加賀さんは後進の育成に専念するようです   作:時環

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陸軍の艦娘

空母、加賀の朝は早い。

本日は他鎮守府との合同演習ということで、瑞鶴と葛城が演習艦隊に抜擢されたので、

その付き添いで加賀も他所の鎮守府へと向かうことになったからだ。

外はまだ薄ら暗い状態で、部屋も明かりを点けなければ足元も覚束ない。

右腕のない加賀には体のバランスが取りにくいのもあって、ただの転倒でも怪我に繋がりやすい。

前日の夜に枕元に懐中電灯を用意していたのでそれで足元を照らし、部屋のスイッチまで移動する。

明かりを点けて一安心すると、

強烈な眠気で頭がぼうっとして瞼が下りて来るが、頭を振りかぶって眠気を飛ばす。

睡魔が襲って来ない内に洗面台で顔と歯を洗い、左腕だけで何とか髪を整えて身支度を済ます。

必要なものをまとめた鞄を持ち、これから部屋を出ていく前に日課を済ませることにする。

 

「赤城さん、行ってきます」

 

今は居ない、同居人の写真に挨拶を済ませて自室を後にする。

空母寮の玄関には既に瑞鶴と葛城が支度を済ませて、加賀を待っていた。

 

「おはようございます、加賀さん!」

「二人ともおはよう、早速だけれども集合場所へ急ぎましょう」

 

二人を伴って加賀は、演習艦隊の集合場所である鎮守府の正面門に向かう。

そこには既に艦娘と艤装を同時に輸送するための、専用の大型車両が停車していた。

海路を使う場合はいつも通り波止場から出撃をするのだが、

今回の鎮守府は内地を経由して移動するので、輸送用の大型車両を使用する。

演習艦隊で選ばれたのが航空部隊として瑞鶴と葛城、駆逐艦の朧と秋雲、

重巡洋艦の摩耶と鳥海がこの演習に同行することになった。

通常の運行バスとは違い、装甲車で戦力を安全に陸路で輸送することを目的としている。

これを管理、運行しているのは海軍ではなく陸軍所属の憲兵だった。

 

「おはようございます、海軍の皆様。本日貴艦隊の輸送を仰せつかったあきつ丸であります」

 

大仰な態度で陸軍式敬礼をする黒服の陸軍服に身を包んだ女性、

彼女の顔はその服に反して真っ白だった。まるで古い時代のような白粉を使った化粧だった。

 

「うむ、我が鎮守府の艦隊が世話になる」

 

提督はそれに対して海軍式の敬礼で堂々と応える。

 

「とんでもない、これも我々の仕事でありますからな」

「予定通り本日は私は同席出来ないが、秘書艦の一人である加賀を同席させる」

「了解であります。()()()()()追加でありますな。

 ああ、そんなに気に病む事はありません。

 其方の鎮守府の艦艇輸送の費用が余計に掛かるだけでありますからなぁ」

「それもそうだな、ではくれぐれも宜しく頼むぞ」

 

艦娘輸送用の装甲車と言われているが、内部は普通のバスのような複数の座席があった。

ただ違う所は運転席である前部と輸送艦娘と艤装が格納される後部に別れている。

ただ貴重な深海棲艦への対抗戦力ということで護送車の数はそれなりの数が用意されている。

輸送車の一団は鎮守府を出発し、演習相手の鎮守府へと移動を開始した。

車内には憲兵であるあきつ丸が加賀の隣の席に同上していた。

加賀は目を合わせない様にしていたが、声を掛けられる。

 

「いやぁ、そちらの鎮守府の提督殿はからかい甲斐がありませんな。

 もう少し愛嬌があった方が自分としては面白かったのですが」

 

興味がないという体で加賀はあきつ丸とは反対側の窓の外の景色を見ていた。

普段自分達は海ばかりを見るので、道路が続く陸地は新鮮に感じられた。

 

「ふむ、()()()()()殿()もつれない態度でありますな。

 自分とのガールズトークよりも何の変哲もない陸地の方が面白いと見える。

 貴艦らも偶には陸の上を歩いた方が良いと思いますぞ」

「私達艦娘にとって、海の方が馴染み深い筈よ

 貴女も陸の上ばかりでなくて、嫌味も何もかも捨てて一度海に帰った方が良いわ」

 

窓に反射するあきつ丸の表情が、嘲りに満ちた余裕の表情から能面の様な無表情になる。

その白粉のせいで余計に感情のない能面の様に加賀は見えた。

 

「はは、これは手厳しいでありますな。

 お恥ずかしい話ながら海での戦いよりも、陸での戦いの方が多かったものですからな。

 それ以外にもこうして遠方の鎮守府同士の輸送も行ってますから、暇がないのであります」

「それはご苦労様、こうして移動を手伝って貰えるのは素直に感謝しています」

()()()()()()()()殿()にこうして素直に感謝して頂けるとは、()()として冥利に尽きますなぁ」

「それで、私にこうして執拗に話し掛けるのはただの暇つぶしかしら?

 それともただの貴女の悪趣味に付き合せたいだけなのかしら?」

「んー、そうでありますなぁ。どれも正解なのですがもう一つ理由があります。

 貴艦の周囲で身体に障害の出ている艦艇に心当たりはありませんかな?」

 

思わぬ言葉に加賀は無言になる。

陸軍にも艦娘はいると聞いたことはあるが、一定の練度を越えて兵器に近付いた艦娘が

身体機能に何らかの障害を発症させることは、確かに統計上一定数いるという結果が出た。

しかしその結果は、海軍内での公然の秘密であって陸軍はそれを知る筈はなかった。

仮にこれを知っていたところで、この陸軍の艦娘はそれをどうするつもりなのだろうか?

疑問と疑惑から、加賀は相手の出方を窺うことしか出来なかった。

 

「まぁ、海軍が我々を侮ることはここ最近よくあることでありますから何とも思いません。

 ですが練度の高くなった艦艇によく体の障害が出て来るという話を聞きまして、

 自分はそんな艦艇の為にそういった障害を取り除く()()を扱っているのですが、

 貴艦隊もどうかと思いまして。ああ、勿論その失ってしまった右腕は如何にも出来ませんがね」

 

そう言い終わるや否や、話を後ろの席で聞いていた瑞鶴が立ち上がりあきつ丸の胸倉を掴む。

瑞鶴の表情は憤怒で歪み、自分を侮辱されたように怒髪天を衝く状態だった。

 

「アンタねぇ、何処まで私達を馬鹿にすれば気が済むのよ!!」

「止めなさい、瑞鶴。彼女に手を出してしまっては、貴女が処分されてしまうわ」

「でも加賀さん!コイツは同じ艦娘なのに、さっきから私達を()()と物扱いして!

 加賀さんのことも馬鹿に……!!」

 

瑞鶴があきつ丸を睨み付けると、彼女はまるで他人事のように平然とした表情をしていた。

ただその黒い瞳だけは真っ直ぐと瑞鶴の黄色の瞳を見つめ、殺気に似たものを感じ取れた。

その隙のないあきつ丸の様子に、ただならぬ気配を察知して瑞鶴は腕を離す。

 

「ふむ、力量差を感じる程度の練度はあるようでありますな。

 流石はあの鎮守府の秘蔵っ子と言われるだけはあります、まだまだ思慮は足りないようですが」

「こ、この陸軍のアバズレ……」

「男を知らない生娘よりかはマシであります。何なら何人か紹介しましょうか?

 その貧相な体でも好事家は一定数いるみたいですし」

 

挑発的に自分の豊かな胸部を持ち上げて、あきつ丸は挑発する。

その表情は加賀と会話している時よりも愉悦に歪んでいる。

瑞鶴の頭にまた血が上るのを察した加賀はすぐに割って入る。

 

「あきつ丸、私達は貴女の悪趣味に付き合う為にこの車輛に乗った訳ではないわ。

 それと()()()()()の件だったら結構よ。ウチの鎮守府にそんなものに手を出す娘はいないわ」

 

加賀の毅然な態度に興が削がれたのか、あきつ丸の瞳から好奇と嗜虐の色が消える。

 

「果たしてそうでしょうかな?

 いずれは誘惑に負けるのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であります。

 まぁ、押し売りをするつもりはありませんのでガールズトークは終わりとしましょうか」

 

そう言って興味を無くしたのか、あきつ丸は車輛前部の運転席側へと移動する。

それを確認してから瑞鶴と葛城が加賀の隣の座席に座ってくる。

 

「加賀さん、大丈夫でしたか?ごめんなさい、私何も出来なくて」

「大丈夫よ、葛城。貴女は何も悪くないのだから謝る必要はないわ」

「それにしてもアイツ、今度またちょっかいかけて来たら爆撃してやる!」

「落ち着きなさい、陸軍と、いえ憲兵と事を構えるべきではないわ。

 深海棲艦との戦いをしているのであって、内ゲバをしている場合ではない筈よ。

 それにあの陸軍の艦娘は単純に練度では推し量れない実力を持っているわ。

 あと言葉遣いには気をつけなさい、駆逐艦の子達だって乗っているのだから」

 

周囲を見ると朧は最初の加賀みたいに窓の外を眺め、秋雲は興味津々で会話を聞いている様子だ。

鳥海は瑞鶴のようにいきり立っている摩耶を抑えるのに手いっぱいのようだった。

 

「えーと、ごめんなさい」

「瑞鶴が謝ることじゃねぇだろ、アタシだってあのいけ好かないクソアマぶん殴ってやりたいぜ」

「摩耶、そんなことしたら提督の立場だって悪くなるんだから落ち着いて」

「鳥海だってあのクソアマの話聞いて怒ってたじゃねぇか」

「貴女を抑えている内に静まったわよ、全く」

「でも、瑞鶴が動かなかったら朧が動いていた。多分」

「朧ってば普段は物静かなのにスイッチ入ったら怖いからね~

 (そうなったら座席的な意味で秋雲が止めないといけないのかー、無理だわー)」

「血の気の多い娘達ね……、幾ら陸軍が非友好的でも絶対に此方は手を出しては駄目よ」

 

秘書艦代行、いや提督の代理として輸送に協力してくれる陸軍に手を出させる訳にはいかない。

監督役として加賀はこの後も全員を宥めることに費やすことになった。

 

 

 

漸く輸送車が演習相手の鎮守府に到着する。

各々の艦娘は自分の艤装を車輛から降ろすして慌ただしい。

加賀は艤装や荷物のチェックをあきつ丸立ち合いの元で行っていた。

 

「ところで、貴女達は演習の間は何をしているのかしら?」

「ご心配なさらずとも我々はついでにこの鎮守府の監査もさせて頂くであります。

 暇を持て余せるほど憲兵には余裕はありませんからなぁ」

「そう。ところで誰かさんが必要に話し掛け続けてくれたおかげで、

 食べ損ねた握り飯があるのだけれども。食べる?」

「ふむ、これであの艦艇の無礼に目を瞑れということですかな?」

 

図星の加賀は少し緊張しながらも、首を縦に振る。

 

「そう捉えて貰っても構わないわ」

「そういうことでしたら、気兼ねなく頂きます。

 何の下心もない施しほど気色の悪いものはありませんから」

 

屈託のない様子で彼女は差し出された丸い握り飯を、呆気にとられる加賀から受け取り頬張る。

腹が空いていたのか、余程美味かったのかあっと言う間に平らげてしまった。

 

「うむ、美味い糧食でありますな。それでは積荷のチェックも降ろすのも終わった様なので

 我々は失礼するであります。集合時間になっても来なかったら置いていくかもしれませんので

 くれぐれもお気を付け下さい」

 

手に着いた米粒を舐め取りながら、あきつ丸は憲兵と共に赤レンガの方へと歩いて行った。

準備を終えた加賀達は演習場へと向かうと、小さな姿が仁王立ちをして彼女達を待ち構えていた。

 

「おはようさん、態々ウチらにやられに遠路遥々とお疲れさん」

「おはよう、まだそうと決まった訳ではないわ龍驤」

 

闘志を剥き出しにした、駆逐艦と見紛うばかりの小柄な体型の龍驤は不敵に笑う。




蛇足
あきつ丸の言うお薬は大きな声では言えないクスリです
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