やんでれびより   作:織葉 黎旺

25 / 42
二重誤。やっぱり俺はツイてるよ!

 緑髪の女性と目が合った。こちらをじーっと観察するように見ている。

 

「あの……何か?」

 そう話しかけると、驚いた様子で顔を逸らされてしまった。ビックリさせてしまったのだろうか、と見ていると、嘆息して彼女は振り返った。

 

「……もしかして、道に迷ってるの?」

「実はそうなんですよね、妖怪の山はなかなかに広いから……」

 優しそうだが、この山にいる時点で人外の類だろうなと推察する。少し警戒しつつ正直に答えた。

 

「人里の方かしら?」

「人里から少し離れた場所で暮らす外来人です」

「なるほど。うーん、人里まで案内してあげたい気持ちは山々なんだけど……」

「あ、お忙しいなら道だけ教えてくれれば一人で帰れますよ」

「いや、そういうわけではないのだけれど……」

 そういって困ったように笑う女性。どういうことだろう、と思い聞こうとした時、カラスの声が山中に響いた。空を見上げると、もう太陽は沈みかかっている。

 

「あ、不味い……!」

 夜に妖怪の山を人間が一人でうろつくとか、それは死亡確定に等しい。かといって、今から早苗や文の元に戻っても間に合わない気がするし、間に合っても間違いなく大変なことになる。どちらにせよ死亡フラグが立っている状況。一刻の猶予もないが、どうするべきか――

 

「日が沈んで来たわね……」

「どうしよう……すいません、急ぐんで道だけ教えてください!」

「今からじゃ降りる前に妖怪に食べられちゃうわ。……もしよければ、私の家来る?」

「え……いいんですか?」

「まあ、見殺しにするわけにもいかないもの……着いてきて。なるべく距離を取りながら」

「? はい」

 冷静に考えてみると、実はこの人が悪い妖怪で連れていかれてから美味しく頂かれる可能性もあるが、まあどちらにせよ喰われるなら可愛い女の子に食べられた方が嬉しいし気にしないことにする。

 

「あ、俺は次郎っていいます」

「私は鍵山雛。よろしくね」

 歩き出した雛さんに着いていく。しかし、もう妖怪の活動する時間だ。移動中に襲われないといいが……

 

「あの、もうちょっと速く歩かないと危なくないですか?」

「その心配は大丈夫よ。私の側には、基本的に妖怪は近寄ってこないはずだから……」

「え?それってどういう……痛っ!?」

 歩いていると、唐突に足に痛みが。見てみると、尖った枝が太股に刺さっていた。

 

「痛たたた……」

「大丈夫?」

「ええ、幸い傷口は浅いみたいなんでなんとか……」

「もうすぐだから、足元に気をつけて歩いてね」

 周りを注意しつつ山を登っていくと、少し開けた場所に一軒家があった。雛さんについて中に入る。

 

「狭いけれどどうぞ」

「お邪魔します」

 玄関を通り、居間に案内された。それにしても、こんなところに家を構えている辺り、この人はそこそこの力を持った妖怪なのか……?

 そんなことを考えていると、湯呑みが運ばれてきた。

 

「お茶はいかが?」

「あ、いただきます。ありがとうございます」

 猫舌なので、ふーふーと少し冷ましてから頂く。良い茶葉使ってるなーって感じの美味しさ。

 ふと鍵山さんの方を見ると、何故かこちらを見つめて安らかな笑顔を浮かべていた。

 

「どうかしました?」

「ああ、いえ……人と会話するのも久しぶりだなと思って」

 鍵山さんは何処か悲しげに呟いた。どういうことだ。どんどん謎が増えていく。

 

「…ふう、じゃあ色々と説明させてもらうわね。私と喋ったせいで、これからしなきゃいけないことも増えたし……」

「お願いします」

「私は厄神様という種族で厄を集めているの。幻想郷ではそこそこ有名な筈なんだけど……知ってる?」

「いえ全然」

「まあそうでしょうね、知ってたら声かけてくる筈ないし……」

「???」

「……簡潔に説明するわ」

「お願いします」

 

 ――簡潔な説明を更に簡潔に説明。

 厄神様という種族は、厄を集めて力に変える種族。厄は人間を不幸にする思念体、不運の幽霊。厄の負のパワー自体が彼女を動かす原動力。普段は、人間が雛人形に厄を乗せて川に流すという流し雛の風習(そんなの全然知らなかった)を利用して厄を集めているそうだ。棚の上とかに飾ってあるのはその回収した雛人形だそうで。

 

「厄を回収しても、雛さんは不幸にはならないんですか?」

「私に影響は無いの。でも私の周りの人間や妖怪には影響が出るから、だからこうやって人を避けて暮らしてるんだけど……貴方が急に話しかけてきてビックリしたわ。本来話すのもダメなのよ?」

 もしかしてそのせいで足を怪我したのだろうか。アレはただの不注意だった様な気もするが……

 

「ええー……じゃあ、俺はこれからどんどん不幸になっていくんですか?」

「神社とかで厄払いしてもらえば問題ないはずよ。だからとりあえず、今日はここに泊まって明日神社に向かいなさい」

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

 

 空いている部屋に案内され、その日はそのまま鍵山家の一室で眠りについたのだが、厄というものの恐ろしさを俺は全然理解してなかった。

 翌朝。窓をバンバンと叩くような音で目を覚ました。一体何の騒ぎだ、と視線を向けると、かつて無いほどの土砂降りだった。

 大粒の水が忙しなく窓に叩きつけられる様子はなんというかもう、圧巻だった。

 

「おはよう。今日は帰れそうにないわね……」

「おはようございます。この分じゃ無理そうですね……」

「とりあえず朝ご飯作ったから、お口に合うか分からないけどどうぞ」

「お、いただきます。」

 普通に美味しかった。さて、食べ終わったがどうしよう……案外、方角さえ分かればこの雨の中でも帰れないことはないんじゃないだろうか。

 

「普通なら帰れるでしょうね。でも私と一日過ごした今、それは無理だと思うわよ。雨で出来た泥濘で滑って怪我するかもしれないし、方角を見失って迷子になるかもしれない」

「……諦めて今日は大人しくしてます」

「それがいいと思うわ。運ばっかりはどうしようもないもの」

 まるでそれが抗えない理であるかのような言い方に、少しムカついた。それは少し違うんじゃないだろうか。そう反論する。

 

「何故そう思うの?」

 雛さんは不思議そうに聞く。

 

「確かに、運というものは人に強い影響を及ぼすでしょう。でも、運で全てが決まるわけでもないと思うんですよ。結局は自分の行動次第って感じがしますね。雨が降るなら傘を差せばいいし、滑りそうなら安全靴でも履けばいい」

「傘を持ってない時に雨が降るからこそ不運なのよ?それでいて、傘を持っていくと降らない」

「その時は雨が降らなかったことを喜ぶからいいんです。いつまでも雛さんに迷惑かけるわけにもいきませんし……短い間でしたが、お世話になりました」

「どうしても行くというのなら止めはしないけど……本当に気をつけてね」

「ありがとうございます。ご迷惑おかけしました」

 雛さんに別れを告げ、妖怪の山を下り始めた。丁度家を出るタイミングで雨が止んだので、厄が付いたどころかむしろ雛さんが厄を持っていってくれたんじゃ、と思うくらいの展開だ。冷静に考えると結局道を聞いてなかったが、まだ朝の十時、時間はたっぷりあるからどうにかなるだろ。

 

「……お」

 歩き回って数十分。美味しそうな栗や桃、柿などを発見した。やっぱりツイてる。十時といえば小腹が空いてくる時間帯。手を伸ばせば届きそうな距離になっているし、折角の秋の味覚だから頂いちゃおう。

 まず手近にあった柿をもぎ取り、いつも携帯している折り畳みナイフで剥いてみる。

 

「いただきます……って渋っ!?」

 一口齧ると口の中に広がったのは何とも言えない渋み。思わず柿を投げ捨て、口の中を潤すために桃をもぎ取る。皮が固くて剥きづらい。イライラしてきたので、身ごと削ぐ。勢いあまって指先を切った。

 

「痛っ……あー、もう……」

 とりあえず桃を齧る。一口食べた感想としては、何というか、渋くも酸っぱくも甘くもなかった。っていうかすごく硬かった。全然熟れてない。

 

 ここまで来たら栗の味も気になってしまう。栗は桃や柿の木の奥、小さな崖の上になっていた。

 

「……足場はしっかりしてるし、踏み外すことはないだろ」

 枝も太いし、折れることはないはずだ――多分。

 背伸びして届く距離ではなかったので、木をよじ登り栗へと手を伸ばす。掴んだ瞬間――枝はへし折れ、栗のトゲが手に突き刺さり、崖を転がり落ちた。

 

「…………」

 肺を痛めたのか、上手く呼吸ができない。トゲの刺さった掌から出血してるし、鋭い枝にもぶつかったから、体中が切り傷や擦り傷だらけだ。衣服もボロボロになってる。

 不意に頬に冷たいものが当たった。―――雨だ。ぽつぽつと振り始めたかと思えば、すぐさま土砂降りに変わった。朝ほどではないが、十分な大雨だ。

 

「…あー……くそ……ッ!」

 力が上手く入らなかったが、今出せるだけの全力で地面に拳を叩きつけた。

 

「ツイてないなあ……」

 あの時、早苗に大人しく連行されていればよかったのだろうか。文に従えばよかったのだろうか。

 

 まだ出会って間もない女性の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 ――彼女に、出会わなければよかったのだろうか。

 

 

 グルルルル、と何かの唸り声が聞こえた。無理矢理体を起こしてそちらを向くと、狼のような妖怪がこちらを睨んでいる。瞬く間に何体も仲間が駆けつけ、あっという間に囲まれてしまった。

 

「………これは……死んだかな」

 どう考えても逃げられそうにはない。短かった人生をぼーっと振り返ってみる。狼の動きがスローモーションのように見えた。

 

「……でも、ここで諦めたくはねーよなあ……」

 幸運なことに、足元には落下途中でへし折れた長い枝がある。なかなかに鋭くてリーチが長いし、栗も投げつければそこそこのダメージになるだろう。

 

「――よし、精々足掻いてみますか……!」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。