朝の登校ラッシュは何事も無く終わり、午前中は生徒達も授業があるので静かなものである。
ヴァルゼルドはこの時間になるとトラブルも少なくなるので幼稚園に顔を出す機会が多い。
見た目がロボットで中身が親しみやすい人格故に子供達の受けも良く、戯れられる事が多いのだ。
一頻り、子供達と触れ合った後にヴァルゼルドはボランティアに参加する。ゴミ拾いや人間では困難な掃除箇所を念入りにする姿を見て、ヴァルゼルドが戦闘用だと疑う人間は皆無だろう。
そして時刻は昼休み。この時間になると麻帆良中に学生が溢れ出す。
こうなるとヴァルゼルドの仕事は増えてくる。
学生達のトラブルは様々であり、購買部での商品の取り合いや部活間での揉め事。
ヴァルゼルドはそれを止める役割なのだが寧ろ喧嘩に巻き込まれて周囲から助けられるパターンが多かったりする。
「ご苦労さま、ヴァルゼルド」
『た、助かったであります』
実はこの行為はヴァルゼルドが被害を得る形で学生達の怪我が減っているので意味はあるのだ。
その事を判っているヴァルゼルドは文句は言わないし、高畑もヴァルゼルドの気持ちを汲んでいる。
喧嘩に巻き込まれたヴァルゼルドを気遣う生徒が増え始めるから生徒達の人を気遣う思いやりの育みにもなっていた。
そして放課後になればヴァルゼルドは図書館島に行き、本棚の整理をする。
「お疲れ様です、ヴァルゼルド」
『夕映殿』
本棚の整理をしてあたヴァルゼルドに話し掛けたのは綾瀬夕映。
ヴァルゼルドが図書館島に来る様になってから知り合った子であり、図書館島では一番親しくなった子である。
「ヴァルゼルド、いい加減地下への探索を手伝って下さい」
『そ、それは……』
ヴァルゼルドに詰め寄る夕映。これは以前から夕映がヴァルゼルドにお願いしている事で夕映は図書館探検部と呼ばれる部活に参加している。この部活は広大な広さを誇る図書館島を探索しようと作られた部活で中高大とそれぞれの学生達が全容を把握しようと躍起になっている部活なのだ。
そして夕映は図書館探検部にヴァルゼルドを迎え入れようとしていた。『愉快なポンコツ』と評されるヴァルゼルドだが、その実、性能は高くそんじょそこらの探索機より遥かに高性能なのだ。ポンコツと呼ばれる由縁はヴァルゼルド自身の人格によるものなのだろうが、兎に角ヴァルゼルドが居ると居ないとでは大違いだ。
『し、しかし本機は学生達を守るのが仕事でして……』
「図書館島に探索を行う生徒が危険が無いかを心配して同行を求めてるのですよ、麻帆良警備兼お手伝いロボット・ヴァルゼルド。生徒が『お手伝い』を要求して危険が無いかを『警備』するべきなのでは?」
『うぐっ』
なんとか回避しようとするヴァルゼルドだが役職柄、お手伝いや警備を出されると言葉に詰まるヴァルゼルド。
夕映は断られるならば、外堀から埋めると言わんばかりに捲したてる。
『う……了解であります。では許可が下りたら同行させて頂くであります』
「木乃香も図書館探検部なのでヨロシクですよ」
ヴァルゼルドの返答に満足した夕映は紙パックのジュースを飲み始める。紙パックには『豚骨ミルク』と書かれていた。
『では、本機はこれで失礼するであります』
「おや、もう行くのですか?」
敬礼の後にそのまま図書館島から出て行こうとするヴァルゼルドを呼び止める夕映。
『これから大学部の工学部へ向かうであります』
「ああ、メンテナンスですか」
ヴァルゼルドの言葉に夕映は納得する。ヴァルゼルドは定期的にメンテナンスと解析の為に大学部の工学部に出向いていた。
思い出すのは初めて行った時の事。
「いらっしゃ~い! さあ、こちらへどうぞどうぞ!」
「学園長先生から話は聞いてるヨ。責任持って、メンテナンスをさせてもらうネ!」
初めて行った時は麻帆良が誇る二大頭脳の超鈴音と葉加瀬聡美に出迎えられた。
そして即座に大学部の工学部のラボに連れ込まれたヴァルゼルド。
「ふ~む……中々に興味深いネ」
「そうですねえ。特に装甲は、今の我々の技術では到底作れません」
超と葉加瀬はヴァルゼルドの装甲を念入りに調べていた。
因みに彼女達は魔法生徒ではないが魔法を知っている。茶々丸を作ったのも彼女達で魔法生徒ではないが魔法に関わっている生徒なのだ。
その後もメンテナンスと称して体を弄られる日々が続いたのだ。
『では、本機はメンテナンスに行くであります』
「はい、お気を付けてなのです」
夕映には大学部の工学部に向かうヴァルゼルドが苦笑いをしている様に見えたのだった。
そして大学部の工学部に着いたヴァルゼルド。
麻帆良に来たばかりのヴァルゼルドは大学部の工学部に足を踏み入れた瞬間に大学部の生徒達に追いかけ回されたのも今では良い思い出と化していた。
「待ってたネ、ヴァルゼルド」
『今回もヨロシクであります』
大学部の工学部に着くと超が出迎えてくれた。ヴァルゼルドはそれに礼を言うとラボへと一緒に向かう。
「ヴァルゼルドの事を調べると本当に次から次へと謎が生まれるネ」
『恐縮であります』
超は纏めたレポートをヴァルゼルドに差し出す。
「分からない事ばかりだけど、一つ分かった事があるネ。ヴァルゼルドの体は古いデータで最新型……つまり既存の機体を最新技術で再現した様な作りになてるヨ」
『そうなのでありますか?』
超の言葉にヴァルゼルドは首を傾げた。
「ヴァルゼルドの体に使われている技術があればハッキリ言ってもっと高性能の機体が作れるネ。例えるなら火縄銃をマシンガンで再現したかの様な状態ヨ」
『それは……なんとも……』
超の言い分ではコストや生産性を無視した作りになっているらしく、言わば非効率の塊らしい。
「ヴァルゼルドを作った人が何を考えているかは分からないネ。でもコレだけは言えるヨ、ヴァルゼルドを作った人はヴァルゼルドの事が大切だったに違いないネ。でなければ、こんな技術使わないヨ」
『そうで……ありますか』
超の言葉を聞いてヴァルゼルドは何故、消えた筈の自分が此処に居るのかを改めて考える様になる。
そもそもバグだった自分が消えたのなら機体は【忘れられた島】で教官殿と共に戦っている筈。ならば此処に居る自分は何なのか。
「………硬い事は考え無いネ。ヴァルゼルドは此処に居る、居なくなったら皆、寂しがるネ」
『………超殿』
暗くなったヴァルゼルドの気持ちを察したのか超はヴァルゼルドの胸の装甲を裏拳でコンと叩く。
ヴァルゼルドはそんな超に少し感動した。
そして葉加瀬と合流した超はヴァルゼルドのメンテナンスに取りかかる。
メンテナンスと言うが実際は経過観察に近い。ヴァルゼルドの体は整備いらずで自然と治る自己修復機能が備わっているからだ。
そして定期メンテナンスを終えて帰ろうとしたヴァルゼルドだが葉加瀬がヴァルゼルドの腕を掴む。
「ああ、待って。もう少しデータを取らせて下さい。貴方はかなり興味深いので!」
「ふっふっふっ…………ワタシ達科学者の探究心を見事にくすぐってくれる逸材ネ!」
眼の前の娘達の眼が怪しく光り、工具を取り出す。
その光景を見て、ヴァルゼルドは先程の感動が僅かに薄れるのだった。