今までとは違う、もしもの話――IFの話でしかないが、そもそもどちらが現でどちらが夢であるかなんてことは、誰にもわからないのである。きっと。メイビー。
そんな感じで亀更新の予定となります
模詩喪の一。モフモフに魅力を感じぬはずはない
――意識が不鮮明になっていく。
体感時間で長い間苦しめられていた痛みも、すぐ側にまで迫っている炎の熱さも、全て何処か遠いところで起こっている出来事のように、薄く、離れていく。先程までもがいていた手も指も腕も、馬鹿になってしまったのか脳の命令を聞いてくれない。先っぽが少し動くばかりだ。立ち上がろうにも、膨ら脛を圧迫する大きな箪笥のせいで姿勢を変えることすら出来ない。そもそも、感覚すらない。もしかしてこれが壊死って奴なのだろうか、なんて何処か冷静に考えていた。
「はは、は――――」
気づけば口から乾いた笑みが零れていた。都会ならまだしも、こんな夜中に片田舎で起こったちんけな住宅の火事に、誰かが気づくとは思えない。そもそも火事の原因は地震だ。少し遠くに点在している集落の家々も、今頃大パニックだろう。例え気づいたとしても、もうとっくに手遅れだ。鎮火も救助も期待出来ない。せいぜい、これが原因で山火事にならないことを祈るばかりだ。
「…………ぅ」
どうしようもないくらいに目頭が熱くなった。水滴が一粒フローリングに零れる。
「――死にたくない」
ただ、死にたくない。ひたすら死にたくない。まだやり残したことがたくさんある。してみたいこともしていることも何一つやり遂げていない。痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ。だが、死んで楽になれるとは少しも思っていない。
「……俺は……俺は生きたいんだよォォォォォ!!」
まるで他の誰かが叫んでいるみたいだな、なんて思った。気づけば口が動いていた。もう死ぬっていうのに、叫ぶ余裕はあったんだなと感心する。
――しかし、叫んだところで何の助けにもならない。力なく、嗚咽を漏らすことしか出来なかった。
「――生きたいと言ったな」
その声は突然、誰もいないはずの前方から聞こえてきた。首を無理矢理動かし、声の主を見上げる。
「生きたいと言ったな」
首元辺りまで伸ばされたショートカットのブロンドヘアー。ぴょこぴょこ動き、視線を集める謎の狐耳。珍しい帽子に中国風の導師服。両腕を両袖に通しており、何より特徴的なのは背後で靡く多数の尻尾だった。
「…………です」
「ん?」
「生きたい……です……!」
このまま死にたくない。もっと生き続けていたい。そんな思いから言葉は自然に溢れていた。答えに満足するように女性は小さく微笑み、俺の右手を優しく両の手で包んだ。
「よく言った」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。突然のことに驚いたが、気持ち良くて、不思議と落ち着いた気持ちになった。
「じゃあ紫様、お願いします―――」
もう限界が近かったようで、そこで一気に眠気が襲ってきた。嗚呼、死にたく、なかった……な―――
◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ましたのはふかふかの布団の中だった。
「……夢だったのか………?」
一瞬そんな馬鹿なことを考えたが、そんなはずはない。あの時の箪笥の所為か足にはほとんど感覚がないし、地震で壊れた蛍光灯の欠片が突き刺さった腕に未だに痛みが残っている。死んだわけではなさそうだが一体ここは……?どうやら和室のようだが、少なくとも我が家ではない。かといって病院の病室などでは絶対ないし……と、そこまで考えたところで意識を失う直前のことを思い出す。
「もしかして……」
「目が覚めたんだな……良かった」
凛々しい声の方を向くと、狐耳の女性が優しそうな微笑みを浮かべていた。次々浮かぶ疑問が矢継ぎ早に口から飛び出した。
「あの……ここは?貴女は?っていうか俺はどうなってるんですか?」
「ここは私の家。私は八雲藍という。君はあの事故で死にかけていたところをどうにか助けて、ここまで運んできたんだ」
「はあ……?」
いや、反抗的なそれではなくて困惑的なイントネーションで、思わずそんな声を溢した。確かに状況的に考えてもこの人は命の恩人なのだろうが、それにしても怪しい。わざわざこの人の家まで運ばずとも、電話で救急車でも呼べばそれで済む話だ。わざわざ自宅まで運ぶというのはやり過ぎというか、何というか。
「……失礼ながら、女性の細腕でよくあの箪笥を退かせましたね」
「あー、まあ妖怪だからね」
「なるほど…………は?」
「見ての通り、妖怪なんだ」
言われてみると確かに、ぴょこぴょこ動く狐耳や数本の立派な尻尾は天然物みたいだ。割と理解が追いつかない状況であるが、とりあえず分かったことにしないと話が進まないので置いておこう。
「あの……何故わざわざ八雲さんの家に?」
「藍でいいよ。八雲だと紛らわしいから」
「ということはこの家には他にも家族の方が……?」
「この家には住んでいないが……まあ、他にもいるよ」
「わざわざ運ばなくても救急車と消防車を呼べばよかったのでは……?」
「……地震の影響で近くの集落は大変なことになっている。そちらの方にばかり手が回って、君の家が火事になったことすら知られていなかった」
「あー、なるほど……」
「君の怪我は一際酷い。向こうでは満足な治療も受けられないだろうし、こちらなら医学の心得のある者もいるし、連れてきた方が治りも早いだろう……そういう話で纏まって、失礼ながら勝手に連れてこさせてもらったんだ」
「はあ、なるほど……?」
いや、全くもって納得してはいないのだけれど。どういうことだこれ。
「突然のことに混乱してるだろうし、私が信用出来ないのも当然だと思うけど、これだけは信じてほしい――私は、君の味方だ」
その穏やかな、優しい微笑みに心が安らいだ。同時に、少し胸が高鳴ったような気がしたが――きっとこれは、吊り橋効果だとかナイチンゲール症候群だとかの、例の心理的錯覚によるアレなのだろう。