今回はギャグ寄りで書いてみました。
元・正規空母、加賀の朝は早い。いつもならそうなのだが、今日は違った。
先の大規模作戦の成功により、鎮守府の運営は戦後処理を除いてほぼ停止状態となり、
新人二人も昨日のダメージもあり、大事を取って今日は稽古も休みだった。
ただ、いつもの習慣で早い内に目が覚めてしまう。
低血圧な加賀は休みの日となると、起き上がるのに時間が掛かってしまう。
眠りと現実の狭間を行き来していると、扉を忙しなく叩く音が耳に飛び込んでくる。
一体誰だろうかと、考えながら布団からのそのそと起き上がって玄関まで進み、相手に尋ねる。
「誰やと思う?ウチやで~」
この特徴的な関西弁で子供のような声、加賀の記憶に合致する人物は一人しかいなかった。
「お久しぶりね、龍驤」
扉を開くと、丁度加賀の胸のした辺りまでしか背丈のない駆逐艦と見紛う艦娘がいた。
彼女の名前は龍驤、かつてはこの鎮守府に所属していたのだが、新しく出来たという鎮守府に移籍した軽空母だった。
彼女は加賀よりほんの少し早くこの鎮守府に着任しており、鎮守府の初期を知る数少ない艦娘の一人だった。
新しい鎮守府の航空戦力増強と練兵の為に、この鎮守府の空母勢の中でも古参の彼女が選ばれたのだった。
「新しい鎮守府での訓練はどうかしら?」
「ぼちぼちやで、一息ついたからちょっと顔出しに来てん
それよか聞いたで~、あの加賀が新人の教育やってるってな」
「そう、先の作戦では共同で出撃していたのだったわね?」
「せやな、まだ長い弓は使えない云々言うてたけど、艦載機の扱いに関しては筋がええな」
かつての古参空母に褒められる点があって、本人では無いのだが加賀は少し嬉しかった。
お客が来たというのに玄関先で立ち話も、と思い加賀は龍驤を部屋へ入るように促す。
相部屋だった赤城がいなくなってから、部屋に他人を入れるのはこれが初めてだった。
「それで、何か要件があったのではないの?」
「あ~、それな……君が話したくないのならええねんけどな」
遠慮するように、龍驤はそわそわとしだす。
彼女がこんな反応をするのなら、話題はきっとこれだろうと加賀は推測する。
「赤城さんとの最後の出撃の話、かしら?」
龍驤にとっても赤城は鎮守府初期から苦楽を共にした戦友だった。
その戦友が自分が余所の鎮守府に移籍した後に沈んでしまったのだから、気になって仕方ないのだろう。
「ちゃうちゃう、赤城の最後の出撃なんてウチにも想像がつく。
聞きたいのはな、新人の教育方針についてやねん」
「は?」
予想外の事に加賀は思わず聞き返してしまう。
何とも拍子抜けな回答だったが、彼女も教育係りとして思うところがあるのだろう。
「教育方針と言っても特にはないのだけれども。当たり前のように訓練をしているだけよ」
「成程なぁ、注意とかするときどうしとるん?」
「注意?そんなもの普通にその場で本人に向かって指摘しているわ」
「うーん、そうかぁ……こっちの場合人数が多くてな、必要以上にやると見せしめみたいやって司令官に言われてしもてん」
「見せしめも何も、その場で全員にわかるように言うことで他の子にも周知させることが出来るものよ」
確かに、と龍驤も頷く。
龍驤の鎮守府の提督が言うこともわからないでもないが、小さな間違いから戦場では命取りになることは多い。
「そもそも、空母の教育は貴女に任されているのだから、そこまで提督のことを気にする必要はないのでは?」
「まぁな、せやけどウチはあの鎮守府では余所から来た新参者やから、気を遣うことも多いねんで」
「そういうものなのね、かつての赤鬼、青鬼も貴女の名前を聞いたら恐れ戦く程だったのに」
「いや、そういうの気にしないのは君と赤城ぐらいのもんやったで……」
加賀には身に覚えはないが、あの赤城と連名されるぐらいなのだからそうなのかもしれない。
それは兎も角、龍驤には龍驤なりの気苦労があるということなのだろう。
長話にもなるだろう、と加賀は部屋を出て外で軽く何かをつまみながら話を聞くことにする。
「それやったら鳳翔さんトコのお店がええな~、あそこはおつまみの質も量も最高やし」
「鎮守府の運営が休みだから込み合ってるかもだけれども、いいかしら?」
「こんな話を鳳翔さんにじっくり聞かれたくないからええよ」
実を言うと加賀も鳳翔のお店に行くのは久しぶりだった。
右腕を失ってからは自室と射場、波止場と食堂ぐらいにしか言っていなかったからだ。
久しぶりの、稽古以外での外出で加賀は少し楽しい気分に浸っていた。
こんな気分になったのも、知己の龍驤が訪ねてくれたからだろう。
心の中で感謝の言葉を述べて、加賀と龍驤は部屋を後にする。
鳳翔の居酒屋は昼間だというのに、酒飲み勢によって非常に賑やかな雰囲気となっていた。
昼間にはお酒やおつまみだけでなく、定食も出しておりそれ目当てでやってくる艦娘も多い。
お昼時を少し過ぎた時間だが、まだ定食が出ている時間帯なので酒飲み勢と昼食勢が混じって最も混み合った時間となっていた。
空いているテーブルに通されて二人は、日本酒と焼酎をそれぞれ頼んで適当なつまみを注文する。
程なくして、お通しと飲み物が出されたのでまずは今更ながら再開を祝して乾杯をして、加賀は日本酒を一口飲み下す。
「そういえば、貴女お酒呑めるようになったのね」
加賀の記憶では、龍驤はそこまでお酒は強くなった筈だった。
すると龍驤の顔は見る見る赤くなって行く、やはりお酒には弱いらしい。
「偶には呑まないとやってられんで」
「そう言っていつも私と赤城さんに絡んで来ていたわよね」
「君らと同期扱いされるんやから、そらぁお酒にも逃げたくなるわ」
赤城、加賀といえばこの鎮守府のかつての空母の二枚看板だった。
二人の実力に追い着くのに龍驤は必死だったので、訓練や出撃終わりには三人で呑みに来て龍驤はよく二人に絡んでいた。
自分は兎も角、赤城と比べられるという事の意味は十分に理解していたので、加賀は良く付き合っていた。
そんな光景を二人は思いだしていた。
「大体なぁ、こっちのもあっちのも司令官は無茶ばっかりや
こっちの司令官にはあっちの司令官の航空戦力の面倒見たってやー言われて
あっちの司令官には空母の稽古のことを横から言われるし」
そうしてると、昔の様に龍驤は普段の鬱憤を垂れ流しにし始める。
大体の話しは自分が航空戦力の教官として急に異動になったことの不満、教育を一任されていながら小言を言う向こうの提督への不満だった。
「教え子の方はどうなのかしら?」
「んん?教え子?そらメッチャ可愛ぇで、教えた事は素直に聞いてくれるしな
それに、ウチの見立てでは結構いい線行くと思うで。次世代の航空戦力として有力候補や」
「そう、それは羨ましい限りね」
「何や、そっちの教え子はそうでもないんか?
こりゃ教官役としてはウチの方が上手くやってるってことかもな~」
龍驤の発言に加賀は少しムッとした表情になる。
「確かに、私の教え子達はいつまで立っても基礎が確りとはしないけれどもそれぞれいいところもあるわ。
翔鶴は努力型でかなり進歩は遅いけれども、一回の稽古で学ぶべきところは次の稽古には活かせてあるし
瑞鶴は変なところで手を抜く癖はあるけれども、言い方を変えれば要領は悪くないから押さえるべきところはきちんと出来ているわ
まぁ、二人とも私や赤城さんに比べればまだまだ未熟だからもっと稽古を厳しくしてあげてもいいけれども
それをいきなりやってしまっては二人のコンディションが壊れてしまうかもしれないし、それに」
(アカン、これ愚痴に見せかけた教え子自慢になっとる……)
突然、教え子のことになると饒舌になる加賀に龍驤は酔いが醒める。
自分も人の事は言えないのだが、何だかんだで教え子のことが可愛いらしい。
昔の加賀ならプライドが高かったので、教官役としての優劣のことで対抗心を燃やすところだったが、
今となっては教え子のことを悪く言われたことが腹に据え兼ねたらしい。
赤城がいなくなってしまい、悪い方向に変わっていないか心配だったが、教え子の存在が良い効果を与えたようだった。
「あの、お話しが盛り上がっているところをすみません。混み合っているので相席をお願いしたいのですが」
急に鳳翔さんに断りを入れられたので、加賀はすぐに口を噤む。
龍驤も加賀も断る理由はないので快諾すると席に案内されたのは……
「あれ?加賀さんじゃない」
「こんにちは加賀さん、龍驤さん。相席させて頂いて恐縮です」
それはまさかの加賀の教え子、五航戦の二人だった。
自分が今まで話していた相手の登場に、加賀は複雑な表情を隠せずにいた。
「久しぶりやねぇ、元気にしとったか~?」
「はい、お蔭様で瑞鶴ともども息災です。龍驤さんは本日は非番なのですか?」
「せやで、偶には古巣の様子を見に来ようと思ってな~」
「そうなんですか、加賀さんと何を話してたの?」
「いやな、可愛い教え「手のかかる教え子の愚痴をし合っていたところよ」
龍驤が含み笑いをしながら何かを言いそうになったので、すかさず加賀が被さるように言った。
「手のかかるって、仕方ないじゃない。長弓と今まで使っていた弓じゃ勝手が違うもの」
「それを言い訳にして、自分の未熟を棚に上げてもらっては困るということを話していたのよ」
「むむ、それでも最近は大分上達したと思いますけど!?」
「あの程度でそう思えるのならおめでたいわね」
「く、何時までも半人前扱いして……だったら呑み比べで勝負よ!」
「いいでしょう、肝臓まで半人前であることを教えてあげるわ」
いつもの加賀ならば、こんな安い挑発には乗らないのだが、既に龍驤と飲酒をしてしまっているのでその場の勢いで勝負を受ける。
龍驤は半ば呆れながら苦笑しつつ、口寂しさにお通しを一口食べて思わず独り言を言う。
「本人を前にした途端にこの調子とは、余り加賀も変わっておらんのかもなぁ」
「何を他人事のようにしているの、貴女も付き合ってもらうわよ」
「は?これは君と瑞鶴の勝負やろ!?ウチは自分のペースでチビチビと……」
「そもそも、貴女が此処に来たいと言ったのだから逃がしはしないわ。翔鶴もよ」
「わ、私も付き合うんですか……」
「しょ、翔鶴姉も?それは流石に止めた方が」
瑞鶴の表情が一瞬で凍り付く、しかし今の加賀にはそんな瑞鶴の変化に気付けない。
「半人前の二人掛かりでなら丁度いいハンデになるでしょう?それとも他にも助っ人を付けましょうか?」
「瑞鶴、私は構わないわ。先輩のお誘いとあれば断る理由はないわ」
「あー、もう知らない!こうなったらマリアナに突入するつもりで呑んでやるわ!
鳳翔さん!ピッチャー4つ下さい!!」
「ほんまにやるんか……こりゃあ、ウチ二日酔い確定やん」
やがて、ピッチャーが4つ机の上に運ばれ、呑み比べ勝負が始まった。
夜がすっかりと更けた頃、とっくに夕ご飯の時間も過ぎ、居酒屋鳳翔にはちゃんぽん朝まで呑み勢以外には殆どお客がいなくなっていた。
その片隅に、完全に酔いつぶれた龍驤と瑞鶴、更に辛うじて意識は保っているが既にフラフラになっている加賀の姿があった。
焦点の合わない目で、彼女は向かいに座っている強敵を睨みつけるも、もはや意識が尽きかけの砂時計のように消えかけている。
「すみません、おかわり下さい」
向かいに座っている相手の信じられない言葉に、加賀は衝撃を受ける。
「ピッチャーで」
加賀が聞いた最後の言葉だった。恐ろしい怪物を相手にしてしまったと後悔しながら加賀も眠りの暗渠へと落ちる。
「相変わらずの呑みっぷりですね、翔鶴」
ピッチャーと加賀の分の毛布を持って鳳翔がやって来る。
翔鶴はピッチャーを受け取りながら、隣でスヤスヤと寝息を立てている瑞鶴のずれた毛布を直した。
「いえ、久しぶりに呑んだので、少しだけ飛ばし過ぎてしまいました。お恥ずかしい」
「おーい、翔鶴ぅー。そっち全滅したんだったらいつもみたいにこっち来て一緒に呑もうよぉー!!」
カウンターを陣取っているちゃんぽん朝まで呑み勢の隼鷹から声を掛けられる。
しかし、酔いつぶれてしまった先輩二人と瑞鶴の介抱をしなければならないので、翔鶴はこれを丁重に断った。
「加賀もそこまでお酒が強くないから、貴女が偶に此処で朝まで呑んでることを知らなかったみたいですね」
「余り正規空母でお酒を遅くまで呑む人がいないですからね。ただ幾ら呑んでも酔えないのは少し寂しい気もします」
「もはや翔鶴はワクですね、お代は今度来てくれた時でいいと三人に伝えてもらえますか?」
「ごめんなさい、お言葉に甘えさせて頂きます」
泥酔して眠っている加賀の寝顔は無表情そのものだったが、久しぶりの知己の来訪に少しはしゃいでしまった結果がこれだった。
明日、二日酔いになって後悔するのは間違いないが、今のこの眠り込んでいる間は楽しい思い出でいっぱいだった事だろう。
鳳翔が加賀の寝顔を眺めている内に、翔鶴は既におかわりをしていたピッチャーを空にしていた。
翌日、加賀は気付けば自室で龍驤と川の字になって眠っており、低血圧と重度の二日酔いに襲われて丸一日ロクに活動が出来なかったのは別のお話し。
更に、龍驤は向こうの鎮守府で無断欠勤扱いとなってしまい、相当怒られたことも別のお話し。
次回予告
若き阿賀野型軽巡洋艦・酒匂は深海帝国の執拗な追跡を振り切り、偉大なる艦娘、長門の元で修行を積んでいたが、仲間の矢矧達がトラック島で危機を迎えていると妖精の力の予知を見て、トラック島に急行。そこで深海棲艦の軽巡棲鬼の待ち伏せを受ける。強大な妖精の力を引き出せる酒匂を深海提督へ引き渡す為に軽巡棲鬼の張り巡らした罠だったのだ!一対一の激闘の末、酒匂は軽巡棲鬼を小破まで追い込んだが、逆光した軽巡棲鬼に砲塔を破壊され大破状態となり絶対のピンチに!
「さぁ、酒匂。貴女は私とともに来るのよ!」
「嫌だ!誰がお前なんかと!」
「貴女の運命は私と共にあるのよ、能代からお姉ちゃんの真実を聞いていないの!?」
「全部聞いたもん、お前が私のお姉ちゃんを沈めたんだ!」
「違うわ、私が貴女のお姉ちゃんよ!!」
「嘘……、そんな、そんなことあるもんか」
「妖精の力で心を読んでみなさい、真実だとわかるでしょう!?」
「嘘だぁぁぁぁああぁああああああああああ!!ぴゃん」
次回『艦娘の帰還』
皇紀3000年1月25日 更新予定
はい、またお酒オチにしてしまい申し訳ありません。
正規空母では翔鶴姉だけが朝までお酒呑んでいたと記憶していたので、こんな結果になりました。
あんな清楚な雰囲気でお酒が滅法強いとか、酔わせてお持ち帰りしようとする男泣かせな艦娘やでぇ……