ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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IF ロスカラ・ザ・ブラッド 下

絃神島。

 

太平上のど真ん中、東京の南方330キロ付近の海上に建造された総面積およそ180平方キロメートルの人工島。総人口数は約56万人。カーボンファイバーと樹脂と金属と魔術で造られた超大型浮体式構造物ギガフロートであり、東西南北に配置された4基の超大型浮体式構造物と、それらを連結するキーストーンゲートによって構成されている。

 

暖流の影響を受けた気候は穏やかで、真冬でも平均気温は二十度を超える、熱帯に位置する常夏の島である。だが、この島の主要産業は観光ではない。それどころか島の出入りには厳重な審査があり、ただの観光客が訪れることはあり得ない。

 

絃神島のその主な産業は製薬、精密機械、ハイテク素材産業。それらに関する日本を代表する大企業、あるいは有名大学の研究機関が、この島にひしめき合う学究都市なのだ。

 

また絃神島にはもう一つの名前がある。

 

魔族特区。

 

獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、吸血鬼――自然破壊の影響や人類との闘争の結果で数を減らし、絶滅に瀕した魔族が公に住まうことが許可され、人類と同じ市民権も与えられる保護区であり、その代わりにその生体の研究に協力することで科学や産業分野の発展に貢献している。

 

魔術と科学が入り混じる地であり、魔族と人間を共存させる壮大な実験の檻でもある。

 

それが、この絃神島である。

 

 

住宅が多く集まる絃神島南地区のアイランド・サウスは今、深夜の静けさに満ちていた。

 

多くの魔族が夜を好んでいると言えど、街灯の光を残して短い眠りにつく時間だ。

 

だが、そんな平静たる時間を妨げるように、灰色の建物の周囲から音が生まれた。

 

音は三つ。

 

一つは並木の葉を揺らす風の音。もう一つは甲高い金属音。そして最後は歌。

 

一つ目はこの常夏の人工島故の穏やかな温風であり、二つ目は戦闘の経過を告げている剣戟音であり、三つ目はスマホの着信メロディによるものだ。

 

その着メロが切れ、スマホへ向けて少年の声が響く。

 

「あ、古城。ごめんね、遅くなって。いや、凪沙に頼まれた限定アイス。あれ『ゼンブイレヴン』限定でさ。五店舗くらい回ってみたんだけどどこも売り切れだったんだ。それでようやく買えたんだけど、そこで将棋仲間の小出さんと会っちゃって。いやいや、老人狩りされて返り討ちにした方じゃないよ。商工会の小出さん」

 

響く声は、普段の彼と変わらず冷静で穏やかであり、風と剣戟の音は特殊な改造をされたスマホによって相手側に届くことなない。

 

「やっぱり大阪の火事のことを気にしててね。心配してくれたのもあったけど、大阪のタイトル戦がどうなるかって嘆いていたよ。それで今、浅葱と矢瀬の分どうしようかなって思って……え?もう帰った?じゃあ、お土産は……あ、渡してくれたんだ、なら買う必要はないね」

 

声と音の響きは疾風と共に家群の間を駆け抜けていく。

 

「うん。それじゃ帰るよ――すぐにね」

 

少年は喋り終えるとスマホをズボンのポケットに入れると、人工島の機能的な街並みを縫うように、更に疾走する。その彼に幾つかの影が振り抜いた獲物に月光を映して躍りかかり、覆い尽すように重なる。そして、響く多重奏の剣属音。しかし、それらの刃はすぐにガラスが砕けるかのような金属の断末魔を響かせた後、影たちは吹き飛び倒れる。

 

一瞬で迎撃した少年は倒れることなく走り続ける。

 

己の速度を緩めることなく、通りを抜け、並木の間を抜い、建物の間を突っ切っていく。そこで五回の接触があり、五つの金属破壊音を響かせ、五つの影を倒した時、目標の場所までたどり着いた。

 

ゴールである、アイランド・サウスこと、住宅が多く集まる絃神島南地区の自宅マンション前に辿り着くまで、ものの十分も掛からなかった。距離にして約4キロを、十分以内に完全走破――しかも驚愕を通り越して不気味なことに、汗をかくことも息を一つも乱していない。オリンピックの金メダルもその手に掴める事実だった。

 

少年はマンション前の街灯の下で足を止める。

 

その姿は、青いパーカーに身を包んでおり、備え付けられたフードを深々と被っている。また左手には青色のエコバックが吊り下げられており、購入品が入っているのが見て取れる。

 

少年はエコバックの中身を覗き込み、疾走中細心の注意を払っていたアイスなどが無事なことを確認し、安堵して頷く。

 

そして、自分がどうして先ほどのような状況になったのか振り返った。

 

 

「参ったな。たかが夜食の買い物で30分も費やしてしまった」

 

目当ての商品を詰めたお気に入りの蒼色エコバックを片手にコンビニから出たライは腕時計に刻まれた現時刻を見て溜息をついた。表情には自身の不運への呆れと精神的な疲労の色が浮かんでいる。既に真夜中に近いというのに、むしむしとした熱が漂っている。今日の夕方までバイトのため本土にいたライにとってこの蒸し暑さには愚痴すら出そうであった。

 

ライと暁家が住むマンションから近所のコンビニ『ゼンブイレヴン』は片道約五分ほどの距離である。だが、ライは財布にコンビニ『マドリード24』の割引券と福引券の有効期限が間もないことを思いだしたのだ。

 

『ゼンブイレヴン』より少し離れているが、折角なのでそちらに行ってみたのだが、凪沙に頼まれていた限定アイスが『ゼンブイレヴン』限定品だったのだ。先に福引券を使おうとしたが、列ができており、並んで待った末の景品がガム一つ。そして、近所の店舗にUターンしてみればタッチの差で売り切れ。焦って急ぎ別店舗に行ってもそこも売り切れ。また別店舗に行けばそこも売り切れ。そんなことが後二回も続いたのだ。

 

もう夜も濃く、高校生であるライが夜遅くに外へ出ているのは不味い。もし、生徒指導の見回りをしているだろうカリスマ担任教師にでも見つかったら面倒なことになる。一応、学校内では優等生として認識されているのだ。折角、頑張って築いた評価を傷つけないためにも代わりのアイスを買ってすぐ帰るのが賢明だと誰もが思うだろう。

 

しかし、ライは妥協しなかった。

 

それは何故か?

 

――凪沙に頼まれたからにはね。

 

ライは古城のように凪沙に対して凄まじいまでのシスコンを拗らせている。それは彼女を溺愛している養父に匹敵するほどだ。しかし、溺愛しているとはいえ甘やかしてはいない。自身で出来ることはやらせると締めるところは締めている。だが、なんやかんやで心配性のあまり手を貸してしまうことがある。

 

その愛する義妹にアイスを頼まれておきながら、買えず別のアイスを渡す?彼女の落ち込む顔を想像してみろ愚昧が。全くふざけるな。ありえないだろ。

 

目的の物も購入したし後は急いで帰るだけ。コンビニの買い物で30分も経っている。凪沙も古城も心配しているだろうし、急いで帰らなければ。

 

その時、コンビニの入り口で浴衣を着た、若い男女の二人連れとすれ違った。

 

お互い親しく呼び合い、少女が少年を兄と呼んでいることから兄妹なのだろう。ライより少しだけ年下な二人組は中学生の雰囲気をそのままに、少年少女特有のはつらつとした雰囲気があった。

 

そんな二人を見て、ライは立ち止まって軽い眩暈のような感覚を覚えた。

 

眩暈は赤黒いある衝動を噴き上がらせライの頭と胸を苛んだ。

 

衝動の名前は――『暴力』。

 

あの仲睦まじい兄妹を殴るなり蹴飛ばすなり、暴力で蹂躙したくなる衝動に駆られた。

 

立ち止まったライは、その衝動を抑えるように歯を噛み締める。

 

突然の衝動の理由は分かっている。

 

すれ違った二人の手首。そこには金属製の腕輪が嵌められていた。生体センサや魔力感知装置、発信機などを内蔵した魔族登録証。それを持っている二人は普通の人間ではない。魔族特区の特別登録市民。すなわち人外。――魔族(フリークス)だ。

 

恐らくは獣人種、L種完全体(ライカンスロープ)なのだろう。何せ、ライの脳裏には強靭な生命力を持つ獣人に対して暴力どころか、数多の殺害方法まで浮かび上がってしまっているのだから。

 

脳に投影される技法が神経を通って、体の末端まで染み渡る。後は、ライの心次第で兄妹を激痛を持って絶命させられる。だが、そのあらゆる手法で行われる殺害技法を首を大きく振って消した。

 

――ここは『魔族特区』だ。魔族がいるのは当たり前だろ……。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

吸血鬼、獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、それらを一括りに纏めた存在である魔族。

 

人として特殊な、天然の異能を先天的に得た過適応能力者(ハイパーアダプター)という超能力者。

 

更に普通の人間にも大なり小なりあるが魔力と霊力という物を宿している。

 

当たり前のことなのだ。常識なのだ。人々が現実として普通に受け止め、それらの事実と存在を当たり前のように認知している。

 

だというのに、

 

――()()()()()()

 

この世界にとって魔族などといった存在がライにとっては戸惑いしか覚えないのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()。そう言った超常の存在を見るたび、ライは馴染むことが出来ず、どうしても戸惑いと違和感を覚えてしまうのだ。

 

それが影響しているのか、魔族や異能者たちに対して暴力的な、滅ぼしたいという衝動に襲われてしまう。

 

戸惑いと違和感を消すことは出来ないが、衝動は抑えることができる。

 

ライを受け入れた暁家には異能を有した者がいる。

 

養母である深森は医療系の接触感応能力を有す過適応能力者(ハイパーアダプター)。義妹の凪沙は母親の能力と父方の祖母が巫女であるため、その両方の素養を併せ持つ希少な混成能力者。そして義兄の古城に至っては――

 

「――――」

 

胸に宿った暴力衝動を吐き出すように深呼吸する。

 

ずっと堪えてきた。ずっと耐えてきた。ずっと我慢してきた。

 

してはいけないと。家族を傷つけるなど、壊すなどそんなことはしてはいけない。そう、湧き上がる衝動を圧殺するように言い聞かせてきた。

 

衝動よりも自分を受け入れてくれた家族を傷つける方が比べ物にならないほど恐ろしい。想像するだけでまるでトラウマのように、ライの心と体を締め付ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな大切に思っている家族を心配させるなど以ての外だと、急いで帰ろうとしたその時、音が聞こえた。

 

「…………」

 

キィンと軽い金属が落ちたような音だ。

 

その音を耳にして走ろうとしたライの動きが止まる。

 

軽く首を振って視線を向けた先、そこに影の集団が突如現れていた。

 

黒い軽装甲の鎧を纏った集団。『魔族特区』である絃神島でも奇異の視線は免れない格好をした者達がライへと視線を向けていた。

 

一対十数の視線がぶつかる仲、ライの背後のコンビニの扉が開く。先ほどライとすれ違った兄妹が商品を詰めたレジ袋を持って出てきた。二人は帰り道上にある集団をまるで見ていないかのように進み、そしてそのまま彼らを通過していった。

 

先ほど響いた音の正体――異相転換の結界の効果によるものだ。今、ライと集団は展開された結界により専門家でもない限り認識することも接触することも出来なくなっている。今いる住宅街のような場所ではうってつけのものだろう。

 

ライは集団の首元、装甲に彫られた印。鳥が羽ばたくような紋章を見て疲れたように溜息を吐く。

 

集団の正体を知り、どうすればいいのか、そんなものは理解している。

 

ライは足を上げ、靴底を外す。中から取り出したのは薄く、短い短刀だった。改造した靴底に仕込めるギリギリの厚さと長さを持つ、ライお手製の短刀だ。食事用のナイフにも見えるその短刀を集団に突きつける。その頼りない姿であろうとも、刃が月光に照らさせ己が凶器であると自己主張をしている。

 

装甲を纏う集団に刃が届くのか。そんな不安などライの胸の内に存在しない。確かにこの短刀は脆い。剣の心得ある者でも集団の装甲に振るえば容易く砕け散る。だが、ライにとっては十分過ぎる。この少年の手にかかれば如何なる刃でも神剣に匹敵する神器へ生まれ変わるのだ。

 

短刀の切っ先を突きつけられた集団が動く。身を低く構え、突撃姿勢を取る。

 

ライは変わらず不動のまま短刀を突きつけた姿勢だ。

 

そして、高温多湿である絃神島特有の温かい風が吹いたその時、ライも集団も一斉戦闘を開始した。

 

 

振り返りを終えるとライは右手に握った短刀……だったものを見る。

 

薄かった刃は砕け散り、あるのはもう柄だけ。ライの予想よりも集団の実力が高く、酷使という酷使の扱いを受けた短刀の柄を感謝するように撫でて靴底に仕舞う。

 

そして、ポケットから再びスマホを取り出して電話をする。

 

『はい。牙上院(がうえいん)です。どうされましたか――ライ様』

 

1コールの内に返ってきたのは人間の肉声ではなく、機械によって組み上げられたマシンボイスだった。

 

それにライは特に反応を示すことなく、先の古城との電話とは打って変わって苛立たし気に口を開いた。

 

「”様”はいらない。ハッキングした監視カメラで一部始終覗いていただろう。説明しなくても分かるだろうけど、買い物終わりにG狂団に襲われた。大阪での騒動でどの派閥も行動を自粛するかと思ったらこの様だ。何故、伝えなかった?」

 

『はっはっはっ、ライ様も無茶を仰る。今、私も含めて我が社は大阪の再建に売り込むためてんやわんやの大忙しでして、かの狂団の動向を今掴むなどとてもとても』

 

「ほざくな。こと情報戦において貴様に勝てる奴などこの世にいないだろう。”蜃気楼”、”真母衣波(まほろば)壱式”と”弐式”、”月虹影”のサポートがあれば奴らの行動など僕が絃神島に着く前に察知できたはずだ。――黙っていたな」

 

ライの苛立ちが怒りへと昇華し、声色が氷のように冷たくなったが相手の反応に反省の色はなかった。

 

『ふふ、確かに黙っていました。けれど、私も彼らが動いたのを知ったのは先程……貴方が外に出た時です。どうやら絃神島に潜んでいた連中の一部が独断で動いたようでして。恐らく、大阪での騒動で疲弊したところを狙ったのでしょうね。少人数でしたし貴方なら問題ないだろうと思いまして放置しました』

 

耳元から伝わる電子音声でも分かる面白がっている様子にスマホを持つ手に力が籠る。気付いたら、それをすぐに伝えるのが筋だろう。思わず感情を態度で示そうになったが自制する。きっと、今もこいつは監視カメラでライの様子を見ているはずだ。

 

だが、そんなライの胸の内を理解しているように牙上院は言う。

 

『まあ、いいじゃないですか。奴らは”契約(ギアス)”によって一般市民に手を出せない。貴方の家族や友人が襲われる心配はありませんよ』

 

「僕は平穏を望んでいるんだ。戦いなんてある非日常なんて御免だよ」

 

『でも、貴方の運命がそれを許すことはありませんよ。G狂団にとって貴方は何としても手に入れたいお宝なんですから。――瑠奈(るな)様も望んでいます』

 

瑠奈――その名を耳にしてライの表情が歪む。この電話相手なら抑えることができた感情が一気に噴き出してきたのだ。牙上院の親玉でもあり、ライを非日常に巻き込んだ一端ともいえる存在だ。

 

「……奴は今どうしている?一緒に帰った際、去り際の笑みに嫌な予感がしたんだが」

 

『帰ってくるなり早々、お部屋に籠って何やらしてます。ディーゼルハンマーを打ち込むような音が今も聞こえています。あ、そういえば夏休み明けの学校、夏休みボケで気が重くなっている生徒たち全員に活を入れると言ってましたね……』

 

「待て。彩海学園は二学期制だ。始業式とか特別な行事は特にないぞ」

 

『集めるんでしょう。どんな手段をとるか想像もしたくありませんが』

 

「……夏休み前の集会で体育館の壇上が花火で吹き飛んだが」

 

『二度ネタは性格上しないでしょうね。――あ、今メールが来ました。バケットホイールエクスカベーターの資料が欲しいとありますね』

 

「…………」

 

ライは頭痛を抑えるように手を頭に置き、大きなため息をついた。彼女を話題としたほんの数秒の会話でどんと疲れた。先ほどまで絃神島を走り回った時よりの数倍の疲労を感じた。

 

「資料は送るな。今度は教壇だけじゃなく校舎まで崩壊しそうだ」

 

『ならどうします?知っての通り、あの方は止まりませんよ』

 

「……僕が行く。明日の早朝、そっちに向かうからそれまで抑えろ」

 

義兄のテスト勉強もあるから、取れる睡眠時間はよくて三時間ほどだろうなと現実逃避気味に考える。

 

『あっ、それならまたバイトを頼みたいんですがいいですか。報酬は弾みますよ』

 

「……内容次第だ」

 

『メア・フレームを使ってのコンテナ運びです。こちらで雇っている占星術師や魔女、風水師たちが揃って近い内、この島が大変なことになると占いまして――稼ぎ時と判断しました。そのため大阪のことも含めての準備で忙しくて猫の手も借りたいぐらいなんです』

 

「……商魂たくましいな」

 

自分たちの危機すらも視野に入れながらも、そう判断した姿勢にやれやれと呆れながらライは首を振った。

 

そこでふと何か思い出したように、エコバックに手を入れ、商品を取り出した。

 

手に握られていたのは細身のガムの包み。皇社製のマークが入ったガムだ。表面には蔑むような冷たい視線で見下す青いタヌキのようなキャラクターが描かれている。商品名は冷徹(ドライ)もんガムとある。

 

「……牙上院。尋ねるが答えてほしい。――こんなガムを企画して通した皇社(君たち)のセンスはどうなっているんだ」

 

『食品系については私、さわり程度しか触れてませんからね。まあ、社員たちのセンスについては真っ直ぐに伸びてるんじゃないでしょうか?』

 

「真っ直ぐって言っても、それ絶対に左上とかドリル状になっていないか?」

 

そう言いながら、ライはガムの包みの封を切って、板ガムを一枚取り出す。ガムを包む紙に文字が書かれており、

 

――のび夫君。君は僕が力を貸すに値しない人間だと、自らその材料を提供していたんだよ――

 

「……これ本当に子供向け商品なのかい?」

 

『子供より大人の購入者が多いですね。ガムの包み紙に冷徹(ドライ)もんの名言が乗っていて、それが人気の一つとのことです。アンケートによると……”子供の夢を叩き壊すド正論が身に沁みます””甘ったれた息子に言ってやって現実を叩きつけてやりました”他には……』

 

「もういい。というかこういうキャラクター物は版権とかのチェックが厳しいんじゃないか?」

 

『厳しかったようです。版権元から、目つきが甘い。ドライアイスで出来た剃刀のように、と……』

 

そこで、ライはスマホの通話を切った。

 

スマホをポケットに入れながら溜息をついて、嫌なことを忘れるようにガムを噛む。

 

「ウニ味か。何故これをガムにしたんだ……」

 

もっと別の味があっただろうと思いながら噛むたびに口内に広がるウニ味を味わいながら、ゆっくりとあたりを見回す。いつの間にか、ライは囲まれていた。

 

 

マンションを背にするライを中心とする外灯の明かり、その周囲に、幾つかの影が立っている。それらはライよりも一回り巨大な姿を誇っていた。

 

数は五人。捻じれた牛角のような装飾をつけた、砲弾をそのまま加工したような分厚い兜。素顔を隠し両目部分に備わる十字型のスリッドから覗く不気味な赤いカメラレンズ、最早常人に扱えるようなものではない巨大なパワードスーツを身に纏い全身を黒一色に染めた現代の鎧姿を形どっていた。

 

ライはその光景に焦りも戸惑いもなく、現れた鎧騎士たちに目を細めた。

 

噛んでいたガムを包み紙に包み、マンション前のゴミ箱へと放った。

 

「術式付与された装甲服、ノーマルフレームの上に更に着込むメガフレーム"グロースター”か。より多く術式を付与できるが消費魔力は大きい。仲間が返り討ちにされてノーマルフレーム"グラスゴー”では歯が立たんと虎の子を引っ張り出してきたな」

 

視線はそのままに噛んでいたガムを包み紙に包み、マンション前のゴミ箱へと放った。

 

「独断行動と聞いたがどこの所属だ。第二席の『マンフレディ』か?第四席の『エルンスト』か?第八席の『ヴィクトリア』か?もしくは第十二席の『クルシェフスキー』か?」

 

問いに、無言で鎧姿達が身構える。その手には各々武器を手にして。

 

だが、ライは地面にエコバックを置き、

 

「無言か。その態度は頂けないな。君達の目的からしたら僕の機嫌を損ねるのは不味いんじゃないか?答え次第では加減をしよう。いいか、もう一度聞いてやる。どこの所属だ。まさか……第五席の『シュタットフェルト』か?」

 

再びの問いに返されるのは、またも無言。

 

その反応にライはため息をつき、

 

「正直、もう帰って欲しいんだ。()()()()()()()。僕が大阪の騒動に巻き込まれて疲れてることは。それを狙ったのだろうが、大勢で仕掛けてきて、たった一人相手にして残ったのはこれだけ。――吸血鬼の眷獣を相手にできるメガフレームを使っても結果は同じだ」

 

と、次の瞬間、すぐにそれが発生した。

 

火。

 

炎。

 

焔。

 

それら全てに似ていて、それら全てとは"格”が違う真紅の火焔。

 

紅蓮地獄もかくやの大火がライの左腕から迸り、轟と啼く。人の絶叫を固めた、激痛そのものような炎音。

 

生き物のように炎は彼の腕に纏わり、その先に宿る。

 

ライの指を包み、五本から三本へと変わる。

 

彼はそれを眼前に持ち上げ、動いた。

 

その動きに襲撃者たちは瞬きもせず凝視する。取り付けたゴーグルで見てに備わる『ファクトスフィア』を全開にしてライの行動を分析、予測、すぐにでも対応できるように、そして攻勢に移れるように獲物を握る力を強めた。しかし、彼の行動は拍子抜けするかのように無造作だった。

 

ただ一歩。ただ右脚を一歩前に出し、地面を踏み込む。それだけだった。

 

そして、ライが踏み込んだ足に力を入れ、疾走した。

 

その動きは速かった。ライの出せる全速力のスピードだった。

 

リニアカタパルトで発射されたかのようなスピードで疾走するライの行く先は右手側の襲撃者だ。

 

向かって来るライに襲撃者の一人は驚愕こそあれど戸惑いはない。装備された分析機能によってその動きを予測、知覚しており、ライの行動に反応、対応することができた。

 

距離が詰められる前に、重火器が内蔵された盾としても使用できる重機、あるいは鉄塊めいた両腕でガード体勢に。更に魔術術式も展開。効果は己の自重を増大させるもの。この術式によって攻撃力はもとより防御力も増大できる。――この術式と装備が合わせて大型ミサイルクラスレベルの攻撃力を持つ眷獣の直撃を無傷で防いだ実績もこの襲撃者は有していた。

 

そして、疾走したライがその両腕に真正面から激突した。炎で形作られた三本爪を開いての掌底。ぶつかり炎の花が大きく咲いた。それだけをもって、鎧姿の両腕が文字通り()()()

 

『!!』

 

己の誇りとも称せる武装が一瞬で消滅したことに兜の下の瞳が信じられないように見開かれ、口は呆然と開かれる。

 

そんな相手に構う事なく、ライはがら空きの身体に蹴りを放つ。頑丈な装甲が金属音を響かせ砕け散り、そのまま生身の腹部に直撃。兜の下に空気を吐き出す音と嘔吐の音が聞こえ、仰向けに倒れる。

 

だが、ライは相手を見ない。踵を返して残りの四人を視界に収め、

 

「ほら、見ただろ?一番防御力が高そうな奴でさえコレだ。機動力が高い"ウォード”なら回避するなり、なんとかなったのだろうけど、重装甲の"グロースター”じゃただの的だ。――僕に盾も鎧も通用しない」

 

だから、さっさと退けと暗にライは伝えるが、

 

『――――』

 

彼らに思いは通じず、各々が不退転の姿勢で武器を構える。

 

「――そうか」

 

ライ自身、言って退くような奴らではないと分かっていた。

 

だが、圧倒的な力の差を見せ付けることで一縷の望みをかけたのだが、無情にもそれが叶うことはなかった。

 

左腕を包む業火を引っ込める。

 

これから行う技は極度の集中力がいる。炎を纏った状態ではコントロールが難しい。別にこの技を使う必要性はない。先ほど倒したように炎は愚か徒手空拳でこと足りる相手だ。なのに、この技を使う理由は一つ。徹底的に潰すためだ。

 

これまで相手にしてきた集団全員はまだ生きている。死なないよう加減してきた。だが、生きている以上きっとまた自分に襲い掛かってくるはずだ。予想ではなく確信。ライという存在を手に入れるため、彼らは何度でもこうして襲い掛かってくる。

 

ならば奴らの襲い掛かってくる気力が失せるほどの大威力を喰らわせるまでだ。

 

ライはゆっくりと右手を上げ、五指を開いた掌を空へ向ける。そして、広げられた五指が曲がる。ナニカに突き立てるように、ナニカを掴むかのように。

 

その行動を黙って見ている鎧たちではない。何かしらのアクションをされる前に、ライを行動不能にしようと襲い掛かった。脚部と背部に仕込んだ術式が発動し、鈍重そうな鎧を纏っているにも関わらず、彼らはロケットで発射されたかのようなスピードで突撃する。四人とも、両手に握りしめた武器を振り上げ――

 

「――墜ちろ」

 

彼らが突撃を開始したその時、ライは右手を振り下ろした瞬間だった。

 

天上から生まれた光が枝分かれして一気に落ちてきた。

 

 

突撃してきた四人がライが落とした光――稲妻に打ちのめされたことで結界が解除された。

 

身体から焦げた臭いを漂わせる鎧姿たちを見て、ライはふうと息を吐いた。

 

稲妻を落とすこと事態はそれほど難しいことではない。ライ自身の異能は、例え晴天であろうとも落雷をひき起こすことはできる。問題は目標へ落とすことと威力の調整だ。

 

それらに手を抜いてしまえばどうなるか……最悪、アイランド・サウスが消滅する。

 

異相転換の結界により、現実世界に影響はないが、それでも限界というものはある。結界の容量を超える破壊現象が起こればどうなるか。単純に零れた破壊が現実世界を浸食する。

 

そんな最悪の状況が起きなかったことに安堵し、倒れた鎧姿たちを放置して進む。

 

エコバックを拾い、帰宅しようとした時、ふと思い出したかのように監視カメラに視線を向け、

 

「――後片付けは任せる」

 

そう言って何事もなく帰宅した。

 




ロスカラ・ザ・ブラッド、どうでしたか。
ギアス要素を加えたため所々、見たモノ聞いたことがありますね。ちなみにライが出した炎以外の能力はオリジナルです。元ネタはあるのですがね。
この二話はプロローグのようなものでして、筆がのって幾つか話が出来たか、読者の皆様に需要があれば、いずれ独立して載せる予定です。

次こそは本編を投稿したいと思います。
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