ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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没落皇子

 

夜空をステージ、満月と大地に広がる炎をライトに巨人が踊っていた。

 

巨人は騎士だった。

 

背に十字架を背負い、黒と灰の幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)の騎士。

騎士の操り手は、爛々と赤く輝く紋章を浮かべた装甲に覆われる仮面と鎧を纏った怪人。

 

騎士は、宙であるその場から移ることなく、身体を回し両手を軽く動かし踊り続ける。だが、勘違いしてはいけない。この空中(ステージ)で踊っているのは騎士だけではないのだ。

 

その証拠に休みなく動き続ける手。そこに張られる透明な翡翠の障壁は動いた直後に、鋭い風切り音と重々しい撃音、鮮やかな火花を散らしている。

 

ダンスのパートナーを務めている者は、騎士よりも半分ほど小さい漆黒の装甲機竜(暴竜)。いや、その表現は正しくはない。暴竜のサイズは同類の竜たちと比べれば、大型に部類する。常識に言って騎士が巨大過ぎるのだ。

 

暴竜は縦横無尽に駆け巡り、騎士の巨体目掛けて手に握った大剣を振るう。その力は文字通りの破格。さらには、繰り出される剣技は曇りの一点もない。性能、才能、努力、経験で鍛え上げられた一閃は、千二百の竜を打ち砕いてきた。

 

しかしそれは、あくまで竜に対するもの。

騎士は竜ではない。

騎士にとって竜を打ち砕けるその一閃は難なく弾けるものでしかない。

 

暴竜が高速で動いて隙を見極め、大剣を振るう。

それを騎士が避けることなく、その場で予知したかの如く翡翠の障壁で防ぐ。

お返しにと大気を破壊的圧力に変える剛腕を打ち出す。

大気の圧力から逃げ出し、再び隙を見極め剣を振るう。

 

そんな騎士と暴竜の戦闘(ダンス)はお互いが出会った時から行われていた。暴竜が千二百の竜を打ち倒したところに、殴り込んできた騎士。そしてほぼ同時に生まれた地上の破滅劇。

 

暴竜はそれを止めるために翔けようとしたが、その行く手を騎士に遮られる。そこから発展したこの舞踏を先ほどからずっと繰り返していたが、とうとう変化が訪れた。

 

変化を起こしたのは暴竜だった。

 

元々、この戦闘は並び立てれるものではない。暴竜に溜まり続けた疲労、いやそんなものがなくても結果は遅かれ早かれ決まっていたものだったから。

 

暴竜を動かす精神と体力は生物の範疇に限らず有限。動き、一撃を繰り出すたびに削られていく。しかし、騎士にはそんな枷は存在しない。その身に流れるのは神羅万象を構成する文字通りの無限の力。その恩恵が途絶えない限り、騎士に消耗を望むのは不可能なことだった。

 

暴竜の黒い身体がガタガタと苦悶の色を帯びて小刻みに震えだす。たったそれだけの動きが、今まで出来上がっていた均衡を崩すには十分過ぎた。

 

暴竜の異常を見逃す騎士ではない。異常にほんの僅かに生まれた高速移動が途切れた。そこから相手の移動する位置を割り出し、周囲の大気も武器にして暴竜が現れるポイント目掛けて拳を打ち込む。

 

騎士の狙い通りに打ち込んだポイントに暴竜がいた。拳からややずれているため、直撃は望めないが、生まれる圧力からは逃れられない。例え逃げたとしてももう間に合わない。襲い来る圧力に打たれ、体勢を崩した所に最後となる一撃を叩き込む。それが騎士の勝利の計略。しかし、暴竜の想定外の動きにその計略は崩れ去った。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

暴竜が裂帛の、それも子供の声を吐き出して突っ込んできた。悪あがきだと、大気の圧力で吹き飛ばされるのだオチと判断したが違った。

 

暴竜は吹き飛ばされていなかった。大気の圧力を防御か無効化した?いや、確かに大気の圧力を受けている。しかしながらも怯むことなく、騎士に剣を腰だめに構えて向かっていく。

 

それは暴竜が突撃した位置が大気に打たれて攻撃体勢を崩してしまう紙一重の位置と攻撃が出せず体勢を崩さないための紙二重の位置の間、大気の圧力を受けながら攻撃できる場所であったから。

 

これまで繰り返されてきた戦闘で見極めて、辿り着いた戦術。無論、そんな無茶をした暴竜の身体には軋む音と罅割れる音が鳴り響いている。だが、それほどの捨て身を行わなければならない相手だと理解していた。

 

これを狙っていたのか、と騎士が気付いた時には暴竜の大剣が肩に横一文字に打ち込まれた。

 

 

 

もう一度言おう。

騎士は竜ではない。

 

暴竜の一撃を難なく対応する反射性能、さらにはたやすく弾く防御装備、触れれば竜を紙細工の如く引き千切る剛力。これらの事実から――

 

暴竜の大剣は身体に纏う自動障壁を破った。騎士の装甲を割った。その下にあるフレーム半ばまで切り裂いた。フレームに包まれる(合成樹脂と電動ジェルの芯)で止まった。

 

――騎士そのものの耐久性も竜の基準ではない。

 

暴竜はほんの、ほんの僅かな時間、呆然とした。

肉を切らせて骨を断つ現実に裏切られたこと。

剣から伝われるこれまで断ち切ったものとは違う超硬質な感触のこと。

そして漸く、騎士が竜とは根本から違う異質な存在であることに気付いたこと。

 

それらが重なって生まれた隙、自身の負傷など興味ないとばかりの騎士の行動が重なって暴竜の終焉が確定した。

肩に剣を喰い込ませながら、喰い込んでない側の五指が噴進弾の勢いで発射する。ワイヤーで繋がれた指は暴竜の両脚に全弾貫通し、動きを捉えた。

 

両脚を打ち抜かれたと気付いた時にはもう遅い。

剣を喰い込ませながら腕を力の溢れんばかりに振り上げる。そんな動作をしたため、肩の傷がより抉られ、大剣が勢いで抜け出る。

 

だが、相変わらず騎士はそんなことに関心は持たない。あるのは、目の前の暴竜()を打ち砕き、その身に食らうことのみ。

 

そのための最後の一手。

暴竜に逃げる術は無く、護る術も無意味。そもそも全てが間に合わない。後は振り上げられたこの手を振り下ろすだけ。だが――

 

 

「――――――」

 

 

騎士は暴竜を解放した。

腕を下ろし、腕を振り払うことで両脚に刺さった五指を抜く。

 

暴竜にはもう興味がないとばかりに燃え盛る地上の街を見渡す。そして、その視線が一ヶ所に固定されるとその先に向かおうとした。

 

その背に向かって暴竜が剣を突きつけ突撃する。行かせるものかと、ここで倒すと身に迫る気迫を持って騎士と戦うとした。

 

しかし、そんな暴竜に騎士が行った洗礼は今まで以上に苛烈だった。背負った十字架を片手で掴む。そこから無駄のない流れるような動作から引き抜かれたのは紫の刀身を持つ大剣。その大きさは、騎士と同等で、これを剣とするなら暴竜の大剣はダガーといえる程にサイズの差がある。

 

その大剣でも暴竜との縮まりつつある間合いには開きがある。しかし、騎士はそんなこと関係ないとばかりに片手で薙ぎ払った。案の定、騎士の大剣は暴竜に届くことはなかったが、その行動に生まれる現象があった。

 

壁だ。音速超過の衝撃波で構成された巨大な壁だ。

圧縮された空気圧が城壁と感じさせる圧力で空を走る。

 

騎士目掛けて翔けていた暴竜は相対速度で正面から激突した。黒い装甲の破片が舞い、吹き飛ばされていく。それが決定打となって、今まで辛うじて繋がっていた戦意の糸がプツリと切れる。吹き飛ばされた身が向かう場所は、巨大な建造物――アーカディア帝国の王城。

 

体勢を整える間もなく、背面からぶつかる。痛みと疲労で閉じていく意識の中で暴竜が見たのは、自分の姿を確認することなく、また流れる動作で大剣を背の鞘に収めて地上に降りる騎士の背と、それに並び立つ幾つもの異形の騎士の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い夢を見た……」

 

首輪をつけた銀髪の少年――ルクス・アーカディアは目覚めた。

 

夢の内容は五年前の、自らが策謀した計画を血と炎の色に一層染め上げられた忌むべき過去。今でもその日のことは、胸中に刻まれた騎士――悪夢(ナイトメア)の恐ろしさと共に記憶として鮮明に蘇る。

 

そんな記憶が夢の中まで浸食し始めてきた。最悪な部類の目覚めだ。未だに頭の中に強く残っている夢の残滓のせいか、少し現実感がない。

 

頭を振って残滓を振り払い、寝ぼけた視点の焦点を結ぶ。

 

 

「こんな場所で寝ていたら悪い夢の一つぐらい見るよな」

 

 

ルクスが寝ていた場所は、民宿でもホテルでも馬小屋でもない。周囲にベットとトイレ一つしかなく、石壁と鉄格子で囲われた薄暗い地下室――独房だ。

 

 

「はぁ、……やっちゃった」

 

 

ルクス・アーカディアは『咎人』だ。

 

永きにわたって国民に圧政を敷き、アティスマータ伯率いる反乱軍のクーデターによって滅ぼされたアーカディア旧帝国。ルクスは苗字の通り、その皇族の生き残りである。

 

本来なら危険分子として最悪、排除される立場の人間だが、そこをアティスマータ王国の恩赦により条件付きで釈放された。条件とは、『あらゆる国民の雑用を引き受ける』こと。その契約を交わして首輪を付けたのが、つい五年前の話だ。

 

しかしアーカディア旧帝国の皇子というレッテルが影響し、最初の頃は国民から不審に思われ受け入れられず、新王国から与えられた仕事を淡々とこなしていた。だが、今ではその頑張りが認められて、好意的な評価と一ヶ月のスケジュールが埋まるほどの人気が生まれている。

 

その期待を裏切らないよう真面目に雑用をした五年間の生活。それがどうして独房入りという陥ったのかは、一言でいうなら猫のせいだ。

 

一昨日、運悪く寝床のなかったルクスを快く泊めてくれた酒屋の娘。その女の子と再会した時、彼女の手荷物だったポシェットが、近くにいた猫にいきなりひったくられたのだ。

 

国民に対しての奉仕と協力の義務であり目的と、自分がお世話になった人物のため、早朝から昼までの労働で疲労が溜まっていた身体に鞭を打って、泥棒猫を追いかけた。

 

日が落ちかけるまでの一時間、必死の追いかけっこの末。ついに猫からポシェットを取り戻した。純粋に誰かの助けになれた喜び、安堵と達成感に浸るのも束の間。足場にしていた屋根がルクスの体重を受けて突如、崩壊したのだ。

 

落下して現状を把握しかけた時、天井の破片がすぐ近くにいた、小柄な少女の上に落ちようとしたため、反射的に飛んで、助けた。

 

ここまでならドタバタの末の美談になるだろうが、問題はここから先だった。

 

ルクスが落下した場所。それが浴場であった。浴場ならば大抵の者は身を清めるために服を脱いでいる。助けた少女もその例に漏れず一糸纏っていなかった。それにルクスの少女を助けた体勢も最悪と断言できる。よりにもよって少女に覆いかぶさる形になってしまっていた。

 

そして止めの一撃として、混乱した頭でルクスが選んだ言葉が――

 

 

『……えっと、その可愛いですよ。全体的に子供……いえ、まだ幼い感じなのに、胸は結構あって――エロいです』

 

 

続けて、

 

 

『それと警戒しなくても大丈夫です。――こんな形で手を出す趣味もありません』

 

 

火に油を注ぐどころか、活火山に爆弾を放り込む発言だった。

ルクス自身ですら死んだと実感し、教えてくれた酒場の店主と友人を罵った。

 

結果、現れた反応は押し倒した少女の怒声と周囲にいた同じく入浴中の少女たちの悲鳴。謝ろうにも、取り戻したポシェットから下着が零れてしまい、少女たちはヒートアップ。

 

その迫力に弁明する余裕もなく逃げてしまったが、その後のことは本当に生きた心地がしなかった。追いかけてきた少女たちと自分が行ったのは、逃走劇など生易しいものではない――狩猟だ。

 

自分は獲物で少女たちは狩人。大きな声を出して獲物(自分)を追い立てるグループと静かに待機して襲い掛かってくるグループのとても素人には見えない連携に、何度追い詰められたことか。更に質が悪いのは、最初はあえて逃げられやすいように穴を空けておいて、より奥へと進ませて消耗を狙ってきたこと。どんどん建物の奥に追い詰められていると知った時には、戦慄したものだ。

 

それでも生き残れたのは少なからず通った修羅場と、狩猟の最中に乱入してきた三機の装甲機竜(ドラグライド)のお蔭である。

 

 

『変質者の者に告げる!君は、現在進行形で破滅的状況に追い込まれている!この学園の初代団長から始まった悲劇を起こさないためにも、神妙に()()()のお縄につくんだ!』

『もし、他の子に取り押さえられたらとんでもないことになるよ~!君は今彼女たちの術中に嵌っていて、染み込まされている一対多数の心得から袋叩きにされる未来しかないの~!』

『Yes.過去の覗きや痴漢の方々は、それはもう無残な状態にされたようです。現在は培った覗き、痴漢技術(スキル)を活用して犯罪防止に役立てて立派に貢献しています。……この場所のことを思いだそうとすると痙攣や奇声を上げるようになりましたが』

 

 

三人の機竜使い(ドラグナイト)の説得か脅迫か分からない――冷静に考えれば説得だったのだろう、多分――言葉を自分は信じることが出来なかった。状況からして、三人に投降して追い詰めてくる少女たちに差し出されることや、装甲機竜(ドラグライド)を使用してより過酷な行いをさせられる可能性があったため無視してしまった。

 

結果、装甲機竜(ドラグライド)三機も加わった大逃走となったが、運良く機竜が壊してしまった壁から抜け出すことが出来た。

 

かすり傷一つもなく無事に外に出られたことを奇跡に思いながら、止まらない汗だくの身体で正門までようやくたどり着けた。だが、そこに待ち伏せがされていた。

 

美しい水色の髪を持った妖精のような少女。

 

童顔であることをからかわれ、プライドを刺激されたことから強行突破を企んでしまった。白兵戦の訓練を積んでいたため自信はあったのだ。フェイントを仕込んだ勝負に、少女を抜き去ったと確信した。

 

その直後、正門の外が映っていた視界が、夜空に切り替わった。かつて自分が教えを請うた人物に何度もされた、足が宙ぶらりんになる感覚と背を伝う浮遊感に懐かしさを覚え、自分が宙を飛んでいると理解した時には、背から地面に思いっきりぶつかった。

 

 

『……相手の勢いを利用するのは解ってたけど、そこまで飛ぶなんて。ごめんなさい、見様見真似で試した技で加減がわからなかったの。許してね』

 

 

少女の驚きと反省の声が届くが、背から伝わる衝撃で暗転し始めた意識に応える力はなかった。

 

 

『――大丈夫。手荒なことはしないわ。私と三和音(トライアド)が生徒たちを説得するから、安心して気を失いなさい』

 

 

その声を最後に意識が途絶え、この地下牢でさっき目覚めたのだ。そこまで思い出して、身体中を確認する。ナニカをされた形跡や痕跡もなかったことから、一先ずは大丈夫だろうと安堵した。

 

 

「まいったなぁ。今日も仕事の予約が入ってたのに……」

 

 

空気が冷たく、陽光は白さを感じさせる眩しさから、朝食頃だと予想できる。このままでは、仕事に間に合うなど不可能なのは目に見えている。一度約束した仕事をすっぽかすと、罰として借金が増えるがそれ以上に気にしていることが。

 

 

「『人の信頼を裏切ることは容易い。だが得るのは難しく、積み重ねていかなければならない』」

 

 

受け売りの言葉だが、実に的を得た言葉だ。『咎人』となってからは猶更そう思う。だから、仕事に遅れることは人の信頼を裏切ることだ。旧帝国の皇子の自分は五年間をかけて、国民の信頼を得られた。遅れた程度で壊れるぐらいなら無いような物かもしれないが、ルクス自身はその信頼に応えたいのだ。

 

 

「まずは正直に説明しないと……」

 

 

ポシェットを奪った猫を追いかけていたら、足場にしていた屋根が壊れたんです。そしたら下に浴場があって、落ちてくる破片から女の子を助けようと押し倒しました。

 

 

「ダメだ……。とても通用する内容じゃない」

 

 

自分が聴取する立場だったら言い訳にしか聞こえない。しかし、ここはもう正直に話すしかないと覚悟を決め、伝えやすいように胸の内で練習し始めると――

 

 

「……足音?」

 

 

ガチャッ、ガチャッと金属が鳴る音と一緒に足音が聞こえた。それも段々と近づいてきて大きくなっている。

 

聴取の時間かと、説明練習が出来なかったことを惜しみながら、深呼吸をする。

金属の音は、逃走中に現れた装甲機竜(ドラグライド)から機攻殻剣(ソード・デバイス)が揺れる音と判断できる。覗きと間違わられているのだ、護身のためだろうか。何故、希少な機攻殻剣(ソード・デバイス)を持っているかは、幾つか推測を立てたがその域は出ないので考えないことにする。

 

気配も感じられるほど近くなった。鉄格子の外に現れるだろう相手に悪い印象を与えないためにも、努めて笑顔で挨拶した。

 

 

「おはようご……っ!?ざ……い、ました?」

 

 

元気よく放った挨拶は奇妙な言語になった。別に舌を噛んだわけでも、元気が空回りして声が引っくり返ったわけでもない。挨拶の途中、鉄格子の外から現れた人物があまりにも強烈過ぎたことによる驚愕のせいだ。

 

現れた人物は闇だった。人型の姿をした闇。

 

頭部全体を包む濡れた光沢を持つ、視界を通すスリットすらない闇色ののっぺらぼうヘルメット。

ヘルメットと同じ闇色で関節部を阻害しない設計で、満遍なく幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)と思わしき装甲を備え付けた重量感たっぷりの服。

 

 

「――――――――」

 

 

そんな目の前に現れた怪人にルクスは、あんぐりと口を空けて呆然とした。予想を飛び越える現実に思考が一時停止したのだ。

 

だらしない顔のルクスに怪人は何も喋らない。顔の向きからして、ルクスの顔を見つめているように窺える。ようやく呆然から回復したルクスは、怪人の頭頂からつま先まで何度も見渡して

 

――これ、絶対いけないパターンだ!!

 

と内心で叫んだ。本音は声に出して叫びたかったが、それで相手の気を悪くしたら命の危険性が増すと判断して我慢した。

 

寂れた地下室の独房。

覗き疑惑の人物。

そこに現れた闇の怪人。

 

この3セットは嫌がおうにも最悪な想像を掻き立ててくる。その膨れ上がった想像が導き出した怪人の正体は――

 

――間違いない、拷問官だ!

 

自分を追いかけてきた少女たちの手並みから、ロクな場所ではないと僅かながら考えていたが、まさか本当にそうだとは。例えそうでなくとも、こんな子供が見たら泣くようなデザインを着ている者がいるのだ。少なからず全うな場所ではない。

 

確認したところ、怪人の手には何も握られていない。足音と共に鳴ったのは、備えられた装甲が擦れる音。だが、そんなことよりも拷問官が何も持っていないことを知ってしまった。

 

――ぼ、暴力か!?白状しない限り、指を折ったりするのか!?

 

ルクスが恐怖に襲われ独房の壁まで下がると、怪人は鉄格子を掴む。触れた鉄格子が軽く揺ゆれ、ガシャンと何度も軽く木霊した。そこから怪人の動きは激しくなり、もう両手で鉄格子を激しく揺らした。

 

ガッシャン、ガッシャンと激しい音鳴らす怪人の姿は、独房の外にいるのにこれから行われる自分の死刑に激しく抵抗する囚人に見えた。

 

ぶっちゃっけ、下手なホラーよりも怖い。

 

鍵をかけた扉のドアノブが反対側からガチャガチャ動くのは、入ってこれないことが解っていながらも恐怖を感じてしまう。それなのに、目の前で怪人が鉄格子を壊さんばかりに揺らしているのだ、恐怖も比ではない。

 

鳴り響く鉄格子の音が止まり、怪人は揺らすのを止めた。しかし、それで終わりというわけではなかった。

 

 

「え、えぇ……!?」

 

 

なんと怪人は両手で掴み続けていた鉄格子を広げ始めた。人間の手で包める太さの鉄の棒を力だけで飴のように広げている。馬鹿力という他になかった。

 

歪められた鉄格子は頭一個分ほど広がってしまう。怪人はそこへ頭を潜らせるが、肩がぶつかって先へ身体を潜らせることまでは無理だった。それでも進もうとした。だが、結果は肩の装甲と歪んだ鉄格子のぶつかる音だけ。

 

怪人は諦めたようで潜っていた頭を抜き出す。それにルクスがホッとするのも束の間、今度は怪人は足を鉄格子目掛けて蹴りを放った。装甲に覆われたつま先が鉄格子に目掛けてぶつかった。耳に短い鉄の悲鳴が届くと、鉄格子はつま先に食い破られていた。くの字に曲がったのではない、折れたのだ。

 

その結果をしゃがんで怪人は確かめるが、ただ鉄格子が一本折れただけで、人がくぐり抜けれるスペースにはまだ足りない。怪人はそれを見ると地下室から何も言わずに去っていった。

 

取り残されたルクスは、

 

 

「何だったんだ、一体……」

 

 

と呟くことしか出来なかった。十分にも満たない邂逅は、ルクスに鉛のような肉体的、精神的疲労しか与えなかった。もし、これが夜中に行われていたら一生もののトラウマになっていたかもしれない。

 

恐る恐る鉄格子に触れる。左右に歪まされた、折れたそこは冷え冷えと厚い感触、力を入れてみてもびくともしない、偽物ではない本物の鉄だ。これをこんな状態にするなど人類では不可能だ。

 

あの怪人は何者だ?どうして牢の鍵を開けなかった?まさか忘れただけ?もしくは、自分に恐怖を与えて本音を引き出そうとしたのか、歪んだ鉄格子に触れながらと考え始めると、

 

 

「はわぁ――ッ!?」

 

 

突如ルクスの背後、天窓が備えられた壁が激音を立てて崩壊した。

外を隔てる壁がなくなった独房に朝の陽光が降り注ぐ。その陽光を背に受けて現れたのは――

 

 

「もう勘弁して下さい――!!」

 

 

泣きそうになりながら現れた怪人、それも赤いV字の角を頭部に持った黄金色の

装甲機竜(ドラグライド)を纏った姿にルクスは叫んだ。

 

昨日、追いかけてきた三人組が使用した汎用機竜とは違う独特な形状。その鋼の巨体が醸し出している風格は、より上位の存在であることが理解出来る。

 

生身の人間に対して使う物ではないと思った時には、怪人は機竜の装甲で覆われた腕を大きく振りかぶって、掴みかかってきた。

 

 

「うわああぁあっ!?」

 

 

咄嗟に横転したことで間一髪回避できたが、そこにあった鉄格子が吹き飛ぶ結果になった。そのまま転がるように外へと逃げようとしたが――

 

 

「――――え?」

 

 

ルクスは疑問詞とともに、握られていた。あっという間も無く、逃げようとしていた身体が鋼鉄の指にくるまれて、拘束された。

 

自身の機竜性能の知識を裏切るかの如く発揮された運動性能に驚く間もなく、一瞬で持ち上げられる。ルクスを掴んだ腕は、怪人の仮面に顔が映るほどの距離で停止する。そこで怪人の手がルクスに伸ばされる。

 

 

「……ッ!」

 

 

これから行われるだろう暴力に思わず目を閉じると、感じたのは痛みではなかった。髪を摘ままれる感触だった。恐る恐る目を開けるとやはり、怪人がルクスの銀髪を調べるようにいじっていた。

 

怪人の謎の行動にルクスは戸惑い、されるがまま髪をいじられる。特殊な繊維と装甲で包まれた手のひら。その手つきは手荒ではなく、先ほど鉄格子を歪めた剛腕とは信じられなかった。

 

 

「あの……なにをしてるんですか?」

 

 

思い切って訪ねてみると、怪人は髪から手を離して、仮面の下顎部に触れた。そこの留め金らしきものを外すと下顎が外れ、仮面を脱いだ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

仮面の下から現れた素顔を目にした瞬間、ルクスの心臓がドクンと跳ねた。

現れた顔は少女の形をしていた。それだけなら、ルクスも怪力を発揮した事実で驚きはするが、驚愕とまではいかないはずだ。

 

驚愕の原因は少女の髪と目だ。

腰まで伸びる鮮やかな銀髪――自分や妹が持つ、旧帝国の皇族に受け継がれる髪の色とその中に混じる一房の水色。そして、目は左右の色が違う灰と蒼のオッドアイ。だが、蒼の瞳が異様だった。そこに浮かぶのは、瞳と同じ青色の紋章らしきもの。そう、五年前現れた悪夢(ナイトメア)が胸部に持っていた鳥の羽ばたきに似た――

 

そこまで考えていると、

 

 

「何をやっているんだ君はあぁぁああ――っ!!」

 

 

聞き覚えのある声が放つ怒声に意識が向いた。怒声の出どころは機竜の後方、そこから走ってくる人影がある。

 

その人物は少女と同じ装甲の付いた服に身を包んだ銀髪の青年。

ルクスが青年の顔を見た時には、もう機竜の背後近くまで接近した。そして、機竜の背中目掛けて拳を放つ。……気のせいか光っているように見えた。

 

拳がぶつかると機竜がガクリと膝から崩れ落ちて、頭から地面へと崩れ落ちた。その反動で拘束されたルクスも解放されることになった。

 

地面に着地して銀髪の少女を下敷きにした機竜、それを倒した青年を見た。

 

ルクスは青年を知っている。

五年前、自分の訓練に付き合ってくれた友人。

彼の名は――

 

 

「ライ……さん?」

「ああ、そうだよ。久しぶりだな、ルクス」

 

 

と短い、返事をすると、倒れていた機竜がゆっくりと浮かんだ。起きたのではない、浮かんだのだ。

 

機竜は持ち上げられていた。持ち上げるのは下敷きになった銀髪の少女。人間が一人で持ち上げるのは不可能な重量なのに、少女は潰れることなくその両手で持ち上げている。

 

その少女の目……オッドアイであったはずの両目が黒く染まって黄金の瞳を映していることにルクスは息を呑んだ。

 

 

「――《ヴィンセント》を待機状態にすればいいだろ」

「――ッ!」

 

ライの呆れたように呟いた言葉に少女はハッとして、片手で機竜を支えたまま差し込まれた機攻殻剣(ソード・デバイス)に触れて待機状態にした。そして、弾けるような笑顔を浮かべて、ライの元へと近づいた。

 

 

「――ッ!――ッ!」

「あーハイハイ。三人とも同じ銀髪だね。だからって、《ヴィンセント》を引っ張り出すようなことはするな」

 

 

指で自身とルクス、ライの髪を指す少女にライは軽い相槌を打って、頭を軽く小突いた。

 

 

「すまない、ルクス。この子はつい二日前に生まれたばかりなんだ。けど、変な知識だけは豊富にあるもんだから、突拍子もないことをしてしまう。僕が変わりに頭を下げるから許してやってくれないか?」

 

 

と頭を下げるライ。少女も真似て頭を下げる動作をする。

二人の行動にルクスは慌てた。

 

 

「い、いえいえ!幸い怪我もありませんから、謝らなくても結構ですよ!」

「……そうか。ありがとう。ほら、許してくれたぞ。君もちゃんと反省しろ」

「――?」

 

 

ライの言葉に不思議そうに首を傾げる少女。

ルクスは先ほどからずっと疑問に思っていたこと、ライが口にしたことを口にした。

 

 

「ライさん。その子は何者ですか?それに生まれたという意味は?何よりその子、ライさんに――」

 

 

似ている、と口に出そうとするとライに止められた。

 

 

「解ってる。この子については詳しく説明するから、まずは学園長室に行こう」

「……学園長室?」

「なんだ。本当に何もしらないんだな。――ここは王立士官学園(アカデミー)。今回、君が働きに来る予定の場所さ」

「え……、ええぇぇぇぇっ!?」

 

 

胸に今日何度も生まれた驚愕が、叫びとなってルクスの口から出て行った。

 

 




かの悪夢(ナイトメア)は現在起動している悪夢(ナイトメア)で最強、最高スペックを持っています。
悪夢(ナイトメア)は機竜より性能が上ですが、機竜使い(ドラグナイト)の腕次第で戦うことが出来るんですよね~。(最低でも七竜騎聖の腕前、技よりも破壊力重視、倒せるわけではない)
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