加賀さんは後進の育成に専念するようです   作:時環

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姉妹 ―鶴のお話・後編その3―

入渠ドッグに浸かっているも、私の気持ちは大破着底した様なものだった。

瑞鶴に嫌われてしまった、その事実が私の頭の中でずっと巡り続けている。

取り留めのない思考の暴走からか、

完全に折れていた右腕の骨の痛みも全く感じられない。

そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

右腕で左腕を触っても、まるで他人に触れたような奇妙な感覚になる。

ドッグに入ってから一時間ほどすると高速修復材が使われて、私はドッグから立ち上がる。

濡れた体と髪をタオルで拭い、下着を付けてドライヤーで髪を乾かす。

鏡越しに見る自分の顔は、目は赤く腫れてとても見られたものではなかった。

ふと、自分の後方に真っ白な肌と髪をした女性の影が見えた気がした。

振り返って見てもそこには誰も居ない、見間違いだと思って私は鏡に向き直す。

すると感覚の無くなっていた右手を、白い手が掴んでいるのが見えた。

本来ならば、恐れ慄くところなのだが不思議とこの白い手に嫌悪感を抱けなかった。

暫くすると霞や靄のように白い手は霧散して、右手には何時しか感覚が甦った。

何が起こっているのか分からなかった私を呼ぶ声が聞こえる。

 

「翔鶴さん、入渠が済んだら提督が執務室に来てくれとのことですよ」

「分かりました。すぐに準備をして行きますね」

 

この事は誰にも話さないでおこう、昼間から幽霊を見たと言えば訝しがられるだけだ。

 

 

 

赤レンガの執務室に着くと、まだ中破状態の秘書艦の金剛さんが居た。

見たところ、提督は執務室には居ないようで私と金剛さんの二人だけが、

陽光が窓から降り注ぎ、窓からドッグを見下ろせるこの部屋に居る。

 

「空母・翔鶴、只今修復から戻って参りました」

「お疲れ様ネー、テートクは今は大本営に報告に行っていマース」

「そうですか、なら金剛さんが私を呼んだんですね?」

Exactly(その通り),個人的にというよりも同じお姉ちゃんとしてお話がしたかったのデース」

 

金剛さんは応接用の椅子を指示して私に座るように促す。

私が席に座ると金剛さんはティーカップを私の目の前に置いてくれた。

向かい側に座った金剛さんが自分のカップに口を付けたのを確認してから、私も頂くことにする。

流石は紅茶を嗜むだけあって、いつも適当に済まして飲んでしまうインスタントよりも美味しい、

気がする。

 

「あの、美味しい紅茶をありがとうございます」

「そんなに畏まらなくても大丈夫デスヨー。tea timeはオモテナシをする為ネー」

 

良く考えれば、作戦会議などの仕事以外で金剛さんと二人きりで会話をするのは初めてだった。

いつもは秘書艦として提督の傍らや、同じ金剛型の妹達に囲まれていて常に誰かと一緒にいる。

一人きりでいる、という状況事態が珍しい艦娘だった。

 

「それで、お話というのは何でしょうか?」

「瑞鶴の事デース、翔鶴は瑞鶴のことをどう思ってマスカー?」

「勿論、大切な妹です」

How much(どのくらい)?」

「私の命を投げ出しても惜しくないぐらいにです」

 

鋭い視線を投げかけられて、私は少しだけ身動ぎをする。

金剛さんの視線は、敵意や怒りとは違う。私の本心を探ろうとする目だった。

 

「命を投げ出しても構わないという気持ちは、私にもわかりますヨ。

 ワタシだって翔鶴と同じお姉ちゃんデース、それぐらいに妹を大切に思っていマース」

 

持っていたティーセットを、椅子の前のローテーブルに置いて金剛さんは立ち上がる。

 

「ただそれを実際に行動に移すのは、はっきり言ってどうかと思いマース。

 アナタはお姉ちゃんである前に戦場に立つ艦娘デース、自分の立場を考えるべきでは?」

「私の立場……」

「翔鶴と瑞鶴はあの一航戦の二人のsuccessor(後継者)デース!

 もしも赤城と加賀が同じ立場だったら、どうしたのかは翔鶴にもわかる筈デース!」

 

赤城さんが加賀さんの危機に面したのなら、恐らく私みたいに庇うことはなかっただろう。

寧ろ襲い掛かってくる深海棲艦を素早く射貫いて、加賀さんを救うに違いない。

 

「きっと私の様には行動はしないでしょう。

 ですが、もしも深海棲艦が差し違えようと渾身の一撃を放っていたら?

 果たして私の腕前で、あの赤城さんと同じことが出来ると思えるんですか?」

「ならば言わせてもらいますが、アナタは自分自身の腕前だけでなく、

 最愛のSisterをも信じ抜くことが出来ないのデスカ?同じ戦う僚艦のことも?

 何様のつもりネー?アナタ一人で深海棲艦と戦っているつもりでいるのデスカ―?」

「そんなつもりはありません、ただ私は()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 あの大戦の末期で、瑞鶴は囮にさせられてしまった!

 もうそんな思いをあの子がしなくても済むように、私が守ってあげないといけないんです!

 貴女は妹さんのその後を聞いて、何とかしてあげたいと思わなかったんですか!?」

 

私が言い終わるや否や、執務室に大きな音が鳴り響いた。

提督の執務机の横に立っていた金剛さんが、右腕の拳を机に叩きつけていた。。

たった一撃で机はヒビ割れ、右手の拳の隙間からは見間違いでなければ煙や火が見える。

金剛さんの右腕が置かれた提督の執務机が炎で燻る音が聞こえた。

紫色をした瞳が、普段は人懐っこく明るい色を湛えた瞳が、鋭く私を突き刺すように睨みつけている。

 

「Shit!ワタシのSistersについて言及するなら発言に気を付けて下サーイ。

 Sistersを決して可哀想な子にはさせまセーン、もうそれぞれを独りぼっちにしない為に

 ワタシ達姉妹は強くなりました」

「それと私の瑞鶴への思いに違いだなんて……」

「違いマース、アナタは瑞鶴の幸せばかりを願っていて、自分自身をおざなりにしてマース!

 そんなお姉ちゃんの姿を見て、Sisterが傷ついているのに気付けていないのデスカー!?」

「瑞鶴が傷ついている?そんなことありません!

 あの時の私は瑞鶴が傷付く前に助けられました!」

 

私には金剛さんが言っていることが理解できない。

あの作戦の時、私はこの身を呈して瑞鶴を守り切った。

 

「確かに瑞鶴は被弾することなく作戦を完了させました、けれどもHeartはどうデス!?」

「ハート……?」

「アナタが瑞鶴に傷ついて欲しくない様に、

 瑞鶴も大好きなお姉ちゃんが傷つくのは嫌な筈デース。

 それはわかりますカー?」

 

考えてもみなかったことだった。

私が傷つくことで、瑞鶴が傷ついている?

 

「ワタシ達は艦娘デース。BodyだけでなくHeartが傷つくことがありマース」

「心が傷つく……?」

「それを自覚する艦娘が少ないのは事実デース。

 元々が軍艦だったワタシ達がどうしてHeartがあるのかはわかりませんが、

 この事には重要な意味があると思いマース」

 

金剛さんとは違い、艦娘になって日が浅い私にはわからない。

確かに、どうして私達艦娘には人と同じような感情が心があるのだろうか?

今までこんなことすらも疑問に思ったことがない、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「昔にある艦娘に言われたことがありマース。

 兵器に感情は不要なのではないか、と

 But,ワタシは真向から否定しました」

「どうしてですか?」

 

私が訝しげに尋ねると、金剛さんは先程の恐ろしい様子から一変して気恥ずかしそうに言った。

 

「だって、この感情が無ければSistersを、人を好きになることすら出来まセン。

 だからワタシは艦娘として、感情が芽生えたことがとても嬉しい。

 テイトクと、Sistersと一緒に居られることがこんなに幸せだなんて、

 Heartが無ければ知ることも出来なかったのデスから」

「そうですね、心がなければ私が瑞鶴を愛することもなかったんですね。

 それは瑞鶴も同じで、瑞鶴は私が傷つくのが嫌なんですよね。

 でも、私はどうしてもあの娘が傷つきそうになると体が勝手に動くようになってしまうんです」

「成程、ワタシもsome time ago(さっきは)自分のことを棚に上げて言いましたが、

 昔は妹達の為に無茶をしたことがありマース」

「金剛さんがですか?」

 

今でこそ鎮守府の精神的支柱の一人である金剛さんが、無謀なことをしたとは思えない。

私は思わず聞き返してしまった。

 

「Yes,この鎮守府で初めて改二改装をしたのは他ならぬワタシデース。

 その頃の改二改装技術はお世辞にも整っていたとはいえませんでしたネー。

 それでもいずれはやってくる妹達の改二改装の為にまずはワタシから志願しました。

 そして、ワタシの嫌な予感は的中したネー」

 

金剛さんも、嘗ての私と同じように同型艦の妹にもいずれは来るであろう、

改二改装のデータを取る為に先行して改装したというのだ。

 

「嫌な予感、ですか。一体何があったんです?」

 

一番気になる所は此処だった。

鎮守府の発表ではこれまでの改二改装で失敗した例が無かった。

 

「ワタシは()()()()()使()()()()()()()()()、味覚障害なのデース」

 

少し言い淀んで、金剛さんはそう言った。

私には信じられないことだった、紅茶をあんなにも愛していた金剛さんが味覚障害だなんて。

 

「異変に気付いたのは改二改装をした初出撃の後ネー

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、気晴らしにアッサムティーを飲んでみたら、

 味どころか紅茶の熱さもわかりませんでしタ。流石にあの時は少しshockでしたネー」

「白い影……」

「やはり翔鶴も見える様になったのデスネー?」

 

私は言葉にしないが、頷いた。

入渠ドッグから出て来た時に見えたアレは、私の頭が可笑しくなった訳ではなかったのか?

 

「ワタシにも良くはわかりませんが、それを見たことがある艦娘は他にも居マース。

 その殆どが高い練度の艦娘か、ワタシ達みたいに改二改装を受けた艦娘デース」

「どうして、それを他の艦娘には言わないんですか?」

「他の娘達を不安がらせない為デース、ワタシ達は原因を突き止めようとしてますが、

 成果を得るどころか、その幻覚が見えていた艦娘の一隻が沈んでしまいマシタ」

 

私は押し黙ってしまう。確かに、練度が上がるにつれ、

つまり強くなることで自分の身がどうにかなってしまうのは、怖いことだった。

今までは自覚しないようにしていたが、私は今はっきりと恐怖を覚えている。

瑞鶴のことではなく、自分のことで恐怖を覚えるのは初めてのことだった。

 

「さて、話題を戻しマース。瑞鶴が傍に居ると無意識で体が守ってしまうということですが、

 ワタシにいい考えがアリマース!!」

 

私は金剛さんのアイデアを聞いて、最初は断ろうと思った。

けれども、このままで居てはまた私は瑞鶴を無意識の内に傷つけてしまう。

それならばいっそのこと

 

「金剛さん、わかりました。

 瑞鶴と話し合ってその提案に乗ってみます」

「Yes!ワタシは同じお姉ちゃんとして、翔鶴の選択を尊重しマース」

「ただ、瑞鶴にビンタしたことだけは本人に謝ってあげて下さいね」

「そうデスネー、二人のtalkが終わってから謝りマース」

(人のことは言えませんが、やっぱり姉馬鹿デスネー)




五航戦編は次の更新で一区切りです
今更ながら補足が活動報告に載ってますので、良ければ此方も見て頂けると幸いです
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