皆様、申し訳ございません。ただ、ただこのような作品にお付き合いいただき本当にありがとうございます。
「ルクス君も散々ね。生徒たちに追いかけ回され独房に入れられた後、決闘なんてするはめになるなんて」
「僕たちも彼と付き合いはあるが、今回の騒ぎ……覗き、痴漢、下着泥棒を行わないと断言はこれっぽちもできないからな」
ライとレリィ、まだ眠りこける少女の三人きりの学園長室。
今までこの部屋にいたルクスとリーズシャルテはいない。
ルクスは隣の応接室へ、リーズシャルテは更衣室へと向かった。
割り込んだリーズシャルテが口にしたのは、端的に言うと『変態で犯罪者容疑が晴れていない『男』をこの学園で働かせるのは大いに不満』であった。
ライやレリィもルクスと付き合いがあるためよくは知っているが、今回の騒ぎを偶然起こしたとは全くもって断言することはできない。だが、実際ルクスが故意に及んだかどうか言われると誰にも証明することも出来ない。
この件はルクスの依頼者であるレリィが学園長発言で強行、覗きの被害者であるリーズシャルテはライが宥めれば、この騒動は治まることが出来る。しかし、シコリは必ず残ってしまう。
そんなものが残ったまま、ルクスを雇い続ければ女生徒たちが彼になにをするかは想像に難くない。ライも可能な限りフォローするつもりだが、それでも限界がある。三年の、それもごく一部の生徒を除いて、この学園の生徒がそんなことを行うとは到底思えないが……。
――そう言えば、『彼』も……。
ルクスの学園での“もしかしたら”に、栗色の髪の『彼』が脳裏で重なる。
自国を侵略された『彼』は、どういう流れか侵略した国の人種しかいない学園に転入してきた。たった一人の被支配者。そこで彼を待ち受けていたのは、陰湿な差別。生徒会に入ってからはいくらか緩和したが、それでも差別はあった……。
――何を思い出している……『彼』は、敵だ。
自分にとって敵となった、いや敵でしかないと切り捨て記憶の奥へと封殺する。
ライの抱いた懸念はレリィも抱いていたのか、本件の被害者であるリーズシャルテにルクスの処分を任せた。
彼女が下した裁量、ルクスにとってたった一度の名誉挽回の機会は――
「
「勿論、その時は僕が出るよ。けど、不思議なことに
「神装機竜は
「《ムチャリンダ》」
「そうそうその《ムチャリンダ》を餌に使ったら迷う事なくそっちに飛びついたって」
「五回行ってどれも結果は同じだから、その認識で間違いない。神装機竜が四機もあるここを襲わないことは有難いことだが、ほとほと不思議だ」
『血染めの革命』からほんの少ししか経っていない後に行った五回の
最初の獲物は《グロースター・ソードマン》だった。神装機竜を圧倒するといえど、ライの操作するのは《蒼月》。KMFの性能が比例する
二回目は《アフラマズダ》が来たがライが姿を現した途端、弾幕を張って逃走を図った。両腕の三連ガトリング砲が放つ弾幕は凄まじく、《蒼月》から《クラブ・クリーナー》に乗り換え全身に《ルミナスコーン》を張って特攻。右肩から下を落とせたがそこまでで逃走を許してしまった。
三回目は《トリスタン・ディバイダー》。
第八世代、《蒼月》と《クラブ・クリーナー》と同格の
主武装の《MVS》二本はあの《ギャラハット》の《エクスカリバー》を加工したもので、《蜃気楼》の《絶対守護領域》を初見とはいえ打ち破ることができる破壊力を持つ。接近戦主体の《蒼月》で戦った際には、まともに防ぐことが許さない攻防を行うことになった。
交戦から十数分経ち、《MVS》の一振りを犠牲に《滅爪砲撃左腕部》を断ち切られたのは、流石のライも肝が冷えた。その直後、腕を切り落とし残りの《MVS》を落とさせたが、回復する隙がないことから『変形』して逃走した。
……余談だが元となったKMFに変形機能が備わっていた
――《トリスタン》。
――《トリスタン・ディバイダー》。
――《ブラッドフォード》。
――《サマセット》。
――《蜃気楼》。
この四機には『
《アレクサンダ》と改良型は『インセクトモード』。
《ウェルキンゲトリクス》は人馬形態に『変形』する姿をこの目で見ている。
機体が変形するのはいいが、気になっていたのは操縦者の体勢だった。
基本は操縦者の脚に纏う装甲が消え、変形に巻き込まないようにはしているようだ。
《トリスタン》と《トリスタン・ディバイダー》と《ブラッドフォード》、《サマセット》の際は、手に握った操縦桿は耳元まで動き、操縦者は身体を伸ばした状態になる。
《アレクサンダ》とその改良機も同じだが、《トリスタン》たちと違い空中ではなく、地面を走るため操縦者と地面の距離がスレスレなのだ。傍から見れば操縦者は削れているのではないかと思う程にスレスレだった。
《ウェルキンゲトリクス》は人馬形態になると……正座させられる。
最大の特徴のである半人半馬の異形ケンタウロスを模した姿の四足歩行形態で馬のように駆け回るのを活かすには安定した姿勢が必要ということか?
変形機能を持つとして《蜃気楼》が存在するが……『
四回目は《エストレイヤ》。
『マドリードの星』というエリア24、かつてスペインと呼ばれた国の反ブリタニア勢力が使用していKMFだ。サザーランドをコピーし、小規模な改装を施しただけの機体で基本性能は変わらない。
『マドリードの星』はマリーベル・メル・ブリタニアの指揮の下に壊滅しており、KMFのエストレイヤも当然歴史から消え去った。ライ自身、一時期エリア24に潜入した際に残骸の姿で確認したが、本来はコアなKMFオタクぐらいしか知らないはずの機体なのだ。
そんなエストレイヤが
五回目に現れたのは――《ベディヴィア》。
製造元が壊滅したとはいえ現存が確認されたエストレイヤと違い、このベディヴィアは設計図のみで完成することはなかったKMFだ。
本来は、ナイトオブラウンズの第五席に就任が決まった騎士の専用機だったが、その騎士は機体が完成する前にチューンアップしたヴィンセントでナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインと共に先代皇帝を暗殺した『魔王』を討とうと出撃、ライによって倒された。
主も失い、開発チームもライの開発チームに吸収された末にベディヴィアは完成することは遂になかった。
試作機が数機作られただけの《ガへリス》しかり、こんなKMFすら
ラウンズ機として開発されたベディヴィアは第八世代相当の性能を有していた。
一進一退の攻防の中、《ケイ》、《月下紫電》に奇襲されて負傷。神装機竜《ムチャリンダ》は死守したが、置いていった機竜を全て平らげられたのは苦い記憶だ。
閑話休題。
「教育体制を少し見直す必要があるかしら?一応真面目な学校なのよねぇ、ここ」
「無理無理。この学園のドンが天性のお祭り気質だから、どうあったって影響は受けるものだよ。今頃、授業すっぽかして演習場に向かっているはずだ」
苦笑を浮かべたライは窓の外を見る。
外からは校舎から出ていく女生徒たちの楽しそうな声が多く上がっている。彼女達の向かう先は学園敷地内にある、
ルクスとリーズシャルテの私闘というべき決闘は、学園長室のドア越しに聞き耳を立てていた大勢の生徒たちによってすでに学園中に広まっているはず。ライ自身は、リーズシャルテが乱入した時、既に隠れていた生徒たちの気配を感じていたが、気にせず無視していた。注意しても無駄、とここで数年勤めて学んだことだ。
ここの生徒たちは、娯楽に触れる機会の少ない寮生活をしていることでイベントに飢えており、更にレリィの影響が拍車をかけている。
――けど、それぐらいならまだいいか……。
自身の恩人である『生徒会長』は、名門校の学生寮はむしろ非行や逸脱の温床であり、良家の子息子女に良からぬことを教える温床になると知悉していた。だから、非行などに走る心の飢え、渇きを潤すために大きなイベントを行う、と笑顔で言っていた。……半分、いや九割は自身が楽しむためだと『生徒会』の皆が気付いていたが。
『生徒会長』に似ているレリィもそのことが分かっているのか……いや、こっちも九割方自分も楽しみたいのだろうが、学園全体でイベントを行う。そのお蔭か、この学園もそういったことは少なく効果はあるようだ。……自分を景品としたイベントだけは勘弁願いたいものだが。
前回のイベント――『クラス対抗着ぐるみトーナメント』。
アイングラム財閥をスポンサーとする劇団から譲ってもらったお古の着ぐるみを来た生徒たちがプロレスもどきの取っ組み合いを行う様は大変盛り上がった。
リーズシャルテが愛らしい着ぐるみの両手をドリルの形に改造してティルファーに着せて参加させたり、奮戦したノクトが着ぐるみの中で脱水症状寸前になったり、セリスティアが一回戦目で相手の着ぐるみの愛くるしさから膝をついて震える声でギブアップするなど波乱に満ちたイベントだった。
無論、ライもレリィに強制参加させられた。
数ある優勝賞品の一つが自分のかなり際どい……R-17指定レベルの隠し写生ブロマイド集という卒業生たちが作った負の遺産なこともあった為、それを処分するのも目的で。
ライには生徒たちが選び終わった後、はっきり言えば残り物の着ぐるみしかなかった。
プラカードで会話しそうな中身がおっさんだという宇宙人。
ヘルメットや防弾チョッキを着込んだ格好をした犬だかネズミだかわからないナニカ。
それのパチモン臭い、元軍人で遊園地で働くげっ歯類に似たお菓子の精霊。
神を喰う凄腕の戦士という設定を持つ継ぎ接ぎのウサギ。
背中に『七ッ夜』の文字が書かれたパンダ。
可愛らしいといえば可愛らしいがどれもこれもが、とても女生徒が着ようとは思えないほどインパクトが強すぎる。いや、それよりも着たら着たらで精神が乗っ取られそうな強烈過ぎる外見から避けたのではなかろうか。
その残った着ぐるみの内の一つ……どれを着たかは割愛するが、手首と足首に重りと水分補給はコップ三杯とハンデを背負わされながらもライは決勝まで登り詰めて優勝、ブロマイド集の焼却に成功した。……実はそれがコピーで原本はレリィが私室の金庫の中に厳重にしまっていることをライは無論しらない。
そんなイベントからもう一月。
そろそろ彼女たちも刺激に飢え始める頃合いだ。
百年以上も圧政を敷き、男尊女卑の風潮と制度を押し付けていた旧帝国。
その生き残りである没落王子と新王国の姫が決闘を行う。
男女と国。二つの因縁を孕んだ決闘という一大イベントに食いつかないはずがない。
――しかし、何故彼女はルクスに決闘なんかを?
リーズシャルテは好戦的なところはあるが、肩書だけで他者を排斥するような狭量ではないことをライは熟知している。彼女がルクスに決闘を突きつけた際の表情を思い返すとそこから読み取れたのは押し倒されて裸体を見られた羞恥と敵意、なにより焦り。
――ルクスに見られては知られてはならないものでもあったのか?
そこまで考えたが、趣味が悪いとどのみち決闘は止まらないと軽く頭を振って切り上げる。そしてとうとうレリィがこれまで置きっぱなしの謎について聞いてきた。
「それじゃ、ライ。だいぶ間が空いてしまったけど、改めて――その子は何者なの?」
「……」
ライは肺の中の空気を全て吐き出したかのような重いため息を吐く。そして観念したかのようにこの少女と出会う経緯までを話し始めた。
ライが目覚めた遺跡に未知の空間があったこと。
機竜とも悪夢とも違う人型超兵器『GXシリーズ』に襲われたこと。
その『GXシリーズ』と和解の末、彼らの主であるという黒い人型兵器の元に案内されたこと。
その黒い人型兵器と隣でこんこんと眠りこけている少女が……
少女の容姿が生徒たちと同年代だが、その内面が幼児のように幼いこと。
ライしか操縦できない
そして――機竜を粉砕できる怪力を発揮する。
その際には双眸が黒く染まり、瞳が黄金へと変わることを。
彼女が自分に似ていることについては……あえて言わなかった。
彼女と自分の関連性。心の奥底に押し込めた一目で察してしまったソレを口で話してしまうと、自分の中のナニカが音を立てて崩れ落ちると本能が告げていた。
「――おかげで、こうなった」
「…………」
説明を終えたライは、途中から増していった疲労感、自分と少女に少なくとも関わりのある
説明を受けたレリィは無言でこんこんと眠りこけている少女へ顔を向けている。普段の彼女からは想像もつかない真剣な、たった一つの希望を逃さないような狂気的な視線をぶつけている。そして、ゴクリと唾を飲み込み、震えた声を出す。最早爆発寸前といった期待を抑えながら。
「――――本当に、その子が……?」
「本当だよ。僕の腕を握り潰そうとしたり、爆弾のような一撃を胸に入れたり、機竜の腕を片手で軽々と振り回した。感情が高ぶるとなるようだが、『彼女』と同じように目が変化した」
喜べよ、とライが苦笑を浮かべて、
「この子は、
だが、
「僕たちにとって重要なのは――人の形をしながら
「――――」
ライの言葉にレリィは感極まったかのように口を両手で抑え、大きく震えた。
反対にライは素直に喜べなかった。ため息を共に漏らしつつ、ライは未だに疲労の色が濃い雰囲気で天井を仰ぐ。
――釣った魚があまりに大きすぎる。
普段通りのお宝、あわよくば求めているある症状の治療法が得られればいいと思っていたのに、こんなモノが世間に公表されるなどしたら何処も彼処も静観を決め込むなどあり得ない。確実に動く。そしてそんな劇薬じみたお宝なんてライも彼女も求めていない。
つまりは持て余し。大き過ぎる成果はある意味手ぶらよりも扱いに困る。しかし、ここまで来ると致し方なし。
――正直、関わりたくない。
コレはやばい。危険だ。解ってしまうんだ――僕には荷が重い。
彼女の『誕生』からこれまでで知った特異性、あれらは思い返しても異常だ。こんな爆弾を抱える自信は情けないことに自分にはない。ただでさえ
「そっ、それでこの子についてもっとくっ、詳しく何かわからないの……!!」
「……分かっているのは先程言ったことまでだ。地下空間で古文書を何冊か見つけたが、風化が激しい。文官の生徒たちに協力を頼めば時間を短縮できるだろうけど、こんな厄ネタに生徒を巻き込めない」
「つまり貴方だけで解読を行う。……時間がかかりそうね」
一刻でも早く少女が
「……酷なことだけど期待はしないほうがいい」
「え……?」
「こいつと『彼女』……二人の
「――それでもよ」
レリィの顔が険しくなる。獲物を狩る狩人とはまた違うが、懐に入れた金品は絶対に手放さないと窺わせる骨太な商人の顔になった。ようやく手に入れた手がかりを手放すものかと雰囲気のみで語っている。
「……ならばこいつの扱いは?」
「勿論、この学園で保護するわ。ふらふらと歩き回られて貴族や軍に見つかったら困るわね。いい落としどころだと思うわよ。監視は貴方に任せる。もし、彼女が幻獣神化して暴れるようなら、貴方の
「……」
この学園で保護、そして監視は自分。
その言葉にぎり、と噛み締めた歯が鳴った。非情に腹が立つものの最適な配置にぐうの音も出ない。実際、確かにそうだから。
それに、仮にこの子と離れたところで今更安心できない、そう……解ってしまっている。
ライという人間は――この少女を嫌悪しているが、目を離すことに関して、より大きな恐怖を抱いている。歩く爆弾を放置している気分になり、知らぬ場所で何かとんでもないことを起こされるという……説明できない不安があった。
傍に置くのは絶対嫌で――なのに動向を把握しなければ、恐ろしくて眠れない。本当に、最低最悪のジレンマだ。
「無視なんて論外なことも、放り出すのも悪手でしょうしね。新王国の法律では、
無言で返事を伝えて、顎に手を当てて黙考する。やはり差し当たっての問題は彼女の処遇に尽きるらしい。
彼女の覚醒の場にいたのはライと護衛といえる物言わぬ無人超兵器五機。『GXシリーズ』の存在自体も外でバレたら一発でアウトだが、彼女の護衛らしいのでライから言い聞かせれば、彼女が不幸にならないように自粛してくれるはずだ。
ルクスや
一先ず、ライが入手した古文書を解読しながら、彼女を監視する。
彼女から情報を聞き出せればよいのだが、その幼い精神性から古代文明にどれくらい絡んでいるのかなど、こちらからそのヒントを探ろうとするのは相当骨が折れる作業だろう。
なのでまずは時間稼ぎに終始すべしと。ライとレリィの認識に一応の結論は出た。
「それで――この子の名前はどうするの?」
「……は?」
思わぬ問い掛けにライはポカンと口を開けた。
「だから、名前よ。名前がないと呼ぶのに不便でしょ」
笑顔で言うレリィの言葉に首をしばし傾げるが、理解が出来ないという風に首を横に振った。
「そんなもの必要ないだろう、こんな爆弾みたいな奴に。“アレ”とか“ソレ”とかで十分……」
「ライ」
口に出している途中、自身の名を呼ばれてライは口を閉じた。
レリィの顔は非難と少しばかりの悲しさを浮かべている。
この学園のトップ、学び舎の母である理事長、生徒たち全員を預かる教育者として少女を物のように扱うライを責めている。そして、悲しみの理由は
――僕は貴女が思っているような人間じゃないんだよ。
レリィはライの素性を『この世界』で一番よく知っている人物だ。だが、全てを教えているわけではない。あくまで悪夢と深い因縁がある、『ワイアードギアス』という超能力を使える、普通は
それでも初めて『この世界』で交友を結んできた存在、この学園や財閥関係で四年間協力してきたのだ。そこまで見知ったライが女の子をぞんざいに扱うことを悲しんでいる。
そんなレリィの表情をしばらく見つめ、ライは降参したかのように溜息をついた。
「そうだ!貴方が名付け親になってあげなさい」
名案が思い付いたように手をポンと叩くレリィの言葉に一瞬、理解できなかった。
「名付け親……?僕が、こいつの?」
思いも寄らぬレリィの決定に、ライは戸惑いを隠せなかった。
名前を付ける馴染みなどない。
愛機である《蒼月》や《ランスロット・クラブ・クリーナー》の命名は設計したラクシャータ博士や開発スタッフといった生みの親の特権で付けられたものだ。二機の後継機も自分に――正確にはKMFに――付いてきた技術屋たちが命名している。
だからといって気に入っていないわけがない。もう愛機たちの名前は定着しているし、それ以外の名前に変える気などさらさらない。もし、変更しろと言われても――かの『魔王』の命令でも余程の名前でない限り――断固として拒否、反対するつもりでいる。
ライは顎に手を当てポツリと
「じゃあ……“It”でいいか」
「ライ」
「駄目か」
「駄目よ。その名前にどんな意味があるかは知らないけどね。折角名前を付けるのだから、パッと思いついたような名前は駄目」
「…………」
ライは眉間に深い皺を寄せてうーん、うーんと考え込む。
そんな姿にレリィは苦笑して助け船を出した。
「そんなに難しく考えなくてもいいのよ。なら、貴方の名前の由来を参考にしたりすればいいじゃない」
「僕の名前か……」
小声で、ニ、三度、声に成らぬ声で何かを呟いたライは、自分の横で未だに寝ている少女の頭をつついた。
「……」
頭部への刺激に少女は起き上がり、まだ睡魔の抜けきっていない目元を腕で拭う。それで本格的に目覚めたのかパチリと左右非対称の色の瞳に鮮明さを戻らせて、ライへと向けた。
ライは彼女の側頭部に両手を当てガッチリと固定する。
「……」
「……」
無言で見つめ合う銀髪の青年と少女。
「レリィ、僕と彼女は似ているか?」
「似てるわ。この学園の生徒全員に聞いても親類だと疑わないでしょうね」
「……そうか。やっぱり似ているのか……」
二人の姿を眺めるレリィは本当に似ているとまた同じように感想を抱いた。そんなことを思うレリィとは違い、ライの胸中は再び荒れ狂っていた。
少女の頭を固定する手に思わず力が籠る。このまま《ザ・ゼロ》で文字通り消滅させることが出来たらどれだけ安堵することか。
彼女の表情を見るだけで鼓動が大きく跳ねる。不快感と同時に、ライの心へと一つの漣が波紋をそっと広げている。背筋を伝うどうしようもない寒気。彼女から消えない、生理的な域での不快感が濃くなっていく。それは例えるならば、なんの前触れもなく幼子の死骸を見せつけられたかのような気持ち悪さに他ならず……。
わざわざかくしておくほどでもない殺意、嫌気を彼女一人目掛けて照射する。他の誰も気づかない剣呑な本心をぶつけられても少女はじっと自分を見つめ返してくるのみ。浴びせられる剥き出しの殺意に対し、どこ吹く風。
「お前は僕の■……なんだろうな」
「え?」
レリィはライの口にした言葉に小さく驚いた。
何せその言葉は今まで聞いたこともない異国の言葉だったからだ。
それも当然。ライが口にした言葉は異国どころか異世界の言葉。
日本語。『この世界』においてライ一人しか話すことが出来ない言語。ライにとって、忘れないように発音練習をするが、他人に聞かれるのは初めてのことだった。
わざわざ日本語で話し始めた理由は、これから話す内容はレリィに聞かれると些か面倒で厄介なことになる。その対策だ。
ライの日本語に疑問を浮かべるレリィをよそにライは少女へ語り続ける。
「僕の名前は父が付けた。父の家系の男児はラ行で統一するのがならわしで、それで『ライ』と名付けられた。由来については聞いたことがない、兄二人は『
今、思えば中々的を射ていると自嘲してしまう。その通りに嘘が上手くなり、極めつけは世界中に嘘をついて騙した。しかも、懲りずにまだ嘘をつき続けているのだから。
「そこで名前の由来に疑問を持っていた僕に母上が言ってくれたよ。『ライ』とは、母上の故郷では『
母は雷見るたびに思っていたらしい、
「『勿体ない。暗闇すら切り裂ける凄まじい熱と光、音を持っているがただ荒れ狂うだけで何一つ他を益するものはない、ただ力を消費しているだけ。だけど、そんな雷のような人物が側にいてくれればとても心強い話だ。――私は貴方にその名の通りの男になってほしいわね』と語ってくれた。その母の言葉で僕は自身の名前の由来を定めた」
母には申し訳ないが残念なことに、その名の通りには行かず、『ライ』はただ人に恐怖を与える災害の如く『あちらの世界』で轟いてしまった。
「僕は伴侶を得たとしても■を作ることはない、そう思っていた。僕にとって家族は美しく強く聡明であった母上、誰よりも弱くそれ故に優しく愛おしかった妹。その二人で十分だった、僕を含めて三人だけの世界でよかったんだ」
「三人だけの世界を壊そうとするなら、僕は守るために例え肉親でも排除する。だから僕は兄二人とその妻である義姉たち、そして父を殺した」
「その後は、自身の力の暴走で自国を潰し、大切だった守りたかったものすら壊してしまった」
「そこから逃げるように長い眠りにつき、世界平和の地盤を作る……『ゼロレクイエム』のために『魔王』の騎士になった。そして――八千万人を殺した」
「僕の父方の末裔でもある『魔王』は腹違いとはいえ実の兄を、初恋の妹を、両親を殺し、僕と共に八千万人殺しの片棒を背負った。彼の実妹も大量破壊兵器を撃ちまくった。母方の末裔の『白い騎士』は父を殺し、呪いのせいとはいえ引鉄一つで三千五百万人を吹き飛ばした」
「――狂ってる。呪われているよ。僕の流れる血は。だから、僕は自分の血を引く■を作らないとどこかで決めていた」
「だが、君がいる。いてしまう。生まれてしまった。人殺しの
生まれながらにして人殺しになる――『悪』であることが決められている少女。
だが、『魔王』がかつて言った言葉を口にする。
「――『悪をなして巨悪を討つ』。生まれの全てを背負って、別の『悪』の血を啜って生きていくなら何も言わない。それしか生きていけないからな。有効活用だ」
「だが……君が無差別に善良な人々に手をかけるようなら、落とし前として僕が君を殺す」
親殺し、兄殺し、■殺し。……ああ、全く積み重なる業に反吐が出そうになる。
だが、だが、だがもしかしたら、本当にもしかしたら――。
「君は、ただの人並み、凡人、普通で終われるかもしれない。大したことなど出来はしない。好きに生き、無様に何処かで野垂れ死ねる。それが僕のような
――目的のためなら肉親に手を掛ける、人を殺せる自分たちとは違う。
「ありふれた、
それが途轍もなく難しい人生だとは分かっている。
この少女が進む道は想像を絶するほど孤独で険しいものだ。
呪われた血を引き、歪な方法で生まれた。いくら周りに友人がいようとも
それでも、『人』で『有』って生きていけ。
――だから、この子の名前は……。
「
日本語を止め、ただ静かな、けれど刻み付けるように宣言する。
姓はサービスだ。波乱の人生を歩んだ『魔王』とその妹が名乗っていた偽名。あの二人にとってこの姓を名乗っていた時が最も平穏で幸福に過ごせていた。だから、この少女の酸鼻極まる生に少しでも幸いが得れるように使わせてもらった。
――人として有り、幸福を手に入れて見せろ。
そして、ライは少女――アルトの頭を固定していた手を放す。
解放されて首をカクリと下げ俯くアルトに背を向けて、レリィへと体を振り向く。
「……アルト・ランペルージ。それがこの子の名前なのね?」
「ああ、僕からは遠く離れた者になってほしいと。これから先、彼女がどう育っていくのかわからない。だが、少なくとも僕のようにはなってほしくないと願いを込めた」
「じゃあ、貴方のようになったらどうするつもり?」
「何も言う事はない。業という物に嫌悪しながら、普通にただ一人の人間として扱うだけだ。だが――」
「だが?」
「もし、超えてはいけない一線を超えたら、その時は必ず殺す」
そう告げるライにレリィは何か言い掛けたが、ライは視線だけで制止した。その点だけは譲ることが出来ないと伝えている。
レリィはアルトの存在を惜しみながら渋々頷いた。そこでふと、備え付けた時計を見るとルクスとリーズシャルテの決闘まで後十分ほどだった。
「もうそろそろルクス君たちの決闘が始まるわね。私たちも行きましょうか。アルトちゃんは……」
「地下牢に放り込んでおく。生徒たちに見つかって噂されるのはまずい。《ザ・ゼロ》を使って気絶させれば暴れる心配もない」
「……そうするしかないわね。それで、貴方から見てルクス君とリーズシャルテさん、どっちが勝つと思う?」
ライのアルトの扱いに何か言いたそうなレリィだったが、仕方がないと納得し、これから始まる決闘について聞いた。
ライは五年前にルクスと模擬戦を何度も行い、リーズシャルテともこの学園で神装機竜を使用した模擬戦を行っている。そんな彼から決闘の勝敗について是非聞いてみたかったのだ。
だが、ライは億劫そうに……
「最初から決まって――」
「ルクス・アーカディアの機竜、《ワイバーン》は装甲強化のパーツをくっつけ、防御力重視のチューニングがされています。機動性が長所の《ワイバーン》に装甲を厚くして重量を上げる、機竜使いにも無駄に負担がかかるアンバランスな機竜ですが、それをルクス・アーカディアは巧みに操り、王都の
「――――」
「え――?」
瞬間、ライは臓腑の奥、神経すらも凍り付き、レリィは疑問の声を上げた。
ライの言葉に被り、これから起きる模擬戦の二人の解説を行ったのは、鈴を転がすようなよく澄んだ声だった。それもルクスとリーズシャルテの機竜や戦闘スタイル、神装など特定の人物しか知らない情報までつけて。
ライもレリィも声の発生源に注視する。
入室した者もおらず、変わらず三人しかいない学園長室。
レリィでもライでもないならば、声の持ち主は一人しかいない。
これまで俯いていた少女、アルト・ランペルージ。
その左右非対称の瞳にこれまであった幼さ、無垢といった雰囲気はなくなり、確固たる自我、知性を宿していた。その視線はライに向けられ彼の碧眼とぶつかる。
そしてこれ以上とないほど少女的に微笑み、
「改めまして、アルト・ランペルージです。――よろしくお願いします。
再びその声を耳にし、凍り付いたライの何かが壊れた。
――だって――。
――その声は――。
――かつて自分を――。
――“兄様”と――。
――呼んだ声だったから――――。
ようやく!ようやく、謎の少女に名前が付けられました!長かった!
くどすぎるぐらい、ライに似ていることを書きましたから皆さんには分かっていることでしょうが、アルトとライは裸蛇と液体蛇、固体蛇。目つきの悪い闇墜ち光の超人と目つきが悪すぎて主人公には見えない光の超人と同じ間柄です。
ライも一目見た時から直感で気付いていましたが、心の奥底で封じていました。
アルトの存在はライのメンタルをゴリゴリ削ります。下手をすれば行く末は、失明赤ピラニアライダーと天然痘の擬人化ライダーと同じ末路を迎えます。
因みにライの妹の転生体ではないのであしからず。……というかギアス世界の設定で転生とかありえるのか?
後、補足として最弱世界では日本語もブリタニア語も存在しません。『最弱世界』語で統一されており、遺跡で目覚めたライは何故か会話に関しては問題なく、読み書きはチンプンカンプンな状態だったのです。