葛城の初陣から数日、改めて深海棲艦の通商破壊作戦が発令された。
前回での異常気象は続かず、その戦闘で作戦は見事完遂し葛城は初めての白星をあげた。
これには葛城も自信をつけることが出来たようで、
先日の落ち込んでいた姿は何処へやら前向きに鍛錬に打ち込むようになっている。
その姿に加賀も瑞鶴も安心し、いつも通りの射掛けの鍛錬を行う。
それが一段落したら湾内へ出て水上からの射掛けの鍛錬、地上よりも不安定な水上で行うので
体力の消耗は地上とは比べ物にならない。
作戦は海の真ん中で行うことが多いので、比較的静かな湾内でそれが出来なければ話にならない。
水上射掛けが終了したら体をクールダウンさせる為にも鎮守府の外周を徒歩で何週かする。
日が暮れる頃には二人はクタクタになっているが、
基本の積み重ねは大事だと常々言われているので不満はなかった。
それを一週間の内に四日行う。出撃が多ければ少なくなるが残りの日は射掛けの後は座学だった。
座学では主力艦隊からのヒアリングを元にした加賀からの航空戦力の運用方法の指導がある。
様々な条件下で機動部隊はどう動くべきなのか、
また過去の作戦からの深海棲艦の行動パターンの分析なども主目的となっていた。
特に深海棲艦は姫や鬼級の新型が増え続けているので、行動パターンの分析はかなり役に立つ。
口下手と思い込んでいる加賀に座学は少々負担に感じていたが、二人の為にも努力は怠らない。
その為にも稽古の後には毎日の様に色々な艦娘のところへ出向いては、話を聞いていた。
そして今日は金剛の所へと話を聞きに入渠ドックに来ていた。
金剛は本日の作戦で中破しており、入渠時間が長い為に加賀は態々ドックまで話を聞きに来た。
「加賀も頑張りマスネー。昔に比べて交友関係も増えたんじゃないデスカー?」
「これを交友関係と言って良いかはわからないけれども、人付き合いは増えたわ」
入渠ドックまで来てそのままは勿体ないと金剛に言われて加賀も隣のドックで入渠をする。
久しぶりにドックに入渠したが、戦闘に出ていない自分が入っていていいのか気が引けていた。
「ところで、翔鶴のことは何か聞いていないかしら?」
「Oh やっぱりそれを聞きマスカー。加賀になら話しても良いでショウ」
金剛の話では翔鶴はこの鎮守府には常駐しては居ないらしい。
今の彼女が所属している舞台は第二遊撃機動部隊というのもので、
様々な鎮守府の腕利きを集めたという選抜チームらしい。
大本営が出資をしており、作戦遂行が困難と判断しその失敗が大損失を生じるものと判断されれば
作戦遂行中の艦隊への支援艦隊として派遣される。
つまりは鎮守府主力艦艇を大本営の影響下に置くために作られた艦隊だった。
しかし、各鎮守府の選りすぐりを揃えられるので作戦への貢献度は非常に高い。
中には、手柄を横取りされるとこの遊撃部隊を嫌う提督もいる程らしい。
かつての教え子がそんなところに身を置いているのは喜ばしいが、素直に喜べない部分もある。
「そうなると、翔鶴がこの鎮守府に戻って来る事は……」
「Yes,恐らくはNothingデース」
余程の事が無い限り、大本営が一度囲った艦娘は戻って来ることはない。
また艦隊メンバーの機密保持の為にこの鎮守府でそれを知っていたのは金剛と提督だけだった。
勝手に判断をした提督を責めることは出来ない、恐らくは大本営からの圧力があったのだろう。
試製甲板をこの鎮守府に下ろしたのは、最初から大本営が囲い込むつもりだったということ。
加賀の憤りは大本営へと向けられていた。
「But,テートクは諦めた訳ではアリマセーン。
どうにか翔鶴を取り戻せるようにコネを使って
「提督に大本営へのコネがあったの?」
「大本営も一枚岩ではないということデース、親艦娘派から切り崩すと言ってマース」
鎮守府毎にも艦娘の扱いに差が出来ているというのは周知の事実だったので、
大本営の方でも派閥が分かれているのは不思議なことではなかった。
細かい事を言えばもっと派閥は分かれているだろうが、
その中でもシンプルで一定の地盤を持っているところを提督は狙っていた。
(元々提督も親艦娘派の主張をしているというのもあったが……)
「それが実を結ぶのを私も祈ります」
「テートクのAdvantageは最後まで諦めないところデース。きっとChanceは訪れマース」
「貴女も諦めないところが同じね。
私も翔鶴と瑞鶴がまた同じ艦隊になれることを諦めた訳ではないけれども」
「だからこそ自分の出来ることを何処までも加賀はやるのデスネー。Great!」
「別に褒められることじゃないわ。
私はただ教育者として教え子達が帰って来れるように手を尽くすだけよ」
そう言って加賀は入渠ドックから上がる。
期待など全くしていなかったが、やはり失った右腕は回復する兆しは無い。
ただ体中からほんのり湯気が出ているぐらいだった。
「今日はドックまで押しかけて御免なさいね」
「No problem!今度はお茶会でもしまショウ」
加賀は会釈して脱衣所へと向かって行った。
一人残された金剛はぼんやりとそれを見送る。
(そう言えば、同じく遊撃部隊に行ったあの娘は元気にしてますかネー)
幾日が過ぎ、鎮守府は一つの壁に突き当たった。
深海棲艦の海上封鎖の範囲が広がり、潤沢な資源が眠る西方海域への輸送作戦に支障をきたした。
これはこの鎮守府のみの問題ではなく、他の鎮守府及び大本営にとっても看過できない事態だ。
問題は斥候も上手く行かず、敵艦隊が泊地としている場所すらも不明だった。
潜水艦らの懸命な斥候でも中々数が絞り込めず、全部で3〜4つの場所が残っている。
この事から泊地は一つとは限らないと推測され、
一つを叩いても今までの経験から上手くは行かずにすぐに再建されてしまうだろう。
数的にも不利になりやすいこの状況下で戦力を分散することは出来ない。
提督が考えたのが各鎮守府が連携して、泊地と思われる箇所を同時に叩くというものだった。
今まで独自での判断か大本営主導で動いていただけに、鎮守府同士での連携に前例が無かった。
各鎮守府の提督はこれまではお互いをライバル視していて連携を取ることを考えもしなかった。
その為に、大本営を通さずに他の提督に話を通したとしても賛同するものは少ないだろう。
そこで提督は大本営へとこの意見を具申する。
(大本営にとってもこの状況は打破したい筈、
他の代案があるなら今まで大本営が沈黙している訳がない)
提督の思惑通り、大本営はこの意見を採用した。
それから西方海域に向けて佐世保鎮守府へと指揮本部を設置し、
各主力艦隊を西方海域付近まで輸送船で送り出す。
敵艦隊も此方が複数艦隊で来るのは予測しているので、輸送船にダミーを混ぜて攪乱した。
これにより逆に敵も戦力を分散させなければならなくなり、主力艦隊の輸送成功率は上がった。
お陰で複数の泊地への同時の襲撃は非常に上手く事が運んだ。
しかしながら、此処で泊地の防衛が思いの外固く膠着状態になりつつあった。
「思ったよりも敵の守りが堅牢ですね……分散させてこうなんて」
「逆に分散させられたから此処までやれたと考えるべきでしょ。
此処までお膳立てしてくれた提督さんの為にも頑張らないとね!」
思わず弱音を吐く葛城を鼓舞しようと瑞鶴は努めて明るく振る舞った。
他の僚艦にもそれが伝わり、瑞鶴達は一層奮起する。
それを嘲笑う様に深海棲艦の熾烈な攻撃は続く、この手応えは間違いなく此処が本丸だろう。
戦線が膠着している状態が続き、やがて瑞鶴と葛城の艦載機の残りが少なくなって来た。
攻撃隊に関してはほぼ壊滅でまともな打撃力はなく、
戦闘機で僚艦を敵艦載機の空爆から守れるようにするしかほぼ手が無い。
ただその僚艦達も長引いた戦闘で弾薬も燃料もかなり消耗してしまっている。
旗艦の金剛は既に撤退も視野に入れているようだが、
この作戦は同時に泊地を攻略しなければ効果は薄く判断がとても難しい。
流石の瑞鶴も諦めが頭を過ったその時だった。
「此方第二遊撃機動艦隊、此れより貴艦隊の援護を行う」
無線から落ち着いた少女の声が飛び込んできた。
まだ幼い少女の声ではあったのだが、そこには一切の感情が込められていない。
重く、冷たい声だった。
その直後、瑞鶴達の背後から無数の艦攻隊が泊地を防衛する敵艦隊に向かっていった。
「あれは天山に流星改ですね……
でもあの天山の垂直尾翼に機番号が書いてあります。珍しいですね」
「あの機番号、まさか」
瑞鶴はあの機番号を見たことがある、自分がまだまだ未熟者だった頃に見たことがある。
その機番号は『AⅠ-311』、かつて赤城が所持していた天山一二型、通称村田隊だった。
振り返ると、赤い弓道着に長い髪が瑞鶴の記憶と符合する。