ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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皇子の憧れ

――時は独房へぶち込まれたルクスが目覚めるまで少々遡る。

 

まだ早朝といえる時間帯、工房(アトリエ)の後方へと空から大型コンテナを運び込む()()悪夢(ナイトメア)の姿があった。

 

中に収められているモノに傷をつけないよう慎重に地面へと近づけて下ろしていくと、ずっしりとした低重音が鳴る。それだけでコンテナの中に、結構な重量が入り込んでいることが容易に想像できた。

 

 

「んっ。んん~~~!!」

 

 

コンテナを運び終えたライは、その身を仮面と装甲衣で包み、纏っていた《クラブ》から掛けていたリュックサックを下ろし待機状態にさせる。重い鎧を脱ぎ捨てたような開放感に思いっきり身体を伸ばす。

 

被っている仮面を外して、リュックサックの中に入れれるだけ入れた古文書を痛まないように注意して入れる。外気に顔を触れさせると向こうに感じるのは、いつもと変わらない朝の訪れ。二日。たった二日というのに三か月近く離れていたような気がする。そんなに学園が酷く懐かしく感じるのは、間にあった出来事が濃すぎたからに違いない。

 

曇りも殆どない空から差し込む日の光。太陽の上昇を喜ぶがの如く囀る鳥たち。できることなら工房(アトリエ)の中に備えたソファでもいいからなだれ込んで、ダラダラと微睡んでいたいというほどに心地よさがある。

 

しかしそんな願望は、背後にいる人物のせいであえなく消え去っている。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

陰鬱とした気持ちで振り向けば、その人物は存在していた。

晴れ渡った外とは正反対のライと全く同じのっぺらぼうな仮面と装甲衣を着込んだ人物。理由は解明されていないが、ライと重装甲衣の怪人しか使用することが出来ない悪夢(ナイトメア)――《ヴィンセント》を使用して、大荷物が入ったコンテナを遺跡から一緒に運んだのだ。

 

それも終わり《ヴィンセント》を待機状態にした怪人は、自分の周りに広がる景色を幼子のように楽しんでふらふらしている。

 

……その一々動作をする姿が視界に入り込むたびに、堪えようのない悪寒が身体の深いところを伝っていく。

 

疲れ切った頭でも否応無しに理解させられるレベルの、本能的不快感。天真爛漫、落ち着きのないありとあらゆる物に興味津々な態度が、その印象に一層の拍車をかけてくる。耐えられない。気持ちが悪い。やめろ、やめろ、何もするな。

 

この怪人は案の定、遺跡で拾ってしまった厄介者。

身長を優に超える水色が一房混じった銀髪は、とりあえずとして腰までの長さまで切った。散髪の経験も道具もなかったため、機攻殻剣(ソード・デバイス)で見てくれは良いように努力した。まぁ、彼女自身の素材もいいことから似合うのだろうけど。

 

身に付ける服装もなかったことから全裸よりはマシとして、仮面と装甲衣に着替えさせた。はっきり言って、不気味な怪人スタイルの奴が子供みたいな動作をしてもより一層不気味となって気持ち悪いだけ。

 

すなわち自分は、彼女の存在が許容も認めることもできない。

消えてしまえと、思っているのに――くそぅ。

 

 

「……勝手にうろつくな。そんな姿をこの学園の生徒に目撃されれば、僕仕込みの尋問術で酷い目に――いや、その場合危険なのは生徒たちの方か」

 

 

目の前の少女は普通ではない。もし、手荒な扱いをすれば痛い目に合うのは、散髪を行おうとした際に経験済みだった。苛立ちに口調に棘が入り、吐き捨てるように告げながらその手首を掴み引っ張る。

 

記憶から消したい少女が仮面越しにライを見つめてくる。

 

 

「――?」

 

 

まるで、立ち上がることで自由を手に入れた幼児。冗談にしても笑えない。

彼女は、そういうモノではない。

異形、規格外――人間らしい姿を見せるな。僕は恐怖を覚えているんだ。

だからいっそ、あの場で殺すべきだったのに――

 

 

「なんで、僕は……」

 

 

頭を叩き斬る直前で手を止めてしまったのだろうか。それをやってはならないと、心がどこかで泣き叫んでいた。その半端さが許せない。ライという人間は、何故そんなところで根性無しなのだろう。

 

そもそも彼女は、悪夢(ナイトメア)と思しき機動兵器から誕生したという以前に本能的な部分から受け付けられる感じがしない。GXシリーズという規格外である悪夢(ナイトメア)の護衛対象である事実が、今も背中を寒くする。

 

つまりは、かつてあの遺跡を拠点としていた連中にとってそれだけの価値があるということなのだろう。もしくは封印されていた可能性を否定できず、しかし目覚めさせてしまった手前、下手な扱いをするわけにはいかない。

 

目撃者など誰もいないことは解っている。だが、彼女の目覚めに何か壮絶にとんでもないことをしでかしてしまった感が否めない。

 

早急になんとかしなければまずく、そしてこういう問題は信頼して相談できるレリィと話し合わなければ。恩人である彼女をより巻き込んでしまうと理解しているが、全てがもうどうだっていい、彼女と居るとそんな気分にさせられてしまう。

 

 

「おい、君――」

 

 

不意に、一瞬妙な鼓動の高まりを感じてこめかみに皺を寄せた。手首を掴む手に彼女の手が重ねられる。抵抗の意思は感じられない。ただ、自分に触れられていることが嬉しいように、その手を軽く揉む。

 

どう表せばいいのかは分からないが、何だろうか……悪夢(ナイトメア)から誕生した彼女を見かけてからずっと感じる、この違和感は。

 

焦燥、というのが強いて言えば一番近いのだろう。まるで袋小路に追い詰められ、刃物を持った追っ手ににじり寄られている時のような感覚。彼女から一歩でも離れたくて仕方がない。

 

それが身体の奥から湧き上がってくるのだから、今も排除したくて殺意が湧いてくる。恐怖しながら排除したい、消えてくれと思っているとーー

 

 

ゴーン。

 

ゴーン。

 

ゴーン。

 

 

学園に備えられる鐘が鳴り響いた。

 

まずい。この鐘が鳴ったということは、生徒たちが活動し始める頃合いだ。今の自分たちの格好を見られるのは好ましくない。一部の生徒たちは知っているが、その数は知らない生徒たちと比べると圧倒的に少ないのだ。

 

工房(アトリエ)に着替えはあるにはあるのだが、あくまでライの物、男用だけだ。女性用の下着など男のライが持っているはずもないし、例え彼女に着替えさせて、生徒たちに見つかりでもすれば――

 

 

『趣味か!?男性機竜整備士、朝の学園で少女を下着無し、ブカブカの服に着せさせ連れまわす!!』

 

 

といった学園記事が掲載され、これまで築いてきた信用を崩してしまう結果になりかねない。ただでさえ、男性嫌いの噂が流れている少女が《騎士団(シヴァレス)》団長になって肩身が狭くなっているのに!

 

 

「『人の信頼を裏切ることは容易い。だが得るのは難しく、積み重ねていかなければならない』」

 

 

母からの受け売りの言葉を思い出す。実に的を得た言葉だと感じる。この言葉を自分はとある少年へと語った。そんな自分がそのミスを犯すのは格好がつかない。

 

とりあえずここは急いで学園長であるレリィに相談しなければ……。

この少女は確実に自分だけの手には余るモノだと、学園長室に向かおうとリュックサックを肩にかけた時、思い出したように空いた手でコンテナを大きな音が鳴るように叩いた。

 

 

「おい、いいか。頼むから大人しくしていてくれよ。()()()()()()を連れてくるために、パーツや仮面、装甲衣も僕たちが着ているもの以外全て諦めて置いてきたんだ。僕の指示があるまでにこのコンテナから出ないでくれ」

 

 

コンテナの中身に向けて放たれる忠告に――

 

 

――コン。

 

――キン。

 

――カン。

 

――ガン。

 

――ゴギィンッ!!

 

 

中から帰ってくる軽い打音が四つほど一定の距離を空けて響いた最後、強烈な快音が出た。出どころからは、折り曲げられた巨大な指の第二関節らしきものがコンテナの壁を突き破って露出していた。

 

ノックか、力の出し過ぎだと、ライが突き出た指を見て呆れていると、指は慌てたように急いで引っ込むが、内側から破裂した形の穴がコンテナに残ることになった。

 

 

「――頼むから、大人しくしていてくれ」

 

 

再びの、念を強めた忠告を言い残して、少女を連れたライは学園長室に向かった。

 

 

 

 

 

鐘が鳴ったからといって、やはり女性の朝の準備は時間がかかるのか、学園長室まで生徒や教員と出会うことは幸いなことになかった。途中、引っ張った少女が学園の敷地に釘付けになり、反対方向へと向かうなどあったが、そこらへんはもう加減を加えて強引に引っ張った。

 

そして、学園長室の扉を前にしてようやくライは一息つけた。内心、もし出会ってしまったらどう言い訳すればいいのか不安だったが杞憂に終わった。

 

入室しようとした時、ふと思い、

 

 

――臭ってないよな……?

 

 

と少女を引っ張っていた手を離して嗅ぐ。実のところ、学園を出発した前日から丸二日身体を洗っていない。《D・ザ・パワー》との戦闘で相当な汗をかいたはずだ。やはり、女性に会う以上はそういうことを気にしないと思いつつ、ノックを軽くした。

 

 

「どうぞー」

 

 

この部屋の主の声を確認して、ライはドアを開けた。

現れたライに学園長席に座って、何等かの書類を見分していたレリィ・アイングラムは、よっぽどのことがない限り入室しない格好をしていたことに驚きながらも、迎えてくれた。

 

 

「お帰りなさい、ライ。遅かったけど、何かあったの……?」

「うん、ただいま。ちょっと僕だけでは手に負えない厄介な代物が」

 

 

迎えの言葉と前回のように咎めではない、ライを心配する声に胸をチクリと刺されながら背後にいるだろう少女を振り抜くことなく、指を指した。

 

その怪人姿の少女にレリィは――

 

 

「――厄介なモノ?どこにあるの?」

 

 

怪訝な顔をしながらの言葉にえ、と反応し背後を振り向く。

 

いない。

扉の前まで引っ張っていたはずの怪人の姿がない。離した途端、煙のように音もたてず、どっかへ行ってしまった。

 

 

「あの……っ!!」

 

 

女と、苛立ちのまま思わず暴言を吐き出しそうになる。途中、手を叩きつけるようにして無理矢理抑えなければ、レリィの前でも構わず出してしまっただろう。そんな姿を見られるのは嫌だった。

 

 

「ちょっと待てくれっ!すぐに見つけて連れてくるから――!」

 

 

と、肩にかけたリュックサックをソファに放り投げて、困惑したままのレリィを置いて駆けだした。

 

 

――そんなわけで来た道を辿る途中に、壁が崩壊する轟音が響いたのでまさかと思い現場に向かったところで繋がる。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

(すごい)

 

 

この地――アーカディア帝国、帝都のコロシアムで今行われるのは装甲機竜(ドラグライド)を用いた公式模擬戦(トーナメント)、その決勝戦。

 

百を超える出場者から勝ち残った二強の試合を、十二歳のルクスはコロシアムで一番高く、見晴らしの良い席――皇族席でただ一点に見つめていた。

 

ルクスだけではない。

 

コロシアムの観客席を、立錐の余地なく恐ろしいほどの人の波が詰め込まれている。詰めかけた数千人の観客が、繰り広げられる戦闘の凄まじさをわかるものわからぬものも、軍人も民間人も区別なく、二人の戦い――否、ただひとりの男の武の舞台に心を奪われていた。

 

演じるのは、黒とそれに近い蒼色に包まれる《ワイアーム》に乗り込む黒髪の男。

 

濃い黒髪と戦場で負ったという傷を隠す口から下までを覆う布で暗い印象を感じるが、その評価は獲物に襲い掛かる鷹のように鋭い目と彼が行う機竜の操作を見れば吹き飛ぶはず。現にここにいる者の全てが最初に抱いた暗い印象を、彼の戦いぶりから吹き飛んでいるのだから。

 

対戦相手――いや、対戦というのもおこがましい。もはや児戯の如く、男に遊ばれる相手は公爵家の一人息子。

この公式模擬戦(トーナメント)の優勝賞品をモノにするため大金を支払って手に入れた神装機竜を纏っているが倒されるのも時間の問題だ。

性能だけに頼った技術も含まれていない力だけの攻撃を仕掛けるが、楽々と回避される。次に繰り出された《ワイアーム》の攻撃がカウンターとして重厚な装甲を削られていく。

 

 

(すごい。それでいて――怖い)

 

 

ルクスは思わず、生唾を飲み込んだ。

汎用機竜で神装機竜を追い詰めていくこと、ではない。

 

恐ろしいのは、自身にのしかかる不利すらも押しのけて貪欲に勝利を追求していく機竜使い(ドラグナイト)の精神だ。

 

言うまでもなく、汎用機竜である《ワイアーム》と神装機竜とでは、性能に隔絶とした差が存在する。陸戦型の神装機竜ならば高い格闘性能からくる拳の一撃でも汎用機竜を大破させることすらできる。更には機動性も耐久力も上という事実は、対峙する相手に諦めといった感情を抱かせる。

 

その筈というのに《ワイアーム》は戦い続け、神装機竜を追い詰めている。接近戦を挑み放たれる攻撃を紙一重で躱していくその胆力、隙を逃さず喰らいつくその執念。さらにはこれまでの試合による戦闘が祟ったのか決勝戦に入場した時には、節々から火花と煙を噴き出し、装甲には少なくない罅が入っているという事実が余計に拍車をかけていた。

 

そんな事実すら興味なしとばかりに行われる機動さたるやどうだろう。足の運びは相手する陸戦型の神装機竜よりも俊敏、いざ相手が苦し紛れに迫って来ればバッタの如く鋭く跳んで回避してのけた。

 

大振りの攻撃を振るったことで生まれた隙を当たり前だと言わんばかりに《ワイアーム》は見逃さない。

 

右手で構えるのはL字状の盾。ナックルガードとなり、先にある棘を持った一撃でこれまで何人もの機竜使い(ドラグナイト)を打ち倒してきた攻防一体の武器。

 

盾で包まれた拳を引くと同時に左手が掴むのは刀身が円柱状の奇妙な剣。

 

試合相手が戦斧(ハルバート)を迫る《ワイアーム》目掛けて打ち下ろす。襲い掛かってくる恐怖と焦りからか腰の入っていない、腕の力だけで繰り出す情けない一撃。

 

その一撃に《ワイアーム》が迎え撃つ。引き絞られた剛弓から放たれた矢のように、両足で踏み締められた盾を纏った右ストレート。

 

分厚い幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)を幾重にも重ねただろう盾に戦斧(ハルバート)の刃は柄ごと砕け散る。しかし、それと同時に《ワイアーム》の左肘から大きな火花が異音と共に噴き出した。

 

ルクスはその損傷に思わず身を前へ傾けた。観客席の多くも同じように、食い入るような視線で見つめる。

 

降り注がれる視線とその中に潜む期待に応えるように《ワイアーム》が左腕を大きく振るう。

 

肩から指の先まで力が通った腕に振るわれる武器の一撃は、血の滲む修練を積んだルクスだからこそ解る磨き上げられた宝石、滝に打たれて丸みを帯びた石、積み込まれた岩の山と思わせるほど時間と才能、努力で作り上げられたものであった。

 

吸い込まれるように高速で放たれる円柱の刀身が神装機竜の肩、幻創機核(フォース・コア)を内蔵する両肩を関節から瞬時に――切り裂いた。

 

刃のない刀身が切断というあり得ない現象を起こしたことに、観客席もルクスも含めて少なくないどよめきが現れる。しかし、これまでの男が見せてきた高い技量を持ってすれば、そんなことすら可能だという納得さえもあった。

 

動力部を失った神装機竜の末路は沈黙するのみ。例え、機竜使い(ドラグナイト)の意思がどうこうあろうと覆すことは不可能だった。

 

公爵家の機竜使いは操縦桿を乱暴に動かしながら機竜を罵倒するが無駄な労力である。乗り込む神装機竜の両膝が糸を切られた操り人形のように落とし、前のめりに倒れていく。視界に迫るのはコロシアムの地面ではなく、先に出された《ワイアーム》の――右つま先。

 

その意味たるやをルクスや観客、公爵家の息子が理解した時には激突した。

 

爪先の装甲と機竜使い(ドラグナイト)の頭部に備えた神装機竜の装甲がぶつかる甲高い金属音が鳴り響く。怪我はないだろうが、その衝撃で気を失ったのか公爵家の息子は叫ぶことも動くこともなくなった。

 

結果、出来上がったのは神装機竜(公爵家の息子)汎用機竜(無名の男)の靴を舐める光景。

 

決してあり得ることない現実に、そしてそれを成し遂げた人物に、すべての観客が飲み込まれた。

 

コロシアムでたったひとり立ち尽くす、盾と剣を頭上高く振り上げた男が、チャンピオンとなった男が、吼える。

 

そこで起こったことは、万雷の拍手、拍手、歓声、歓声…………歓声!

 

それらを捧げる平民、貴族、軍人たちに、含まれる感情は様々だがどれも同等で美しい。

 

ルクスも無意識のうちに小さいながらも拍手をすると――

 

 

(満足か皇子様)

 

 

声が、《ワイアーム》に乗り込む『彼』の声がした。『彼』の声を間近で聞いたこともないのに、それが『彼』の声かもわからないというのに、そう感じられる声がルクスの耳に響いた。

 

実際には、声を掛けられたわけでもない。『彼』は今、湧き上がる観客の拍手と声援を受け止めるチャンピオンとして受け止めている。視線ひとつ、意識ひとつがルクスに向いたわけではない。そんなことをしたら、この会場全員のチャンピオンがルクスだけのチャンピオンとなって台無しにある。

 

行動を起こす者が見せたモノに魅了された者だけがわかる瞬時の『意識』が飛んできたのだ。きっと『彼』は今、この場にいる観客全てにその『意識』を飛ばし、応えて言っている。それだけで、小さなルクスの全身は稲妻に打たれたかのように震えた。

 

これがカリスマかと感じた時――

 

 

(君のことは『彼女たち』から聞いていた。こんな俗事はしない人間と。だから言わせてもらおう――お望み通りに来てやったぞ)

 

 

再びルクスの体が大きく震えた。

気付かれていた。この公式模擬戦(トーナメント)が開催された、その理由を。

 

ルクスは帝国の王子でありながら十二という帝国史上最年少で、機竜使い(ドラグナイト)の免許をとるなど非凡な才能を持っていた。だが、そんな栄誉を授かるのが目的ではなく、とある事情で機竜使い(ドラグナイト)としての研鑽に余念がなかった。

 

そんな中、世界全土を震撼させる大事件が起こった。

 

かつて旧帝国が遺跡(ルイン)をこじ開け、世界に解き放った終焉神獣(ラグナレク)。各国との協力の末に、ようやく眠りについていたそれが突如、姿を消したのだ。

 

いや、姿を消したというのは間違いだ。

終焉神獣(ラグナレク)は討伐されたのだ。

 

近隣にいた警備隊の報告によると、石化していた終焉神獣(ラグナレク)は突然、目覚めたらしい。それもただの復活ではない。

 

復活した終焉神獣(ラグナレク)の活動を特装機竜(ドレイク)で見ていた者が言うには、体の半分を吹き飛ばされても蘇り人の上半身を生やして空を飛んだ、赤黒い光線を放って大地に巨大な穴を作った、触手の一本一本から赤黒い光線を発射するなどこの世のモノとは思いたくないほど強力でおぞましい存在に生まれ変わったという。

 

そんな終焉神獣(ラグナレク)が相手するのは、たった一機の空を飛ぶ機竜。

その機竜の正体は解らない。見た者も何分離れた場所で見たため、蒼い機竜としかわからなかったと。

 

そして最後は、赤い光線に撃たれた終焉神獣(ラグナレク)特装機竜(ドレイク)の感知機能が振りきれるほどのエネルギーの塊となり、巨大な火の玉となって消滅した。大地に今も癒えない傷跡を残して。爆発は、遠く離れていた帝都ロードガリアからも見え、ルクスの目に今も焼き付いている。

 

原因を調べるために派遣された調査団が消滅した辺りを捜索したところ、刀型の機攻殻剣(ソード・デバイス)を差し込まれた損傷の激しい蒼い機竜が見つかっただけだった。あれほど規格外の戦いを行い、爆発から逃げられるはずがない。機竜使い(ドラグナイト)は機竜を残して死んだと判断された。

 

回収され皇帝に献上されたその機攻殻剣(ソード・デバイス)は親しかった兄に口添えしてもらい、ルクスの手に渡ることになった。

 

あわよくば自身の力としたかったが、機攻殻剣(ソード・デバイス)は反応することはなかった。そのことからこの機攻殻剣(ソード・デバイス)の持ち主はまだ生きていると判断したルクスは、その人物にどうしても会ってみたくなった。

 

たった一人で強力になった終焉神獣(ラグナレク)と対峙できる人物に、当時力を欲していたルクスはどうしても教えを乞いたかったのだ。

 

その人物を探し出すために兄の協力を借りて開催したのが、機攻殻剣(ソード・デバイス)を優勝賞品にしたこの公式模擬戦(トーナメント)。例え、優勝者が使い手ではなくとも帝国全土に大々的に広めて行う公式模擬戦(トーナメント)の優勝者は相応の実力者であるため、その人物に教えを乞うつもりだった。

 

しかし、いざ始まると参加者が自分の力を誇示する舞台とする貴族、未熟な技量でありながら強権で力をつけた軍人、神装機竜という圧倒的な力を欲する傭兵。自身の暗い欲望を満たしたいだけの者たち、帝国の現状を表すような参加者たちがほぼ埋め尽くしていた。

 

参加名簿だけでも分かる悪人の坩堝という状況に『彼』は参加してくれた。そして、魅せたことで今ここに帝国に存在する人々の不安、鬱憤といったものを喜びや感動といったもので溢れ返した。平民も、軍人も、貴族も隔たりもなく。

 

選手と観客が一体になる高揚感に包まれたまま――

 

 

(僕も……僕もああなりたい!『彼』のように人の心に応えられるように――!)

 

 

ルクスが生まれて初めて抱いた、『尊敬』という感情だった。

 

そして、行われた優勝賞品である機攻殻剣(ソード・デバイス)の授賞式の後、彼を招き入れたルクスは装甲機竜(ドラグライド)の指導を頼みこみ――。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

(ぶん投げられたんだよなぁ……)

 

 

五年振りともなる再会に伴い、ルクスは初めてライと出会った時のことを思い出していた。

 

初めて出会い、師事を頼み込むと無言でぶん投げられた。最初は何をされたのか解らず、背中を地面にぶつけた。妾腹の第七皇子とはいえ、そんな無礼を働けば衛兵が飛びついてくるが、ルクスの私室で二人っきりの状況で行われたことで騒ぎにはならなかった。……彼のことを多少なりとも知った今なら衛兵たちに見られていてもやっていただろう。

 

そのまま去っていこうとする彼を痛む背中も無視して食い下がり、またぶん投げられた。それを何度も繰り返して、背中の感覚がマヒし意識も疲れ果てたところで彼が折れた。

 

理由は……解らない。ただ、承諾してくれた安堵で気を失う前に見たライの様々な感情が入り乱れた表情だけを覚えている。

 

そこからの三週間はルクスにとって、母を事故で失ってから初めて感じた幸せだった。ライとルクス、妹と共通の知り合いでありライの雇い主というレリィとフィルフィを合わせた五人で過ごした生活は本当に楽しかった。

 

ライの師事――といっても、教えてもらうことはなくルクス自身の持ち味を磨く模擬戦を繰り返し続けた。

 

途中、ライが黒のウィッグを被って本来の銀髪を隠していたこと。偽名で参加し、ライが本名であること。優勝した際の機竜が《ワイアーム》の皮を被った格闘戦に特化した改造機竜で、制御力が機竜使い(ドラグナイト)を殺しかねないほど高かったことなど驚愕するべきこともあったが、それすらも嬉しく感じていた。

 

それらはライが自分から話してくれたことで、初めて尊敬の念を抱いた人物が本当のことを曝け出した、その信頼を確かに感じたのだ。

 

そんな輝かしい三週間は――ルクスとライの喧嘩からライの突然の失踪で幕を閉じたのだった。

 

 

(ライさん……)

 

 

彼は今、この学園長室にはいない。彼の面影を持つ少女もだ。

 

朝っぱらからのごたごたから幾分か過ぎ、ルクスが一晩明かした独房の崩壊を聞きつけてやってきた三人組の少女たちに状況の説明と頭を下げて何かを頼み込み、ルクスと少女を引っ張りこの部屋に放り込んだ後、在室していたレリィにも着替えてくるの一言だけ残してどこかへ行ってしまった。

 

そんな経緯からルクスは、ライが来るまで部屋の主である旧アーカディア帝国の元皇族である自身の、数少ない顔見知りなレリィ・アイングラムと対談していた。

 

 

「それじゃ、――ルクス君?よく眠れたかしら」

「ええ、まぁ……寝心地云々はともかくぐっすりとは眠れました」

 

 

気絶は睡眠に入るのだろうかと思いながら、ルクスは自身が座るソファと机を挟んだソファに座る女性の言葉に頷いた。

 

そこからルクスは依頼主であるレリィと早速仕事と昨日の弁明について話そうとしたのだが、彼女が学園長席からソファに座ったため、知り合いとして久しぶりに会話することを求めてきたのでそうすることに。

 

そして、正面から対談するレリィは見惚れるような笑顔で一枚の用紙を広げていた。

 

 

「とりあえず、昨夜、壊した天井と追いかけっこで大穴空けた壁の修繕費よ」

「え、ええぇぇぇ……!!」

 

 

突きつけられた請求書にルクスは驚愕と悲鳴が入り混じった声を上げた。

知り合いの、それも五年振りともなる会話がまず請求について始まったことと用紙の中央に大きく書かれる後ろに零が五つある数字を見て、頭を金槌で殴られたようなショックを受ける。

 

商人ならば、流石と賞賛されるのだろうが――

 

 

「ここのところ物騒な世の中でしょ。ぶっちゃけ、自分のミスを認めないで『物騒な世の中』のせいと言い訳して踏み倒すとか、そういう剛の者が最近多いのよ。ルクス君には悪いけど、請求できるものは請求させてもらうわ」

「そ、そんな……」

「それとさっき崩壊音、まだ牢から出す許可も出てないルクス君がここにいることから牢を壊した請求も後でするから」

「ひぃっ……!」

 

 

新王国から元皇族であった罪を許され仮釈放されているが、同時に交わした契約で、国家予算の五分の一に相当する額の借金を負っているルクスにとって目の前の数字は致命的過ぎる。

 

そもそも天井のは事故だし、壁は突然現れた三人組が乗り込む装甲機竜(ドラグライド)が壊したもの、牢に関してはあのライに似た少女が起こしたもので――。

 

それらの原因について話そうとしたが、ルクスの頭は積み重ねられた借金、それも知り合いから突きつけられたショックでぐるぐると混乱し、目の前は真っ黒になろうとした時、

 

 

「なーんて冗談よ、冗談。こんな鬼の所業を友人にするわけないじゃない」

 

 

と小さく噴き出す音の後、レリィの言葉で暗闇が消え去った。

 

 

(よ、よかった~~)

 

 

心臓に悪すぎる冗談に胸に手を置いて大きな息を吐く。胸から離した掌を見るとじっとりと冷や汗をかいていた。すると、鼻腔をくすぐる香りと水が注がれる音を聞き、正面を改めて向くと――

 

 

「はい、どうぞルクス君。昨日から何もお腹に入れてないでしょ?」

 

 

差し出されたのは、机に置かれていたティーセットで入れられた紅茶だった。細かい装飾が刻まれた見るからに高級品のカップに注がれた透明な液体から出る爽やかな香りが、ルクスの胃を刺激した。

 

正直、昨日の騒動から一口も水を飲んでいないため喉がカラカラだった。先ほどのドッキリのせいで、肌着が重く感じるほどかいた冷や汗も重なり身体中が水分を求めている。

 

いただきます、とレリィに感謝しながら注いでくれた紅茶を口に含む。

 

 

(あ、美味しい)

 

 

紅茶を入れてくれたレリィには申し訳ないが、彼女の入れ方はルクスが見たプロを百点とするなら三十点程度。それだというのにこの五年間の雑用で得たルクスのゴールデンルールで入れてきた紅茶の中でも上位に食い込む味だった。

流石、世界屈指の大商家であるアイングラムの長女、いい茶葉を備えていると感心し――

 

 

(これ、いくらぐらいするんだろう……?)

 

 

物の値段について考えてしまうのは、雑用生活が心身に染みついたためだろうか?

 

とりあえずはこの紅茶を楽しんでおこう。香りも味も少しずつ味わい、この茶葉の高額な値段とその価値を想像する。自身の一月の給料に匹敵する値段と考えながら飲むと満腹感とは全く違う『何か』が腹を満たしてくれた。それと同時に、胸に虚しさを覚えたが……。

 

 

「ルクス君、美味しそうに飲むわね~。私の入れた紅茶そんなに美味しかった?」

「はい。美味しいです。とっても、とっても……」

「最後の方が消え入りそうな声になってるけど?満足してくれるなら良かったわ。武道をやって六十年の老人が人の心を満たすために魂込めた拳を五百も打ち込んだ茶葉、『老人拳茶』を美味しいなんて」

 

 

言葉とともにルクスは盛大に咽た。頭に筋肉隆々の老人が汗まみれで茶葉に拳を打ち込む想像から満たされていた何もかもが吹き飛んでいった。口に含んでいたら、勢いで前方のレリィに吹きかけていただろう。それほどに取り乱している。

 

 

「――嘘だけどね」

「嘘ですかっ!?嘘なんですねっ!??嘘だと言ってください!!?」

 

 

紅茶が殆どなくなったカップがソーサーの上に大きな音を立てて置かれると同時に、ルクスがソファにから腰を浮かして懇願するかのような声を出した。

 

 

「大丈夫、半分は嘘よ。その紅茶の茶葉は家が贔屓にしているちゃんとしたところの物よ」

「そ、そうですか……。うん、そうですよね。そんなふざけた茶葉あるわけ――」

「残念ながら存在するのよ。本当に残念なことに。さっきの請求書はそこのものよ」

「…………」

 

 

知りたくも聞きたくもない情報の存在にルクスはただ黙った。正直どうリアクションをしたらよいのか解らないために。

 

そんなルクスにレリィはくすくすと小さく笑った。

 

 

「あら、ごめんなさい。こうして話すとつい懐かしくなってね……五年前を思い出してたわ」

「いえ、僕も時たま……あの時のことを思い出しますし」

「たったの三週間だったけど本当に楽しかったわね。ライと貴方が初めて出会ってから確か……喧嘩別れするまで」

「え、何でレリィさんがそれを……?」

「もちろんライよ……。あの時、私たちにも声をかけず突然消えたことを聞き出す際にね。普段は絶対言わないからお酒の力を借りて聞き出しちゃった。けど、喧嘩の理由までは教えてくれなかったわ」

「そう、ですか……」

 

 

喧嘩の理由、それはルクスの何気ない一言だった。

 

その一言だけをライは絶対に許さなかったのだ。その理由をルクスは問い詰めたが、ライはただ、駄目だの一点張り。それがあの輝かしい世界を終わらせた。

 

その言葉は――。

 

とほぼ同時に扉がノックされた。

 

三度鳴る音にルクスが姿勢を正すと、レリィのどうぞ、と言葉が出た。

 

失礼します、と頭を下げて入室するのは、黒い長ズボン、白いワイシャツと黒いネクタイの上にベストの姿のライ。その後ろにネクタイのない制服に身を包んだ、手首を掴まれ、真似て頭を下げるライに酷似した水色を一房混ぜた銀髪の少女だった。

 

 

 

 




解説

ライの収穫……謎の少女、欠けた記憶の断片、遺跡地下で手に入れた古文書何冊か、仮面×2、装甲衣×2、少女を連れていくと森を突き破りながら追ってきた奴ら×5

ライの《ワイアーム》……解説は次回に載せます。設定も名前も大体決まっています。

ライのパフォーマンス……『王』だった経験と行われていた武道大会で慣れっこ。結構ノリノリでやる(ルルーシュと同じようにポーズ、マントをバサッは余裕)

公爵息子…………ええ、彼です。乗っている神装機竜はアレではありません。今回のは大会に優勝するために高い金で買った別の神装機竜です。プライドをズタズタにされた後に敗北の原因を機竜のせいにしてスクラップにしました。

ぶんなげる……ライにしては乱暴じゃない?と思うかもしれませんが、理由は次回に載せます。


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