加賀さんは後進の育成に専念するようです   作:時環

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不透明な瞳

初陣が終わってからすぐの事だった。

前回の作戦の成功からか、呉鎮守府は新たに正規空母二隻が編入されることとなった。

つまり加賀と赤城にとって後輩と呼べる存在が出来るという事だった。

呉鎮守府においてはまだ新参だった加賀と赤城だが自分たちの直接の後輩が出来るというのは

実感の沸かない、とても不思議な出来事の様に思えた。

 

「まだまだ自分の腕前に納得が出来ていないのだけれども」

「そういうものです。私だってまだまだ自分の腕前に納得はしていませんから」

 

自分達よりも遥かに格上の鳳翔にそんな事を言われてしまっては加賀も何も言えない。

 

「加賀さん達を教えることで私も成長をしていると実感しています。

 なので後輩が出来るという事は新たに成長できるチャンスであると前向きに捉えて下さいね」

「成程、確かに人に何かを教えるっちゅーのは自分の中で整理出来る事でもあるからなぁ」

 

うんうんと龍驤は一人納得している。

そういうものなのかと加賀は訝しんでいるが、赤城は鳳翔がそう言うならと納得していた。

それは兎も角、加賀は鳳翔に相談したいことを思い出す。

 

「ところで鳳翔さん、稽古が終わったらお話があるのですが」

「わかりました。ただ今日の稽古も厳しいのでお話が出来る気力があったら聞いてあげますね」

 

笑顔でさらっと怖い事を言われて加賀は冷や汗をかく。

これは稽古中は稽古に集中しないと、どんな扱きを受けるかわかったものではない。

当然の如く鳳翔の稽古は厳しく、また失神寸前まで海上を東奔西走する事となった。

 

 

 

「それで、改まってお話というのは何でしょうか?」

「はい……それは……ですね」

 

ゆっくりと呼吸を整えながら加賀は言葉を喉から絞り出す。

覚悟していたが、先ほどの稽古では中々集中が出来ずに鳳翔に思いっ切り扱かれてしまった。

稽古の後で空母寮にある鳳翔の自室に加賀はやって来ていた。

鳳翔の自室は綺麗に整理と掃除が行き届いており、寛ぐよりも身が引き締まる雰囲気だ。

二人分のお茶を淹れた鳳翔が机を挟んで加賀の対面に座ると、加賀は口火を切る。

 

「鳳翔さんは、私達艦娘に『感情』があることはご存知ですよね?」

 

一つ大きな呼吸をして加賀は漸く落ち着いきを取り戻す。

鳳翔は加賀の言葉に、少し真剣な表情をした。

 

「ええ、それが私達艦娘が艦娘たる所以であると一般的には言われています。

 加賀さんもとうとう『感情』というものを認識することが出来たんですね」

「はい。ですが私の感じたモノは赤城さんへの恐怖と嫉妬でした」

「ふむ……」

 

柔和な普段の鳳翔の表情はなく、やや心配そうに加賀を見つめ返していた。

 

「私はそこまで『感情』について詳しくはないのですが、

 一般的には悪徳とされる『感情』の一つであることはわかります。

 こんな私が本当に赤城さんの隣に立って戦うことが出来るのかが不安なんです」

「加賀さんは赤城さんを邪魔者であると考えているのですか?」

「え?」

「貴女が赤城さんを妬むその気持ちは、

 いっそのこと赤城さんさえ居なければと考えているのかと」

 

加賀はそんな事を考えた事もなかった。

確かに赤城という規格外の存在に頭を悩ませる事は多々あった。

だが、最初から赤城さえ居なければという考えに至ったことは一度もない。

 

「いいえ、そんな風に考えたこともありませんでした」

「それなら貴女が言う程、その感情は悪徳とは言えないと思いますよ」

「そうでしょうか……」

「あと加賀さんの言う通り、感情には美徳だけではなく悪徳も含まれています。

 けれどもそれもまた捉え方次第です。物事は多角的に見ることで違う意味合いになるもの。

 だからこそ私達艦娘は人間の様に複雑で『兵器』とは違う存在だと定義出来ます」

 

成程と加賀も相槌を打つ。

確かに兵器であるのならば、こんな事で悩むことはまず無いだろう。

 

「ですから余りそこまで気にする必要はないと思います。

 私から言わせれば加賀さんのその気持ちは、健全な範疇にありますよ」

「不躾かもしれませんけれども、鳳翔さんも感情について悩んだ事はありますか」

「そうですね、昔の話しですけれども横須賀に居た頃には結構悩んだりもしましたね」

 

鳳翔が実は呉所属ではなく、横須賀の所属であることは加賀も聞いたことがある。

そんな感情に振り回されていた頃の鳳翔を、加賀は想像することが出来なかった。

 

「いつかは自分の感情をコントロールする事が出来るようになります。

 それまでは上手にそれと付き合う事が大切なんですよ」

「わかりました。お話しを聞いて頂いてありがとうございます」

「鍛錬の後で良ければ、また悩みがあったら打ち明けて下さいね」

 

少々引き攣った顔で加賀は返事をすると鳳翔の自室を後にした。

鳳翔にはそこまで気に病む事は無いと言われたが、それでも加賀はそれを意識してしまう。

まだ加賀はそこまで自身の気持ちの整理が上手く出来なかった。

表面上は上手く取り繕う事が出来ても、心の奥底ではどうしても赤城を意識する。

どうしようもない気持ちをぶつけることも出来ずに悶々とする日々だった。

そんなある日、新しい正規空母が着任すると提督から聞かされる。

とうとう自分達に後輩が出来ると龍驤は喜んでいたが、まだまだ一人前と呼べるかも分からない

自分達に後輩が出来てしまっても大丈夫なのだろうか、という不安が加賀の頭を過る。

龍驤が遠征に行っている間、加賀と赤城が射場で射掛けの稽古をしていると

鳳翔と見知らぬとても丈の短い袴に似たスカートを付けた艦娘がやって来た。

 

「お二人とも、此方が本日付けで配属された新しい正規空母の二人です」

 

鳳翔に促されて、碧色の服を来た艦娘から自己紹介をする。

 

「初めまして蒼龍です」

「同じく飛龍!本日付で着任しました!」

 

溌剌とした名乗りを上げたのは橙色の服を来た艦娘だ。

二人は鳳翔の話しによると第二航空艦隊を結成する為に着任したという。

 

「同じ艦隊で戦うことは余りないかもしれないですが、稽古は一緒に受けて貰いますね」

「わかりました!早速何からするんですか!?」

「まずはそうですね、射掛けの練習をして貰いましょうか」

「はい、宜しくお願いします」

 

鳳翔さんは新人二人の教育に付き添う事になり、少しだけ加賀は二人へ同情する。

あの鳳翔が新人だからと鍛錬の手を抜くとは到底思えないからだ。

実際、二人の射掛けはまだまだ荒削りで鳳翔はその様子を事細かに観察をしている。

一通り射掛けが終わってから駄目出しをするのだろう、と加賀は当たりを付ける。

人の事を気にしてばかりいてはいけないと加賀は目の前の事に集中する。

その目線の先には的があるが、まだ皆中を出していない。

どうしても隣に立つ赤城の事が気になってしまっていた。

当の赤城はいつも通り皆中を何度も叩き出しており、その精密な機械の様な所作に迷いはない。

雑念を振り払う様に頭を振り、再び集中して矢を番える。

頭の中から赤城の事を放り出し、ただ無心になろうと努めるが却ってそれが意識させてしまう。

結局のところ、加賀が本日皆中を出せたのは1回だけだった。

いつもの調子ならば難しくないが、あの初陣が過ぎてからどうも調子が悪い。

 

 

 

加賀が悶々としながらも半月が過ぎた頃、二航戦の二人の初陣がやって来た。

飛龍も蒼龍も緊張した面持ちだがまっすぐ前だけを見ていた。

やがて敵艦隊と接敵、僚艦との連携で追い詰め徐々に敵は後退を始めるところだった。

夜戦に入る前に殲滅する段階へと移行、分かりやすい戦果として二人に追撃の命令が出た。

二人の艦載機が猛禽の如く、敵の戦艦級へと襲い掛かる。

敵戦艦は既に対空装備すらも損傷しており、成す統べなく逃げ惑うだけだった。

この状況に思う所があるかもしれない、だがこれは命を懸けた戦いだ。

敵は倒せる内に倒すのが戦いの習いだろう。ましてや相手は意志の疎通も叶わない深海棲艦だ。

ならばこうする事は仕方の無い事だと、飛龍は自らに言い聞かせていた。

だが自分の隣に立つ相棒はそうではなかった。

この事態を心の底から愉しんでいる。いや、体中を駆け巡る衝動に身悶えているのだ。

 

「ねぇ、飛龍」

 

ほんのりと上気した、恍惚な表情で蠱惑的に蒼龍は相棒の名を呼ぶ。

 

「やっぱり敵を殺すのって愉しいよね」

 

他の僚艦はその蒼龍の言葉に凍り付いていた。

普通の人間らしい感覚を持つ者ならば、彼女のこの言動に恐怖を感じるのだろう。

だが飛龍は違っていた。

 

― 綺麗 ―

 

爆炎と水飛沫を背景に、恍惚の表情を浮かべる相棒の姿に心底見惚れていたのだ。

彼女のその表情が、この世界にこの姿で顕現してからまだ日が浅いが

それでも今後これ以上に美しい物に出会う事はないだろうと断言できる、その笑顔が

飛龍にとって最も尊く、最も蔑むものだったのだ

 

二人の初陣に加賀は我が事のように緊張を覚えている。

自分達の後輩がどれだけの活躍をするのか、今回の戦いで心が折れてしまわないかが心配だった。

そんな加賀の心配を余所に赤城はいつも通り、無機質な程に正確な技量で深海棲艦を次々と屠る。

ふと加賀は赤城は敵を倒すことに達成感や喜びが無いのか気になった。

 

「赤城さんは、敵を倒した時に何も感じないの?」

「何も、というと?情けとか容赦でしょうか?」

「貴女にそんな感情があるのだとしたら少し驚きだわ」

「酷いですね、私だって人並みの情けぐらいはありますよ。私を何だと思っているんですか」

 

と心外そうにやや唇を尖らせている。先程までの凛々しい姿は何処へやらだ。

 

「失礼、喜びや達成感は無いのかと気になったのよ」

 

連絡機からの蒼龍と飛龍の様子を聞いて、加賀なりに思う所があったからこその問いかけだった。

あの二人がそういう意味でモチベーションを維持するのだとしたら、

赤城はどうやっているのだろうか?

 

「そうですね、多分嬉しいんだとは思います。

 けれども私達が深海棲艦を殺すことは当たり前の事です。

 当たり前の事をやっているだけで、これに対して特別な感情は何一つもないのですよ。

 例えるのなら今日の夕方に楽しい晩御飯を終えた後にお風呂に入る、これと同じです」

「当たり前の事、ね」

「ええ、私達は幾ら人間と同じ肉体を得たとしても、その本質は兵器ですからね。

 確かに人間らしく振る舞う事は大事かもしれないですが、

 私はそれで自分の本質から目を背けることはしません。

 この身が朽ち果てるか相手が絶滅するまで深海棲艦を殺します」

 

これはこれで、恐ろしい事をさらっと赤城は言っているのかもしれない。

だが加賀は赤城が言っている事は正しいと感じている。

自分もまた兵器であって、ただの人間とは違うのだという意識が何処かで揺らいでいた。

それに気づかせてくれたので、この問いかけに意味はあったのだ。

 

「なら、貴女が出来るだけ長く多くの深海棲艦を狩れるように私も微力ながら力添えします」

「わかりました。虎に翼とはこの事ですね」

 

ふと、自然と目が合ってお互いに笑っている事に気付く。

こんな風に会話をしたのは初めてかもしれない。

改めて二人は一航戦としての絆を深め、それ以来加賀の戦績も好調になった。

 

 

 

そこから更に2か月が過ぎた頃、再び航空戦力に新たな正規空母が追加されることが決まった。

あの海戦の後、自分達の一航戦を引き継いだという二隻の正規空母との事だ。

あの大戦で劣勢の中で必死に戦い抜いた二隻、彼女達と会う事を加賀は複雑に思っていた。

夜、自室で寝る支度をしている最中にふとあの海戦で自分達が生きていればという考えが過る。

 

「加賀さん、どうしました?」

「いえ、明日配属になる新人の事を考えていました」

「私達の後を継いでくれた子達ですよね。私は楽しみです」

「そうですか、私は何だか複雑です」

「ふむ、どうしてですか?」

「一航戦は私達の称号であり誇りでもあるわ。

 私達が生きている間にそれを譲るつもりは毛頭ない」

「ふむふむ、それは私も同感ですね。

 もしも新しい子たちがそれを望むのなら、実力で奪い取って来て欲しいものですね」

「赤城さんはそれが楽しみなんですか……」

 

はい、と屈託のない笑顔で赤城は返事をする。

それぐらいの気骨がある方が頼もしいと考えているのだろう。

 

「兎に角、私はまだ一航戦を譲るつもりはありません。赤城さんもそのつもりでお願いします」

「わかりました。それではおやすみなさい、加賀さん」

「おやすみなさい、赤城さん」

 

室内灯を消し、夜の帳が降りた部屋で二人は瞳を閉じる。

その瞼の下に映し出されたのは、栄華を誇った一航戦の記憶と後悔に塗れたあの海戦だった。




凄い更新間隔が空いて申し訳ない。
去年から週末も平日もTRPG三昧で書く時間が中々取れませんでした(震え声
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