加賀達とは別の鎮守府に所属する龍驤は、今か今かと加賀達を待ち構えていた。
かつての自分の古巣だが、手加減をするつもりはない。
同僚でもありライバルだった加賀とは直接の決着は付かなかったが、
彼女が教官役をやっている様に龍驤にも愛弟子は出来た。
これはどちらの愛弟子が優れているのかの代理勝負である。
龍驤の後方、波止場に座る長い銀髪を三つ編みにして黄色い瞳を持つ艦娘が海を眺めて呆けてる。
「雲龍、そんなところで呆けとるゆーことは、艦載機の整備は終わっとるんやろうな?」
「問題ないわ、龍驤。この子達もやる気十分よ」
その非常に豊かな胸の谷間に手を突っ込むと呪符を取り出し、
それを手のひらにかざすと呪符は艦載機の姿に変わり、雲龍の周囲を旋回する。
「ド阿呆!演習前に無駄に力を使ったらアカンって言うたやろ!
それにウチのことは先生と呼べって言っとるやろうが!」
「はいはい、先生」
「『はい』は一回でええ!」
小さな体を必死に身振り手振りで怒りを表していると、龍驤の元に偵察機が戻ってくる。
どうやら、加賀達を乗せた装甲車がもうこの鎮守府に到着したようだ。
「貴女も無駄に力を使っているじゃない龍驤」
「せ・ん・せ・い!それにこれは無駄やないで、立派な偵察や!」
「幾ら久しぶりに同僚に会えるからと言って、張り切り過ぎ」
「くっ、そんなことないし。ウチはそんなことで張り切らんし」
「龍驤先生、ごめんなさい。雲龍姉様は少しヤキモチを妬いているだけみたいですから」
冷めた目で見られて龍驤が言い訳をしていると、波止場にもう一人の艦娘が立っていた。
栗色の長い髪の毛に、茶色の瞳、髪には楓と結袈裟の髪飾りが付けられている。
和装に身を包む、雲龍型二番艦の天城だった。
「そうですよね、雲龍姉様?」
「どうかしら、それよりも他の娘達はどうなの?」
「皆さん準備出来ているみたいです。私は雲龍姉様を呼びに来ました」
「ホラ、そういうことやからサッサと行って来い」
渋々と雲龍は天城を伴って、波止場から演習場所へと向かう。
それと入れ替わるようにして、加賀が演習艦隊を連れてやって来た。
龍驤は自分の口角が吊り上がるのを抑えられなかった。
「おはようさん、態々ウチらにやられに遠路遥々とお疲れさん」
「おはよう、まだそうと決まった訳ではないわ龍驤」
対して加賀は相変わらずのポーカーフェイスだった。
それでもお互いに同僚との再会は満更でもない様だった。
「それはどうかな?そっちの手の内は読めとるで」
「それはお互い様だわ、今日は貴女は参加しないの?」
「今回はウチの秘蔵っ子が相手や、つまりどちらの弟子が優れとるのかの勝負やな」
そうなると考えて、加賀は作戦を練っていた。
龍驤は艦載機を大切にする余り、決め手に欠ける部分が多々あった。
その愛弟子もその傾向が強いと踏んで、航空戦力の封鎖の為に摩耶を連れて来ていた。
「望むところよ、お互い最善を尽くしましょう」
瑞鶴達の艦隊も波止場から演習座標まで進む。
今回の艦隊演習は旗艦を先に撃破した方が勝利となるルールとなっている。
そして誰が旗艦かはお互いは知らされず、両旗艦を知るのは演習の審判をする者しか知らない。
つまり、どれだけの数の艦娘が撃沈判定を受けても旗艦さえ生き残れば勝利するが、
全戦力を一隻に向けて各個撃破をしていては、時間が掛かってしまう。
更に演習座標は一定の海域を指定しており、その範囲内であれば何処へも配置に着ける。
セオリーとしてはまずは相手の位置を特定することから始めなければならない。
演習座標には龍驤が中継用の偵察機を飛ばし、どういった状況かは偵察機に括りつけられた
小型カメラで中継がされるようになっているが、加賀や龍驤から連絡を取ることは出来ない。
映像によれば、瑞鶴達も雲龍達も座標に辿り着いたようだ。
龍驤が目配せすると、演習開始を知らせる空砲が放たれる。
まずお互いにどこの位置にいるのか索敵が開始される、やがてお互いの偵察機が放たれた。
その際、加賀はある異変に気付く。
偵察機を放った後、すぐに相手側の偵察機が付近を索敵しているのを瑞鶴達は視認した。
視認すると同時に、敵偵察機は転進をする。もう見つかってしまったようだ。
余りに早すぎる、直ぐに瑞鶴は葛城に対空用の直掩機の発艦を急がせる。
「瑞鶴先輩、幾らなんでも早すぎるんじゃないですか?
此方はまだ相手の位置も把握出来てませんし……」
「逆よ!此方がまだ相手の位置も分かって無いのに相手はもう察知した!
だったらすぐに第一攻撃部隊がやってくる!
こんな無防備な姿を晒していたら七面鳥どころじゃないわ!」
瑞鶴の怒号に葛城も慌てて艦載機を発艦させる。
だが瑞鶴の予想に反して、中々相手の航空隊からの攻撃が来ない。
不気味なぐらいに静まり返った海上を進むと、鳥海の水上電探に反応が出た。
それとほぼ同時に摩耶の対空電探にも反応が多数出た。
(可笑しい、相手はこちらの位置を把握していたのに手を出して来なかった。
それなのに今更攻撃隊を向けて来ている……やっぱり加賀さんの言った通り、
艦載機の喪失を抑えようとして出し惜しみしている?)
そう瑞鶴が考えたとき、既に相手の艦載機は此方に飛んで来ていた。
その編成は、零戦62型爆戦、流星がそれぞれ二部隊ずつだった。
これならばこちらは烈風が四部隊を擁しているので制空権は取れたも同然だ。
此方の烈風隊が猛然と敵編成に挑み掛かり、獲物を追い回す猛禽類の様に敵機を屠る。
しかし数は圧倒的に相手の方が多く、摩耶の対空射撃を以てしても被害をゼロには出来なかった。
敵の攻撃隊は執拗に摩耶と鳥海を狙ったが、鳥海は秋雲が咄嗟に庇っていた。
「いってぇな、ふっざけんな!」
「ギャー!これじゃイラスト書けないぃ!」
摩耶は対空砲を破壊され中破、秋雲は武装の殆どを破壊され大破してしまう。
こちらも負けじと瑞鶴と葛城は攻撃隊を敵艦隊へと向けて発進させる。
瑞鶴が集中すると、艦載機へと意識が乗り替わる。敵艦隊を視認出来る距離まで艦載機が迫る。
すると、敵艦隊の上空から烈風が急降下して此方を撃墜しようと襲い掛かって来た。
攻撃隊は必死に回避運動をしてその防空網を掻い潜る、もう少しで攻撃可能な距離までだ。
しかし、艦載機に乗り移った瑞鶴の意識は暗転して、気が付けばいつもの肉体へ戻った。
何故艦載機の視点が暗転したのか、瑞鶴には理解出来なかった。
「瑞鶴先輩!どうしよう、攻撃隊からの連絡が取れなくなりました!」
「私の方も全然駄目、
烈風隊は何とか突破出来たし敵艦隊からの対空砲撃の距離まではまだあった筈だし……
兎に角!第二次攻撃隊の発艦準備を」
瑞鶴の指示は、急降下爆撃の音で掻き消された。
もう相手の第二次攻撃隊が此処までやって来ていた。
(そんな馬鹿な!幾らなんでも早すぎる!!)
「各艦、回避行動を!急いで!」
モニターに中継された映像を加賀と龍驤は眺めていた。
雲龍達から通常より早く繰り出される艦載機のからくりについて加賀は思い当たる節があった。
「艦載機熟練整備員ね」
「ご明察、あれのお陰で素早く艦載機を発艦させることができるようになってるで」
「考えたものね、搭載数で劣るのなら手数を増やすだなんて」
しかし、それだけではなかった。
龍驤の率いる艦隊は雲龍型二隻に航空戦艦二隻に航空巡洋艦二隻という
航空戦力に傾倒した艦隊だった。そして雲龍型以外の四隻には二式水戦が搭載されている。
先ほどの瑞鶴と葛城の攻撃隊が烈風の攻撃を掻い潜った後を二式水戦が待ち伏せしていたのだ。
烈風隊との格闘戦で消耗した攻撃隊ならば、熟練の二式水戦を使えば完封出来てしまう。
言わば龍驤の選抜した艦隊は航空主兵でありながら、アンチ航空戦力艦隊でもあった。
こうなってしまっては、瑞鶴と葛城の航空戦力は使い物にならない。
「最初の航空戦であえて対空力の強い摩耶や、打撃力の強い鳥海を執拗に狙ったのは
その後の戦いを有利に進めるためだったのね。
航空戦力を潰せば、あとは航空戦艦の火力で押し切れるという」
「その通りや!君がこっちに来ると聞いた時は必ず瑞鶴を連れて来ると思うたから
その鶴の翼をもぎ取ったろと思うてな」
一番最初に雲龍の偵察機が瑞鶴達の位置を特定してもすぐに第一次攻撃隊が出て来なかったのは、
瑞鶴達の第一次攻撃隊を待ち伏せて殲滅するのが狙いだった。
龍驤の艦隊運営方法はある意味綱渡りのものだった。
お互いの鎮守府の艦隊編成が対峙するまで明かされないので、もしも水上打撃部隊相手なら
決定力の欠ける龍驤の編成では火力で押し負けてしまうだろう。
(此処まで航空主兵論を推し進めているなんて、流石は龍驤ね)
特に他所の鎮守府へと航空戦力の増強という名目で移ってから、此処までの成果を出した。
その手腕に加賀はただ驚嘆するしか出来なかった。
敵艦隊へと第二次攻撃隊を繰り出した雲龍と天城は自身の艦載機へと神経を集中している。
確かな手応えを感じたが、油断は出来ない。第三次攻撃隊を出そうと呪符を取り出す。
呪符が神社幟を模した飛行甲板を経由して艦載機の姿に変わる。
「これより第三次攻撃隊を出すわ」
「了解、第三次攻撃隊が攻撃した後に私達も突撃するわ」
僚艦である扶桑の通信が入り、勝利を確信していると目視できる範囲に瑞鶴達の姿が見えた。
あの状況でも瑞鶴達は諦めずに、果敢に吶喊をして来た。瑞鶴は中破、それ以外は小破の惨状だ。
(最後まで諦めないその心意気は称賛出来るけれども、明らかに勝てない勝負に挑むのは愚行ね)
手を抜くことは相手に失礼と思い、雲龍と天城は攻撃隊を艦隊に差し向ける。
しかし、その状況が雲龍と天城に慢心を生んだ。
一瞬でも雲龍達は、自分達が揺るぎない勝者であると
手を抜こうが抜くまいが勝てるという考えそのものが慢心だった。
瑞鶴が手で合図を送ると、葛城の着物に隠れていた最初に発艦させたままでいた烈風隊が、
雲龍達の護衛の付いていない攻撃隊に襲い掛かる。
雲龍が後悔した頃には、既に攻撃隊はその殆どが撃墜され、瑞鶴達と同じ様に無力化された後だ。
「雲龍姉様!」
「まさか一瞬で足元を掬われるなんて、私達もまだまだ修行が足りないわね」
次の瞬間には、鳥海の模擬弾により雲龍と天城は撃沈判定を喰らった。
その知らせを聞いた他の雲龍側の艦隊に激震が走る。
先程の扶桑、その姉妹艦の山城に航空巡洋艦の最上と三隈は安全な足場を崩された気分だ。
「姉様、雲龍と天城が撃沈されてしまったようです」
「まさかあの状況で一矢報いて来るだなんて……発艦させた二式水戦も、もう燃料がないわね」
水上機の宿命として、一度発艦させてしまってはトンボ釣りをしなければ戻すことは出来ない。
つまり燃料が切れてしまったらそこからは戦力として加味できない。
雲龍側の航空戦力は、彼女達が撃沈判定を受けたことで壊滅してしまったということだ。
「心苦しいけれども水戦はこのまま着水させたままで、私達だけで残敵を仕留めます」
「そうだね、トンボ釣りをしている暇は流石に無いよね」
「くまりんこも心苦しいですが、致し方ありませんわね」
「そうと決まったら姉様は私が守ります!」
「では、三隈と最上を前衛、私と山城はその後ろを行き複縦陣で相手艦隊へ吶喊します」
雲龍達の報告では自分達を襲撃して来たのは中破した瑞鶴、小破した葛城と鳥海の三隻だった。
それが本当ならば、数の上では扶桑側の方が有利であるし、
ほぼ無力化された空母二隻は戦力としては加味出来ない。
そもそも最初から発艦させたままの烈風ならば飛行時間としても燃料はもう尽きている筈。
更に攻撃隊は二式水戦がトドメを刺したのを確認出来ているので瑞鶴と葛城に打撃力はない。
そうなればまともな戦力は鳥海のみということになる。
だが、本当にそれだけなのだろうか?何かを見落としているのではないか?
扶桑はこの状況の穴を、空を飛ぶ海鳥を見つける様に探っていた。
「扶桑、前方に敵艦隊を発見したよ!」
「姉様!聞きましたか、このまま吶喊して叩き潰しましょう!」
「最上と三隈は最大戦速で突撃、山城は私と強速で後を追います」
「了解しましたわ!」
扶桑は何かを警戒している、それを全員が理解した。
最上と三隈は瑞鶴達に吶喊し、手負いの瑞鶴をすぐに撃破した。
「瑞鶴先輩!よくもぉ!」
葛城が艦載機を飛ばそうと矢束に手を伸ばすが、もはや艦載機は残っていなかった。
結局彼女も為す術もなく、最上と三隈に撃破される。
残るは鳥海ただ一隻のみだ。
「もう降参した方が良いんじゃないのかい?」
「本気で言っているの?そうだとしたらこの鳥海も舐められたものですね!!」
最上と三隈の二隻が相手でも怯まず、鳥海は猛然と立ち向かっていく。
砲撃戦は激しさを増し、最上と三隈の連携にも綻びが生じ始める。
「もがみん、危ないですわ!」
「うわわ、三隈避けてー!」
誤まって衝突しそうになる二隻の隙を逃さない鳥海ではなかった。
鳥海の砲口が二隻を捉え、模擬弾が命中する。
その結果、砲撃を直に受けた三隈は大破し、彼女に庇われる形となった最上は小破した。
「最上と三隈ったら見てられないわ。姉様、掩護に向かいます!」
山城が最大戦速に切り替え、最上の掩護に向かったその時、後方から砲撃音が聞こえた。
振り返ると扶桑が被弾をして煙に消える姿が山城の目に飛び込んで来る。
「そんな、姉様!?」
砲撃が飛んできたと思われる方角には、無傷の朧が居た。
「朧を忘れたその報い、味あわせてあげる!」
この状況下で温存されていた朧の速力は戦艦の山城ではとても追えるものではなかった。
扶桑型よりも小回りの利く最上達は、既に鳥海相手で此方を救援する余裕もない。
朧の方はもはや燃料を使い切り、缶が焼き切れても構わないという覚悟で全速力で海原を駆ける。
駆逐艦の主砲は確かに戦艦にとっては脅威足りえないだろうが、最大の必殺技は主砲ではない。
その必殺技を朧は放とうと太ももの艤装を展開させる。酸素魚雷が山城を狙っていた。
(姉様、ごめんなさい。山城は此処までの様です)
山城が諦めた表情をし、朧が勝利を確信して口角を釣り上げる。
爆音が当たりに響き渡る。
大破した三隈を残し、最上は一隻で猛然と鳥海へと立ち向かっていた。
一対一での殴り合いを楽しむ様に鳥海の表情は喜色を隠せないでいる。
対して最上の表情は自分のせいで三隈を傷つけたという自責の念が浮き彫りになっている。
それと同時に、何としても目の前の強敵を打ち倒す覚悟があった。
「せめてお前を倒さないと、僕は!」
「私だって、このままやられたら摩耶に何て言われるかわかりません!」
必死の形相は演技ではなく、本気のものだったが鳥海にはこの演習での勝算がある。
二度目の雲龍達の攻撃を喰らった際、被弾したのは摩耶、瑞鶴、葛城、そして自分の四隻。
被弾した後に瑞鶴の報告を聞いた鳥海は必ず敵の残りの編成は航空戦艦と航空巡洋艦で
艦載機が全滅したのは水上機による制空補助によるものだと推察した。
そうなれば雲龍達を撃破すれば後は砲撃を主体とする水上打撃部隊と化す、それも低速の戦艦を
含んだ艦隊なので、いずれはその艦隊の動きに速力差の綻びが出ると考えた。
無謀に見える突撃を繰り出せば、敵艦隊は油断をするか堅実にするかどちらにせよ、
此方に小回りの利く航空巡洋艦を差し向けるだろう。それに出遅れた戦艦を
小回りの利く朧が翻弄して酸素魚雷を用いて撃破する。
荒唐無稽な大博打に近い、作戦とも言えないような行き当たりばったりの対処法だったが、
鳥海にはこれしか手が思い浮かばなかった。
そして事は鳥海が思い描いた通りの筋書きを見せている。これが喜ばずにいられるだろうか。
(後は私がこの二隻を撃破出来れば、勝利の確立は高くなる!)
まさか駆逐艦が旗艦になるとは考えられないだろうという自信もあった。
やがて、自分と最上の砲口が互いを捉える。
(惜しくも私は此処までみたいですが、後は頼みましたよ、朧!)
ほぼ同時に放たれたお互いの砲弾が炸裂し、鳥海と最上は撃沈判定となった。
轟音が鳴り止み、山城が目を開けるとそこには模擬弾を喰らって中破状態となった朧がいた。
被弾した扶桑は飛行甲板でそれを防いでいたようで、小破止まりで済んでいた。
そして、魚雷を発射するために朧の動きが単調になったところを狙い砲撃していた。
「山城に手は出させないわ!」
「しつこい!」
朧は再び小回りの利く動きで二人を翻弄するが決め手に欠けている。
先ほどの攻撃で魚雷発射管が破壊されてしまい、必殺技の酸素魚雷が発射出来なくなっていた。
最後の悪足掻きとして、朧が取れる行動は一つしかない。
魚雷を至近距離で素手でぶつけるしか、戦艦の装甲を貫く術はない。
朧は太ももの艤装から左手で酸素魚雷を抜き取り、それを肩にかけて扶桑へと全速力で突撃する。
対して扶桑は、全力で追い駆けてくる朧から逃げられないのを承知で迎え撃つつもりだ。
「姉様!」
「山城、貴女は来ないで!!」
扶桑と山城の会話に、朧は不信感を覚える。
先ほどの艦隊の指揮から扶桑が旗艦と思っていたが、旗艦だとしたら余りにも自己犠牲が過ぎる。
目を見開いて朧は山城を睨み、進路を扶桑から山城へ変更しようとする。
(明らかに扶桑は旗艦じゃない、鳥海がそうだった様に扶桑が旗艦と見せかけていた!多分)
扶桑は旗艦を見破られたと判断し、強引に進路を変更した朧目がけて主砲を撃つ。
砲弾は朧の背中の煙突を破壊したが、逆にその爆風で余計に勢いがついてしまった。
そんな状態であっても、朧には撃沈判定は出ずに大破で踏み止まっている。
そして肩にかけた必殺の酸素魚雷も未だに健在。最後まで闘志を剥き出しにした朧が山城に迫る。
「私とて誇りある超弩級戦艦扶桑型の端くれ!やってやるわ!!」
山城も全力で朧に向かって挑む、そして徐に飛行甲板を彼女に向けて全力で投擲する。
朧は咄嗟に回避行動をする為に速度が低下した。その隙を扶桑も山城も見逃さなかった。
前後からほぼ同時に撃たれた朧は、今度こそ撃沈判定を受ける。熾烈な艦隊演習が終わった。
演習が終わり、両艦隊の回収作業も終わる頃には日も沈みかけていた。
兎に角、演習とは思えないほどお互いに本気を出した結果、自力で航行できる艦が少なすぎた。
大破していた秋雲と摩耶は無傷の朧を燃料を極力消費させないために二人掛かりで
扶桑や山城の背後まで曳航していた為に燃料は殆ど残っていなかった。
やがて両艦隊は入渠から出て来ると演習成果をお互いに報告し合う反省会を始めた。
「ド阿呆!最後の最後で慢心しおって!扶桑達の頑張りのおかげで何とか勝てたものやで!」
「……ごめんなさい」
「天城も慢心してしまいました、ごめんなさい先生」
天城は兎も角、雲龍は本気でへこんでいる様で、いつも以上に俯き勝ちになっている。
本当に落ち込んでいると、口下手なのが余計に口数が少なくなっている。
「まぁ……それでも勝ちやし?
航空戦としてはこっちの完勝やったから、追加メニュー難易度甲で許したるわ」
それを聞いた天城はげんなりとした表情をしたが、
彼女とは対照的に雲龍は顔をあげて龍驤の両手を取る。ただ手を握っただけかと思ったら
嬉しさの余りに小柄な龍驤の体を大柄な自分の体で空中ブランコの様にくるくると回す。
「や、やめれ~~~~~~!!」
そんなお祭り騒ぎな龍驤側を瑞鶴は呆れながら見ていた。
(私達あんなのに負けたのか……でも艦載機の練度も高かったし完全に実力でも負けてたわ)
それよりも深刻なのは加賀の落ち込み様だった。
自分や赤城が得意としていた開幕による大打撃を完全に封鎖されてしまったのだ、無理もない。
実戦を離れてそれなりに時間が経過してしまっていたので、二式水戦の有用性や
熟練艦載機整備員の使い道を考えられなかったのはかなり拙いと痛感している。
「あの、本日は演習ありがとうございました。
龍驤先生に代わって不肖ながら天城がお礼申し上げます」
「此方こそありがとうございました。
加賀さんが茫然自失状態なので、代わりに鳥海からもお礼を述べます」
「そちらの不撓の精神は凄まじかったわ。
特に朧は私達戦艦二隻を相手に大立ち回りをしましたし。私達も見習わないとね、山城」
「そうですね、姉様!それにしても折角の飛行甲板も紛失してしまって不幸だわ……」
「今回は一歩及ばなかったけれども、次は負けません」
負けず嫌いな朧はそう言って扶桑と山城と握手を交わす。扶桑は儚げに微笑んでいた。
山城はまた始末書を書かなければと恨めしいようにぶつぶつと独り言を続けている。
「ねぇ三隈、本当にもう何ともないかい?」
「大丈夫ですわ、もがみん。三隈はもうもがみんを置いていったりはしませんから」
史実の如く衝突しかけたことを最上は本当に悔いているらしく、二人の世界に没頭していた。
秋雲は静かにそんな最上と三隈の絡みを、一心不乱にスケッチブックで絵に残している
「にしてもアタシの防空射撃を掻い潜って来るとは、流石は龍驤が仕込んだ空母だな」
「ありがとうございます、摩耶さん。龍驤先生はああ見えて訓練はスパルタですから。
追加メニュー難易度甲か、はぁ……」
加賀と同期である龍驤のシゴキだから並大抵のものではないと瑞鶴達には察せられたので、
天城の大きなため息にも納得してしまう。
憂鬱になっている天城に、葛城は恐る恐る声を掛けた。
「あの天城、さんですよね?雲龍型二番艦の」
「はい、天城ですよ。貴女は雲龍型三番艦の葛城よね?
そんな他人行儀にさん付けしなくても大丈夫よ」
そう言われて葛城は嬉しそうに表情が華やいだ。
「じゃあ、天城姉って呼んでもいい?」
「勿論、姉妹艦同士ですもの。そう呼んでくれていいですよ」
「瑞鶴先輩!私、姉妹艦と再会できました!」
「うん、おめでとう葛城。本当に凄い航空攻撃だったわ、凄く勉強になりました」
葛城の頭を撫でつつ瑞鶴は天城に握手を求める。
自分よりも艦歴の長い瑞鶴の対応に、天城は慌てて手を自身の着物で拭って瑞鶴の手を握った。
「光栄です。瑞鶴さんにこうして称賛して貰えるだなんて」
「いやぁ、私もまだまだ鍛錬が足りないから」
「けれども、最後の烈風隊には完全にしてやられたわ」
一通り龍驤を回して満足した雲龍が何時の間にか天城の後ろから顔を覗かせていた。
その無表情な姿は加賀を彷彿とさせたので、瑞鶴には心から賛辞を述べていることに気付く。
「ありがとう。
厳密には違うけどまさか水上機を使ってまで制空を取って来るとは思ってなかったわ」
「龍驤のアイデアよ。どうしても私と天城では貴女の搭載数には勝てなかったから」
「本当にそれに関しては、こういうやり方もあるんだと勉強になったわ。
また演習やりましょう、今度は私と葛城がそっちを驚かせる番なんだからね」
「望むところよ、葛城もまた演習でこっちに来たら続きをやりましょう」
「うん、雲龍姉にも天城姉にも負けないぐらいに鍛錬を積んで、強くなってみせるから!」
しこたま雲龍に文字通り振り回された龍驤は加賀の隣へと歩み寄る。
「どや、ウチの秘策は中々のもんやったろ?」
「そうね、実戦を離れていた私よりも柔軟な発想だったわ」
拗ねた様な加賀の物言いに、龍驤は少しムッとした表情になる。
「あのなぁ、キミが実戦を退いたとしてもな、
酷なこと言うかもしれんけれども教え子の報告や実戦に出てる子の意見もちゃんと聞くんや。
そしたらウチと同じ土俵に立つことだって出来るやろ。何せキミはあの加賀なんやぞ?」
「ありがとう、龍驤。少し気が楽になりました。
今日はもう帰投しなければならないけど、また休日には呑みに行きましょう」
「もう飲み比べ勝負は嫌やで……ホンマに」
加賀は苦笑いをする、以前龍驤と飲んだ時は翔鶴にしてやられたことを思い出した。
今頃、彼女はどこの海に出撃しているのだろうか、それが少し気になった。
もう二度と海戦は書かないよ