ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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久しぶりの投稿ですがIF物です。本編をお待ちの方には申し訳ございません。進めているのですが、どうにも時間が取れず完成にはまだ至っていません。

クロスオーバー作品はタイトルから分かる通り、『ストライク・ザ・ブラッド』です。どうぞ。


IF ロスカラ・ザ・ブラッド 上

――追われている。

 

今、自分の現状はその一言で表現できるものだった。

 

何から追われているのか分からない。ただ得体の知れない不気味なものという印象で、未だ一度も接触はしていないから、特に危害を加えられたというわけでもなかった。

 

ではなぜ不気味と感じ、逃げているのかと言われれば、単に成り行きと答えるしかない。

 

とある道幅の狭いY字路で、左右どちらかを選ばなければいけなくなったから、向かって右側の道を選んだ。それだけのことだ。特にたいした理由はない。洒落た言い方をするのなら、人生の分岐点もそんなものであるように。

 

そして、その結果がこの有様だ。

 

「チッ――しつこい奴」

 

追われている。現状そういうことだ。

 

右側の道にはマンホールがあり、その上を通り過ぎた瞬間に蓋が勢いよく跳ね上がった。そこから何かがやってくる気配を感じて反射的に逃走する。どうやらとても執念深いそいつは諦めることなく追いかけてきて、今に至る。

 

それについては非常に鬱陶しくて堪らないが、不幸で最悪とまでは思っていない。全力疾走のマラソンに毒づきはするものの、今を悲観する気持ちはまったくなかった。

 

先ほど心の中で弄んだ、人生の分岐路云々という喩え……そういうものは二種に分けられると彼は常々思っていた。

 

まず一つは無意識に選ぶもの。日々の諸々に埋もれていく些細な選択が、振り返ってみれば重大な意味を持っていたと、後になって気付く類。

 

道で大金を拾う未来や、交通事故に遭う未来を、事前に予測できる奴など一・般・に・は・いない。だからそういう不測の事態は、ただの気まぐれ程度で容易にズレるし、発生しうる。

 

彼自身が右の道を選んだことで追われるのと同様に。

 

そしてもう一つは、そういった積み重ねて起こった事態に、どう対応するかということだ。

 

大金を拾った場合、事故に遭った場合、進学、就職、結婚――その他なんでもいい。

 

これが今後の人生に、深い影響を与えるものだと理解している選択。

 

まだまだ社会的には小僧と言われる年齢だが、人が生きていくうえにはそうして二種類の分岐路が存在し、それが繋がったものだということくらいは分かっている。

 

つまり、運命というものは慈悲深いということだ。

 

結果の見えない選択に翻弄される場合は確かにあるし、それは人間の器量で抗えないものだろう。だけど同時に、そうなったときは注釈つきで道を用意してくれるのだから。

 

養父から貰った恋愛シミュレーションゲーム風にすれば、

 

『あなたは今、とても大事な局面に立っています。ここで選択を間違うと大変なので、よく考えて選んでください』

 

こんな感じだろうか。

 

その先はプレイしているところを義妹に見つかり、ディスクを叩き割られて分からず仕舞いになったが。

 

まあ、例外的な極論も当然あろうが、それはこの際置いておく。とにかく重要なのは、おおかたにおいて最終的には自分の器量が頼りということだ。

 

だったらその機会に真摯でありたい。

 

無意識に適当で選んでしまった道を嘆いて、あのときああしていればよかったとか、こんなことになるなんて思わなかったとか、どうしようもない泣き言を並べても事態は好転しなし、やり直せない。やり直せないのだ、絶対に。

 

過去は変えられないのだから、未来のため――明日のために今を見る。

 

それが己の信条で、故に右の道を選んだことを悲観なんかしちゃいない。……この現状が人生云々を左右するほど重要なものかは知らないが。少なくとも今、自分の器量で結果を選べる局面なのは確かなはずだ。

 

「はっ――」

 

気合いと共に、全力で走りだしながら、同じく全力で跳躍した。

 

高さが軽く15メートル。距離は直線にして50メートル以上は跳んだだろう。街区を丸ごと一ブロック飛び越えて、アスファルトの上に着地する。

 

言うまでもなく、その行動は追跡者を撒くためなのだが、より正確な目的は少し違う。

 

試したのだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 

背後を仰ぎ見たそのときに、影のような塊が跳躍したのを確認した。それは自分が跳んだコースをそのままなぞり、こちらへ着地するべく落下してくる。

 

「くそっ……」

 

やはり、という思いはあったものの、予想が当たったからといって愉快な気分には必ずしもならないものだ。舌打ちと共に前を向き、再度の逃走を開始する。

 

背後に響いた着地の音と、続いてアスファルトを駆ける音が耳に届いた。あちらも再び、自分を追いかける行動に移ったらしい。

 

まったくよく飽きもせず、男の尻なんぞ追えるものだ。よっぽど偏執的な性なんだろう。

 

先の一瞬、初めて見咎めた相手の姿は完全な影法師で、未だに性別どころか人間なのかさえ分かっていない。近くでしっかり見れば正体を割れるかもしれないが、その必要性はないと感じる。

 

なぜなら、影という印象を持ったときに直感したのだ。あれは自分の真似をしている。行動をそのままトレースしている存在だから、ぴったりついてきて離れない。

 

だったら、奴を撒くための手段は一つだ。

 

あれが真似できないことをやればいい。

 

自分だけしか持てない個性を使う。

 

走りながらイメージを固める。今度は単に身体能力で振り切ろうとか、手軽い方法で不精はしない。より奇抜で、より独創的で、他人では絶対できない力というものを見せてやる。

 

「――さあ、真似できるものなら真似てみろ」

 

前のめりになって、力強く一歩踏み込む。低く鋭く真っ直ぐ跳ねるようにして突き進む。これまで幾度となく繰り広げた逃走劇の経験から奴も自分とほぼ同等の走力を有している。だが、上にではなく前に跳ぶことで、一時的にとはいえ、影法師を引き離した。

 

そして、伸ばした左手が地面へと触れる。

 

地面が燃えた……という表現ではとても足りない爆発したかのような大炎上が湧き上がった。発生源たる左手が当てられた地面から巨大な火柱が間欠泉のように噴き上がっている。燃え上がる火柱が壁となって追跡者の行く手を阻むように展開し、即席の遮断壁を形成する。

 

この芸は追跡者に対して初めて見せた。ゆえに妨害として非常に有効だろうと考える。

 

ライが離れたことで火柱が小さくなり、壁の高さは5メートル。幅は1メートルといったところまで小さくなる。先ほどのように飛び越えることは容易な障害物であるものの。こいつはおそらくそうしない。いいや、きっと出来ないはずだ。

 

真似をする影法師なら、自身と同じ手段を用いない限り突破は不可能。

 

そう分析する。だから――

 

「撒いた……か」

 

しばらく走って、追跡がないことを確認する。

 

どうにか目的を達成したことを確認すると、減速して立ち止まり、やれやれと息を吐いた。

 

()()()続いてのゲームはまたこちらの勝ちというわけだ。

 

まあ、明日もどうだか分からないが。

 

「一体、いつになったら終わるのか……」

 

振り返って、ついさっき自分が創った防壁に目を向ける。今頃あの向こうでは、おそらく影法師が真似をしようと四苦八苦しているのだろう。

 

筋力で壁にトンネルでも作るか。それとも迂回するコースを探り当てるか、どちらにせよ奴がそれに成功したら、追いかけっこが再会する。

 

そして、同じ手は二度と効かない。

 

身体能力で巻いたこれまでの手が今夜は通用しなかったように、左手の力で撒いた今夜の手はどれほど持つか……。

 

ではさて、一体どうするか。

 

応用の効く能力のため多くの手を残しているが、この調子でいったら手札切れを起こしてしまう。根負けするようで癪だが、まだ余裕のあるうちに根本的な方針を見直したほうがいいかもしれない。

 

「もう逃げるのではなく、迎撃するか……?」

 

そんな思案は、しかし答えを出せない中途半端なところで遮られた。

 

「おーい、ライ君――」

 

自分を呼ぶ声と共に、周囲の情景が霞み始める。それが、今夜の夢はここで終わりだということを告げていた。

 

そう、これは夢。

 

幼い頃から時々だったが、約()()()前から見続け、体感している、日常とは異なるもう一つの世界だった。

 

 

■■

 

 

「――ライ君。時間だよ、おーい」

 

そして夢から出た少年――蒼月(あおつき)(ライ)は現実へと戻った。二つの世界を跨ぐとき、意識的にはまったく変わっていないから、目が覚めるという表現は正しくない。

 

ある意味、常に起きていたのだ。睡眠中に、自分は眠って夢を見ていると理解できている異常、精神は覚醒状態を維持しているということだ。ゆえに、当たり前だが現実のライは夢のように破天荒な真似ができない――というわけではない。

 

「うん、ライ君やっと起きた!もうさっきからずっと呼んでたのに、よっぽどいい夢でも見てたの?どんな夢?もしかして私が出てたりしてた?そうだったら、それはそれで嬉しいかな。まあ、とにかくおはよう!」

 

「……ああ、おはよう」

 

繰り出されるマシンガントークに圧倒されながらも、寝入る直前とまったく同じ、机に頬杖をついた姿勢のまま、起き抜け特有のかすれ声で横から覗き込むように見つめる少女へと返した。今が朝じゃないことくらいは確かめるまでもなく分かっていたが、それでも目覚めのおはようは基本だし大事なはずだ。

 

「凪沙、僕はどれぐらい寝てた?」

 

大きな瞳が印象的で、表情豊かな彼女の名前は暁凪沙。

 

ライの義妹である。

 

「九十分。そういうリミットだったでしょ。別に時計は誤魔化したりはしてないし、不正もしてないか確認してたし」

 

「そうか。ごめん、監視役任せちゃって」

 

「いいよ、いいよ。やっぱり本土でのバイトは大変だったんだね。それに私的にはライ君の寝顔なんて珍しいものも見れたし、十分役得だったよ。写真もとってあるよ!見る?見たいよね!?自分の寝顔なんて見れるものじゃないし」

 

手に持ったスマホを操作して、その画面に撮ったライの写真を見せ付けてくる。

 

そこには頬杖をついた姿勢で眠る自身の顔が写っている。顔に余計な力は籠ってなく、穏やかそのものだ。夢の内容が内容だけに、顔を歪ませるなど唸るなどして皆に心配をかけてしまったのではないか考えていたが、写真と凪沙の反応から杞憂で終わった。

 

とりあえず凪沙の手からスマホを素早く奪い、慣れた操作でライは自分の寝顔が写った写真を削除する。なぜか様々なアングルで撮られおり、二十枚近く保存されていたがそれらも削除。用の済んだスマホを凪沙に渡すとあーっと悲鳴が聞こえたが無視した。

 

「燃えた……燃えた……。真っ白に……燃え尽きたぜ……」

 

弱弱しいうめきが聞こえ、その発生源に顔を向ける。

 

ライの正面、リビングのテーブルにぐったりと突っ伏す少年がいる。

 

ライの雪原を思わせる銀色の髪とは違い、色素が薄く狼の体毛のような灰色の髪の少年。

 

彼の名前は暁古城。

 

苗字から分かる通り凪沙の家族であり、彼女の実兄。

 

年齢は同じだが、誕生日からライにとって義兄である。

 

「お疲れ様、古城。一応、聞いておくけど不正はしていないね?」

 

「してねぇよ!凪沙の監視もあったし、してもどうせバレるだろうし。お前らそうなったらうるさいだろ。流石にな、俺もいい加減学習してっぞ、ほら」

 

と、疲弊した顔を上げた義兄の暁古城は、ライの鼻先にプリントを突きつけた。

 

「おまえが作ったテスト、一応終わったから採点頼む」

 

「……分かった、けどちょっと待って。一息くらい入れさせて」

 

言って、ライは首を軽く回して、眉間を揉んだ。いくら最近の自分の眠りが少々特殊で、頭が寝ぼけることはないといっても、身体の方はまったく別だ。生理現象として当たり前にある倦怠感までは拭えない。

 

「それで、その様子からすると少しは自信があるみたいだね?」

 

プリントを受け取り、内容に目を走らす傍らで、机の上のマグカップのコーヒーをすする。冷めてしまったと思っていたが、どうやら凪沙が淹れなおしてくれたようだ。ブラックコーヒーの温かさと苦みが口に広がり、胃に落ちると身体が現実へと適応してくる。

 

「……」

 

「どうだ。俺も今回ばかりは自信があるぞ。お前の授業効果が発揮されているだろ?」

 

「あー、うん。まあ、うん」

 

目を閉じ、天井を仰いで、引きつりそうになる口角を何とか堪える。

 

「もう一度訊くけど……本当に自信があるのかい?」

 

「おう」

 

「頑張ったのも間違いないんだね?」

 

「もちろん。なんだよ、はっきり言えよ」

 

「そうかーなるほどーこれでー自信がーあるのかー。うん……」

 

何と言えばいいのか迷ってしまう。ライの反応に、先ほどまで表情に自信のあった古城の顔色が変わって不安の色が表れている。兄二人の反応が気になったのか、ライの横にいた凪沙がプリントを覗き込み、うわぁと声を上げた。それによって更に不安の色が濃くなる古城。

 

ライはため息をついて、古城へ嘆かわしい現実を突きつけた。

 

「古城、解答欄が途中からズレてるよ。――見直ししなかったの?」

 

「は?……はああああァァァァ!?」

 

半分以上の解答がチェック印で埋まったプリントを驚愕のまま固まった古城へ渡すと、打ちひしがれたように項垂れた。余程自信があったのだろう、突きつけられた現実は彼の精神を凄まじいダメージを与えていた。

 

だが、そんな姿にやれやれと首を振りながらもライは追い打ちをかける。

 

血の繋がりはなくとも、幼少の時から一緒に過ごしてきた家族。だが、テスト勉強を手伝ってくれと頼んできた時点で、今の自分たちは義兄と義弟ではなく、生徒と教師の関係だ。ならばそこは、厳しく一線を引かなければならない。

 

「見直しは最低限しよう。自信を持って頑張ったっていうなら、せめて自分の頑張った成果を見直して完璧に仕上げよう。話はまず、それからだよ」

 

「うっ……け、けどな!ズレてたとはいえ、答えは合ってるだろ!?」

 

「うん。それはね……」

 

ライは目蓋に焼き付いた散々たる結果をリフレインして、無慈悲に告げる。

 

「三分の一くらい……間違ってたよ」

 

「なん……だと……!?」

 

「残念。それが現実だよ。――やり直し」

 

「勘弁してくれぇ」

 

古城は呻いて頭を抱えて崩れ落ちたが、生憎とライ自身も悶絶したい。

 

諸事情……というには自業自得か、彼の体質故に仕方がないと言えなくもないが、補修と追試が明日に迫る彼をバイトとそこで起こった大騒動で疲れ切った身体に鞭打って教え続けて、そろそろ理解しただろうと仕上げのテストをやらせてみたらこの体たらくを曝している。ライのプライドを粉砕する趣味を持っているのだろうか。

 

「さっき要点を教えたよ。僕のノートを見ていいから、自分で考えながらやってみるんだ。この程度の問題は、それで充分解けるはずだ」

 

「た、助かる……!これで明日の追試はなんとかなりそうだ……!」

 

古城は差し出されたノートを王から下賜された臣下の如く、感極まった様子で両手で受け取ろうとした。だが、古城の希望はあっさりと横からかっさらわれた。犯人は凪沙だ。

 

「駄目だよ、ライ君!古城君を甘やかしたら!昔からライ君は最後の最後で、古城君に甘いけど、私の目の黒い内は古城君はスパルタルートを貫徹してもらいます!」

 

「なっ、凪沙頼む勘弁してくれ!俺の明日からの追試科目知ってるだろ!?体育のハーフマラソンと九科目だぞ!合格するにはその聖典が必要なんだ!もし一つでも落としたら――」

 

「留年は覚悟するんだね、古城君。もし、そうなったら来年は私と同級生だよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

「だったら死ぬ気で勉強するんだね。限界絞る。寝ない、喋らない、手を動かす。ガッツだよ、ガッァ――ツッ!!」

 

そう言って奪ったノートと、ライの別科目ノートを古城へと渡さないよう確保しながらガッツポーズ姿勢の凪沙と机に再び突っ伏す古城。兄妹の立場が見事に逆転している。そんな二人の姿が兎に角、微笑ましくてライは思わず笑ってしまう。もう何度も見たことがある光景だが、この微笑ましい光景はライの胸をいつも温かくしてくれる。

 

「古城。頑張ったって結果が出るとは限らないけど、少なくとも結果を出した人は頑張っているよ。僕もフォローは出来る限りしてあげるから、頑張ろう」

 

「ら、ライ……」

 

「けど最後は自分の器量だからね、古城」

 

「あーもう、分かったよこの鬼軍曹共。やってやるよ、やればいいんだろっ」

 

やけっぱち気味にそう叫んで、再び机と向き合った。

 

「そうだ。それでいいんだよ」

 

聖典代わりの教科書とプリントに何度も視線を向ける古城。

 

なんだかんだで最終的には、どうにか乗り切るのがいつもの義兄だ。教えておいて、ギリギリの綱渡りというのは業腹だが、落とすか落とさないという話でならあまり心配していない。解答ズレも集中していれば普段なら絶対ないはずだ。

 

だから、ライは古城の集中力を乱した原因へと首を向けた。

 

『WRYYYYYYY!貧弱貧弱ゥ!』

 

「おっし、必殺ケージ溜まったぁ!くらえっ、旦那ぁ!」

 

「残念。ほいっと」

 

「え、あ、ちょっと待て。ロリ化した!?挑発コマンドで避けられるのかよ!?」

 

『パーフェクトだ、ウォルター』

 

「13mm炸裂徹鋼弾。弾殻、純銀製マケドニウム加工弾殻。装薬、マーベルス化学薬筒NNA9。弾頭、水銀弾頭、法儀式済の百万発のコスモガンを喰らいなさい!」

 

「うぅ、おおおぉぉ!やめろやめろやめろ!マジかよ、フルボッコじゃねぇか――旦那、中の人は親友の神父だろ。少しは手加減しろ!」

 

「上級者向けの第一部使用を使ったのがそっちの敗因よ。ランダム選択じゃなく、初心者向けの第三部仕様を使えばよかったのよ」

 

『私はヘルメスの鳥――』

 

「だああああっ、超必殺技やっぱそれかよ!うわ、河で画面埋まった!?回避できねぇっ!!」

 

「はい、K.O.。――ま、厳然な実力差とはこういうものよ」

 

「ざっけんなぁっ!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

古城がテスト勉強でひーひー言っている間、格ゲーしているヘッドフォンを首にかけた少年と髪を金に染めた華やかな少女を怒鳴りつけ、おもむろにコンセントを抜いてやった。

 

「あーっ」

 

「ちょっと、ライ!アンタ何すんのよっ!」

 

「君たちこそ何をやっているんだ。矢瀬、浅葱」

 

ライは仁王立ちして、高校のクラスメイトである少年――矢瀬基樹と少女――藍羽浅葱を冷たく見下ろす。

 

「楽しいかい?すぐそばでテスト勉強している友人のすぐそばで格ゲーをするのがそんなに楽しいのかい。いいよ、だったら今すぐ表に出て。リアルファイトならいくらでも付き合ってあげるよ、うん?」

 

「……あのさ、ライ。それはそうとさ。俺のゲーム機、あまり乱暴に扱わないでほしいんだが」

 

「古城君は勉強に集中!このペースだと、明日のテスト範囲のカバー間に合わないよ」

 

「……チックショー」

 

割って入った古城は凪沙によって黙らせられ、なにやらピーチク吼えている二人に目を向ける。

 

だが、

 

「もう、何すんのよライ。もう少しで隠しコスチューム、ワラキア公バージョンが入手できたのに!」

 

「自分だって寝てたくせに、なぁ?」

 

「ねえ」

 

「そうか。どうやら二人は、改めて立場を分からせないといけないようだね」

 

微塵も反省の色も見えないあたり、ある種の大物感さえ漂っている。いや、この二人の性格からきっと将来大物になるのだろう。だが、場の空気を読むことと戒めも必要なはずだ。

 

ライの両指に力が籠り、指の関節が鳴る。それを聞いてようやく二人は危機感を感じたのだろう。お互いが顔を青くして後退りする。

 

「言っておくけど、今日の星占いによると僕はやや短気でラッキーワードは“キレる”“いきり立つ”“男女平等”だそうだ」

 

「お、おい。ちょっと待て、ライ!?調子に乗った、悪い、スマン!」

 

「それ、(スメラギ)社の雑誌のインチキ星占いでしょ――!?」

 

二人の謝罪と悲鳴を無視して、ライの両腕が伸びる。

 

右腕は浅葱、左腕は矢瀬でロックオン。立ち上がり逃げ出そうとする二人のこめかみを親指と中指の指先だけでガッチリ固定。そのまま握力をほんの少し加えて絞め上げると二人が苦悶の声を上げる。だが、まだ終わらない。指をそのままに腕を上げ、二人を持ち上げる。

 

指二本で吊り上げられた二人の苦悶の声が徐々に大きくなり、十秒後には絞殺される鶏の断末魔めいた声を上げ始め、その光景に古城と凪沙は引きつった笑みで見ていた。

 

 

 

 

『――コンビニに行って来る』

 

浅葱と矢瀬を絞め上げ終え解放したライは、そう言って出かけて行った。

 

白目を剥いて失神した矢瀬と鈍痛に床に転がり悶える浅葱を無視して古城の勉強を見たが、とても今日中には明日の分の追試をカバーできないため、古城と家庭教師のライは徹夜ルートへと突入することになった。そのため古城の夜食とついでに凪沙に頼まれた限定アイス購入のためコンビニへと向かった。

 

「いった~。あいつ、本当に容赦がないわね。痕が残ったらどうすんのよ」

 

ようやく痛みが引いたのか浅葱がこめかみを揉みながら起き上がる。

 

床に転がる矢瀬は浅葱よりも強力だったのか、彼自身の耐久力が低いのか未だに白目を剥いてピクピクと痙攣していた。

 

古城は因果応報だと思いながら、勉強を一区切りつけてペンを机に放り投げる。

 

凪沙が見たら再び勉強に集中と言いそうだが、彼女は今リビングにいない。ライが出かけて間も無く、部活の友人からメールが届きその打ち合わせのため部屋へと向かっていった。

 

「大丈夫だろ。ライがマジ切れして本気で掴み掛かったらどうなるか知ってんだろ?あいつは力加減っていうのを人一倍気にしてんだ。なら、痕なんて残すはずねえよ」

 

「そりゃ、分かってるけど……」

 

浅葱は念のため化粧ポーチから取り出したコンパクトミラーでこみかみを確認している。そして、何度か両こめかみを見た後、

 

「……まあ、とりあえずは無事で、何事もなさそうでなによりだわ」

 

そう言って、安堵のため息を苦笑交じりに吐いた。

 

何事もない。

 

古城はその一言に頷いた。

 

「ああ。夕飯が終わった頃に帰ってきたんだが、その間特に変わった様子も見られなかったよ。――ありがとな、心配して今日来てくれて」

 

古城が自分のことのように、柔らかく嬉しそうな表情で浅葱に感謝すると、彼女は頬を朱に染めてそっぽを向いた。

 

「む、無理もないでしょ。バイト先の大阪であんな大事件があれば……」

 

テレビのリモコンを手にした浅葱が、黒だけの画面をニュース番組に切り替える。すると、丁度その事件に関する内容が放送されていた。

 

金髪で若い外国人女性ニュースキャスターから今日本中で話題となっている事件の映像へと映り変わる。

 

時は三日前、場所は大阪。

 

映り出されたその映像は一言で言えば『紅』だった。

 

画面越しでありながら、視覚を蹂躙する『紅』の地獄――紅蓮地獄が広がっていた。

 

かつては江戸時代には天下の台所と呼ばれ、現代の日本でも東京に並ぶ大都市である大阪が燃えているのだ。

 

夜間帯であるためかディープな放送がされており、正に地獄さながらの光景に浅葱は沈黙し、古城は凪沙がここにいないことに安堵していた。

 

映像が切り替わり、様々なカメラで撮られた炎の地獄が映し出される中、画面が激しく揺れたと同時に、天地が横向きになった。

 

カメラが倒れたのだ。

 

瓦礫の街を映していた画面が、まず、手を映した。手の肌は黒い鉄でできている。大阪の警察機構に配備された録画機能持ちの機械人形(オートマタ)だ。

 

画面の下、地面に伏して置かれたまま動かない、機械人形(オートマタ)の手を紅の炎が飲み込む。飲み込まれたソレは鋼鉄でありながら鮮やかに燃え上がり、熔ける間もなく、跡も灰を残すこともなく消えてしまった。

 

そして、カメラの前を巨大な人型状の影が通過した。進行方向状に在る大型トラックを優に超す巨体を持った影だった。身長は五メートルを超えている。

 

雄叫びがテレビから響く。

 

人の絶叫を超えた、命を激痛によって削り取られた際に上げるような吠え声だ。

 

カメラの前を通過して、大型トラックに自身から突進して触れた途端、炎で文字通り消滅させた、巨人――紅の夜叉が吠えたのだ。

 

そこで再び映像が切り替わり、ニュースキャスターや評論家たちの姿が映し出された。

 

彼らの解説や討論をBGMに古城は重くため息をついた。

 

「大戦の際、空襲で投下されたが不発で埋まったままの術式焼夷弾が工事によって起爆暴走。長い年月をかけて、住民の不安や恐怖を取り込んでいたため妖物化した。……本当のところはどうなんだろうな?」

 

「私も軽く調べてみたけど一番有力なのはそれね。当時、大阪の退魔組織が半壊してまで結界張って術式を停止させたから今でも不発弾が大量に出てくるらしいわよ。他には局地地震で地下深くに封印されたこの……紅夜叉?が目覚めたってのもあるわ」

 

「徳川に滅ぼされた豊臣政権の怨霊の塊とか十二年前に起きた『神器動乱』で行方不明になった神器の一つって話もあるぜ」

 

「お、矢瀬。復活したか」

 

古城たちの話に割って入ってきたのは復活を果たした矢瀬だ。

 

「あんた白目剥いて気絶してたわよ。もう少し眠っててくれればその顔、写真に撮って付き合ってるっていう先輩に見せてあげるつもりだったのに」

 

「おい馬鹿やめろ。絶対にすんなよ。そんな間抜け面見られちまった日には、俺これからどんな顔して先輩に会えばいいんだよ」

 

矢瀬は真っ赤になったこめかみを揉み、リビングの床に寝っ転がりながら、ニュースへと顔を向けた。

 

大阪城公園から突如出現した紅夜叉はその場を炎によって灰も残さず消滅させた後、大阪駅を壊滅させ、新大阪駅まで暴走した。無論、進行ルート上にある物全てを灰燼にして。

 

そして最後は、

 

「新大阪駅に待機した攻魔師……それもかの鬼鎮めの渡辺家の末裔様を筆頭に、追い詰められたところを退魔の道具を敷き詰めた新幹線の体当たりを受けて消滅か。ま、テレビで大阪駅が炎上消滅したって聞いた日にはゾッとしたぜ。あいつ、ここの駅近くのホテルに泊まる予定って話だったじゃないか」

 

「バイトのイベント成功の打ち上げで京セラドームにまだいたらしい。参加せずにホテルに行ってたら巻き込まれてたってよ」

 

古城は思い出す。テレビのニュースで上空から夜の大阪が鮮やかに炎上している光景を見た時には血の気が引き、最悪の状況を考えてしまい背筋も凍った。

 

凪沙に至っては普段の明るい雰囲気が一変し、兄である古城自身も見たことがないほど顔を真っ青にして電話でライの安否を確認した。震える手で何度も操作を誤り、体を祈るように折って返事が来るのを待った。痛いほどの緊張感に包まれる中、発信が三十を超えた頃にようやくライが電話に出てその声を聞いた際には、安堵のあまり気が抜けて倒れ込んでしまった。

 

紅夜叉が巻き起こす火災に巻き込まれることはなかった。それは非常に喜ばしいことだった。打ち上げの後、被災者たちへのボランティアを行っていたというが……。

 

「問題は……ライが被災地にいたことだよな」

 

「……」

 

「……」

 

古城の呟きに矢瀬と浅葱は無言だ。

 

ライはある特有の体質から、事故現場など人が亡くなった地に非常に敏感である。だが、ライは近くにいてしまった。被災地という途轍もない人が亡くなり、未練を残してしまった地に。

 

家に帰ってきたライは、バイトに行く前と変わった様子は見られなかった。友人である浅葱たちや家族である古城たちでも変わってないと思った。しかし、それでも不安と心配はある。

 

――あいつは俺たちにでも平気で嘘をつくからな。

 

幼少の頃からライは嘘をよくついた。

 

古城たちを貶める為の嘘ではない。

 

自分たち家族を心配させないよう、ライ自身は傷ついていながら、それを隠すように嘘をつくのだ。

 

大丈夫と。何ともないと。問題ないと。

 

「……優しい嘘つき、ねぇ」

 

凪沙がライのことそう称したことが古城には印象に強く残っている。なるほど、言い得て妙だと思った。

 

昔っから、胸の内を明かすようなことはせず、最初は何を考えているか分からない奴だった。だが、時間が経つにつれて古城自身もライがどんな奴かは大体分かってきた。けど、まだ大体だ。

 

家族でも隠し事はするだろうが、ライはそれが多いと思う。きっとそれで悩むこともあるはずだ。その時、自分や家族、友人を頼ってほしい。

 

古城はライが出て行った玄関を見つめた。

 

本当に何事もないというなら、すぐに帰ってきてほしいと心からそう思った。




後半に続きます。明日には投稿できると思います。
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