭里香だ。

 この(ひと)の容姿は、本当に他人の目を引く。

 長くて艶やかな髪。整った顔立ち。小柄な身体。

 身に纏っているのは、白いワンピースに薄手のカーディガン。

 派手な格好ではない。だけどその清潔感溢れる服装が、綺麗な容姿とすごくマッチしていて、同性のあたしでも見惚れてしまう。

 まして、異性ならなおさらだ。ほら、あそこでも、こっちでも。先輩に向かう視線が鬱陶しいほどに纏わりついてくる。ああ、だから気が進まなかったのだ。これじゃあ、あたしはいい引き立て役だ。

 だけど、当の本人にはそんな自覚はない。周囲の視線などまるで気にしない様に(実際、気付いていないのかもしれない)スタスタと歩いている。

 何か癪に触るけど、そんな事を感じる時点であたしは負けているのだろう。

 もっとも、そんな事は当の昔に分かっていた事ではあるけれど。

 あたしは絡みつく視線を振り払う様に、だけど先輩を置いていかない様に、ちょっとだけ足を速めた。                 

 

 

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 「いいの、ありませんでしたか?」

 「うん・・・。」

 商店街の中にあるマックで昼食をとりながら、あたし達はそんな事を話していた。

 あの後、アパレル関連の店やミュージックショップ等を次々とあたり、あたしの知りうる流行りの服や音楽などを片っ端から提示してみたが、先輩がピンとくるものは見つからなかった。

 資金が限られているのも辛い。この金額では、ちょっと気のきいた服等には到底手が出ない。

 「先輩、お金、もう少し工面出来ませんか?お母さんからお小遣い前借りするとか・・・」

 「それも、考えたんだけど・・・」

 そう言うと、そのまま口ごもってしまう。

 どうも、らしくない。

 先輩の性格からして、自分の小遣いをケチっているとも思えない。となると、何をそんなに渋っているのだろう。そんな事を考えながらふと見ると、先輩は財布の入ったバッグを見つめていた。まるで、何か大切な宝物でも入っているかの様に、ジッと見つめていた。

 それを見て、何かがストンと合点がいった。

 ああ、そうか。あのお金は、彼女が自分で稼いだお金だ。正真正銘、先輩が自分の力で稼いだものだ。だから、それだけで贈りたいのだ。大切な人へのプレゼントだからこそ、自分の力だけで贈りたいのだ。

 ・・・やっかいなものだ。

 あたしは、気付かれない様に溜息をついた。

 正直、あたしにはよく理解出来ない。プレゼントするなら幾らかでも値の張るものを贈った方が気分が良いし、貰う身としてもそっちの方がありがたがるだろうなどと思ってしまう。だけど、この二人の関係はそんな俗物根性とは無縁の内にあるらしい。それは、一体どんな気持ちなのだろう。お互いの損得なしで、ただ純粋に繋がる気持ち。そこまで大事な友達もいなければ、そこまで本気で人を好きになった事もないあたしには、想像もつかない。

 そんな事を考えているうちに、胸の内でムラムラと好奇心が沸いてきた。

 訊いてみようか?でも、教えてくれるだろうか?いや、今日こうやって頼みを聞いてやっているのだ。それくらい、教えてくれてもいいだろう。当然の報酬だ。

 そう結論付けると、あたしは目の前でジュースなど啜っている先輩に切り出した。

 「先輩。」

 「何?」

 「先輩と戎崎先輩って、どんな馴れ初めだったんですか?」

 ケホッ

 あ、むせた。

 「な、何でそんな事・・・!?」

 「好奇心です。純粋な。」

 先輩の顔が赤く染まっている。秋庭里香のこんな顔は、なかなか見れない。ちょっと特した気分になる。

 「・・・そんなに面白くないし。」

 「それでもいいです。」

 すかさず返す。

 「呆れちゃうよ?」

 「無問題です。」

 「でも・・・」

 逃がすものか。

 「今日、付き合ってあげてるじゃないですか。」

 先輩が、ぐっと答えに詰まった。やっぱり、こういう所は義理堅いのだ。珍しく掴んだアドバンテージ。存分に使わせてもらおう。

 「う~ん・・・」

 淡く染まった顔を捻って、唸っている。なんか、可愛い。

 それにしても、先輩を・・・秋庭里香をこうも手玉に取れる機会なんて滅多にない。何か嗜虐的な優越感を感じる。

 「誰にも言いませんし、それに・・・。」

 そしてあたしは最後のカードを切った。

 「ひょっとしたら、プレゼントを考えるヒントになるかもしれないですよ?」

 先輩が溜息をついた。

 勝った。

 あたしは心の中でガッツポーズをとった。

 「本当に、面白くないからね?」

 そう言って、先輩は話し始めた。

 

 

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 「・・・それでね、裕一、来たの。」

 「・・・来たって、何処にですか?」

 「あたしの病室。」

 「だって、会うの禁止されてたんでしょう?」

 「うん。だから夜に来た。」

 「いや、夜だからって・・・」

 「だから、ベランダから来たの。」

 「・・・はぁ!?」

 ―結論。

 ホントに呆れた。っていうか、驚いた。

 面白くない?とんでもない。一体どこの恋愛小説だ?

 病院での出会い。

 病院を抜け出して砲台山に行った事。

 ベッドの下にあったエッチな本をめぐるケンカ。

 周りの大人達からしかれた、面会謝絶令。

 そして、真夜中のベランダからの訪問。

 あたしから見たら、その一つ一つが、一生に一度あるかないかの大事(おおごと)だ(エッチ本の件はそうでもないか)。一瞬捏造ではないかと勘繰ったが、先輩の顔を見るとそんな考えは吹き飛んだ。

とても、真剣な顔だった。まるで繊細な花を摘む様に、大事に大事に言葉を紡いでいた。先輩にとって、それだけ大切な思い出なのだろう。

 ただ、二人の間にあった事全てを話してくれたわけではない。砲台山で何があったのかとか、真夜中の病室で二人が何を話したかとか。そして何より、どっちがどういう風に告白したのかとか。そういった事は、全然話してくれなかった。きっとそれらは、彼女たち二人の間だけの宝物なのだ。興味がないと言えば嘘になるけど、それを根掘り穴掘り訊くのは、酷く無粋で背徳的な行為の様な気がした。

 話し終わった先輩が、残っていたジュースで喉を湿らせる。

 あたしも、齧りかけのチーズバーガーを口へと押し込んだ。

 「・・・・・・。」

 「・・・・・・。」

 しばしの沈黙。

 そしてどちらともなく、あたし達は席を立った。

 外に出ると、町並みを渡って来た涼しい風があたし達を迎えた。

 先輩の長い髪がその風に嬲られて、サラサラと流れる。

 その様はとても綺麗で、隣にいたあたしはドキリとした。

 当然、周りの男達も。

 ほら、あそこでもカップルの片割れがこっちに見惚れている。あ、男が女に叩かれた。ギャイギャイ文句を言われている。気の毒に。あ~あ、置いてかれた。あのカップル、終わっちゃうかもしんない。・・・まぁ、男も女もチャラそうだし、この程度で終わるなら、そもそもその程度の関係なんだろう。そういう事は、見ていればなんとなく分かる。そう。本当に繋がってるって言うのは・・・。

 あたしは、風で乱れた髪を鬱陶しそうに整えている先輩を見た。

 彼女の目には、きっと自分を見つめる男達の姿など、欠片程も映っていないのだろう。そしてそれは、彼女が想う“彼”も同じ筈で・・・。

 想う相手のために、命をかけてベランダから会いに来る。

 あんたも、そんな相手を見つけなよ。

 肩をいからせて去っていく女の背中に向かって、あたしはそんな事を思った。                 

                          

 

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 「この服なんか、どうですか?」

 「う~ん・・・」

 あたしが手にした服を見て、先輩は顎に手を添えたまま首を傾げて唸っている。

 やっぱり、これもピンと来ないらしい。

 そうだろうな、とも思う。あたしも何度か戎崎裕一を見ているが、今時の服を着こなして悦に入るタイプには見えない。先輩の話を聞いた後では、なおさらだ。

 さて、困った。

 なまじ先輩の話を聞いてしまったせいで、急に責任が重くなった様に感じる。

 本当は、適当な服なりCDなりを見繕ってさっさと帰るつもりだったのだが、どうもそうは行かなくなってしまった。因果な事この上もない。

 「ごめんね。吉崎さん。」

 「いえ、気にしないでください。自分で承知した事ですし・・・」

 とは言ったものの、どうしたものか。

 もうこの辺りのめぼしいアパレルショップやミュージックショップはあらかた回ってしまった。

 こうなったら、基本に帰ろう。

 「先輩、戎崎先輩の趣味って、何ですか?」

 「裕一の趣味?」

 あたしの問いに、先輩は少し考える素振りを見せた。

 「う~ん、プロレス、かな?」

 「プ・・・プロレス・・・?」

 完全にあたしの管轄外だ。もはや万事休すかと思われたその時、

 「ちょっと待てよ。」

 後から声がかけられた。

 振り向くと、男が立っていた。

 さっき先輩に見とれたせいで、連れ合いの女に振られたチャラ男だ。

 「おいお前、そっちの髪の長い方だ。」

 腕に着けたシルバーのブレスレットをジャラジャラ鳴らしながら近づいてくる。

 「ちょっと付き合えよ。楽しい思いさせてやるぜ。」

 そう言ってニヤつく顔は、下心が見え見えだ。

 「ほら、来いよ。」

 腕を掴もうとした男の手を、先輩が無言で振り払う。

 「おいおい、連れねえな。」

 振り払われた手を大げさにさすりながら、チャラ男が言う。

 「俺はお前さんのせいで女に振られたんだぜ。その埋め合わせをしてくれても、良いんじゃねぇか?」

 そして、今度は先輩の肩に手を回そうとする。その手つきの嫌らしさに、はたから見てても虫唾が走る。

 鬱陶しい事この上もないけれど、まさか放っておく訳にも行かない。

 「ちょっと、いい加減にしてください!!」

 あたしが割って入ると、チャラ男はこっちを見てフフンと鼻で笑った。

 「あ、何だ?お前も相手して欲しいのか?」

 そう言って、あたしを舐める様な視線でジロジロと眺めてくる。

 その視線の粘っこさに、背中がゾクゾクした。 

 「おぅ、お前も結構いけるじゃねぇか。OK。だったら、二人まとめて相手してやるよ。三人で楽しもうや。」

 ひどく居丈高な態度。完全にこっちを甘く見ている。今までも、こんな感じで女の子を引っ掛けてきたのだろう。気の弱い娘なら、このままズルズル引っ張って行かれたりするのかもしれない。

 ―だけど、今回に限っては相手が悪かった。

 「痛てっ!?」

 チャラ男が、急にそう叫んで飛び上がる。

 チャラ男はだらしない突っ掛けを履いていたのだけれど、先輩が踵でそのむき出しの小指を踏ん付けたのだ。

 「この(あま)、何しやがる!?」                        

 怒ったチャラ男が、先輩に手を伸ばす。

 だけど、それは先輩の思う壺。

 チャラ男の手が触れる瞬間、先輩は思いっきり悲鳴を上げた。

 それが、雑踏の中に響き渡る。周囲の視線が、一斉にあたし達に向けられた。

 悲鳴とは言っても、耳障りな喚き声じゃない。綺麗な綺麗な、ソプラノの悲鳴。あたしは思わず、感心してしまった。きっとこんなの、先輩しか出せない。

 だから、余計に周りの人たちの気を引く。

 そして、一点に集中した視線の先にあったのは、怯えた様に身を竦める可憐な少女と、それに掴みかかるお世辞にもガラが良いとは言えない男。

 その光景が一般大衆にどんな印象を与えるか、言うまでもない。

 集中した視線が、一斉に冷ややかな非難のこもったものに変わる。

 慌てたのは、チャラ男の方だ。

 「い、いや、ちょっと待てよ!!オレは別に・・・」

 いくら弁解した所で、無駄に決まってる。ほら、あちこちでヒソヒソ陰口が始まっている。その一方で、人混みの中から、何人かの男の人がこっちに向かってくる。きっと、暴漢に乱暴されそうな美少女を助けようと立ち上がった、雄志の士だ。人混みの向こうでは、何処かに走っていく女の子の姿。あの方向には確か交番があったっけ。

 全く、こんなのを見ているとこの日本、まだまだ捨てたものではないのかもしれないとか思ってしまう。

 それにしても、チャラ男の方は気の毒だ。まあ、同情する訳じゃないけれど。

 というか、この様を見ていると、何だか嫌なデジャヴが頭を過ぎるんですが。

 「じょ、冗談じゃねぇよ!!」

 チャラ男はそう言うと人混みを掻き分けて、背中に突き刺さる視線に追われる様に何処かへ逃げていってしまった。

 当の先輩は何処吹く風で、助けにきた雄志の士達やさっきの女の子に呼ばれてきたお巡りさんに「大丈夫です。」とか、「ありがとうございます。」とか言っている。 

 ・・・相変わらず、恐ろしい(ひと)だ・・・。                             

                  

                

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 「大丈夫だった?吉崎さん。」

 「いえ、別に。何された訳でもないですし・・・。」

 あの後、群がる人混みから先輩を引っ張り出したあたしは、落ち着いた場所まで来るとほっと一息をついていた。

 「だけど、どうしましょうか。戎崎先輩のプレゼント・・・。」

 「うん・・・。」

 「もう、日、暮れちゃいますね・・・。」

 「うん・・・。」

 あの先輩が、目に見えてしょげている。

 何だか、責任を感じてしまうが、どうにもならない。

 と、溜息をついて顔をあげた時、一軒の店が目に入った。

 途端、さっき先輩に聞いた話の一端が頭を過ぎる。

 「――!!」

 次の瞬間、あたしは先輩の肩をガシッと掴んだ。

 「先輩!!」

 「え?」

 「これです!!」

 「ええ!?」

 あたしの言葉に、先輩は目を丸くして驚いた。

 

 

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 休み明けの月曜日。

 あたしにとっては、重大な責任から開放された安堵の日。

 そして、先輩にとっては運命(?)の日だ。

 正直、結果が気にならなくもなかったが、その場にのこのこ覗きに行くほど無粋でもない。

 まあ、後日首尾を確認するくらいは許されるだろう。

 放課後の教室でそんな事を考えながら、あたしは椅子に座ってパックのジュースなど啜っていた。  

 傍らでは、同じ様に椅子に座った綾子がいつもの様に絵を描いている。

 「それで、“それ”にしたの?プレゼント。」

 教室の窓から校庭に生えているプラタナスの木を写生しながら、綾子がそんな事を訊いてくる。

 「うん。結局、それが一番かなって。」

 そう言いながら、パックの底に残ったジュースをズズッとすする。

 「納得したの?先輩。」

 「まぁ、大分不安そうではあったけどね。」

 空になったジュースのパックを、ポーンと放る。クルクルと舞ったパックは綺麗な放物線を描いて、ポスッとゴミ箱の中に入った。

 「あ、あれ!」

 綾子が校門の方を指差して言った。

 見てみると、件の二人が一緒に下校する所だった。

 相変わらず、距離が近い。

 先輩の話を聞いた今では、その近さが決して見た目だけではない事も分かる。

 二人を繋ぐ紅い糸が、遠目にも見える様な気がした。

 「もう、渡したのかな?プレゼント。」

 「さぁ。人目もあるし、流石に学校じゃ渡さないんじゃない?どうせ、ああやってずっと一緒にいるんだし。帰り道で渡すか、じゃなけりゃ、どっちかの家で渡すか。」

 「ふ~ん。」

 人の話を聞いているのかいないのか、綾子はそんな気の無い返事を返しながら、紙の上に鉛筆を走らせる。

 ポツンと立っていたプラタナスの下に、見る見る二人の姿が写し出されていく。

 「・・・あんた、ホント、上手いよね。」

 何気なく呟いたその一言に、綾子の手が止まった。

 何か驚いた様な顔をして、あたしの方を見る。

 「何?」

 「ううん。何か、初めてだから。吉崎さんにそんな風に言われたの。」

 「そうだっけ?」

 「うん。」

 綾子は少し、嬉しそうだった。

 確かに、そうだったかもしれない。上手いとは前から思っていたけど、口に出したのは初めて。

 何故か、自然に声が出た。綾子の絵からは、あの二人の絆の強さがしっかりと伝わってくる。その雰囲気が、そうさせたのかもしれない。

 昨日、先輩からあの話を聞いてから、何だか自分がおかしい気がする。何かが、胸の内で疼いている。それはそわそわとくすぐったい様で、それでいて少し暖かい。今までに感じた事のない感覚だ。眼下の校庭へ視線を戻す。校門に、もう二人の姿はない。もう一度、綾子の絵へと視線を戻す。そこにはあの二人の姿が、切り取られた時の中に留められている。それを見た時、思った。

 ああ、あたしは魅せられてしまったのかもしれない。

 秋庭里香にではない。

 むろん、戎崎裕一にでもない。

 あたしが魅せられたのは、物語。その二人が紡いできた、そしてこれから紡いでいく物語に、あたしは魅せられたのだ。

 ・・・何だ、それ。

 自分で気付いて、自分で呆れた。

 フィクションの世界に想いをはせる、文学少女じゃあるまいし。

 全くもって、柄じゃない。

 と、傍らで綾子がクスリと笑った。

 何か自分の想いを見透かされた様な気がして、あたしは少し語気を強めて「何?」と訊いた。

 そんなあたしの態度に気付いているのかいないのか、綾子は「思い出しちゃった。」とクスクス笑いながら言った。

 「何を?」

 「さっき、吉崎さんが先輩にプレゼント渡す時に言う様に言った言葉。」

 ああ。綾子の笑ってる理由を察して、あたしは苦笑いをした。

 「あれって、戎崎先輩、変な意味にとっちゃったりしないかな。」

 綾子の言わんとするところは分かる。

 だけど、あたしは絶対の自信を持って言った。

 「ないよ。」

 「え?」

 「あの二人に限って、それはない。」

 そう。あの戎崎裕一が、秋庭里香を傷付ける様な真似をする筈がない。

 そして、秋庭里香もそんな事思いもしない。

 だからこそ、簡単にあたしの提案を受け入れたのだ。

 「・・・そうだね。」

 あたしの言葉に込められた意味を察したのか、綾子はにっこりと微笑んでそう言うと、再び紙に鉛筆を走らせ始めた。

 その横で、二人が去った校門を眺めながら、あたしは思う。

 あの二人の物語がいつまで続くのか、今のままで続くのか、あたしには分からない。これは、フィクションじゃない。きっとこれから、たくさんの困難や理不尽な事があるだろうし、その結末がハッピーエンドになる補償だって、ありゃしない。

 だけど。

 それでも。

 あの二人は、今を歩き続ける。不安定で細い道を、ふらつきながら、だけどしっかりと踏み締めて。しっかりと手を繋いで。“今”という物語を紡ぎ続ける。

 あたしは所詮、ただの観客。物語に干渉するわけではないし、出来るわけでもない。この物語の果てに、何が待っていようとも、それをどうこうする事は出来ない。

 けど、それならせめて今、拍手を贈ろう。

 彼女達の現在(いま)に。日々紡がれ、生まれていく物語の誕生日に。祝福と言う名の、拍手を贈ろう。

 「・・・ハッピー・バースディ。」

 二人が去った後の校門に向かって、あたしはそう呟いた。

 

 

               9

 

 

 昨日、吉崎多香子が起死回生の一手として秋葉里香に示したのは、一軒のカメラ屋だった。

 「先輩、戎崎先輩カメラに凝ってるって言いましたよね!?」

 「え?うん。前にあたしが写真撮ってって言ってから・・・」

 「それです!!」

 「ええ?でもあたしのお金じゃ、カメラなんて買えないよ。」

 「いいですから!!」

 珍しくうろたえる秋葉里香の手を引いて、吉崎多香子は店の中へと入っていった。

 入ったカメラ屋で、吉崎多香子は店主に向かって開口一番、こう言った。

 「おじさん、置いてあるフィルムで一番いいやつ、どれですか!?三千円未満で!!」

 客の要望に応えて店主が示したフィルムの値段は、税込み2630円。秋葉里香が出せる金額、ギリギリの値段だった。

 そのフィルムは今、綺麗なラッピングをされて秋葉里香の手の中にあった。

 ここは、戎崎裕一の部屋。彼は今、お茶を取りに階下に行っている。

 何枚もの乾燥中の写真がぶら下がるその部屋で、秋葉里香は不安げな顔をして手にした小箱をいじっていた。確かに、彼へのプレゼントとしては流行りのCDや服よりもしっくりときた。実際、彼もフィルムや備品の資金運用には苦労している様なので、喜んではくれるだろう。しかし、別に奇をてらったものを狙っていた訳ではないが、月並みと言えばあまりにも月並みな気がしないでもない。

 考えれば考えるほど、不安になってくる。このラッピングも、少し派手過ぎるような気もする。彼に余計な期待を抱かせて、ガッカリさせる様な事はないだろうか。いっそ、この場でラッピングをとってしまおうかとも思ったが、それはそれであんまりな気がする。

 一人でうんうん唸っていると、昨日、これを握らせながら吉崎多香子が言った言葉がよみがえってきた。

 (いいですか。これを渡す時、いっしょにこう言うんです。)

 その言葉は、秋庭里香にとって実に意外なものだった。というか、その言葉が示す行為が、彼女にとってはあまりに日常的に“されている”事なので、全く頭に浮かばなかったのだ。要は、受動的か能動的か。それだけである。

 正直、いまさらそんな事で彼が喜ぶとは思えないのだが・・・

 等々、悶々と考えていると、襖の向こうから階段を上がってくる音が聞こえた。

 彼が来る。もはや、退路はない。秋庭里香は腹を決めた。深呼吸をして、ギュッと小箱を握りしめる。 足音が近づいて来る。あと5歩、あと3歩、そして―。

 ガラッ

 戸が開くと同時に、秋庭里香は彼に向かって箱を突き出し、その“言葉”を言った。

 

 「好きな写真、撮らせてあげる!!」

 

 

                 10

 

 

 「吉崎さん、どうもありがとう。」

 火曜日、顔を合わせるなり、そう言って頭を下げられた。

 「上手くいったみたいですね。」

 あたしがそう言うと、先輩は「うん。」と頷いて微笑んだ。

 「でも、裕一って変なの。あたしの写真なんて、いくらでも持ってるのに。」

 そう言いながら、首を傾げる。

 「分かってないですね。」

 「何が?」

 「いいえ。何でもないです。」

 そう適当に煙に巻くと、今度はあたしから質問した。

 「それで、どんな写真、撮らせてあげたんですか?」

 あたしの質問に先輩は「ないしょ。」と答えて舌を出した。

 「でしょうね。」

 そう言って、あたしも微笑む。

 それもやっぱり、二人だけの秘密なのだろう。

 まぁ、こっちも根掘り穴掘り聞くつもりはない。

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。

 朝のHR開始の合図だ。程なく先生がくる。自分の席に戻ろうとすると、先輩がこう言った。

 「日曜日、楽しかった。また、遊ぼうね。」

 あたしが「考えておきます。」と答えると、先輩はまたにっこりと微笑んだ。

 とても、とても綺麗な微笑みだった。

 

 ―穏やかな日差しが、戎崎裕一の部屋に差し込んでいた。

 平日の昼間。当然、主はいない。

 暖かい光が照らす机の上に、一つの写真立てが置かれていた。

 高校生の男子にありがちな、何処か雑然とした雰囲気が漂うその部屋の中で、その写真立ての周りだけは綺麗に片付けられていた。

 ポッカリと空いた空間の中で、写真立ては大事に、大事に、置かれていた。

 その中に飾られた写真がどんなものか。

 その中に刻まれた幸せがどんなものか。

 知るのはたった、二人だけ。

 世界でたった、二人だけ―

 

 

                            終わり

 

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