やんでれびより   作:織葉 黎旺

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さんじゅうさん。くるってしまえますですということは、とてもしあわせなことなのる

 「……とりあえずお茶どうぞ」

 「どうも」

 「うまー」

 ほぼ初対面とはいえ、何となく追い返す気にもなれず、とりあえず家にあげてみた。そんな精神で大丈夫か?大丈夫だ、問題ない……いや、問題しかないです。こんなことを続けてきたから今の、綱渡りのような生活があるのではないだろうか。うーん。うーん。

 落ち着く為にもお茶を一口ずずず。結構なお手前で。

 

 「で、何か用でも?」

 「実はですね、貴方にもう一度会いたくて来ちゃったんです」

 「はあ……はっ?」

 どういうことだ。ただ壺を運んだだけだぞ。それのどこが彼女のツボにハマってしまったんだ。壺だけに。

 

 「そういう面白いところよ」

 「いえいえ、つまらない男ですよ俺なんて」

 「それにしては随分と沢山の女の子を侍らせているご様子だけれど?」

 「……みんな、ただの友達ですよ」

 「じゃあ私ともお友達になってくださる?」

 「…まあ構わないですけど……」

 やったー、と女は無邪気な笑みを浮かべるが、正直怪しくて怪しくて仕方が無い。

 

 「怪しむのは勝手だけれど、私の貴方への好意が本物であることはここで神に誓っておきましょう」

 若干棒読み臭いせいで神に誓う、という言葉すら安っぽい偽りに感じてしまうが――それは恐らく、ただ単にそんな仰々しい言い回しに慣れていないからであろう。神に誓う、以前に神を信じてなさそうなタイプ。頼ったり祈ったりしないタイプ。この幻想郷で暮らし、"神"を信じてないってことはないだろうが。信じるも何も実在してるし。

 

 「分かりました、信じましょう」

 「ふう、それはよかったわ。改めまして、私が霍青娥です。名字はいいから、名前で呼んでくれると嬉しいわ」

 「宮古芳香だぞー」

 「次郎です」

 嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる青娥さん。ひとまず関係が築けてよかった……?

 

 「さてと、それじゃあ私たちはそろそろ帰ります」

 「ん?何か用事でもあるんですか?」

 「いえ、特にないけれど……長居しては申し訳ないかと思って」

 「お暇であればお近づきの印に、何処か遊びに行きません?俺も暇ですし」

 きょとん、と、この飄々とした印象のある青娥さんにしては珍しく、驚いたような表情で数秒フリーズ。その後、袖口で口元を隠してお上品にクスクスと笑った。

 

 

 「変な人ね」

 「よく言われます」

 「変な人なのに礼儀だけはちゃんとしてるのね」

 「これまたよく言われます」

 「それじゃあ、オススメの場所に連れてってくださる?」

 「ええ、レディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 とは言っても幻想郷は大変狭いので、見て回る場所も遊べる場所もほとんど限られている。無難なのは人里だろうが、基本的に人里ってそこまで娯楽があるわけでもないし、精々甘味処程度だろうか。いや、悪くはないのだけれど。好きな場所だし。お団子が美味しいし。また彼女と一緒に行きたいとも思ったが、何となく気が乗らなかったのでやめた。

 迷った結果、この場所に連れていくことにした。

 

 

 「王手よ」

 「くう……でもまだここに打てば!」

 「もう一回王手♪」

 「くぅぅぅ!」

 連れていったというか、住んでいるというか。結局、我が家でボードゲームでもして遊ぶことにした。将棋は苦手である。そこそこ嗜んでるのに人に勝てた試しがない。彼女に対しての勝率で言ったら二割ほどだろうか。たまたま強い相手と打ってるだけなんだ、と自分に言い聞かせてはいるが、やはり負けるのは悔しい。今度ちゃんと練習してみようか。こういう知的遊戯は割と好きなのだ。無論学業は嫌いだが。

 

 「次は何をするのでしょう?」

 「あー……オセロでもやる?」

 「それはさっきやったから他のがいいかしら」

 「そうだなあ………」

 数秒悩む。ほとんどのゲームはやり尽くしたし、普段からよくやってるし、もう新たにするものはないかな?という思考に至ったところで、もう日が暮れていることに気づく。時間が経つのは早いものだ。光陰矢の如し。

 さて、本来なら晩餐にでもお招きしたいところだがあまり時間が遅くなると幻想郷的に危険が一杯なので、ここで遊びは切りやめて途中まで送ることにする。

 

 「別に夜になっても問題はないし、私一人で帰れるから気にしなくていいのよ?」

 「いや、男としてのただの見栄張りなんで付き合ってやってくれ」

 「そういうことなら……慎んでお願いしますわ」

 いつも通りくだらないことを話しながら、直線の道を進む。毎度毎度この時間が狂おしいほど愛おしくて、それでいて切ない。こんな思いをするくらいなら一緒に住めばいいと思うのだが――そうだ、それがいい。何故今までそんな簡単なことに気が付かなかったんだ。分かれ道に突き当たったと ころで彼女が止まった。

 

 「この辺りでいいわ。時間的にもギリギリでしょうしね」

 見上げると既に空は橙から薄紫に変わってきており、いつ妖怪が活動を始めてもおかしくない時間帯だった。

 

 「そうだな……じゃあ、ここで帰ることにするよ。気をつけてね、青娥」

 「ええ。それじゃまた…………あ、ところで明日も行っていいのよね?」

 「はは、言うまでもないことを聞くなよ。夫婦なんだから当然だろ?」

 不安そうに聞く彼女に少し変なものを感じながらも、笑顔で答えた。安心したように彼女も微笑む。

 

 「そうよね、変なことを聞いてごめんなさい。ああ、あと一つだけ――次郎くんが私のキョンシーになるって話だけど、それも明日の夜でいいのよね?」

 「ああ、そんな話もあったな……大丈夫だよ。むしろ、今からでも構わないくらいだ」

 「本当?」

 「うん。好きな人がそれを望むなら、応えてやるのが男ってものさ」

 「……好き」

 駆け寄ってきた彼女は俺に強く抱き着いた。柔らかい感触に良い香り、上目遣いでこちらを見つめる様子に理性が飛びそうになるが、すんでのところで抑える。

 

 「はは、俺も好きだよ。愛してる」

 「ふふっ、嬉しい。それじゃ、今から行きましょうか」

 「ああ」

 手を繋ぎ、軽やかな足取りで二人歩き出す。しかし――目の前に何気なく転がってきた石に気づかず、つまづいて体勢を崩す。

 

 「危ないっ!」

 「うわあっ!!?」

 勢いよく前方に倒れ込み、右膝と左手に擦り傷と切り傷が出来てしまった。そこまでの重傷ではないが、ヒリヒリと痛みを発している。心配そうに青娥さんがこちらを見つめる。

 

 「大丈夫?」

 「ええ、大丈夫ですよ……驚かせちゃってるごめんなさい」

 「いいのよ、貴方の体が無事であれば……それじゃ、行きましょうか」

 差し出された手を取ろうとした時に、痛みでクリアになった思考が邪魔をした。

 

 

 「……………………」

 

 

 何故――()()()()()()()()()()……?一緒にどこに向かって……何をするんだ……?キョンシー?なんだそれは?彼女は?誰?何?

 

 

 

 「――――――――――!」

 「あら」

 バチン、と勢いよく手を払い退ける。一瞬驚いたように動きが止まった隙を突き、振り返って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、はあ……!」

 ()()()()()()()?全くもって見当はつかなかったが、彼女が危険だということは身をもって知ることが出来た。あたかも、彼女と自分が親密な関係であるかのように意識を刷り込まれていた。背中が冷や汗で湿っている。ここまで――ここまでの恐怖を味わったのはいつぶりだろう。()()()()()()()()()()()()()()ような、そんな危機感。兎に角走る。すっかり日は落ちて目を凝らさなければ先が見えないような闇の世界が迫ってきている。耳をすませば獲物を探す妖怪の唸り声が聞こえる。しかし、家に帰るわけにもいかない。家の場所は知られてしまっているし――何より、今あそこに行くと何か大切なものを失ってしまう気がする。

 

 「――はあ、はあ……!」

 走る。走る走る。一度でも足を止めれば妖怪の餌か、彼女の玩具(あくまのおもちゃ)か。どちらにせよ禄な末路じゃない。ただ只管、生存に繋がる一つだけの道を目指す。立ち止まってはいられないが、そろそろ彼女からは大分離れられただろう。そう安心し、軽く振り返った時にそれは聞こえた。

 

 「――ふ」

 「――ふふ」

 「――ふふふ」

 「――ふふふふ」

 「――ふふふふふ」

 「――ふふふふふふ」

 「ふふふふふふふふ」

 「ふふふふふふふふふ」

 「ふふふふふふふふふふ」

 

 一寸先は闇、何の姿も見えない。それなのにまるで嘲るような、背筋を逆撫でるような不気味な笑い声が何処からか響く。

 

 「ふふふふふふふふふふふ」

 

 笑い声は反響し、溶け合い、混ざり合い、脳髄へ犯すように入り込んでくる。平衡感覚がおかしくなる。どっちが右でどちらが左で、前はあっちで後ろはこっちなのか……思考が掻き乱されるような錯覚。そう、錯覚な筈だ。錯覚なはずなのだが、あたかもそれが本当のことであるかのように――

 

 「ふふふふふふふふふふ」

 「あああああああああああ!!!!」

 

 笑い声を押し退けるように、強く叫んだ。バサバサとカラスの飛び立つ羽音が聞こえる。だがそれだけだった。聞こえてきたのはそれだけで、笑い声は消えてなくなった。

 

 「……あと少し!」

 いつの間にか、目的地は眼前に迫っていた。目的地。朱い鳥居。階段を一段飛ばしで駆け上り、神社の境内でのんびり月見酒をする紅白の巫女へと手を伸ばす

 

 「霊夢ッ!!!」

 何よ、うるさいわね……そんな気だるげな声が聞こえた。が、彼女がいつものように物憂げに振り向いたその瞬間――神社は消えてなくなった。

 

 

 「――は……?」

 「速かったなー」

 「ええ、そうね。本当に」

 神社では――ない。薄暗い、しかし仄かに明るい洞窟のような場所。目の前には絶対出会いたくなかった存在が、変わらぬ無邪気な笑顔でこちらを見つめていた。

 

 「余程怖い思いをしたのね……可哀想に。大丈夫?〇△☆௵※?」

 何と言ったのか聞き取れなかった。気分が、きぶんがわるい。なにも、なにもわからなくなるくらいに。

 

 「あの紅白の巫女や、白黒の魔法使い。人形遣いに風祝、烏天狗に隙間妖怪、そんなヤツらに貴方はとっても苦しくて、辛い思いをさせられていたのよ?」

 「つらいおもい……?」

 つらいおもい……そんなこと、あったかな?でも、きっとこのひとがいうならそうなのだろう。もうじぶんのこともよくわからないが、このひとのことばだけはしんじられるきがした。

 

 「だから、ここなら安全だから。そんな思いをしなくて済むから、ずーっと一緒にいましょうね?ふふふふふふふ」

 「ああ……?」

 わらいごえに、あたまが、つよくいたんだ。ふりはらわなきゃ、そうおもった。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 こんどのわらいごえは――ずっと、きえることはなかった

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