ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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父と兄と始まりと

「十七になった時、『奴ら』は来た。――北から侵略してきた蛮族どもが」

 

 

ルルーシュですら背筋に冷たいものを感じさせる底冷えした声を出した。

 

ライの蒼玉にも似た瞳には壮絶な鬼気が浮かびつつあった。表情も硬く、肩はわなわなと震え、手に持ったコーヒー入りのマグカップは力を込めた手で小さな罅が走り始めた。

 

 

「蛮族だ。あの蛮族どもが全て悪い!あいつらの侵攻のせいで僕の幸いは終わった!その危機に領土を半分奪われてようやく危機感を覚えた父も!闘犬、闘鶏にしか興味がない長兄も!芸術と称して女漁りに耽る次兄も!その兄二人の趣味に追従した貴族たちも!今となっては全てが腹立たしい――――ッッ!!!」

 

 

ヒートアップした過去の話は最後、天へ向かって吠えることで終わった。余程熱気が籠っていたのか、ライは肩で息をしていた。

普段は見せないライの熱気にルルーシュは、少なからず圧倒されながらも同情の意思を込めて見つめた。

 

胸を激しく上下させ荒い呼吸を整えたライはポツリと、

 

 

「一応フォローしておくと僕の父は決して愚鈍というわけでもなかったんだ。ただ争い事の才覚がなかっただけ。凡庸、平凡、中間、美点も欠点もないただの『王』だった。……才気に溢れ過ぎる母上とはとてもつり合いがとれていない人間だ。本当にどうして母上はあんな人と結婚したのだろう?」

 

 

指を当てられたライの眉間には皺が寄っていた。それは苦悩といったものではなく、何とか実の父の情報を捻り出そうと努めているように見えた。

 

 

「実際、治世の『王』としては優秀だった。蛮族侵攻まで何ら問題もなく国を維持し続けていたから。もし蛮族の襲来がなく、兄二人の浪費癖が治れば何事もなく『王』としてその生を終えていた。皇族として苦労知らずに育ったお人好しとしては中々凄いと思う」

 

 

ライの捻り出した父親の印象にルルーシュは自身の兄、今は亡きブリタニア第一皇子オデュッセウスをなんとなくイメージした。第二皇子のシュナイゼルに隠れがちだったが、あの兄も凡庸だが皇族として自国のために皇族としての義務をこなしていた。……平和な世に必要とされるのは、自分のような人間ではなくあのような気風の人間なのだろう。

 

 

「その性格がいけなかった。――優し過ぎた。父は『王』として優し過ぎたんだ。国という花をより美しくすることは出来ないが、枯らさないよう水は欠かさず与える努力と才は最低限持っていた。だが、それに蔓延る害虫を駆除する努力を怠った」

「乱世の『王』としてはとても生き抜くことは出来ない……か。――よい父だった、か?」

「だったと思うよ。少なからず愛はあったと思う……」

 

 

ルルーシュの声にライは静かに頷いた。

 

 

「そして僕は悟ったよ。――このままではいけない。だから――」

「皇帝になると決意したのか。その覚悟と決意の源泉は?」

「勿論。母上と妹との三人での幸福を守るためだ」

「くくっ、完全に私情だな。それだけのために頂点に立とうと考えるとは、全く怖い男だ」

「君も人のことは言えないよ。戦う原動力が完全に私情と私怨。更に味方を増やすために散々『正義の味方』の()()をして理想や御託という撒き餌を並び立てたじゃないか」

「全くだ。俺は偽善者で扇動者だよ。しかし、結果的に俺は皇帝となり超合衆国CEOになれたから、万々歳だよ」

 

 

お互いが私情を原動力として戦いを始めた。この二人の悪童は本質的に歪んだところを持っている。それが幼少期の体験のせいなのか、それとも、元々持っていたものなのかは分からない。だが、この二人はその歪みを以って戦ったのは事実なのだ。

 

 

「障害も多かったけどね。そもそも僕は妾腹の第三皇子。それも純潔ではなく遠い島国の皇族の血を引いたハーフ。とても帝位を継ぐのは至難だ。だから――」

「継げる状況を作り上げればいい。邪魔となるのは浪費癖のある二人の兄君か。……腹違いとはいえ実の兄――心が痛む事はなかったか?」

「なかったね」

 

 

その返事には軽く、呼吸をするように即答で返ってきた。

 

ルルーシュはその言葉に驚愕――もなく、ただやはりといった風に微笑した。

 

――やはりお前は怖い男だよ。

 

黒の騎士団に所属していた際に片腕として、皇帝の騎士としての期間を合わせれば約一年ほどだが、ライの本質をはっきりと理解できるようになった。

 

この男は自身と同じクラスの“知略”、世界最強の“武勇”、冷酷な決断を為せる“意思”を持っているが、それらの根源は人一倍深い“情”によるものだ。

 

そして、その“情”がある一点を於いてライという人間を最も動かし、酷く警戒心や敵意を強くする時がある。

 

それは自身の情が注がれた環境、人物が危機や危険に晒された時だ。

 

普段が情に深く、様々な人間に好かれるような魅力あるこの少年が危機、脅威、危険、敵といったありとあらゆるものを滅ぼさんと狂ったように全力を発揮する。それが大切であればあるほどに。

 

皇族の彼は、母と妹、その二人との生活に“愛”という情を注いでいた。

 

それが蛮族という脅威、敵に壊されようとしている。

 

ライは想像してしまったのだ。自分の愛した人が、世界が亡くなる未来を。破壊され、二度と戻ってこないと理解した時の衝撃と恐怖と悲しみは、計り知れない。

 

それをライは恐れ、狂った。自身の肉親すらも殺せるほどに狂ったのだ。

 

守るためには皇帝になるしかない。それを邪魔する存在は敵でしかない。敵ならば排除するか、殺すのみ。二人の兄の存在はその瞬間からライにとって、『無関心』な存在から『敵』になったのだ。

 

――そう言えば……まだアニエスの離宮で暮らしていた頃、読んだ本に狼について載っていたな。

 

~狼は古代の欧州の多くの部族によって、狩りや戦いの神として扱われていた。それは群の中の序列に厳しく、集団を大事にすることからである~

 

~また狼は、人が縄張りに入るといきなり襲うのではなく、縄張りの外に追い出そうとして、出るかどうかを確かめるまで着いていく。縄張りの奥に来ないと解れば帰る。来ると解れば襲うのである。事実、山で迷った子供が狼に送られて里に帰ったという記録も残されている~

 

ライはその狼によく似ている。

 

普段は情を注ぐ集団と共に在ることに幸福を感じているが、その鋭い嗅覚で集団に迫る危機を察知、磨き上げた牙で噛み殺そうとする。それによってどれ程の血で自身が汚れようとも(ライ)は気にすることはない。守るべき者を守れるのならばこの狂人はどこまでも狂うのだ。

 

――そして、俺がその守るべき者……か。

 

だが、だからといって非難するつもりもない。寧ろ、頼もしい。そんな彼だからこそここまで自分に付き合ってくれたのだ。……本当に感謝している。心からそう思える程に。

 

ライは疲れたようにため息を吐いて、

 

「兄二人の浪費癖は本当に酷くて……。長兄の住む離宮には犬小屋と鶏小屋があって、飼育されている数は千羽を超えてた。更には、長兄側の貴族がそれに追従した結果、貴族や騎士の間では多くの鶏と犬が飼育させて合わせれば万に届いた。それらの餌代も馬鹿にならないことになってたらしい」

 

 

は、とルルーシュは鼻で笑った。見事なまでの暗君振りに顔には嘲笑を、内心では冷笑を浮かべている。

 

 

「国民を税で飢えさせて、鳥を肥やすか。見事、見事な暗君だなっ!そんな奴追い落としても心は痛まないだろう!」

「ああ、次兄もそうだったよ。ついさっき話したけどついさっき話したけど寺院で好みの女を選んで連れて行っては離宮で昼も晩もお盛んだった。教育上悪いから次兄の離宮には妹を一度も連れて行ってない。……本人は悦ぶ女性たちを見てご満悦だが、女というのはしたたかな生き物だ。いずれ美貌が衰えれば、飽きて捨てられる。その前に、いろいろねだって資産を増やしていたよ」

「女に金を貢いで破滅するダメ男の典型的なパターンだな。しかし、皇族で資産が莫大、それも国民の血税であるから余計に質が悪い。――次兄も負けず劣らずの暗君か。百害あって一利なし。どうやって排除するつもりだったんだ?」

 

 

ルルーシュの問いにライは既に半分以上片付けられたピザ、シーフードと照り焼きチキンを両手で掴み、顔の前まで持っていき小さく横に振った。

 

 

「どっちも生き延びて貰っちゃ困るからね。理想が共倒れ。けど兄二人は同腹で趣味は違えど仲は良かった。その二人を共倒れにするのは難しい。けど、そんな二人が絶対に争う状況がある。何だと思う?」

 

 

皇族の実の兄弟が必ず争うきっかけ。

 

それはブリタニア皇族であるルルーシュにとっても馴染み深かった。

 

「――後継者争いか」

「――正解」

 

 

悪戯がばれた童子のようにライは笑い、手に持っていたピザを重ね合わせて噛みついた。ただでさえ濃厚なチーズが乗っているのに、それが二倍になったことで顔を少ししかめたが、何度かの咀嚼をして飲み込んだ。

 

 

「皇帝である父はまだ健在だけど、蛮族の侵攻もあって宮中は少しでも噂が立てばそれが真実だと思ってしまうほど緊張感に包まれていた。そこで僕は、兄たちの取り巻きの貴族たちを煽ったんだ」

「皇子が帝位を狙っている、と。貴族たちの抗争が大きく発展し共倒れを狙う。そして、どちらかが勝っても無傷はあり得ない。弱り切ったところをお前が討つか。中々見事な謀略だ。ん?まて。おかしいぞ。確かお前は兄を殺したのは――」

 

 

ルルーシュの疑問にゆっくりと頷き、ライは自分の喉に手を当てた。

 

 

「そう。元々は後継者争いを利用して始末しようとしていた。けど、蛮族の侵攻が予想よりもずっと速くて。兄二人を始末するよりも速く、奴らは国を滅ぼしかねなかった。どうしようかと考え込んでいた僕の前に奴は突然現れた。コードユーザーが」

 

 

ライはその当時の、自身に力を与えた存在との会話を語り始めた。その響きも、口調もまるで昨日のことのように鮮明だった。

 

 

――力が欲しいかい?

 

老成した雰囲気を持った突如現れた童子。

 

童子は単に鼓膜を震わせる声ではなく全身に、そう、仮にそういうものがあるとするならば、魂に伝わるような声で語り掛けてきた。

 

――僕が誰かなんてどうでもいい。ただ、君に力を授けにきた。

 

本来ならこの怪しげな童子を斬って捨てるなりを思考の片隅に置いておくべきだった。しかし、帝位簒奪のために焦っていたこと。何より童子の声が嘘、偽りなどなく真実に語っていたことから、考えることが出来なかった。

 

――力を授ける代わりに、僕の願いを一つだけ、叶えてもらう。

 

――契約すれば、君は人の世に生きながら、人とは違う理に生きることになる。

 

童子の声が一言を放つたびにライの心はまるで悪魔の契約のような状況に、与えられる力の魅力に浸食されていった。

 

――皇帝にも……なれるのか?

 

もちろん、その時はそうする以外に方法はなかったというのもある。

 

しかし。本当の意味で自分が『契約』を結んだのは、童子の契約、力の魅力に侵されてしまったからだ。少なくとも、童子はまるで長い年月を過ごした仙人のように自分を圧倒していた。

 

――それが望みならば。

 

そして――。

 

――力が欲しいっ……!母上や妹を、二人が平穏に暮らせる、『優しい世界』を作り上げるんだ!

 

自身は悪魔の契約書にサインをしてしまった。

 

 

「そして絶対遵守のギアスを得た僕は、後継者争いを加速させて兄二人が共倒れになるよう操り殺し、取り巻きの貴族たちも服従させて皇太子となった。後は皇帝である父を引きずり下ろすだけ」

「……父親も殺すつもりだったのか?」

 

 

ライは横に首を振った。

 

 

「流石に殺すつもりはなかったよ。一応、認めてはいるんだ。だけど、父は兄二人が死んだことが相当堪えたらしい。元々、争い事は似合わない人だ。蛮族で神経をすり減らしたところに止めの子供二人の死が重なって体調を崩し伏せるようになった。……父にとっては暗愚であれど愛しい息子だったんだろうな」

 

 

一息。

 

 

 

「父は見る見るうちに衰弱していった。そして、最後を悟ったんだろう。僕を呼び出してか細い声で――『この国を頼む』そう言って事切れたよ。結果的にとはいえ……父も僕が殺したようなものだ」

 

 

天井を見上げるライの表情はどこか心非ずといった風にルルーシュには見えた。

 

 

「後悔しているのか?」

「後悔はしてないけど、いや、あー、でもなー。ただ、ちょっと」

「?」

「君とシャルル皇帝、マリアンヌ后妃の会話で気付いたけど、僕は父と親子として接したことはなかったなあって思って」

 

 

シャルル、マリアンヌ。その名を聞いたルルーシュの表情が嫌悪に歪んだ。

 

 

「親子?俺とあの二人の仲を見て親子と感じたのか?――俺は終始、俺たち兄妹を捨てたあの男を憎み続け、自分という者以外を装飾品としか見ていない女を消したんだぞ。そのどこに親子の姿を見たんだ」

「うん。君たち親子の関係は途轍もなく歪んでいた。けど、君たちはお互いを見ていた。あの場所で互いの感情を吐き出しながらぶつかっていた。情を、憎しみという情を持って」

 

 

吐息。

 

 

「――僕は父を憎んでも、愛しても、慕ってさえもいなかったんだ。向き合う君たちを見て、今更ながら少しは話をしたほうが良かったんじゃないかと思えるようになったよ」

 

 

今更だ。自身が殺したようなものなのに、今更未練を持ち始めるなど。つくづく自分は愚かだと実感させられる。

 

 

「そしてようやく皇帝になった僕は早速蛮族対策に乗り出した。本当に、本当に大変だったよ。あいつらあれだよ。人間じゃない。人間の皮を被った蝗だよ」

「蝗?」

 

 

ルルーシュの問いにライは疲れ切った、苦々しい表情で頷いた。

 

 

「僕は奴らを人、人間だと思ったことはない。あれは(イナゴ)だ。(イナゴ)の群れだ。ただ喰らい、貪り、侵攻するだけ。餓鬼魂の集団、暴食の権化だ。奪い、殺し、攫い、犯し、そして増える害悪。滅ぼすしかない連中だ」

「聞くが……ギアスは通用しなかったのか?そのまま死を命じれば一気に殺せると思うのだが……?」

 

 

ライは首を横に振り、

 

 

「試したけど無理だったよ。奴らに『言葉』は通じない――いや、そもそも言葉なんてなかったんだと思う。本当にただ蝗のように畑や家畜を貪りに来る災害の権化だ。……おかげで僕たちは一時飢えで苦しんだよ」

「どうやって解消したんだ?」

「兄や貴族が買っていた鶏と犬を処分がてら――」

「待て。鶏は兎も角、犬もその……喰ったのか?」

「狡兎死して走狗烹らるって言葉もあるだろ。兎を捕まえる猟犬も、兎が死んでいなくなれば用無しになって、煮て食う。餌代も馬鹿にならないって言ったでしょ?なら、せめて人間様の食糧になれってんだ。――実際、煮たら結構イケたよ」

 

 

涼しい顔してよく言えるものだとルルーシュは寧ろ関心した。恐らくだが、母親の影響だろう。何でも食わされてそうだ。

 

 

「それでギアスで洗脳した馬鹿貴族を突撃させたり、その不意を僕が率いた兵で襲ったり、毒を撒いたり、火攻めや水攻め、土砂とかあらゆる策を使って後一歩のところまで追い詰めたんだ。けど――」

 

 

そこからは言わずとしても解る。教えて貰ったのだ。

 

ギアスの暴走。

 

敵を皆殺しにしろ、という最悪のタイミングでギアスが暴走し、兵士どころか国民までも殲滅戦に参加することになった。その中にはライの最愛の二人も――。

 

ライは口を開かない。ただ俯いて、沈黙するだけだ。

 

その姿にルルーシュは繋げるようにして口を開いた。

 

 

「お前は蛮族を滅ぼした――いや、文字通り女子供も含めて絶滅させたか。軍属でもない平民すらも狂ったように蛮族討滅に参加したらしいな。結果――」

「後は歴史に残る通りだよ。蛮族は滅び、争った小国も皇帝が行方不明、もしくは戦死し消え去った。多くの歴史家はその皇帝のことを情け容赦のない、守るべき国民すらも無理矢理戦争に参加させた、血と戦に狂った皇帝――《狂王》と評価した」

 

 

その真実を知っているルルーシュには、ライの気持ちが痛いなどでは生温いほど解っていた。自身も彼と望まない『命令』を放ってしまった過去があるから。

 

 

「死体の山で僕は抜け殻のように立っていた。愛した二人ももういない。そんな世界にこれからどうやって生きていくのか。ただ、ただ抜け殻になっていた僕の前に再びコードユーザーは現れた。『その時が来るまでおやすみ』。そう言って僕を無理矢理寝かせた」

 

 

話が一区切りつき、ライは冷めたコーヒーを口に含んで、喉を鳴らした。

 

 

「そして数百年後の未来、2017年にブリタニアの学者たちによって発見された僕はクロヴィス・ラ・ブリタニアが極秘に行っていた『コードR計画』の被験者にされたんだ」

 

 

――『コードR計画』。

 

その計画にルルーシュは聞き覚えがあった。確かギアス嚮団を壊滅させる際に回収した資料、そして自身の騎士がそれに大きく関わっていたはずだ。

 

 

「確か捕らえたC.C.の不死を解析、再現しようとした計画だったか。ジェレミアのサイボーグ化もその計画によって行われたものだったな」

「そ、不死を再現するために色々と人体実験をしていた。そこで薬物を使った実験で強靭な肉体を持った者がいいってことで僕が選ばれた。数百年も朽ちず眠っていた常識外、貴重なサンプル。そんな僕を腐らせないための防腐剤的な意味もあったらしい」

 

 

ライは右腕を上げ、見つめる掌に力を籠めた。五指が曲がり、ゴキリとその関節から硬質な音が響く。

 

 

「あくまでされただけで成功してるのかは分かんないだよなあ」

「効果が現れれば不老、もしくは老いにくくなっているか」

「二十になってもこのままかあ。せめて二十代からしてほしかったよ。未成年がって未成年、未成年ってうるさくて」

「お前の場合、雰囲気からしてとても十代には見えんぞ」

「本当?まあ時が経てば分かるか。黒の騎士団にまだいた時、ラクシャータ博士が言ってたね。『体が弄られた形跡がある。薬物などによって身体能力が底上げされている』って。その点と現代知識と(ナイト)(メア)(フレーム)操縦といった技術を刷り込んでくれたことだけは感謝しているよ」

「身体能力チートが更にチートになったわけか……」

 

 

心無い感謝の声を上げたライの顔には苦笑が浮かび、その顔を見たルルーシュはやれやれと呆れたようにため息をついた。

 

 

「知識の刷り込み、体の調整が終わったら仕上げに僕に洗脳を施そうと企んだらしい」

「その内容は?」

ブリタニア帝国万歳(オール・ハイル・ブリタニア)クロヴィス殿下万歳(オール・ハイル・クロヴィス)。まぁ折角高い金をつぎ込んで強化させたサンプルだからね。忠実な飼い犬にした方が安心安全だ。考え方はおかしくない」

「だろうな。俺も研究員の立場だったらそうする。お前が敵として立ち塞がるなど、考えたくもない悪夢だよ」

 

 

お互い顔を見合わせ苦笑する。

 

二人は『ラグナレクの接続』を阻止した際に、この世界とは違う次元――『平行世界』という様々な可能性で動く多くの世界を覗いている。そしてこの世界も無限にある可能性宇宙の一つでしかないことも――知った。

 

覗いた世界の一つ、ルルーシュとスザクによって『計画』が進められた世界では平行世界の観測はなかった。

 

どうして覗けたのかは――明確な理由については今でも分かっていない。だがその世界の差からいうならやはりライの存在が大きいのだろう。

 

その数ある平行世界の一つにライがコーネリアの親衛隊に所属し、ランスロット・クラブでゼロ=ルルーシュの乗る無頼をボコボコにする世界があった。その光景を見てルルーシュは引きつった笑みでライを見、ライは平謝りしたのがもう三ヶ月前の出来事だ。

 

 

「そして何事もなければ僕の洗脳処置は行われていたはずだった。けどクロヴィスが君に殺されてバトレー将軍がその責任で失脚、本国へ送還されたことで一時計画はストップ。僕の洗脳も寸前でストップしたわけ。それでもあくまでストップ、新しく総督に就任したコーネリアの調査から逃れるために残された研究員たちはナリタに設けられていた研究所へ僕を移そうとした」

「ナリタ?ナリタとはあのナリタ連山があるあの町か?そんなところに研究所があったのか?」

「あったよ。日本解放戦線の勢力圏に近ければ、監査官も足を踏み入れにくいって考えた様だ。トウキョウ租界にある本施設よりも小さいから余程のことがないと気付かないと思う。そして運び込まれる直前――」

 

 

そっと瞼を閉じたライは、自分の人生がここから始まったかのように万感の思いで声を出した。

 

 

「僕は目覚めた。そして、混乱しきった頭で逃げて、逃げて、逃げ続けてあの場所――アッシュフォード学園に逃げ込み、生徒会のみんなとそして、君に出会ったわけさ。――そこからは君も知っているとおりさ」

 

 

そう、そこから全てが始まった。短いながらもかけがえのない出来事が沢山あった。

 

――ミレイの手で生徒会に所属したこと。

 

――カレンに案内されてゲットーを案内されたこと。

 

――ルルーシュとナナリーの素性を明かしてもらったこと。

 

――C.C.に黒の騎士団へ招き入れられたこと。

 

――ギアス能力者同士としてマオと接触したこと。

 

――所属した黒の騎士団で愛機たる『月下』を与えられ、戦闘隊長と作戦補佐を任せられゼロの片腕と、カレンと共に『双璧』と呼ばれたこと。

 

――今まで自分たちに煮え湯を飲ませて来たK《ナイト》(メア)(フレーム)白兜、ランスロットのパイロットがスザクであったこと。

 

――神根島に忍び込み少年、ロロに殺されそうになったこと。

 

――遺跡で記憶を取り戻し再び眠りにつこうか生きていこうか迷ったこと。

 

――自身の素性をゼロへと包み隠さず明かし判断を委ね、信頼の証としてゼロの正体、ルルーシュであると知ったこと。

 

――学園祭で生徒会の皆とどんちゃん騒ぎをし、そして発表された『行政特区日本』の設立のこと。

 

――倒れたC.C.に駆け寄ったことで気を失い、悲劇を止められなかったこと。

 

――そして、ブラックリベリオンの敗北。

 

それらの話ににルルーシュはしみじみと頷いた。

 

まさかあの時、学園に転がり込んだ不審者が同じ学園の生徒となり、生徒会のメンバーになり、自身と妹の素性を明かせられる友人となり、創設したグループの部下になり、全幅の信頼を預けられる片腕となり、表と裏の顔を明かせられる存在にあり、最後は共に世界を破壊しその後を託せる者になるなど運命とは本当に分かったものではない。

 

ライ自身もそう思っている。

母と妹を殺し永遠に眠り続けるはずが数百年後の未来に目覚め、最終的には世界を統べた男の騎士になりその後を継ぐことになるのだから。

 

お互い運命というものを時には激しく憎悪したが、ここまで結びつけてくれたことには少なからず感謝している。

 

 

「――お前には本当に苦労をかけたな」

 

 

そう言ってルルーシュは頭を下げた。

この騎士であり友達である少年には本当に苦労をかけた。優秀なだけの男ではなく、自分の痛み、苦しみを理解してくれる信頼できる人物として頼りになりっぱなしだ。

 

それなのに――ルルーシュ自身は彼の忠節、友情に何ら報いてはいなかった。強いて言うなら今の状況まで積み重ねてきた“勝利”のみ。だが、それを得るためにライは粉骨砕身の戦いを、汚名を背負わせてしまった。

 

そんな彼に自分は頭を下げることしか出来ない。それがとても悔しく、情けなかった。

 

頭を下げる“王”の姿にライはやれやれと首を振った。口には困ったような笑みがある。

 

 

「頭を上げてくれ、ルルーシュ。僕には何ら不満はなんだ。母と妹を殺し生まれ変わってしまった僕の胸に生まれた望み。――それは()()()()()()()()。君が君であるため自分の道を歩み続けることが僕の望みだ。例えそれが地獄や冥府に辿り着こうとも全力で剣となり盾になるつもりさ。だからこそ、今もこうしているし、ブラックリベリオンでもあんなことは言わないさ」

 

 

ライの言葉に頭を上げたルルーシュの顔には驚きが浮かび、すぐに救われたような顔で微笑んだ。

そしてライが言ったブラックリベリオン時のことを思い出す。

 

 

「ナナリーが誘拐されたと伝えたらお前、『今すぐ助け出してこい。ここは任せろ』と言ったのは驚いたぞ。だがその一言が嬉しかった。――解ってくれている、と」

「ナナリーは君が君であるため、これまでの血を無駄にしないための大切な子だからね。僕も誘拐されたと聞いて、彼女の安否の心配から被弾しそうになったよ」

 

 

一息。

 

 

「けどブラックリベリオンに関しては御免。藤堂と協力して奮闘して戦線を維持しようとしたけど、士気がだだ下がりになって押されちゃった。敗北は時間の問題だから何とか団員を逃がすために殿を務めた後、無様に捕らえられて」

「シャルル・ジ・ブリタニアの前に連れて来られ、奴のギアスで記憶を書き換えられたと聞いた。……すまない」

「もう終わった話で過去のことだから謝らなくていいよ。“王”の謝罪っていうのは思った以上に臣下を不安にさせるもので、はっきり言って君らしくないよ」

 

 

さて、と一息吐いたライが改めて自身の、ルルーシュの知らない足跡について語り始めた。

 

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