ナイトメア・オブ・ライ   作:兜割り

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エイプリルフール作……投稿できなかった。
楽しみにしていた皆様申し訳ございません。

4月1日とは言わずネタが思い浮かべばいずれ投稿します。



『父』と『娘』

――時は少し遡る。

 

 

「改めまして、アルト・ランペルージです。――よろしくお願いします。『()()()()』」

 

レリィは少女、アルト・ランペルージと名付けられた彼女が初めて言葉を口にした瞬間、その言葉が脳に届く前に、黒い影と銀閃がアルトへ躍りかかったのを目にした。

 

黒い影はアルトの隣に座っていた『お父さん』と呼ばれたレリィ自身が渡した黒服を着た青年で、銀閃は彼の腰に携えられた二振りの内、《月下・先型》の機攻殻刀(ソードデバイス)の刀身が走ったことによるものだ。そして、アルトの言葉を理解した時には、彼女は座っていたソファに押し倒されていた。『お父さん』と呼んだ青年――ライによって。

 

ライの左手で側頭部を押さえられ、柔らかいソファの座面に頬を強く押し付けられている。首元には曇り一つもない機攻殻刀(ソードデバイス)の刀身が強く当てられていた。後は刃を引けばその首から鮮血を噴き出して絶命する。いくら幻神獣(アビス)の力を有しているとしても、急所を裂かれれば彼女は死ぬだろう。

 

それなのにアルトは、命の危機を伝える喉元の冷たさなど気にも留めず嘆息する。

 

「……私の産声ともいえる一声を聞いてコレですか。まぁ、これまで赤ん坊同然の精神をしていた人間が突然流暢に喋れば警戒するのも当然ですけど。幻神獣(アビス)の力を持っていれば猶更に。でもここまでしますかね、『お父さん』」

「…………」

 

『娘』の言葉に『父』は無言。けれど、頭を押さえる左手の五指は喰い込ませるかのように爪を立て、機攻殻刀(ソードデバイス)を握った腕は喉を切り裂くことを勧めるように軽く揺れる。

 

――お父さん……?

 

レリィはアルトの口にした発言を胸の内に呟く。

 

耳にした際は、思わず頭が真っ白になるほどの衝撃発現だったが、すぐに落ち着いた。

アルトの外見はどこからどう見ても十代半ば。この学園の生徒たちと同年代の少女にしか見えない。同じくライも五年前から今とそう変わらない外見で出会い、三和音(トライアド)の話から歳は23だと口にしたそうだ。間違っても『親子』ではないはず。兄妹の方がよほど信じられる。

 

改めてライとアルトの『親子』?の顔を交互にまじまじと見つめる。

 

何度見比べてもやはり二人は酷似している。男女の差、アルトの左の灰色の瞳と銀髪に一房混ざる水色の髪を除けば、誰もが二人を見れば親類、兄妹の間柄だと疑わないはずだ。

 

レリィの視線に気づいたのか、押さえられたアルトはこちらを向く顔に親愛に満ちた笑みを浮かべる。ソファーに押し付けられている故にとても小さいものだが会釈もして。

 

思わずこちらも小さな会釈をした後、ライの横顔を見つめる。

 

この王立士官学園(アカデミー)が開校して間もない頃、基本学園の工房(アトリエ)に籠りっきりで早朝に学園長室でレリィに挨拶する、悪夢(ナイトメア)関連の情報を受け取りにいく程度しか行き来しなかったライは特に文官候補生たちから、『幻の美形』と噂された。その顔は、確かに十人中十人が美形と答えるほどに端正だ。これまで国有数の財閥の長女ゆえ、多くの美男子や美女を見ているレリィ自身すらも近くまで迫られれば、胸の鼓動が高鳴るほどに。

 

これまで四年ほど近くで接してきたが、体から零れる老成した雰囲気に気付かねばまだ二十代を超えていない信じてしまいそうな顔。それがまるで死人のように蒼白だ。まるで亡霊でも見てしまったかのように、額は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 

アルトはそんなライの様子を横目で見て、呆れたようにため息をついている。

 

レリィはとりあえず凶行に走ろうとしている青年を止めようと声をかける。

 

「ライ。一先ず彼女を解放してあげて。そんな恰好じゃ落ち着いて話もできないわ」

「…………」

「あーレリィさん。『お父さん』のこれは警戒心や恐怖心がマックスになって発動した癖のようなものでして。先程もいったように、幻神獣(アビス)の力を持った得体のしれない小娘が急に知性を発揮すれば警戒するのも当然なはずです」

 

だから私はこのままでも構いませんよ、と微笑する彼女。

 

「えーと、それじゃアルト……さんでいいのかしら」

「はい。なんでしょうか」

 

名を呼ばれたアルトは、嬉しそうに微笑む。片側の頬がソファーで潰れているがそれでも綺麗だと思わせる笑みだ。大財閥の娘として人を見る目を磨いたレリィからしても、その顔に邪心は窺えない。

 

「貴女にはいろいろと聞きたいことがあるのだけれど、まず最初に――ライが『お父さん』ってどういうことかしら?」

「最初の質問がそれですか……?」

 

質問の内容が意外だったのかきょとんと、

 

「てっきり幻獣神(アビス)化の治療法について聞いてくると思ってましたが」

「っ!?知ってるの!?いえ、どうしてそれを……!?」

 

自分とライが密かに探し求めているモノを知っている彼女に驚愕する。

ライへ視線をぶつけるが、彼はこちらを見ずに首を小さく首を振るのみだった。

 

「まぁ、その質問の答えについては後ほど。今、ここで言ってしまえば私の価値が下がって首チョンパされかねません。それで質問の答えですが、言った通り私はライの娘だからですよ。娘が父親に当たる男性を『お父さん』と呼んで不都合が?」

「いえ、でも、似てるけど年齢と外見……がね」

「確かに私たち二人の外見から親子とは思えないでしょうが、残念なことに親子なんですよ。証拠は色々とありますが今はこの容姿と悪夢(ナイトメア)を操縦することできるの二つです。それで納得は……できませんよね」

 

二つ目が弱すぎる、と彼女は困ったように苦笑する。

 

「では逆に聞きますが、レリィさんは私はライの何だと思いますか?」

「ライの妹……よね?」

 

改めて二人の間柄であろう予想を口にする。

ルクスが部屋にいた際にも否定されたが、どうしても兄妹の間柄にしか二人は見えないのだ。

レリィの発言にライはびくりと電流が走ったように一瞬だけ震える。

アルトは――

 

「ふっ、ふふふ。ふふふふふふふふ」

 

笑っている。

腹を抱え、肩を大きく震わせて笑っている。

そして、自分を押し倒すライへ視線だけ向けて、嗤った。

 

「聞きましたか『お父さん』。妹ですって。私は構いませんよ、『お父さん』の妹というポジション。そうすれば『叔母様』を失って出来た孔を少しでも埋められますね。偶然声も一緒ですし、これで(スメラギ)の娘や車いすの皇女といった代用品に姿を重ねなくなるんじゃないですか?ああ、そういえば新しい代用品としてアイリ・アーカディアにも重ね――ッ!?」

 

嘲笑と共に噴き出された言葉はそこで止まった。いや、止められた。喉に当てられた刃が首を圧し切らんばかりに圧迫したのだ。

 

それと同時、ライの雰囲気が一変した。

蒼白だった顔から色が削ぎ落された。冷血、冷徹、冷酷といった氷の表現を凝縮したかのように無表情の形を形成。それに伴い部屋の気温が急激に低下する。世に、これほど怖気を感じさせる表情などないと感じさせる顔だった。そして、体から噴き出す膨大な殺気。自身へと向けられていないのにも関わらず、レリィの口内を瞬時に乾かし、脳裏に走馬灯が走るほどに濃くおぞましい。

 

そんな殺気を至近距離で照射されても、次の瞬間に首を断たれても不思議ではないのにアルトの顔から笑みは消えていない。いや、寧ろあれは……。

 

「『お父さん』、ナイス殺気です!」

 

喜んでいる。

幼子が長期の出張から帰ってきた父親に遊ぼうと声を掛けられたように、自身が望んでいたものを得たかのようにその顔は喜びに満ちていた。

 

「『叔母様』……。えと、つまりライの妹のことよね?いるの?」

「いましたよ。虫も殺せないような優しくて、弱い――誰もが守らなければと感じさせる人であり、そのことを自覚して感謝の心を片時も忘れたことがない人でしたね。『お父さん』」

「…………」

 

ライに妹がいた。自身のことを滅多に語ることがない青年の過去の一部。それを知ったレリィはどこか納得した心境だった。幼かったフィルフィやアイリに付き合わされ、遊ぶ姿はどこか慣れた様子であり、妹がいたというなら得心がつく。だが、ライは自身を天涯孤独の身と語り、アルトは“失った”“代用品”と言った。ならばライの妹が今どうなっているかは想像に難くない。

 

「察しの通り、『叔母様』は亡くなっています。ついでに『御爺様』と『大御母様』、『クソ伯父』二人も亡くなっていて、伝えた通り天涯孤独の身です」

「『大御母様』……?」

「あの方を“婆”呼ばわりなどしたら、()()()()にどんなことをされるか分かったものじゃありません。『お父さん』の想像を遥かに超越した人で、頭に描いた地獄が天国かと思えるほどの鍛錬をしてきましたから」

 

そう語るアルトの顔はどこか誇らしげだ。

 

ライの家族構成、いやアルトの家族構成を知るが、その中に肝心な人物が抜けていた。

 

「貴女はライの娘と言ったわね。なら貴女の『母親』――ライの『妻』はどうなの?」

「んー『母親』については私も『お父さん』も全く知りません。第一、私はその腹から生まれたわけではないですから」

「え……?」

「私はつい二日前に悪夢(ナイトメア)から出産されたんです」

「!!?」

 

少し考える素振りを見せた後、アルトは自身の出生を口にした。

レリィはその意味を最初は理解し切れず、目を見開いて慌ててライを見た。

そんなレリィの姿にアルトは苦笑し、

 

「あ、フォローしておきますけど悪夢(ナイトメア)が実の母親というわけではありません。人間を作るには()()の存在は必要不可欠です。けれど、出来上がった卵子()人間()の腹という不安定な場所で育てるのは失敗する可能性があります。故に、管理でき、母体による悪影響、不確定要素を与えない機械――専用の悪夢(ナイトメア)に収めて育み、護らせる。そんな極めて安定した環境で第三者たちの手を加えられデザインされ、誕生したのが私……大体はそんなところでしょう」

 

あっけからんと自分の出生についてアルトは説明するが、その内容はレリィ自身の想像を遥かに超えるものだった。母親と機械による出産の諸々の話は置いといて、まだ人の形すらとっていない命を弄ぶ、倫理感を感じさせない行いがただただおぞましい。そして彼女がどうやって、いつどうやって幻神獣(アビス)の力を手に入れたのかも察してしまった。

 

レリィは絶句し、腹の奥からせり上がる不快感を押さえるように口に手を当てる。だが更に追い打ちをかけるように

 

「それと“種”と言いましたけど、私は子種ではなく毛か体細胞当たりを奪って創られたんでしょうね。『お父さん』がそんなものに進んで関わるはずもなく、恋愛には奥手でかなり鈍感。女性と情を交えるのは()()()以外に想像できませんから」

 

そう言って彼女は手を上げる。

その動きにライの両手に力が籠るが、気にせず銀髪の髪に混ざる水色の髪を撫で、灰色の瞳を持つ左眼を瞼の上から指で軽く叩く。

 

「これらが調整を行った者たちによるものか、『母親』のものかは分かりませんがきっとこんなものに関わっていますから、『母親』は碌な人間ではない可能性は十分あるでしょうね」

 

自分が父親に望まれず、出会ったことのない母を外道と語り、歪んだ命だと説明するアルト・ランペルージという少女。

 

その表情に悲嘆などといった感情は浮かんでいない。これまで幼子のような精神だったはずなのに、何故これほど達観した精神になってしまったのだろうか。

 

出生などを含めて得体の知れなさに少なからずレリィは恐怖を感じた。

 

隠しきれていない怯えた目で見てくるレリィにアルトは、しょうがないといった風に吐息して自分を未だに押さえる『父親』を見る。

 

相変わらず顔色は氷のソレだ。特に眼光などは、目の前の命を刈り取ると見る者に死を幻想させるほどに鋭い。しかし、そんなものなどどこ吹く風と言わんばかりにアルトは笑った。その色は、レリィに向けたようなものではなく、どこか挑発めいた不敵な笑みだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ライの胸の内は一言でいうと荒れ狂っていた。

狂おしいほど懐かしさ、後悔、恐怖、警戒。様々な感情がたったの一声で間欠泉のように噴き出し混ざり合って、嵐や津波のように荒れ狂っている。

 

その原因は隣にいた“怪物”だ。

“怪物”の一声が記憶の奥底に蓋をしていた過去を一瞬の内にフラッシュバックさせた。そして、目に浮かぶ過去を振り払うかのように“怪物”を押さえ込み、その声を黙らそうと……息の根を止めようと反射的に動いていた。

 

抵抗される間もなく押さえ込んだ“怪物”が次の一声を出す前に潰す。

後は腕を引くだけでその口を永久に黙らせることができる。

加減についても問題はない。首を裂くことも、喉を潰して声帯のみを破壊する技量に狂いはない。それなのに、なのに、なのに――!

 

――またか……っ!!!

 

次の行動ができない。ただ、腕を引いて切り裂くか、圧して喉を潰せばいいだけなのに。どうしても、その動作ができない。

 

“怪物”が生まれた時と同じだ。誕生直後、その姿を見た瞬間にライは《月下・先型》でその頭を叩き割り殺そうとした。だが、できなかった。やってはならないと如何に押し殺そうとも溢れてしまう半端な思いが止めてしまう。

 

そして、“怪物”の第二声を許してしまった。聞き間違うはずのない声が耳へ届くたびに心が削れていく。同時に害するだけの気力も奪っていく。崩れ落ちそうになる体を“怪物”への警戒心だけでなんとか支えながら、“怪物”とレリィの応答を聞いていく。

 

いくつかの応答が進んだ後、レリィが改めて“怪物”がライの妹ではないかと尋ねてきた。その質問に“怪物”が視線だけを向け嗤い言葉を噴き出す。

 

“怪物”が嘲笑と共に言い放つ内容にライの胸に二つの雷が轟いた。

 

雷の名は怒りと憎悪。

 

赤と黒の雷は心を打って炎を生み出し、腑抜けた体に活を入れる。

 

その二つがライの骨となって“怪物”を黙らせた。

 

自分の踏み込んではならない領域に土足で脚を突っ込んだ餓鬼に怒りと憎悪のまま仕留めようとするが、やはり体は先へと進まない。ただ、溢れる殺気をぶつかるも“怪物”は恐れ口を噤むかと思いきや寧ろ、笑顔を浮かべている。

 

“怪物”は首を圧迫されながらも口を閉じず、ライしか知らない過去を勝手に話し続けた。そして、とうとう自分の出生について語り、レリィを絶句させる。

 

そこでライは目の前の“怪物”の頭にあるものを理解すると、“怪物”が挑発めいた不敵な笑みを浮かべる。

 

「『お父さん』。どこかで聞いたことがありませんかね。似たような話を。そう、あの計画から産まれたものは、子供でも、まして自分自身でもないと『魔王』の方に言いましたね。研究室で培養された細胞片より、もっとおぞましい『何か』とも」

「貴様……」

 

思い出すのは、“怪物”の代理母ともいえる黒の悪夢(ナイトメア)

あれにライは触れてこの“怪物”が出産された。

 

その悪夢(ナイトメア)に触れた際、思念というべきものが邪気と共に流れ込んできた。そのは明らかに狂気に犯されていて、自分の頭の中を蹂躙していった。それらの正体は少なくとも“怪物”のものではない。“怪物”の母に当たる女性のものか、それとも“怪物”を設計した者たちのものかは分からない。

 

だが、流れ込んでくる思念とは別に、頭の中全てを覗き込まれる不快感があった。自分のこれまでの全てを見られ、それらを探り回られる感触が背筋を駆け巡っていた。

 

あの感覚が正しければこの“怪物”は――。

 

「貴様――どこまで知っている?」

「『お父さん』の知っていることは知っていて、知らないことは知らないと言った具合ですかね」

 

 

 

自分(父親)全て(過去)をコピーしている。

 

 

 

その事実に総毛立つ。

 

この“怪物”はライの過去、つまりは記憶、技術、経験を持っている。

口を開けばどんな爆弾発言が出てきてもおかしくない。異世界のことや悪夢(ナイトメア)、死んだ人間の行く末“Cの世界”や集合無意識など世界の裏側についても知っているのだ。ライの中で“怪物”の危険性が振り切れるまで上昇する。

 

「貴様、貴様――!」

「ああ、ごめんなさい。自分についてレリィさんや生徒たちから聞かれてもはぐらかしてきた『お父さん』の努力を水の泡にしてしまいました。けど、今更ですよね。もう少なからず『お父さん』はここの生徒たちを中心に影響を与えているんです。家族のことを教えても問題はありませんよ」

 

やれやれといった風に嘆息する“怪物”。

 

「第一、別に教えても構わないでしょ?だってお父さん、悪夢(ナイトメア)を全て停止させたら――」

 

手を伸ばし、ライの首に触れる。

 

「『この世界』で一度も使用していないその『声』を使って、これまで出会った人たちから自分に関する全てを――」

 

限界だった。

自分が秘めていたことを暴露しようとする“怪物”に怒りと憎悪が極限に達した。

超えてはいけない一線、それを超えれば殺すと決めていた。しかし、この“怪物”はその誓いを放り投げるほどにおぞましい存在だった。一刻も早く始末しようにも、理由も解らずそれが行えない。

 

――ならば徹底的に叩き潰すッ!!

 

先程喉を圧迫したように傷つける、痛めつけることには問題がなかった。これまで培った経験から死なせず痛めつける技術は豊富にある。

 

暴れ出す感情と衝動のまま暴力を振るおうとした時、

 

「――ふふっ」

 

潰される、その意思に気付いているはずだが、“怪物”は寧ろ心地よいとばかりに笑みを絶やすことはない。

 

すると“怪物”の手が突如、光を放った。

 

ライは発光の原因を目で追うよりも、体に走る感覚がその光の正体を理解してしまう。まさかありえないと光の正体を否定の言葉で埋め尽くす。だが、この『怪物』が自分の娘だというなら……!

 

光の正体を否定するべく、首を押し潰すよりも、発光場所へ視線を下げる。

 

アルトの左手の甲に浮かび上がるのは、禍々しくも美しい真紅の鳥の紋章。

 

――ワイアードギアス……!!

 

発生場所と自身が発動するよりも小さいなど差はあるが確かにワイアードギアスが発現していた。

 

『あちらの世界』では古びた文献に、『神』と呼ばれる存在と無意識にアクセスし、強靭な肉体を、不屈の精神を、高潔たる魂を宿した――大英雄、救世主、あるいは魔王といった存在がその三つを極めることで、その素養にあった能力(ギアス)を発現すると書かれていた……なのに!?

 

生まれたばかりの彼女が、いくら自分の記憶をコピーしているとはいえ、こうも存在感を持って発現できる事実に驚愕する束の間、一瞬の発光の後、『怪物』の鮮やかな銀髪が艶やかな黒髪に変化していた。

 

「どうですか?上手くできていますか、――『()()』」

 

いきなり聞いた過去の呼称。

目に飛び込む強い面影を映す黒髪の容姿。

怒りと憎悪、殺意と警戒心で溢れかえっていた胸に、『怪物』の声で口にする呼称と黒髪の容姿は突き刺さっていた。

 

「――――ァ」

 

記憶のフラッシュバックに、ライの胸が反射的な悲鳴を上げた。

思わず手から機攻殻刀(ソードデバイス)を零してしまいそうになる痛みに、『怪物』が追い打ちの言葉を言う。それも彼女が使っていたブリタニア語で。

 

「思い返せば私と『お父さん』の態勢よく似てますよね。壊してしまった『叔母様』を止める時の態勢に。『叔母様』の首には、剣ではなく両手でしたが」

 

告げられる言葉が過去を呼ぶ。

一瞬だが、妹の最後がフラッシュバックした。

 

――駄目だ!

 

否定の意思を叫ぶが、記憶は容易く凌駕する。

心の奥底に刻んでいた、絶対に守ると誓った最愛の存在。彼女への言及に、胸が絞られるような痛みを寄越してくる。それは激痛という形を取っていて、

 

「――――が」

 

肺が潰されたような声が、喉から漏れた。

激痛は身体中に走り、『怪物』の頭に置いた手も首に当てた機攻殻刀(ソードデバイス)も力を喪失させた。膝も笑い、崩れ落ちそうになるのをやっとで抑えてる状態にまで追い詰められた

 

「痛いですよね。守ると誓った存在を壊してしまい、その命を奪ってしまった過去。それは一生消えないトラウマです」

 

震えるライを一瞥した後、『怪物』が瞳を閉じて呟く。

 

「『お父さん』の記憶だけでなく、その時に抱いた感情も持っている身として、私も思い返すだけで胸が張り裂けそうになります。私の胸に生まれる苦しみもきっと『お父さん』が感じているものと一緒なのでしょう。ですが――」

 

最早、置かれているだけの手を首を勢いよく振って振り払い、ライの顔を見る。それと同時に手の甲のワイアードギアスが治まり、黒髪が銀髪に戻る。目もオッドアイへと戻るがすぐに黒の目、金の瞳へと変貌。……幻獣神(アビス)化だ。

 

「所詮は、親の過去です」

 

その一言と共に、腹部の衝撃からライの体は上空へ跳ね上がった。

 

跳ね上がった原因は解る。組み敷かれた『怪物』の手……いや、脚によってだ。スカートを穿いているにも関わらず、ソファにそそり立つように伸ばされた片足。それがばね仕掛けのように跳ね上がり自身の腹部を強打。結果、ライは三メートルほどの高さまで打ち上がった。

 

「ライっ!?」

 

ライはレリィの悲鳴を耳にしながら上空へ打ち上げられた痛みと浮遊感、そして既知感を味わっていた。腹部を強打され上空へ何度も跳ね飛ばされる経験が蘇る。

 

――母上……!

 

記憶のフラッシュバックと共に、またも己の過去を抉るように掘り起こした『怪物』に腹部の痛みすら忘れ、憤怒のまま奥歯を噛み砕きそうになる。

 

重力に従い落下を始める中、それより前に『怪物』はソファーから転がり落ち、片膝立ちとなる。そして、落ちて来るライへ腕を大きく広げる。

 

その格好で過去の続きが浮かぶが時すでに遅し。

 

受け止める姿勢に似た格好の『怪物』の手がライの剣帯、肩へと触れた瞬間、

 

「はぁぁぁぁ――――っっ!!!」

 

幻獣神(アビス)化を継続しながら、剣帯と肩の服を握り締めて身体を思いっきり捻る。腰の入った投げは勢いをつけてライを背後のテーブルへ背中から――叩き付けた。

 

生まれるのはテーブルが激突により木片へと粉砕される音とテーブルの上に置いてあったティーカップや皿がライの背中の下敷きになって割れる音。

 

ライとその師である母が放つよりも勢いがあり、強く、早く、――雑な投げが見事に決まった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

アルトは大の字に寝転ぶライに視線を寄越さず、自分の右手の平をじっと見つめた。

 

――やっぱり記憶通りにいきませんね。

 

ライを投げ飛ばす際、焼き付いた記憶にある『大御母様』の姿とライが投げる際の感覚。それらに合わせるように投げてみたが自分でもわかるぐらいに雑だった。二人が投げるなら、自分が行ったのは力任せに引っ張ったようなものだ。もし『大御母様』に見られれば折檻ものだ。

 

だが、それも仕方がない。自分は二人ではないし、いくら『父親』であるライの記憶を持っていたとしても“男”と“女”。鍛えた者と鍛えていない者。様々な差があり、いきなり『父親』の動きを再現できるのは都合が良すぎる。

 

そして、見つめていた手をくるりと回し手の甲を見やる。

 

つい先程そこにはワイアードギアスの発動を示す紋章が表れていた。

 

元々、“出産”された際には備わっていることに気付いていた。どんな能力かは名付けられた時に理解し、窮地から脱する為に早速使ってみた。使用する際はライが《ザ・ゼロ》を使用する感覚と同じで出したのだが……。

 

――なにか……欠けているような……?

 

発動したワイアードギアス……アルトの姿を変化させる力には大きな違和感があった。力としての存在感は伝わるが《ザ・ゼロ》のようにあらゆるものを無に還すと肌に感じる迫力と比べれば遥かに小さい。……まるで獅子の子供のような印象を感じる。

 

そのことに疑問を浮かべていると空中で美しい鉄弧の反りが見えた。浮かんでいるのは、回転しながら落ちて来る一本の機攻殻刀(ソード・デバイス)と鞘だ。

 

機攻殻刀(ソード・デバイス)は先程までライの手に握られていたが、投げ飛ばされた衝撃で手から零したようだ。鞘も腰の剣帯に収まっていたが先ほど投げた際に千切れ、飛んでしまったらしい。

 

――危ないですね、床に跳ねてレリィさんに当たるかもしれません。

 

床に転がるライに突き刺さるのは構わない。記憶上、悪運は強い。頭や心臓に刺さることはないだろうし、それ以外の場所に刺さってもすぐ回復するから問題はない。寧ろ刺さったら刺さったらで、それはきっと『大御母様』からの天罰のはずだ。投げ飛ばされた程度で武器を手放すとは何事か、と。

 

だが、『親子』の突然の行動に唖然としているレリィ・アイングラムが傷つくのはまずい。凄くまずい。もし傷ついたりでもしたら自分はきっと……ショックを受ける。最悪、泣くかもしれない。

 

どうやらこの肉体は幻獣神(アビス)化しなくとも、常人離れしたスペックのようだ。動体視力が非常に優れている。機攻殻刀(ソード・デバイス)と鞘の回転を捉えきっている。更にライの記憶から刃物の取り扱いや危険なものに対する恐怖心はない。

 

そう思い、つい手を伸ばした頭上。広げた右手に刀の柄がすっぽりと嵌るように落ちた。そして掌に武器特有の冷たさ、重さ、存在感。それらが一気に右手に来て、

 

――起動せよ、朔と望の先駆けとなる青の志士。遍く敵を、害悪を極意の一撃をもって打ち砕け《月下・先行試作型》――

 

――覚醒せよ、月夜に輝く青の戦士。紅蓮と白炎を超えし身となるため、月満ちる夜に蒼となれ《蒼月》――

 

頭の中に詠唱符(パスコード)が流れ込んできた。

 

まだ名付けられておらず精神が幼子同然だった際に操縦した《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)と同じように召喚に必要な詠唱符(パスコード)を伝えてくれる。『父親』の記憶から《月下・先行試作型》の詠唱符(パスコード)は知っていたが、こうして教えてくれるのならば使い手の一人として認めてくれているということか。

 

――嬉しいような、残念なような……。

 

《月下・先行試作型》、縮めて《月下・先型》を使用できるということは発展改良型の《蒼月》はもとより、その先にあるだろう最強の悪夢(ナイトメア)の一機たる《蒼月墮天九極型》を扱える可能性があるということだ。もし扱えるのであれば自分は最強の個としてあらゆる脅威を跳ね除けられ、力による平穏を掴みとれる。

 

だが、裏切られたという感情もある。

《月下・先型》は『父親』の愛機、専用機だったのだ。

それが主以外の手に収まった瞬間に詠唱符(パスコード)を伝えるのは、記憶を持っている身として少なからずショックを受けた。そして、改めて自分が『娘』だという印象を押し付けられた。

 

「と」

 

自分の腰の高さまで落ちていた鞘を機攻殻刀(ソード・デバイス)で軽く上へ弾く。

再び空中へ上がり、回転が強くなるがそれすらアルトは捉えきる。頭上、回転する鞘目掛けて機攻殻刀(ソード・デバイス)を突き上げる。すると、するりと刀身は鞘に収まる。回転中空納刀という曲芸だ。『大御母様』が見本を見せ、それの練習するライを見て真似した『叔母様』が剣を放り投げたところで、慌てて庇いながら鞘に受け止めたのがライにとって初の成功だった。

 

「――さて」

 

かちりと鞘と刀にロックがかかるのを確認し、軽く振るようにして降ろす。

コピーした記憶の中には握ったことはあるが、初めて触れる機攻殻刀(ソード・デバイス)の感触は酷く馴染み、重さすらもが安心させてくれる。しかし、そんな余韻に浸る時間は残念ながらない。

 

アルトの正面。たった今、大の字にさせた『父親』が音もなく起き上がっていた。

 

――期待はしていませんでしたが、殺す気で放ったのに……。

 

首をだらりと俯かせ、両手は力を抜いて下ろしている。だが、体から迸る殺気と怒気は衰えるどころか更に増している。俯いたまま吐息をして、ライは底冷えするような平坦な日本語で告げる。

 

「……これまでの言動からしてあれか?貴様は死にたがりなのか?」

 

死にたがり。その言葉を耳にしてアルトはプッと噴き出した。

 

「やめてくださいよ。そんな死にたがりなんて。私はあの“裏切りの騎士”のように罰を求めていません。――私が望むもののためにしただけです」

「…………」

「『お父さん』。貴方は今、幾つかの問題に直面していますよね。悪夢(ナイトメア)や私のこと、コンテナにいるGXシリーズのこと。ですがいずれ、という前置きをしてでも必ず解決させるでしょう」

「…………」

「けれども貴方はとある二件の問題を現状維持の形で終わらすつもりですね」

「…………」

「そうルクス・アーカディアとアイリ・アーカディアとどう向き合っていくのかの問題を」

 

告げた言葉に、ライは変わらず俯いて無言。しかし、二人の名前が出た時に体が小さく震えたのを見逃さなかった。その震えこそが雄弁な答えだ。

だから一息。こう言った。

 

「二人の問題を現状維持を打ち砕くために、私の問題……これからの接し方はここで解決させましょう。コンテナにいるGXシリーズの問題も私の護衛ですから預かります。その分、その時間をあの二人に使ってあげて下さい」

「……どうするつもりだ?」

 

アルトは軽く深呼吸をして、肩を回す。そして軽くジャンプして足から床を踏み、それから前後にステップを開始する。初めはゆっくりと、しかし高速に。目は真っ直ぐにライに向ける。

 

「ここまでしたんです。『お父さん』の刃は抜かれています。その刃を以って私は『お父さん』と向き合いたいのです」

「それが貴様の望むものか」

「はい。私が望む繋がりと見たい夢のために――」

 

一息。

 

「――いきます!」

 

返答と共に浮かべた微笑が消えるより早く。アルトの輪郭が残像と化した。

 

無論、比喩だ。しかし、レリィのような戦闘の素人ならばその動きを捕捉しえない高速による疾走――その発動である。のみならず、その疾走には明確な指向性が付与されていた。

 

目標は前方のライの懐。それは即ち、速度を速度を突撃の威力へと変換され、目標を打ち砕く砲弾と化す――。

 

「ごふッ――――」

 

――には、至らず。

 

アルトが身に纏った加速は、そのまま要撃(カウンター)の威力と変じて彼女自身の肉体を直撃した。鳩尾から背骨へと突き抜けるのは、文字通り鉄の硬さと威力を持った掌底。無詠唱高速部分召喚した《ランスロット・クラブ》によるものだ。

 

両脚から重力の感覚が消失する。一瞬後に背中を襲ったものは、理事長室の木製の扉の感触であった。哀れ大の字のアルトの激突を受け止めた扉は、金具と木材を飛び散らし破砕の音を鳴らして完全大破した。

 




アルトのスペック現状まとめ
・親譲りの美形
悪夢(ナイトメア)の操縦が可能
幻神獣(アビス)化が可能
幻神獣(アビス)の力を持つ故の回復力、打たれ強さ
・ワイアードギアス発動可能。現在level1(燃費はいい)。能力は容姿変化。オルフェウスのような周囲の人物の脳に自分を他人と誤認させるものではなく、自分の髪や肌、瞳の色を変化させる程度の能力。MAXはlevel3の予定。
・ライの記憶、技術、経験、感情を持つ(完全なイレギュラー)

まだ開示されてないスペックあり。

ギアス本編であった親子喧嘩!
ルルーシュの反逆ってナナリーと穏やかに暮らせる世界を作ることと、シャルルに対する怒り、つまり酷い言い方すれば親子喧嘩なんですよね。それが世界規模まで膨れ上がらせるなんてルルーシュとんでもねぇわ。ライの場合は憎む方が親の方だけど。

ライの目的は悪夢(ナイトメア)を停止させ、ギアス世界に帰還することです。本当はゼロレクイエム後のゼロとしての役割をルルーシュに託されたため悪夢(ナイトメア)を無視してギアス遺跡を探した方がいいのですが、レリィやルクスに出会ってしまい情というバグが発生して悪夢(ナイトメア)を倒すと目的が増えてしまいました。そして、悪夢(ナイトメア)を倒した後は――ロスカラのギアスルートの最後と言えば解るでしょう。
そんなライの考えを知っているアルトは……。

次回は一週間以内に投稿します。

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