ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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闇コロシアム

鋼の巨腕が交差する。

力を握り締めた拳が喰い込み、金属の軋む鈍い音がする。

鋼の竜がけたたましく唸り続けるなか、鉄塊が地に伏す重苦しい震動が走った。

今まさに、二機の装甲機竜(ドラグライド)が格闘戦の真っ最中であった。

 

相手の機竜に斬りかかり、殴り、砕き、作動不能に追い込もうとするそのありさまは、実戦そのもののように見える。だが、行われているのは実戦ではない。

これは闇闘技。機竜同士の戦いを賭けの対象とした試合なのだ。

 

装甲機竜(ドラグライド)同士の戦いを見世物にした闇のコロシアムがあるという話は、裏社会では広く知れ渡っている。客になることを許されるのは一握りの上流階級の人々。高額の賭け金が飛び交い、夜ごと装甲機竜(ドラグライド)の死闘を堪能する。

 

そんな場所に『彼』はいた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――そろそろ時間だな。

 

試合開始十分前を知らせる鐘の音を耳に通しながら薄暗い通路を歩く一人の男がいた。

傍目、不精髭が密生したようにしか見えない口元、手入れがされていないボサボサの髪、身なりは街を徘徊する浮浪者にも似てみすぼらしいが、テラテラと脂ぎった頬からは普段の贅沢三昧な生活ぶりが窺えた。

男の名はガイ・クランク。この闘技場で行われる賭け試合の仕切りを生業としている人物だ。

 

ガイが向かう先はとある一室。

その部屋には控室で、間もなく始まる試合を行う挑戦者……いや、流れ者がいるのだ。

部屋の扉の前に立つと付けられていた金具を外して、ガイは下卑た笑みをその脂ぎった顔に浮かべた。

 

――さてどうなっていることやら。

 

何しろ、この控室は暑いのだ。換気扇は備えられているが、本来の役目を全く果たせないほど劣化している。薄手のランニングシャツになっても暑さを凌ぐことも出来はしまい。加えて四方を囲んだ壁はギラギラとした金属質の地肌、試合で敗北し私刑(リンチ)にあった何人もの負け犬の血が付着し、剥がされた爪や引き抜かれた歯が転がっている。

 

飲食やタバコの一本でも吸うなどすればそれもさほど気をごまかしてくれるだろう。だが、重く淀んだ空気の中を漂う鼻を刺すような悪臭がそれすらも許してはくれない。どんな美味い料理や水、タバコはこの控室では悪臭が加えられて、意欲は減退する。

 

そう、控室といって聞こえはいいが、その実は試合開始を待つ流れ者の神経を逆なでするための部屋なのだ。

所詮、ガイ……いや、このコロシアムの人間にとって流れ者は敵でしかないのだ。何処ぞのしれない馬の骨が敗れる姿を見るのは最高の娯楽の一つだ。そのために控室は流れ者から冷静な判断力を奪い、自滅に追い込むよう細工されているのだ。

 

流れ者をこの控室に閉じ込めて三時間が経つ。過去の経験から試合ができるギリギリの時間。今頃は蒸し焼きとなって息も絶え絶えな状態かもしれない。その姿を脳裏に描いたガイは勢いよく扉を開いた。取っ手のついた扉が重く錆び付いた音をたてると悪臭が襲い掛かってきた。鼻腔を蹂躙され、思わず鼻を押さえる。

 

 

「アラン・スペンサー!準備は出来たか!」

 

 

悪臭で涙をにじませたガイが目にしたのは、ベンチに座る……腰に剣を備えた流れ者――アラン・スペンサーだ。

表情はフルフェイスの黒仮面に隠されており、体は装甲機竜を纏うのに適した『装衣(ドレス)』という身体にフィットする服を着ていたが、その『装衣(ドレス)』には黒い甲鉄が付けられ、時代錯誤な騎士を思わせる格好をしていた。

服の下から女性的な膨らみがないことから男だと分かるが、一見してそれ以上の情報は知ることができない。

 

 

『何のようだ』

 

 

男か女か判別できないくぐもった声が響く。その声に一辺の疲労は感じられず、それどころか悪意や善意、いや感情すらも感じさせない唯々無機質なものだった。立ち上がる姿も両脚をしっかり支えにしている。

ガイは目の前のアランが三時間、この控室に閉じ込められても何の影響もなかったことをようやく理解した。

奥歯を砕けんばかりに噛み締め、黒い仮面を射殺さんばかりに睨みつける。この黒ずくめにガイは酷い嫌悪感しか抱いていない。この控室に入れ、無様な姿で留飲を下げようとしたがそれも出来なかった。できることなら、もう視界にすら収めたくない。

このまま黙っていることはガイのプライドが許さず、意地で皮肉を加えた笑みを浮かべた。

 

 

「……はっ、臆して逃げ出したんじゃねぇかと思ってな」

『いらない心配だ。それよりも試合だ、そこをどいてもらおう』

 

 

扉に向かい歩を進めるたびにガチャッ、ガチャッと金属が触れ合う音を響かせ、ガイの正面に立ち止まった。

長身によって闇色の顔で見下される形になり、ガイは胸に抱いた言い知れぬ恐怖に衝き動かされ、思わず早口で叫んだ。

 

 

「い、いいか!?チケットは全部売り切った!当然のこったろうが、流れ者の貴様に張る奴なんて少ない……いや、皆無だ!!なにせ対戦相手はジュリアン・モートンだからな!」

 

 

一呼吸で言葉を吐き出し、大きく息を吸っては吐いてを繰り返した。仮面に見下された時から汗が止まらず、思わず服の袖で拭った。

息を整え終わり、背筋を伸ばしてアランの顔を見る。そこには変わらずの仮面の黒があった。

 

 

『……人気はあるようだな、その男』

「ああ、実力も折り紙付きだ。何せこの闘技場が出来てからずっと連勝を続けているチャンピオン。貴様が言った通り、最強の機竜使い(ドラグナイト)を見繕ってやった」

 

 

ジュリアンの実力を知っているガイはその数々の戦いを思い返して得意げに言葉を出した。

 

 

『私が勝てば大穴か』

「まぁな。だが無謀なことだ。ジュリアンと貴様とじゃ格が違う。何しろ奴はワイアームの強化型、エクス・ワイアームの使い手。稼いだ金で常に万全に整備、改造をしている。ろくに機竜の性能を発揮できない素人とは訳が違う」

 

 

熱のこもった喋りを続ける内にガイの顔が紅潮し始めるが止まることはなかった。

 

 

機攻殻剣(ソード・デバイス)は中々のもんみたいだが、お前のような顔も見せない奴が試合でやろうとすることなんて目星がついている。小細工をしようってんなら止めときな。いいか、奴は反則用の準備も整えている。俺は今まで違反の小細工をしてきたクズ、身の程を知らねぇ奴が血反吐をまき散らすのを何度も見たんだ。つまり……ジュリアン・モートンに付け入る隙はない!」

『それは面白そうだな』

 

 

声と共に腰に掛けた機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を当て、鋼のぶつかる音を出させる。

自分の語りを受けてもその変わらぬ雰囲気にガイは渋い顔をした。

 

 

「呆れた奴だな、貴様は。まぁ俺はチケットが売れれば稼ぎになるんで、言う通りに試合を組んでやったが……」

 

 

ガイは憮然とした表情で言った。

 

 

「今日は貴様の無様に負ける姿でも、見させてもらうとするか」

 

 

ガイが言い終わるのと同時に選手入場を告げる鐘の音が響いた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

『レディースアーンドジェントルメン!!!さぁ、前座の試合もつつがなく終わりました!!では皆さんお待ちかねのメインディッシュの登場です!!』

 

 

取り外された特装機竜(ドレイク)が装備する拡声器を使ってレフリーが叫ぶと舞台が熱気に包まれた。

大地に広がる舞台は直径二十メートルの円形の闘技場だ。

擂鉢状の観客席では百人ばかりの観衆がチケット片手に食い入るような視線を注いでいる。軍服を着た屈強な身体の持ち主、一見して貴族だとわかる煌びやかな衣服を身に纏った紳士淑女、フェンスによじ登り盛んに奇声を上げる、賭けで身を持ち崩したように見える若者。

貧富の上限にいる者たちと下限にいる者たち、全ての人種がこの闘技場に存在し、全員が渾然一体となって戦闘中毒者な悪鬼の呻きのような喚声を上げていた。

そんな劇薬のような舞台はレフリーのコールにより激しさを増す。

 

 

『南門、連勝街道を駆け抜ける我らがチャンピオン!鋼鉄の槌竜、ジュリアン・モートン!!!』

 

 

レフリーの煽りを受けて花道を進むのは鋼のような筋肉を『装衣』の下に隠した厳つい男だ。

肩に担ぐには機攻殻剣(ソード・デバイス)。鞘には色とりどりの宝石が埋め込まれており、ライトの光を浴びてその価値をより輝かせて、観客を魅了した。

地面を強く踏みつけるその力強さは溢れんばかりの自信を表す。ジュリアンの実力を知っている観客は、舞台の中心に歩を進めるその姿に興奮し、喚声をより強くしていた。

 

湧き上がる喚声にジュリアンは獰猛な獣のような笑みを振りまいた。これは客受けを良くする一つの技。彼が味わっている贅を尽くした暮らしは、下衆な上級階層の人間から出るファイトマネーで賄われている。そのため少しでも得るためにサービスは忘れない。

 

 

「――来たれ、不死なる象徴の竜。連鎖する大地の牙と化せ。《エクス・ワイアーム》」

 

 

機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜き、柄のトリガーを押しつつ詠唱符を呟く。眼前に集束する淡い燐光が形を成し、装甲機竜(ドラグライド)が召喚される。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 

その身に纏ったエクス・ワイアームの武装である鉄槌を振り回し、その力強さに観客がまた湧いた。

ジュリアンが中央付近に着いたことで、レフリーが対戦相手を招き入れた。

 

 

『北門、我らがチャンピオンに愚かにも挑戦した身の程知らずの大馬鹿野郎!!アラン・スペンサー!!』

 

 

挑戦者の名が叫ばれると観客が起こした反応は、先ほどまで騰がっていた歓声ではなく真逆の罵詈雑言だった。観客にとってこの試合は、アランが無様に敗れて醜態をさらすショーである、と認識しているのだった。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――どうした、早くリングに出な。まさか今更ビビったんじゃないだろうな。

 

鉄槌を北門に突きつけ、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたジュリアンが心中でセリフを言い終わるのと同時、北門から入場があった。しかし、現れた影は人間の大きさではなかった。

湧き上がるコロシアムの中央に突如『ソレ』は激突したのだ。壁となる風を出力で突き破り、新体操選手のように体を捻ることで簡易姿勢制御を行う。フレームに掛かる負担を和らげ、轟音をもって地面に落ちるように仁王立ちで着地。

 

 

「な、に……ぃ!?」

 

 

翡翠の双眸を持った、重厚な装甲を持ちながらも優美な姿を損なわせていない、頭部に天に反り立つ角のような青いパーツを持った青と白の騎士がジュリアンの眼前に立っていた。

 

 

『――サービスはこれで十分か?』

 

 

海の色を思わせる青と純白の鮮やかな色とは、正反対な漆黒の仮面をつけたアランが静かな声で呟いた。だが突然飛び出し、アクロバティックな動きを見せた挑戦者に会場はあっけにとられ、静まりかえっていた。

 

そんな中、驚愕から覚めたジュリアンの心中は嵐のように咆哮していた。

冗談ではないと。

機竜の闇コロシアムに関わる以上、様々な装甲機竜(ドラグライド)を見てきた。飛翔機竜(ワイバーン)陸戦機竜(ワイアーム)特装機竜(ドレイク)といった汎用機竜と呼ばれる三種。その上位種である強化型(エクス)も。

しかし、突如現れた騎士はジュリアンが今まで見てきた機竜とは一線を超える兵器だと直感で理解した。

 

――神装機竜……なのか?

 

古代兵器が収められた遺跡。その中から発掘された兵器には、汎用機竜を遥かに凌駕する性能を持つ神装機竜が存在する。

しかし、強大な力には必ずしもデメリットが存在する。

神装機竜は機竜使い(ドラグナイト)の精神力と体力を汎用機竜の倍以上に消費する。使用時の疲労で死ぬことも珍しくないため、神装機竜の所持は、各国の法律で厳しく制限されている。

だが、今目の前にその神装機竜を纏う機竜使いがいる。それはつまり、アランが非凡な才能と使いこなす実力を持っていることだ。

自然と生唾を飲み込んでいた。

 

――それにしても、こいつの姿どこかで……?

 

騎士を思わせるフォルムに記憶が刺激され、埋もれていた過去を掘り返すが、アランの声に作業は中断された。

 

 

『質問なんだが……』

「……なんだ?」

『観客席を仕切るフェンス。あれはあんなものでいいのか?』

 

 

アランが指すフェンス。コロシアムを見下ろす形に配置された観客席は目の粗い金網のフェンスでしか仕切られていなかった。

本来、装甲機竜(ドラグライド)同士の決闘はそのあまりある破壊力から周囲に甚大な被害を出してしまう。そのため機竜使い(ドラグナイト)数名による防御障壁を張ることでようやく行うことが出来るのだ。

 

アランの言っていることが最初は理解できなかったが、すぐにハッとジュリアンは失笑した。目の前の黒ずくめは、自分の心配よりも自分たちが殺し合うところを見て楽しもうとする奴らを心配するようなことをいったのだ。

 

 

「いいんだよ。日常では味わえないスリルを求めに来ている奴らには、あんなモンでかえって十分なんだ。それと、聞かされていると思っているが、この闇闘技ではルールがある。機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)といった火器の使用は禁止されている。万が一ってこともねぇ。……まぁ、お前さんがルールを破ってまでするんだってなら、俺もノらせてもらうぜ」

 

 

喋るジュリアンに先ほどまで持っていた恐れは消えていた。機竜には驚いたが、目の前の奇天烈な格好をした男に闇闘技で勝利を掴み続け、チャンピオンとなった自分が敗けるはずないと自信をつけ、口の端を吊り上げた。

自分の心配よりも他者の心配をするアマちゃん。それがアランに対する印象として根付いた。

 

 

「アラン・スペンサー!この闇闘技に出場したこと後悔させてやるぜ!!」

 

 

いつの間にか観客たちの視線が熱量を持ったかのように熱くなっていた。

対峙した二機の装甲機竜に、試合開始を悟ったのだろう。

熱が高まり合ったコロシアムをサイレンの音が切り裂く。

 

 

闇闘技が開始した。

 

 

 

 

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