「はぁ~~~~」
冒険者ギルドに隣接されている酒場の一角で、カズマは気の抜けた声と共にテーブルに突っ伏しました。
まあ、無理もありません。今の彼はアクアの所為で(一応めぐみんとルリも原因の一つになっていますが、彼女達には非はないと思います)五千万エリスと言う莫大な借金を背負ってます。
確か日本の一般的なサラリーマンの生涯年収は、大学卒で二億五千万から三億くらいだと聞いたことがあります。これを踏まえると彼は二十歳になる前に生涯年収の一~二割の借金を背負ったという事になりますね。ギルドカードを見せてもらった時、異様に運のステータスが高かったのですが、それが嘘としか思えない境遇です。
正直、同情を禁じえません。
「ルリ……なにかお金を大量に稼げる方法はないのですか?」
「……高難易度のクエストに行く……それ以外ない……」
やっぱりそうですよね……
でも駄女神に爆裂狂にドMクルセイダー、さらにはなんちゃってアサシンがパーティメンバーですし、カズマはカズマで最弱の職業の冒険者です。戦闘面ではあまり問題ない私もまだレベルが低いままですし、このパーティで高難易度のクエストに挑むなど自殺行為に等しいです。
実際に先日受けた、高難易度のクエスト……ブラックファングの討伐では酷い目に会いましたし。
どうしたものでしょう……
「……マナ達の借金……それが無ければ一割減った……」
「反省はしてるんでその事は言わないでくださいよ……」
ルリから非難の目で見られた私は思わず視線を彼女から逸らしてしまいました。
私達がリーダーになると言い合って起こしたあの事件の所為で、私たちは新たに五百万の借金を積みあげてしまいました。カズマ達がその間に実入りの良いクエストを受けていたおかげでそれ自体は帳消しになったのですが、ルリの言う通りあれが無ければ借金の一割が消えていました。でも……
「あの後、ミラ……「……ミツルギ……」そう、そのミツルギから取り上げた一千五百万エリスを借金返済に渡したじゃないですか、それで許してください」
あの一件の後、今までは私には一切関係ないと言って、自分の持つお金を出すのを渋っていたのですが(仲間からは軽蔑の視線を向けられましたが)、流石の私も反省して、カズマに持っていたほとんどのお金を借金の返済に使ってくれと渡すことにしました。
最初にそれを言った際は本物かどうかを仲間達に疑われ、本物と分かったら分かったらで、この貸しで一体何をさせる気なんだと物凄く警戒されましたが……おそらく普段の行動を踏まえた上で、そんな考えに至ったのでしょうがもう少しくらい私を信頼してください。そこまで非道にはなれませんよ。
まあ、貸しの方は少しだけ考えていましたが。
ともかく、私の渡した一千五百万エリスによって、カズマの借金は五千万エリスから三千五百万エリスに減らす事が出来ました。
一気に三割もなくす事が出来たのですが、もとの借金が莫大過ぎて何時になったら返し終わるのか検討も付きません。少なくとも今のように低難易度のクエストを受け続ければ十年ほどは掛かると思います。
やっぱり私が地道にレベルを上げて高難易度のクエストにいけるように努力するしかありませんかね……
私はため息を吐きながらそんな事を考えていた矢先、とても聞きなれた声が聞こえてきました。
「四人とも早いですね。もうギルドに来ていたのですか」
私が声の聞こえて来た方向に振り向くと、そこには私達のパーティ唯一の魔法使いにして爆裂狂ことめぐみんとパーティ一番の変態、ダクネスが立っていました。
二人ともこちらに近づいてくると私達の近くにある椅子に腰を下ろしました。
「それで何かに良い仕事はあったのか?」
「……一回見ただけで……決め手はない……」
「二人が来るのを待ってから決める事にしてたのですよ」
最初にギルドに来た私達は良いクエストがないかどうか探した後、実入りの良いクエストがなかったので二人が来てから決める事にしたんですよね。本来ならそんな事をすれば雑用の依頼しか残らないと言う事もあるのですが、今はある理由によってそうはなりませんでした。
その理由とは、今の季節が冬であると言うことです。冬は弱いモンスターのほとんどが冬眠してしまい、残っているのは手強いモンスターだけで、駆け出しの冒険者しか居ないアクセルの街では冬にクエストを受ける人はほとんど居ません。
そしてもう一つの理由として先日この街を襲った魔王軍幹部の討伐の報酬で多くの冒険者の懐が潤っていて、そもそもクエストを受ける必要がある者がいないと言うこともあります。
これらの理由によって、冒険者ギルドは名ばかりの酒場と化しており、今、ギルドには仕事をせず酒を飲んだくれている冒険者しかいません。ギルドに居る受付の人もここ数日は私達のパーティしか相手をしておらず、暇をもてあまし寝ている人もいます。そして掲示板にも誰も居らず、実質選び放題になっていました。
だから先に着いた私達はめぐみんとダクネスが来るのを待つことにしたんですよね。
「そうだったのですか。待たせてしまってすいません。今度からはもう少し早く来るようにします」
「別に気にしなくて良いですよ。早くって言っても十分かそこらですし。カズマ……」
私はめぐみんとダクネスが来たことをカズマに知らせようと思い、カズマが突っ伏していたテーブルに視線を向けて、固まってしまいました。
私の視界に、手足をロープで縛られた状態で泣きじゃくっているアクアを引きずって、どこかに連れて行こうとしているカズマが目に入ったからです。
おそらく、アクアがまた余計な事を言ってカズマを怒らせたのでしょうが……
一体引きずってどこにアクアを連れて行く気なのでしょう。そのゲスな笑みを見るとロクでもない考えだと思いますが……
「えっと、その。カズマ?アクアを何処に連れて行く気なのですか」
私がカズマのロクでもない考えを聞くかどうかを迷っていると、私が固まっている事に気づいた他の仲間達もカズマの方に視線を向けて自体を把握したようで、めぐみんが戸惑いの入り混じった声でカズマに質問しました。
するとカズマは私達の方に振り返って……
「水を触るだけで浄化できる、珍しい体質を持った自称女神様を実験材料として研究機関に売ったらどれぐらいお金を貰えるかと思ってな。そういった場所が何処にあるか受付の人に聞こうと思ったんだ……」
…………………
「カズマ!見損ないましたよ!!借金を作ったのはアクアが原因だとはいえそれはあんまりです!!」
「その通りだ!借金のカタにアクアを売り飛ばすなど許されると思っているのか!!そこはアクアではなく私を売り飛ばせ!!」
「……酷すぎる……それとダクネスは突っ込むところが違う……」
「うるせぇ!!このアホは俺の財布の中身を盗んだ挙句にそれでも足りないからと新たな借金まで俺名義でしてきたんだぞ!!こんなポンコツ女神に付き合ってられるか!!」
「うわああああ!!許して!私が悪かったわ!反省してるわ!!でもあの屋台のおじさんが今なら特別で元値の半分で売ってくれるって言ってたのよ!それを売れば元が取れると思ったのよ!!私なりに借金をどうにかしようと思った結果なのよ!!」
「典型的な詐欺に引っかかてんじゃねぇよ!それで買った時の値段の十分の一の値段が相場って意味がねぇだろ!この際だ!!研究に使われるついでに、その頭がハリボテなのかどうかを診てもらうこい!!」
「カズマ、落ち着いてください。アクアなりに頑張った結果じゃないですか」
「それで借金を増やされた意味ねぇだろ……それとマナはさっきから黙ってるがどうしたんだ?」
私がどうして黙っているか……そんな簡単な事も分からないのですか?
辺りを見渡すと、めぐみんやダクネス、ルリやアクアも首を傾げていますね。本当に簡単な事なのに分からないとは、まだ私を理解していないようですね。
私はその答えを教えるべく、アクアに近づいていきます。そして私がアクアの目の前に来た辺りでカズマはようやく理由が分かったのか、信じられない表情を一瞬浮かべた後に、私を止めようと行動を移そうとしますがもう遅いです。
私はアクアを両手を使って持ち上げると……
「そんなの、カズマの考えに共感したからに決まってるじゃないですか!!」
カズマは脅しのつもりで言ったのでしょうが、私にとってその考えは素晴らしく思え、感動のあまり暫くの間、何も出来ない状態に陥ってしまうほどでした。
仮にも女神であるアクアは、研究材料としての価値はこれ以上ない物になるでしょう。その値段も計り知れません。もしアクアを女神として売る事が出来れば借金を返すことなど朝飯前です。
私はアクアを抱えると全速力で走り抜けます。私がギルドを出る前にカズマは『スティール』を使ったようです。たぶん感触的にまたパンツを盗まれたようですが関係ありません。大金が手に入るならパンツを取られたくらいは我慢します。
前回の反省として冒険に行く衣装はスカートではなくショートパンツに変えたので見られる心配もありませんしね。
「え?ま、マナは一体何をするつもりなのですか!?」
「共感した……そう言っていたがまさか……いや、いくらなんでもそんな事は……」
「……本当にアクア……売る気?」
「お前ら!!戸惑ってないでマナを早く追いかけろ!あの守銭奴は本当にやるぞ!あいつはアクアをどこかで売り飛ばす気だ!!」
こうして私とその仲間達による追いかけっこが始まりました。
「……ひっぐ……ぐす……あのね……私を見るマナの目が徐々に物を見る目になって来てね……えっぐ……私の声に返事一つくれないし……凄く怖かったの……」
「……大丈夫……怖い人は捕まえたから……」
ルリは我が子をあやす母親のように、泣きじゃくるアクアをよしよしっと慰める一方で、私はカズマとルリの『バインド』(カズマは、少し前にルリに教えて貰ったそうです)によって何重にもロープで巻かれた上で正座をさせられ、カズマとめぐみん、そしてダクネスから冷たい視線を向けれていました。
あの後、アクアを捕まえてギルドを飛び出した私は、街中を走り回って一度はカズマ達を撒くのに成功しました。ですが、この街に居るとカズマ達に見つかる可能性があります。なので、カズマ達を撒いた場所から一番遠い門から街を出ようとしたのですが……
そんな私の考えはカズマによって予想されていたみたいで、街の外に出ようとと門を潜り抜けようとした時に、潜伏スキルと隠密スキルを使ったカズマとルリに奇襲されてしまい掴まってしまいました。
そして、そのまま冒険者ギルドまで引きずられ、ついたら三人が私に背筋が凍りつくかと思うような冷たい声で正座しろと言われたため、こうして正座をしている訳です。
「その……反省しているので正座を止めていいですか?足がしびれてきてるんですよ」
「そのまましてろ、もし出来ないなら俺が『クリエイト・ウォーター』と『フリーズ』を使って、正座のまま凍り付かせて動けなくしてやるから心配するな」
心配しかありませよ!!
真冬にそんな事をされたら確実に風邪を引いてしまうじゃありませんか!しかもそれを正座の姿勢で行なうなんていくらなんでも度が過ぎていると思います!!
「なんで私だけが責められるのですか!?元々考えたのはカズマじゃありませんか!」
「おい逆切れすんじゃねぇ!どう見ても俺のは冗談だろ!!」
「私は考えたカズマも悪いとは思いますが、実行に移したマナが一番悪いと思いますよ」
「それに関しては私も同意見だ。一体どんな考え方をしたら仲間を売り飛ばすなんて考えを実行に移せるんだ」
めぐみんもダクネスも私に蔑んだ視線を向けるのは止めてください。
あの時は、大金が手に入るかも知れないと、目が眩んでいたのですよ。今になって冷静に考えてみれば仲間を売り飛ばすだなんて、とてもじゃないですが出来ません。一体あの時の私は何を思ってあんな行動に出たのでしょう。
なんか、自分自身が起こした行動が怖くなってきました。カズマには昔から言われて来ましたが、大金が手に入ると思うと正気を失ってしまう、この悪い癖はどうにかしたほうが良いですよね。
「ともかく反省したので許してください。このままだと足を攣ってしまいます」
私がそう言うと、カズマ達は三人で話し合いを始めました。恐らくですが私への罰を決めているのでしょう。そして私に与える罰が決まったのか一度アクアとルリの方に行って彼女達からも承諾を貰った後に私の方にカズマが来ました。
「三人で話した結果、お前の罰は今後何回か依頼を受けた際、お前の分け前を全てアクアに渡すって事にした」
そ、そんな……
私にとってその罰は何よりもきつい罰じゃないですか……確かにアクアには悪い事をしたとは思いますが、全額とは言わずに分け前の一部を渡すでもいいじゃないですか。
お金を全くもらえなくなるこの罰を受け入れるわけには……
「ちなみに断ったら、誘拐の罪で警察に被害届を……」
「それで構いません。アクアの心情を考えたら安いものですよね」
街から少し離れた場所にある平原地帯、そこは雪によって覆われていました。
街には雪が降ったことが無いのに少し離れた平原が雪に覆われているといった不思議な現象には理由がありました。それは平原に大量に漂っている握り拳ぐらいの大きさの白い塊……雪精と言われる存在のせいらしいです。
そして、この目の前に漂っている雪精が今回の受けた依頼の討伐対象で、ものすごく弱いくせに十万エリスと高額の賞金が付けられています。なにか裏がありそうで恐ろしいのですが、報酬はいいのでカズマは今回はこの依頼を受けるのを決めたそうです。
まあ、カズマは多額の借金をしているので、多少は危険な目に会うのを覚悟しているのでしょうね。
それにしても、なぜアクアは虫取り網と大量の小瓶を抱えているのですか?
まあ、雪精の大きさを考えると、今のアクアの持っている道具を使えば捕まえる事が出来ると思いますが…………今回の依頼内容は捕獲ではなくて討伐だったはずですよね?捕まえて何をするのですか?
私がそんな事を考えて首を傾げているとカズマも同じ事を思っていたのかアクアに尋ねました。
「アクア……その道具を使って何をするんだ?」
「なにって、これを使って雪精を捕まえて、小瓶に入れておくのよ。そして飲み物と一緒にこの小瓶を箱に入れておけば、何時でもキンキンに冷えた飲み物が飲めるって考えよ。つまり冷蔵庫を作ろうとしてるのよ。どう、たまには私も頭を使うでしょ」
自信に満ち溢れた表情でアクアが語っていましたが、今までのアクアの身に起こった出来事を考えると何かしらの欠点があって失敗してしまい、泣いてしまうアクアの姿が容易に想像できました。
まあ、本人のやる気をそぐのもあれなので何も言いませんが。
「そういえば、ダクネスはまだ鎧が修理中でしたよね。鎧なしで大丈夫なのですか?」
私はアクアから視線を移し、鎧を着ていないダクネスに問い掛けます。
彼女は先日の魔王軍の幹部の襲撃の際に敵の攻撃を受け止め続けたために、鎧がボロボロになってしまい、今は鎧を修理に出しています。
雪精は攻撃してこないと受付の人に聞いたので大丈夫だとは思うのですが……少しだけ心配です。
「大丈夫だ。私の身体はそこらの鎧よりは硬くなっている。ちょっとやそっとの攻撃では傷付きもしないさ」
まあ、本人がそう言っているのなら大丈夫なのでしょう。
カズマ達も雪精の討伐を始めたみたいなので私も討伐を始めるとしますか。
私達が雪精の討伐を始めてから三十分ほど経過したところでしょうか。
それまでに私は雪精を五体討伐する事に成功しました。簡単に討伐できると踏んでいたのですが、雪精はこちらの攻撃に反応して動き回るため、思いのほかに時間を取られてしまいました。
ちなみに他のメンバーはカズマが三体で、めぐみんが杖を使っての一体と爆裂魔法を使っての八体で合計九体、アクアは網を使って四体捕まえていて、ダクネスは一体も倒せてはいません。ルリに関しては隠密スキルを使っているのか姿が見えないため分かりませんが、アンデット以外のモンスターを攻撃できない彼女は恐らく一体も倒せていないでしょう。
それにしても、この短時間で二十一体、お金に換算すれば二百十万エリスを手に入れるなんて、凄く実入りの良い依頼ですよね。
でも、こんな簡単な事でこれだけのお金が手に入るってどう考えてもおかしいですよね。こんな事なら懐の潤っているアクセルの冒険者は別にしても、他の街で受ける冒険者が大量に居てもおかしくありません。多くの人が討伐出来るのなら、大金を掛ける必要はありませんし……
一体どんな裏がこの依頼にあるのでしょうか?
「……出たな!」
私が考え事をしているとダクネスの興奮気味な声が聞こえてきたので、慌てて彼女の方を振り向くと、そこには先ほどまでは何も無かったのにも関わらず、何者かが立っていました。
そしてそれを見ためぐみんはうつ伏せになり死んだふりを始め、カズマの隣にいるアクアは私にこちらに来いと手招きをしています。私は取り合えずアクアの指示に従って目の前に急に現れた存在から目を離さないようにゆっくりと移動して彼女達に近づきます。
「二人とも、なぜ冬になると冒険者が依頼を受けなくなるか、その理由を教えてあげるわ」
恐らくその理由とは目の前にいる存在の事なのでしょうが……なんというか物凄く馬鹿げていて、とてもじゃないですが信じられない気分です。
だって私の目の前には真っ白な日本式の鎧を来た存在がいるのです。それから想像できることと言ったら……
「二人とも日本に住んでいたなら名前くらいは聞いたことがあるでしょ。あれは雪精達の主にして冬の風物詩…………冬将軍の到来よ」
「この世界はモンスターも食い物も馬鹿げたのしか居ないかよ!もう、この世界なんて大嫌いだ!!」
カズマの魂からの叫びに私も完全に同意しました。
私達の前に現れた白一色の鎧を身に纏った雪精達の主、冬将軍は腰に差した日本刀を抜くと一番近くに居たダクネスに刀を振り下ろし襲い掛かりました。
「くっ!?」
ダクネスは冬将軍の刀を自らの大剣で受け止めようとします。しかし次の瞬間にとても信じられない光景が目に入りました。
「ああっ!?わ、私の剣がっ!?」
ダクネスの大剣がキンッと音を立てて、真ん中から真っ二つに折られたのです。
魔王軍の幹部の攻撃すらも耐えたダクネスの剣を意図も簡単に破壊するなんて、冬将軍はどれだけ強いのですか?そしてこの後、私達はどうすればいいのでしょうか?
めぐみんは爆裂魔法をすでに使ってしまいましたし、私やカズマでは相手になどならないでしょうし、アクアもアンデットではない冬将軍相手ではパーティの中で一番ステータスの低いカズマよりも役に立たないでしょうし……何も手がありません。
「冬将軍……国から高額賞金をかけられている特別指定モンスターの一体よ。精霊はね、元々決まった実態をもたないの。だから出合った人が無意識にしている想像を元に形を作るわ。例えば火の精霊は火トカゲになったり水の精霊が美しい乙女の姿になったりね。でも冬の精霊だけは特殊でね。本来冬は危険なモンスターが蔓延る季節……街の人は勿論、冒険者すらも出歩かないから冬の精霊に出会う事がなかったのよ……日本から来たチート持ちを例外にしてね」
まさか冬将軍が出来た切欠って……
「つまりこの精霊は日本から来たチート持ちの連中の中の馬鹿が、冬といえば冬将軍みたいな事を考えたから生まれたのか。なんて迷惑な話なんだよ。どうする、こんな奴相手にできないぞ」
カズマはそう言いながらも剣を折られたダクネスを庇うように彼女の隣に立ちます。
しかしマクラギの時といい、日本から来たチート持ちの連中は碌なことをしでかしませんね。この世界に魔王を倒すためではなく迷惑を掛けに来てるんじゃないでしょうか。
まあ、まだ二つの実例しか見てないのにそんな結論を出すのは早いとも思いますが……
それにしても本当にどうしましょう。
冬将軍の正体は分かりましたが事態は一切好転していません。冬将軍が攻撃を始めたらカズマとダクネスは一瞬でやられてしまうでしょう。
私はこの世界の事を多少は知っているアクアに、冬将軍に弱点があるかどうか聞こうと彼女の方を見ると、アクアは雪精を入れていた小瓶のふたを取って、雪精を逃がしていました。
「二人とも!冬将軍は寛大よ!きちんと礼を尽くせば見逃してくれるわ!!武器を捨ててDOGEZAをするのよ!」
そう叫びながらアクアは土下座を始めました。
すると冬将軍は土下座をしているアクアに見向きもしなくなりました。
効果はあるようなのですが……女神がそんなに簡単に頭を下げても良いものなのでしょうか。神でない一般人でもプライドが邪魔をして少しは躊躇すると思いますよ。ここまであっさりとすると、むしろ清々しさすらも感じられます。
まあ、それしか手段はないのも事実ではあるのですがね。
ともかく、目的のためならプライドぐらいは簡単に捨てられる男であるカズマもアクアに続き土下座し、私も彼が土下座をしたのを見て慌てて土下座を始めました。
モンスターに許しを請うのは正直情けない話なのですが、死ぬよりはマシです。
少しだけ顔を上げて、冬将軍が私に見向きもしなくなったのを確認して、一安心するのと同時にカズマの声が聞こえてきました。
「ダクネス!なにやってるんだ!お前も早く頭を下げろ!!」
カズマ達が居る方に視線を向けると、そこには冬将軍に折られた剣を持ったまま立ち尽くしているダクネスの姿が目に入りました。
「私だって聖騎士のプライドがある!怖いからといって敵に頭を下げるなど……」
「面倒臭い事いってんじゃねぇ!お前は聖騎士じゃなくて性騎士だろうが!変な所でプライド見せてるんじゃねぇよ!!」
変なプライドを見せているダクネスの頭を左手掴んだカズマが無理矢理彼女を地面に跪かせました。
なんか、そのカズマの行為にダクネスが頬を赤く染めハアハアと荒い息をしていますが……何時もの事なので無視しましょう。
ともかく、これで危険はなくなったでしょう。その証拠に冬将軍は私達に見向きもせず…………あれ?おかしいですね。まだ冬将軍はカズマに殺気をこもった視線を向けています。
一体なぜでしょう?彼はダクネスの頭を左手で地面に押し付けてしますが、私達と同じ土下座をしています。彼だけが狙われる理由なんてあるのでしょうか。
私がその原因を知るためにカズマをマジマジと見るとその原因にすぐに気づきました。彼は右手に剣を握ったままなのです。それに気づいた私は声を上げて、その事を彼に伝えます。
「カズマ!!剣です!早く剣を放してください!それの所為で冬将軍が貴方に殺気を向けてます!!」
私の声を聞いたカズマは急いで剣を投げ捨てて……そこまでは良かったのかもしれませんが、慌てたためなのか、カズマの頭が地面から離れてしまいました。
そして冬将軍の手に持った刀が一瞬ブレたように見えた後、カズマの首が……
カズマside
薄っすらと目を開けると、俺はローマ時代の神殿の中のような場所に居た。
どうして俺は、こんな場所に居るのだろう?確か俺は雪精の討伐の依頼を受けて、雪に覆われている草原地帯に行って、冬将軍と出会って……
そして殺された。
そこまで思い出す事の出来た俺は、慌てて飛び起きようとすると何者かの声が聞こえて来た。
「佐藤和真さん……残念ながら貴方のこの世界での人生は終わってしまいました。ここは死後の世界、そして私は貴方に新たな道を案内するエリスと言うものです」
声が聞こえて来た方向を向くと、そこには白い羽衣に身を包み、白銀の髪を長く伸ばした女性が立っていた。そしてその女性が言った言葉、それは俺が地球で死んだ時にアクアに言われた言葉とそっくりだった。
俺が死んだ、その事実は記憶や今置かれている状態、そして何よりも目の前のエリスと言う女性の言葉を踏まえると間違いないだろう。その事実を変えることは出来ないが、一つだけ、たった一つだけ心残りな事があった。
「あの、すません。一つだけ尋ねたい事があるんですがいいですか?」
「はい。私に答えられる範囲なら何でもいいですよ」
「俺が死んだ後、俺を殺した冬将軍って言うモンスターはどうなりましたか?」
「仲間の方々なら大丈夫ですよ。冬将軍は貴方を殺した後、消え去ってしまいました」
それを聞いて俺はホッと安堵のため息を漏らした。
あいつらが俺の敵討ちだなどと、あのモンスターに突っかかって行かないか心配したのだが、要らん心配だったらしい。あいつらが無事ならそれでいいだろう。これで心残りはなくなった。
「佐藤和真さん。せっかく平和な日本からこの世界に来てくれたのに、このような事になり……せめて私の力で、次は日本で裕福な家庭に生まれ、幸せで不自由なことのない人生が送れる場所に転生させてあげましょう」
エリスの悲しげな言葉に俺はアクアからこの世界に連れてこられた時の事を思い出した。
確かあいつは死んだ俺に、記憶をなくして赤ん坊に生まれ変わるか、天国に行って過ごすか、それとも異世界に転生するかを迫って来たんだっけな。
この世界への転生は特別な事情があったわけで、もうそれを選ぶ事なんて出来ないだろう。後は赤ん坊からやり直すか天国に行くしかないが、俺としては天国とは名ばかりの地獄に行くのはごめんだ。つまり赤ん坊からやり直すしかないのだろう。
まあ、一度死んだのに別の世界でやり直せるってのが異常だったんだ。エリスの言う事を聞く限り赤ん坊からやり直せば、かなり幸せな人生が送れるだろう。あのはた迷惑な連中に会えなくなるのは少しだけ寂しいが、俺は死んでしまったんだし、しょうがない。
エリスは哀しげに目を伏せ、右手を俺の顔にかざして……
《カズマ聞こえてる!?今あんたの身体に『リザレクション』って言う蘇生の魔法をかけてあげたわ!!目の前にいる女神にそれを言ってこっちへの扉を出してもらいなさい!!》
俺とエリスの二人しかいないはずの部屋に急に聞こえて来たアクアの声に俺は思わず驚いてしまった。
でも冷静になってアクアの言葉が頭の中に入ってくると、俺はまた生き返れるかもしれないと言う衝撃の事実に気づく事が出来た。
アクアの声に従えば目の前の女神……つまりエリスに事情を話して扉を出してもらえば良いらしい。俺はエリスに出来るかどうか声をかけようとしたのだが……
「え!?随分先輩に似たアークプリーストだとは思ってけど、この声は本物の先輩!?もしかして、それだから……」
どうやらエリスは俺以上にアクアの声に驚いているらしい。
慌てふためいていたエリスだったが、俺のもの言いたげな視線に気づいたのか、コホンっと咳払いをして冷静さを取り戻した後に、俺に話しかけてきた。
「申し訳ありませんが天界規定によって死んだ人が生き返れるのは一回までと決まっています。貴方は一度生き返っているためもう一度生き返らせる事は出来ません。すいませんが、アクア先輩に繋がっている貴方じゃないとこちらの声が届かないので、先輩にそう伝えて頂けませんか?」
エリスの申し訳なさそうに話す言葉を聞いて俺は落胆を隠せなかった。
だって、もう一回生き返れるかもしれないって淡い期待を抱いたんだぞ。まあ、規定でそうなってるんならしょうがないかもしれないが。
ともかく、俺はアクアにもう生き返れない事をエリスのお願いに従って伝える事にした。
「アクア聞こえてるか!目の前の女神が言うには、天界規定とやらで俺はもう生き返る事ができないらしいぞ!!」
俺が虚空に向かって大声を上げると、アクアにちゃんと伝わったかどうか分からないが、暫しの静寂がこの部屋に訪れた。
俺はこの方法ではアクアに伝わらないのかと首を傾げた瞬間にアクアからの返事が返ってきた。
《はぁ!?一体どこの女神がそんな事を言ってるのよ!!まさか日本担当のエリートである私に楯突こうってわけじゃないわよね!?どの女神がそんな事を言ってるのか教えなさい!!》
日本担当はエリートなのかや自称エリートの駄女神よりもエリスの方が女神のように見えるだとか突っ込みたいことは沢山あるのだが、今言ってもアクアが騒ぎ立てるだけなので止めておこう。
取り合えず俺は、アクアに納得してもらわないと赤ん坊からやり直す事すら叶わないと思い、正直に目の前に居る女神の名前を伝える事にした。
もっとも、名前を聞いたくらいで簡単に納得するとは思えないので、名前を伝えた後も、長い話し合いをしないといけないと思うが。
「エリスって名前の女神だ!」
俺の答えを聞いたアクアは素っ頓狂な甲高い声を上げて言葉を返してきた。
《エリスって、この世界で国教になって、お金の単位にもなった上げ底のエリス!?カズマ、それ以上エリスが文句を言うのならその胸につけたパッドを……》
「分かりました!特例、特例で認めます!今すぐ門を開けますから!!」
アクアの声を遮るようにエリスは大声を上げた後、彼女は指を鳴らすと、俺の目の前に人一人は入れるくらいの大きさの光の扉が突如出現した。
恐らくだがこの扉を潜れば生き返る事が出来るのだろう。俺がその扉に入ろうとする直前でエリスに声を掛けられた。
「和真さんいいですか。本来はどんなに偉く力を持った人でも魔法による蘇生は一回限りなんですからね。今回は特例で許しますがこんな事は二度とないようにしてください」
エリスはそんな事を困ったような表情で言いながら頬を掻いている。
たぶん、今回の規定違反の件はエリスがどうにかしてくれるのだろうが……なんと言うか、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
これがうちの駄女神ならそんな事は露ほども思わないのだろうが、本物の女神であるエリスには、あまり迷惑をかけたくないと言う気持ちが働いてしまう。これが本物の女神の力と言うやつなのであろうか。
暫く俺とエリスが見詰め合っていると彼女は片目を瞑り、少しだけ悪戯っぽく囁いた。
「いいですか?この件は誰にも内緒ですよ」
俺はそれに苦笑を浮かべて肯定の返事をした後に光の扉を潜った。
マナside
「ここは……」
「やっと起きた……まったく、あの子は頭が硬いんだから」
アクアに膝枕をされているカズマが目を薄っすらと開けながら言葉を呟いたのを見て、私はホッと安堵のため息を吐きました。
どうやらアクアの蘇生魔法が成功したみたいですね。
冬将軍にカズマの首を飛ばされた時はどうしようかと思いましたよ。少なくとも直ぐにアクアの魔法で蘇生出来る事が分からなければ、今のめぐみんやダクネスのように泣いて取り乱していたのは間違いないでしょう。
暫くの間、めぐみんとダクネスに抱きしめられていたカズマは、照れ臭そうにしながらも二人をゆっくりと押しのけると上半身を起こし、自分の身体を触って状態を確認しながら私達に尋ねて来ました。
「なぁ……俺ってどうやって殺されたんだ」
「カズマは冬将軍に首を刎ねられたんですよ。首から血が大量に溢れて目も当てられない状態になってましたよ」
「まあ、冬将軍が綺麗にカズマの首を切ってくれたおかげで蘇生は簡単だったけどね。でも暫くは安静にしてなさいよ。怪我なんかしてこれ以上血を失ったら私でもどうする事も出来ないからね」
私とアクアの返事を聞いたカズマは顔を真っ青にして切られた箇所を何度も手で触って大丈夫かどうか確認しています。まあ、首を切られたなんて死に方をしたらそんな行動は無理もないでしょう。
それにしても何か忘れてる気がするのですよね……とても大切な事だったと思うのですが何でしょう?
私が考え込みながらカズマやアクア、めぐみんやダクネスなどの仲間の顔を見て……仲間…………あっ!?
「ルリ!!ルリは何処に居るのですか!?先ほどから見かけてないのですが、誰か分かりますか!?」
私の叫び声を聞いた仲間達は皆揃って首を回して周りを見渡しています。
全員がルリが何処に行ったのか知らないのですか……まさか、カズマのように冬将軍に襲われて殺されてしまったって事はないですよね。もしそうであるのなら早く見つけてアクアに蘇生してもらわないと……
そう思った私が、それをみんなに伝えようとした矢先事でした。
「……ごめん……」
後ろから急に聞こえて来た声に驚くと共にその方向に振り向くと、そこには申し訳なさそうに佇んでいるルリの姿が目に入りました。
その身体には傷一つなく私の心配が杞憂に過ぎなかったのを示してます。
「ルリ……ごめんじゃありませんよ。カズマみたいになったんじゃないかと心配しましたよ」
めぐみんがそう言うとルリは本当に申し訳なさそうに彼女に頭を下げました。
私もめぐみんのように、心配をさせたルリに色々と言いたい事があります。でもルリはかなり反省しているみたいなので、今はよしとしておきましょう。
「……本当にごめん……冬将軍を見て怖くなって……それとこれ……」
ルリは懐から虫かごのような長方形の物体を取り出すと、それを私達に渡してきました。
その中には白く丸い物体がふわふわと浮かんでいるのですが、もしかしてこの物体って……
「ルリ、これは雪精じゃないのか?」
ダクネスの質問にルリは頷いて答えました。
なんでも、隠密スキルを使って雪精を捕まえる事は簡単に出来たのですが、やはりと言うか攻撃することは出来なかったので、かごの中に入れていたそうです。
冬将軍は来た時は隠密スキルを使っていたため目をつけられることもなく、アクアのように逃がす必要がなかったみたいです。
ともかく、これで私達が討伐していた十七体に加えてルリが捕まえた十体で合計二十七対で二百七十万エリス、カズマが死んでしまった事を除けばかなり実入りの良い報酬となりました。
「カズマ、首元の部分ですが血で汚れてますね。今度私が洗いますか?」
「お金取らないよな」
「さすがの私も莫大な借金を抱えた、死んだばかりの人に取るほど外道ではありませんよ。少しは信用してください」
あの後、ルリから貰った雪精を討伐した私達はギルドに向かって清算するために街の中に入りました。
その途中で住民がこちらをチラチラと見ているのに気づいて、それはカズマの服についた血が原因であると考えた私が気を利かせてそう言ったのですが……彼は一体私をどのような目で見ているのでしょう。口に出した通り、他の人ならまだしもカズマ相手にそんな事はさすがの私でもしません。
まあ、大金に目が眩めば保障は出来かねませんが。
「それにしても、あの冬将軍ってモンスターの賞金はどれくらいなんだ。あの魔王軍の幹部よりも強かった気がするんだが」
「冬将軍は雪精さえ襲わなければ、あちらから襲い掛かってくることのないモンスターですからね。それでも賞金は二億エリス掛けられています。それほど攻撃的でないモンスターがこれだけの賞金が掛けられているのは、それだけ冬将軍が危険と言うことなのですよ」
二億エリスですか……
それだけのお金があれば、カズマの借金を返済するのなんて簡単な話で、それだけにとどまらず暫くは遊んで暮らす事ができるのではないでしょうか。
カズマも私と同じ事を考えていたのか、めぐみんに問い掛けました。
「なあ、雪将軍をお前の爆裂魔法で倒す事って出来ないのか?」
「私の爆裂魔法を持ってしても一撃で冬将軍を倒すのは無理でしょうね。あれは実態のない魔力の塊みたいな存在です。しかもそれの王といえる者ですから、冬将軍の持つ魔法防御力も計り知れないものになっているでしょう」
そうなのですか……
まあ、世の中なんてそう簡単にうまくいくように出来ている訳がありませんよね。やっぱり借金は地道に返していくしかありませんか。
それを聞いたカズマがガクリッと肩を落として落胆していると、借金の原因でもあるアクアがカズマの声を掛けて来ました。
「そんなに落ち込んで一体どうしたのよ。死んだのがまだショックなの?しかたがないわね。私が良い物を見せてあげるわ」
アクアはそう言って右手に小瓶を持ち、それをカズマに見せびらかしました。
そのアクアの持つ瓶には雪精が入っていました。冬将軍が現れた時に全部に逃がしていたと思ったのですが一体だけ残していたようですね。なんと言うか狡賢いですね。
「よくやったアクア!そいつを寄越せ!俺が討伐してやる」
「いや!駄目よ!!この子は冷蔵庫にして、飲み物を冷やすために使うの!!もう名前まで決めてるのよ!」
その後、小瓶に入った雪精を巡ってアクアとカズマが取っ組み合いを始めましたが、生き返らせた事に関するお礼のつもりなのか、カズマが意外と早く引き下がりました。
少し勿体ない気もしますが、アクアの機嫌を損ねて、もし私が怪我をしてしまった際に治療をして貰えなくなるのは、いやなので諦める事にしましょう。
なにより、今後暫くの間はどれだけ稼いでもアクアの懐に入ってしまうのですしね。