今更ながら第三部は過去のお話しになるので後半になるにつれて鬱な展開になります。
赤城と加賀がコンビを組んで同棲を初めてから幾日が過ぎた。
その間も加賀は鳳翔の鬼のような訓練をこなし、血の滲む様な努力を重ねる。
だが赤城は常に加賀の一歩先を行っていた。
自分の前を平然と進み続ける赤城に、加賀はこれまた面白くないという顔をせずにはいられない。
同じ正規空母だというのに、搭載数では此方が上回っているのに彼女は常に先を行く。
それがまるで自分を挑発しているのではないかと錯覚までしてしまう程だ。
この頃の加賀には既に赤城への対抗心が完全に芽生えていた。
本日もまた鳳翔からの鬼の扱きが始まる前の事だった。
「さて、お二人には新しい仲間を紹介しますね。今日から配属された軽空母龍驤さんです。」
二人の目の前には鳳翔さんとどう見ても駆逐艦にしか見えない幼い艦娘が立っていた。
その小さな体と同じぐらいに目を引くのが彼女が持つ、大きな巻物の様な艤装だった。
「軽空母龍驤や!独特のシルエットやけれども艦載機を繰り出すちゃんとした空母やで!」
「可愛らしい空母ですね」
そう言うと赤城は龍驤が反応をする前に頭を帽子越しに撫で始める。
余りにも自然と子供扱いをするので、鳳翔は少しだけ吹き出していた。
「こ、コラァ!ウチはちゃんとした空母や!駆逐艦を撫でるみたいに子供扱いすなー!!」
「ごめんなさい、ちょうど手が届く位置に頭が来ていたものですから」
「う、ウチがチビやと言いたいんか!?上等や、売られた喧嘩は買ったる!勝負やデカ女!」
ちなみに赤城の身長は女性にしては大きすぎるということは決してない。
「私闘は禁止されています。鳳翔さん止めて下さい」
「そうですねぇ、私闘じゃなくすれば問題は無いという事ですよね」
「え?」
「お二人とも血の気が多いことは結構ですけれども、少々お待ち下さいね。
提督にお二人の演習の許可を貰いに行って来ますので、それまでに初めてしまった場合は
二度と艦載機に手を触れられないと思っていて下さいね」
鳳翔は冗談ではなく本気で言っているようで、
赤城と加賀は勿論の事だが今日知り合った龍驤も背筋が凍り付く。
「これで良いのかしら……」
こんな私闘が認められるのであれば、加賀は一度赤城と白黒を付けたいと考えていた。
赤城の才能は自分よりも上であることは不本意ながら認めざるを得ない。
だが実際に戦えば負けることはないという自負はあった。
だから、願わくば龍驤との演習の後に加賀は鳳翔に頼み込もうと画策する。
やがて鳳翔が戻って来て、二人の私闘もとい演習の許可が出たことを告げる。
「普通の訓練も大事ですがお互いの腕を確かめ合うのも大事なことですからね。
それにその方が面白そうですし……コホン、それでは沖へと出ましょうか」
最後に余計な一言を聞いた気がしたが三人は沖へと繰り出す。
鳳翔が提督から許可を取ったついでに演習用の弾薬を補給し、
赤城と龍驤は一定の距離を取って向き合う。
波の音と海鳥達の鳴き声だけが酷く耳に残るほど静かな時間が一瞬だけ流れた。
だがそれは幻の様に掻き消される。
目にも止まらぬ速さで赤城は弓を構え、矢を番えて放つ。
閃光の如く龍驤は巻物型の艤装、飛行甲板を展開して式神を繰り出す。
お互いの矢と式神が無数の艦載機の姿を変えて、激突する。
先程までの静けさからお互いの艦載機のエンジン音や機銃の音、爆弾の音が周囲を塗り替えた。
その光景を加賀は目で追うのでやっとだった。
(こんな人に私は勝とうと思っていたの……!?)
目にも止まらない速さで攻撃を繰り出し、的確に相手の急所を狙い打つ。
まるで人間らしさとは無縁の精密機械の様な、一糸乱れぬ所作に加賀はただ戦慄した。
自分と同じ艦娘だというのに、まるで赤城のあの戦い方は純粋な兵器そのものだ。
あそこまでの境地に至るにはどれだけの修練を重ねなければならないのか想像も出来ない。
最初こそ互角の戦いをしていた龍驤だったが、徐々に赤城の艦載機に押され始めている。
「何ちゅう奴や……何度も打ち合うてるのに全く疲れた素振りも見せへん」
龍驤の艦載機が何機か赤城に肉薄するも、それでも赤城は集中力を途切れさせずに
まるで予測していたかの様に直掩機を使って艦載機をすぐに追い払ってしまう。
普通ならば自分が被弾をしないようにそちらへと多少なりとも注意を向けるのだが、
赤城はただ攻めることだけに集中をしている様にしか龍驤には見えなかった。
ふと赤城の背後に大蛇の如き気迫と鋭い殺意のような覇気を龍驤は感じ取る。
やがて龍驤の動きに疲れが見え始めて、段々と龍驤の攻撃機はその数を減らして行く。
赤城の攻撃機が龍驤の周囲を取り囲み始めると、鳳翔から止めの一言が掛かる。
「怪我をして入渠することになったらこの後の訓練が出来ませんし、此処までですね」
「……完敗や。君の実力は嫌というほどわかったで」
「龍驤さんも中々のものでしたよ。攻撃機を撃墜されない様に良く編隊がされていました」
「よう言うわ。最後の方なんてその編隊も殆どズタズタにされてしもうたしな」
「お二人とも戦い方に関して言えばまだまだな所もありますね。
まずは龍驤さん、艦載機を大切にすることは結構ですが決定打に欠けているのは否めません。
次に赤城さん、攻めの一辺倒で余り自分自身の周囲への注意力がなっていませんでしたよ」
鳳翔が赤城の裾を指差すと、龍驤の艦載機の攻撃で一部が焦げていた。
「今回は演習ということでこの程度で済みましたが、
これが実戦でしたらその右腕は吹き飛んでますよ?」
「はい、まだまだ至らない部分があって申し訳ありません」
「直掩機を使っての防御はしていましたが、
被弾を防げないのでしたらしてないも同然でしたね」
鳳翔は笑顔でズバズバと駄目出しをして来るので、普通に怒られるよりも堪える場合がある。
それでも平然とその駄目出しを受け入れられるのは赤城ぐらいのものだった。
「さて、ウォーミングアップも終わりましたので
今から回避訓練と艦載機による迎撃訓練を行います。
三人居ますし此方は少し本気を出して空襲しますので気張って下さいね」
(今までのあれでも本気では無かったのね……)
何度も気絶寸前まで続けたあの鬼の様な訓練よりも激しいと言うのだから加賀は気が滅入る。
「勿論、貴方達は僚艦なのですからお互いに助け合っても良いですからね」
加賀達には艦載機がある。
それで協力をして鳳翔からの猛攻を防ぎつつ、反撃もしなければならない。
今まで加賀と赤城の二人では一度も鳳翔に攻撃を当てる事は出来なかった。
だが今回は新人とは言え、龍驤が入って三人となるので好機と言える。
筈だった。
(今まで連携らしい連携が出来たことがなかったわね……)
赤城の艦載機の運用に加賀が追い付いて行けていない部分があり、連携が成功したことはない。
それに今回は初対面の龍驤もいる。連携が成功するとは到底思えなかった。
加賀がそうこう考えている内に赤城は先手必勝と鳳翔に艦載機を放つ。
鳳翔もまた目にも止まらぬ早さでいつの間にか艦載機を展開して、赤城のそれを迎え撃った。
赤城の艦載機だけでは鳳翔に届かない事はここ数日の間に分かったことだ。
それでも赤城はただ攻撃に集中している。
まるで自分の背中を守れとでも言われているようで、加賀は面白くなかった。
加賀も負けまいと艦載機を繰り出し、龍驤もそれに倣って発艦させる。
三人の航空隊は連携を取ることもせず、各々のやり方で鳳翔へと襲い掛かる。
奇しくも三方向からの同時攻撃が成立したのだが、鳳翔は敢えて攻撃隊を一方向に集中させる。
そこは赤城の航空隊が進軍してくる方向で、鳳翔の攻撃隊と艦戦隊はそこを突破した。
鳳翔の艦載機はまっすぐに赤城へと向かい、彼女への爆撃を開始する。
加賀は少々迷ったが自分の直掩隊を赤城の救援に充てることを決意、
それは龍驤も同じで鳳翔の艦載機を徐々に包囲する形になった。
その動きを見て鳳翔の艦載機は攻撃の手を緩めてすぐに離脱を開始する。
「流石は鳳翔さん、引き際を弁えとるけどちょっち遅かったなぁ!!」
龍驤の言う通り、鳳翔の艦載機は加賀隊、龍驤隊と赤城隊の三方向からの包囲で混戦になる。
一方の鳳翔本人に向かっていた艦載機は鳳翔の直掩隊との戦闘を開始していた。
鳳翔の直掩隊の練度は非常に高く、三人掛かりの数の優勢によってやっと対抗出来るレベルだ。
何時の間にか、三人の中でぎこちないながらも連携をすることが出来るようになっていた。
赤城に対抗心を燃やしている加賀だけでは不可能だっただろうが、
龍驤という緩衝材が変化を齎したのだろう。
その様子に鳳翔は毅然とした真剣な表情を一瞬だけ綻ばせる。
だが素直に華を持たせる気など毛頭なく、すぐに何時のも訓練時に見せる厳しい表情に戻る。
鳳翔の直掩隊の予期せぬ奮闘ぶりに徐々に三人の意識はそちらに向いていた。
その隙を逃すほど鳳翔は甘くは無かった。
「……ッ!!赤城さん!直上!!」
何時の間にか包囲を突破していた鳳翔の爆撃隊が赤城の遥か上空から襲い掛かる。
それに気づいた加賀は、自分でも不可解ながらも赤城の元へと駆け出し、彼女を突き飛ばした。
自分のすぐ傍に黒い塊が降りて来た瞬間がスローモーションの様に見え、爆ぜて意識が遠のく。
暗転した視界の外から、赤城の声が聞こえた気がしたが何を言っているのか加賀には分からない。
次に加賀の目が覚めたのは入渠ドックの中の事だった。
隣を見ると、自分と同じくドック入りをしている赤城の姿がそこにあった。
自分が此処にいる経緯を思い出し、結局捨て身の行動を取っても赤城を守れなかったと落胆する。
(どうして赤城さんがドック入りしたことに落胆しなければならないの……?)
などと自分の気持ちに戸惑っていると、赤城と目が合う。
「おはようございます。加賀さん」
「おはよう……ございます」
暫く沈黙が入渠ドック内に流れる。あの後の訓練はどうなってしまったのか?
加賀はそれが気になるのだが、赤城を庇ったあの瞬間を思い出して声を掛けづらい。
俯いて、水面に移る自分の顔と睨めっこをしていると赤城から口を開く。
「あの後なんですがごめんなさい。結局鳳翔さんには勝てませんでした」
「そう……それは残念だわ」
また重苦しい沈黙が二人の間に横たわる。
今度も口を開いたのは赤城の方だった。
「ごめんなさい。私の為に加賀さんが負傷をしてしまうだなんて」
「それは……」
「加賀さんは以前に言っていました。私の事が苦手だと、それなのに……」
「勘違いしないで頂戴。個人の好き嫌いは兎も角として私と貴女は同僚なのよ。
以前の貴女は同僚なのだから助け合うのが良いと言った筈よ」
加賀にそう言われた赤城は、少々驚いた様子を見せて嘗て自分がそう言った事を思い出した。
それから少しだけ微笑んだ様に加賀には見えた。
「そうでしたね、では訂正します。加賀さんありがとう」
「次は鳳翔さんに一矢報いれる様に精進しましょう」
「ええ、勿論龍驤さんとも一緒に」
と、自分のもう一方の隣のドックで隠れるようにして入渠していた龍驤にも声を掛ける。
「しゃーないな、正直鳳翔さんには一人で戦いに行って勝てるビジョンが全く見えへんし」
「その……改めて宜しく、龍驤」
加賀が遠慮がちにそう言うと今度は赤城だけでなく龍驤まで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「なんや、自分そんな顔も出来るんやねぇ」
「え?」
「何でもあれへん、これからよろしゅうな。加賀」
入渠が終わり、龍驤の提案で三人で呑みに行くことになった。
この頃の呉鎮守府にはまだ鳳翔さんの居酒屋は無く、間宮の食堂があるのみだった。
間宮の食堂は料理は確かに美味しいのだが、そこまでお酒の種類は置いてはおらず
お酒を嗜んでいる艦娘に不満が無いと言えば嘘になる。
幸い、加賀も赤城もお酒を呑むのは初めてのことなのでその辺は何の関係もなかった。
「という訳で!三人の親睦を深めにかんぱーい!」
「かんぱーい」
「乾杯……」
それぞれが運ばれて来たジョッキに口を付ける。
初めて酒を呑んだ加賀と赤城はその喉が焼ける様な独特な感覚に少々驚く。
だが少しして体の芯から温まり、心地よい浮遊感に開放的な気分にさせられる。
「これがお酒というものなんですね、初めて呑みましたが美味しいです」
「貴女は口に入れた物は片っ端から美味しいと言うわね……」
「仕方ありませんよ、まだまだ私の知らない美味しい物が沢山あるんですから」
「まぁ、私達はまだ艦娘になって日が浅いですしね。
ところで龍驤、さっきからずっと黙っているけれどもどうかしたの?」
龍驤を見ると、既にジョッキの半分以上を呑み下している。
そのペースの早さに加賀は驚いたが、龍驤の様子は明らかに可笑しかった。
「んあ?ちゃんと聞ぃとるで~……」
「龍驤、貴女顔が真っ赤よ?風邪でも引いたの?」
「風邪ぇ?そうかもしれんなー、何だか体の芯から熱ぅなんてしもたわ」
「それならすぐに寮に戻った方が」
「アホォ!まだ親睦会は始まったばっかやで?ウチの事はええからもっと呑まんかい!」
龍驤は明らかに酔っ払っていた。
だが飲酒が初めての二人にはこの龍驤の変貌ぶりの意味が分からずに戸惑う。
兎に角、龍驤の言うことに逆らうと面倒そうなので二人もぐいぐいとビールを呑み始める。
「何だか……凄く眠くなってしまいました」
「奇遇ですね、私も段々と意識が……」
赤城も加賀も既に真っ赤になって先程の浮遊感は心地よいものを通り越し、
まるで海の上にいるように体が揺れる錯覚を起こす。
ふと、加賀が龍驤の方を見やると既に彼女は酔い潰れて眠ってしまっていた。
「赤城さん……帰りましょう」
「そうですね、お会計を済ませて来ますから龍驤さんはお願いします」
小柄な龍驤を背負った加賀と赤城はその晩は大人しく空母寮へと戻る。
「龍驤、貴女の部屋よ。鍵を出しなさい」
「んー……ウチの酒が飲めんのかー……」
「赤城さん、鍵を探してくれると助かるのだけれど」
もはや龍驤は完全に酔い潰れてしまい頼りにならない。
赤城は龍驤の懐から鍵を見つけ出して彼女の部屋の扉を開ける。
幸いなことに布団は敷きっぱなしだったので龍驤を布団に寝かして静かに部屋を立ち去った。
二人が自室に戻る頃には、折角入渠して取れた疲労感がすっかりと体に戻ってしまっていた。
どちらからともなく、布団の用意をして眠りに就こうと潜り込む。
「おやすみなさい、加賀さん」
「……おやすみなさい、赤城さん」
酒を呑んだからか、眠りに落ちるのはとてもスムーズだった。
目を閉じれば、波間に浮かぶ船の如き感覚が蘇り何処か懐かしさを感じつつ微睡の深くに落ちる。